おのにち

おのにちはいつかみたにっち

辻仁成『エッグマン』感想-タマゴと恋の物語

寒い日にちょうどいい本を見つけてしまった。

辻仁成さんの『エッグマン』。
卵と大人の男女の相当スローな恋心を描いた物語である。

一時間ほどで読めるボリューム、物語に挟み込まれる卵料理の数々が良い味を出していると思う。

近藤史恵さんの『タルト・タタンの夢』というフレンチ・ビストロを舞台にした短編ミステリシリーズが好きなのだけれど、『エッグマン』はその本の卵料理バージョン、という感じがした。

勿論辻仁成らしく、ぼんやりした主人公はやっぱりいい男だし、ヒロインも魅力的なのだけれど。物語の合間に漂う恋の気配とかセクシーさとか、そういう滲み出てくる色気みたいなものはこの人の持ち味だよな、と思う。

 

物語の主人公は食品開発会社に勤めるサトジ。
仕事終わりに西麻布の小さな居酒屋に立ち寄るのが日課で、なかでもいつも対面の席に座るマヨ、という女性の笑顔を見るのが楽しみだった。

とはいえ当時のマヨは既婚者で、いつも夫と一緒だった。
話しかけられる訳もなく、やがて可愛い娘が生まれ、幸せな家族の様子を見守る事だけがサトジの楽しみだった。

しかしいつしか家族連れが店に現れることはなくなり、どうやら離婚したらしい、と風の噂に聞く。

それから二年。
苦しい思いをしながらも、ようやく彼女のことを諦めかけたサトジの前に、またマヨが現れる。

同じ居酒屋、同じ席。
彼女は少しやつれていたけれど、また会えたことがサトジには嬉しかった。
それからまた数年が過ぎ、二人はマヨが家に帰るまでのたった一杯分の時間だけ言葉を交わすようになって行く。

やがて元コックで卵料理が得意なサトジに、マヨが娘のウフのために特別な卵料理を依頼したことから二人の縁は深まっていって...というお話。

 

出てくる料理はどれも美味しそうな、卵を使ったメニューばかり。
大人なので卵は一日一個まで、なんて規制をかけていたけれど、たまには卵とバターをたっぷり使ったオムレツもいいなぁ、なんてよだれが出てしまいました。

卵なら、ちょっと奮発していいものを購入してもそこまでお財布は痛まないし。

卵料理という身近さ、親しみやすさが、驚くほど気が長く奥手なサトジという男に上手く絡まって、好感を持たせてくれます。

タマゴにまつわる人生模様は少し甘口で、砂糖が効いているみたい。
ホントの人生は多分こんなに甘くないし、誰かが振り向いてくれるのを十年以上も待っている男なんてきっといない。

でも物語としては、これでいいんじゃないのかなぁと思います。
甘くてフワフワの、卵焼きみたいな一冊でした。

 

エッグマン

エッグマン

 

 

Bluetooth搭載の体重計を買った

体重を記録すると良い、というので朝晩せっせと記録していた。
ある晩、やっと気がつく。

 

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21世紀なのに、私は紙に記録している。
21世紀なのに!21世紀なのに!モンガーー!

 

そんな訳で、アマゾンでBluetooth搭載の体重計を購入した。
まだ届いていないけれど、無料スマホアプリに自動でデータが送信されるらしい。
なんか未来キターー!とニヤニヤしている。
なお、未来は一万円なり…。未来高い。

 

 

出来れば楽できるとこは楽したい、手を抜きたいと思う。
外に出ることすらめんどくさいと思う日もある。
科学の進歩って、こんな私のより良い未来のためにあるんだもんね。
更により良く!手抜きさせてーー!

 

しかし子どもの頃に夢見た未来はまだ遠い気もしている。
洗濯も掃除も自動になった。ごはんはコンビニでも買えるし、モノを買わなくても世のインフラにただ乗りすればスマホ1台で生きていける。
小さな端末一個ですべて賄えるって正に新時代。

…でも子どもの頃の私は、楽出来てるはずの未来の私が、ウオーキングやら筋トレに日々励んでる、と知ったらどう思うだろうか?

ダイエットとは無縁の小学生の時には気が付かなかったよなぁ、楽=太るだなんて。

8時間座ってるだけなのに、首にUSBぶっ刺しとけばフルマラソンくらいの運動効果が得られる未来はまだですか。 寝たきりのお年寄りが筋肉ムキムキの明日はまだですか。

小学館の漫画で見た未来人って、みんなスマートな美男美女じゃなかった?

…もしかしたらあれもBluetooth対応のアンドロイドで、本体は家でぬくぬくしてるんだろうか。それともマトリックスの世界みたいに、小さな棺に入れられて幸せな夢を見せられてる暮らしが一番省エネ、ミニマリストの進化系なのかな?

 

…体重計を買っただけなのに、なんだか怖い話になってしまいました。
とりあえずこれからも買える範囲で手軽な便利、取り入れていきたいと思ってます。
便利…ほしい…モア

 

21エモン 2+モンガーちゃん (藤子・F・不二雄大全集)

21エモン 2+モンガーちゃん (藤子・F・不二雄大全集)

 

心の原風景

小学生の頃北海道に住んでいた。
石狩平野の真ん中の、小さな町。

真っすぐに伸びる国道の脇に、舗装されていない赤土の道があった。
それはとうに閉鎖された炭鉱へと続いている。


鉱山へと続く大きな道路は既にバリケードでふさがれているけれど、この小さな脇道はなぜか見逃されて子どもたちの小さな度胸試しに恰好の場所となっていた。

土の道をしばらく進むと右手に小さなスクラップ置き場が見える。
テレビや冷蔵庫が積んであるそこには作業着姿の痩せた、背の高い男がいて黙々と作業を続けている。いつも帽子を目深に被っているからその表情は窺えない。

左手には小さなプレハブと仮設トイレ、その前に青いピックアップトラック。事務所兼休憩場所と思われるプレハブの窓には、不似合いな淡いピンクのカーテンが掛かっている。

カーテンはいつもこぶし三つ分ほどの隙間が空いていて、白髪の老婆が編み物をしている姿が見える。 老婆も男も、身を寄せ合いながら土道を歩く子ども達には目もくれない。

スクラップ置き場を抜けると、あとはひたすら続くススキ野原だ。
やがてススキの向こうに丸い建物が見える。

それは一度見学施設になった廃炭鉱のチケット売り場だ。
炭鉱は私の祖父の時代に、見学施設は父の時代に潰れた。今はどちらも閉鎖されて、分厚い木の板で塞がれている。広い広い駐車場だけが、昔の名残を残していた。  

炭坑の入り口は閉鎖が甘いのか誰かが板を剥がしたのか、一番下から中が覗けるようになっている。

地面に這いつくばって中を見ると、鉄のトロッコに乗せられた見学用の人形が、錆びついた顔でこっちを見ている。
穴はどこまでも続いているのか、それとも安全のために塞がれてしまったのか。
外から伺い知ることは出来ない。

友達は入り口のない廃墟にすぐに飽きてしまったが、私はなぜかあの穴を覗くことに魅せられてしまい、一人きりでこっそりと、また同じ道を辿った。

 

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ざらつく木板の下から覗く縦穴。
トロッコも不気味な人形も、前と同じように錆びついたまま動かない。
動く気配のない遺物に、私は微かに胸を撫でおろす。

赤いスニーカーを見つけたのはその時だ。
トロッコの奥、暗闇の手前。

昔見学に来た子どもが落としていったものだろうか。それにしては真新しく見える。ハイカットのスニーカーの脇にある丸いワッペンは、コンバースのものだろうか。

目を凝らすけれど良く見えない。
そのうち首が痛くなり、私は諦めて帰路につく。

 

赤いスニーカーをもう一度見たのは次の日の朝だ。

通学路の電柱に、隣町の女の子が行方不明になったというチラシが貼られていた。着ていた服は黒いTシャツ、青いジーンズ、赤いスニーカー。

炭坑の奥で見かけた、赤いスニーカーのことが頭から離れなくなった。

その日の放課後、私は一人で廃坑を訪れた。
友達は誘わなかった。

私は夢と現実の合間を生きているような子どもで、よく無いはずのものを見ることがあった。 教室の高窓の上から覗く男。暗闇にうずくまる白い猫。もう一度振り返れば男は黒いバケツに、猫は白いゴミ袋に代わる。

そんな私だったから、赤い何かをスニーカーに見間違えた可能性はあった。
友達や親に話すのは、もう一度よく確かめてからにしよう。

そう思った私は、またあの縦穴を覗き込んだ。

やはりトロッコの奥には赤い靴など存在していなかった。
しかし、その場所は何かで濡れているように見える。

私は違和感を覚えた。
この間は暗くてスニーカーの赤もおぼろげにしか見えなかったのに、今日は奥まで日が射している。

入口を確認すると一番下の一枚だけ空いていたはずの木板が、更にもう一枚剥がされている。そのせいで光が奥まで届いたようだ。

このくらい空いていれば、服は汚れるけれど通り抜けられそうだ。

縦穴の奥が濡れている理由が気になった私は、すぐに逃げられるよう足先を外に出したまま、穴に半身を入れてみた。

中は獣のような激しい匂いがして、どこか生臭かった。入り込んだ動物の住処になっているのかもしれない、と怖気立つ。濡れた床も、もしかしたら動物の排せつ物の類かも知れない。

それでもどうしても気になって、私は手を伸ばし、濡れて見える部分に軽く触れた。手に何かが付着したのを感じると穴から抜け出し、外の明るい場所で確かめた。

私の指先には赤黒い汚れがついていた。
そっと鼻に近づけると、金属が腐ったような匂いがした。

血だ。

そう気が付くと、一人で立っていることが恐ろしくなり、来た道を駆け戻った。
途中ススキで手を拭うが、赤い色は爪の間に入り込んでなかなか落ちない。

走り続けて脇腹が痛くなったころ、スクラップ置き場とプレハブ小屋が見えてきた。
人がいる、という安心感から私は足を止めた。

小屋の中には老婆がいるはずだった。
前に中を覗き見て、プレハブの中に小さな流しや電話があるのは確認していた。

手を洗わせて貰って、親を呼ぼう。
あれはもしかしたら獣の血かも知れないが、人に告げた方がいい。
私はそう確信していた。

ノックするとゆっくりとドアが開いた。
どうやら扉がきちんと閉まっていなかったらしい。
老婆はこちらに顔を向けて、大きなロッキングチェアに座っていた。しかし編み物に夢中らしく、私には気が付かない。

すいません、と何度か大きな声を上げた後、私はようやく気が付いた。
身動き一つしない、あれは本当に人間だろうか、と。

後ずさりする私の視界が、急に暗くなった。真後ろに、背の高い誰かが立っている。
血の気の引いた私の肩に手が

 

 

というところで目が覚める夢を見ました。
目覚めてからも恐ろしくて、心臓がドキドキしていました。

下から覗ける炭坑も、ススキの道も、プレハブのあるスクラップ置き場も、実は本当にあるのです。

ただ実際の場所は異なっていて、それぞれ離れた所にあるのでこんな風に放課後に立ち寄ることは不可能なのですが。

私の脳内で印象的な場所が結びついて、一つの物語を作り上げたのでしょう。
どこまでが夢で、どこからが現実か?それはあなたの想像にお任せします。

ではお休みなさい、どうかいい夢を...

  

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漆黒と墨黒

夜寝る前に外を確認する。
子どもの自転車がちゃんと車庫に収まっているか、昼間遊んだサッカーボールやバトミントンの羽が表に出しっぱなしになっていないか。

その時に少し外の空気を吸ってぼんやりするのだけれど、完璧な冬が来る前の今の空気が一番おいしいな、と思う。

澄んでいて冷たくて、でも少し日差しの匂いが残っていて。

夜の色も好きだ。
よく漆黒の闇/しっこくのやみなんて言うけれど、月の隠れた夜でも、夜の色は漆のそれとは少し違うような気がする。

漆塗りの黒は艶々と輝き、どんよりと重苦しい。
私の目に映る夜の闇は、墨を溶いたように見える。

磨った墨の色は、黒いけれどその底に微量の光を宿している。端の滲みも、日暮れや朝焼けの色のよう。

 

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だから私は漆黒(しっこく)よりも墨黒(すみくろ)の方が闇の色に近い、と思うのだけれど。

でも言葉の響きが漆黒の方がかっこいいので、致し方ないのかも知れない。
スミクロはなんか、かわいいもんね。

さてさて、そんな訳で私はいつも夜の空気を吸い込んで、静かに扉を閉ざす。そして安全な繭の中で、どこかへ向けた言葉を綴りはじめる。

思いがけず筆が進む夜は、肺の中に上手く墨黒を取り込めたからかも、なんて思うのです。

 

今週のお題「私がブログを書きたくなるとき」

外見と内面の齟齬

 今頃AmazonプライムでFate/Zeroを見ている。
実はこれが初Fate。ほとんどの皆さんがご存知の物語だろうが、なかなか面白い。

かつての英雄の霊が現代の魔術師たちの召喚によって具現化し、自らを呼び出したマスターと共にすべての願いをかなえると言われる聖杯を手に入れるための戦いに参じる、という物語である。

物語の軸となる英霊が、高潔なる魂と聖剣を持つ伝説の主、アーサー王。
謎と伝説に満ち、騎士道の手本たるブリタニアの王の実体は、金の髪と青い瞳を持つ可憐な乙女であった...というのが物語最初のポイント。

この可愛くも凛々しく、高潔でアホ毛なセイバーを見ていて私が感じたのは『魂と器の齟齬』という言葉でした。

  

Fate/Zero Blu-ray Disc Box Standard Edition

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たましいとうつわのそご。

いきなり難しい漢字が飛び出しましたが、つまりガワとナカミが食い違っている、ということ。

故国のためならばその身を捧げても構わない、という強い理想や騎士道精神に溢れ、エクスカリバーという強力な武器を持つセイバー。

しかしその姿は可憐で小柄な少女そのもので、その殉教の姿勢が痛ましいと思われてしまう。

 物語にはその他にも外見と中身が食い違っている人たちがたくさん登場します。

心優しく好奇心旺盛で、人間味に溢れているのにその実体はホムンクルスにすぎないアイリスフィール。

聖職者であり、敬虔に育てられたにも関わらず自分の内の闇から逃れることのできない綺礼。

 騎士道に忠実で、マスターへの忠義だけを望んでいるのにその身が持つ異性を魅了する呪いから逃れられないランサー。

小柄で貧相な体躯と童顔に、似つかわしくないほどの自尊心を抱えてもがいているウェイバー。

 外見と中身が上手く調和しているのは豪放磊落なアレクサンドロス大王(イスカンダル)、ライダーくらいでしょうか?

外側と中身、理想と現実。
そんな風に相反するものがFate/Zeroのテーマだったような気がします。

さてさて、実はまだ全話見終わっていないのでFateの話はこの辺にして。

 

外側と中身の齟齬

 

つい先日、とある方のツイキャスを聞きまして。

ジョヴァンナ(id:giovannna) さんという、女性はてなブロガ―さんが話していらっしゃったのですが、声が理想すぎて…!

なんつーか、緒方恵美さんみたいな素敵声。蔵馬ーーー!(例えが古い)

(ジョヴァンナさんのブログはこちら。ツイキャスも要チェックだ!)

something-new.hatenablog.com

 

小学生の頃、初めて自分の声をテープに録音して驚きました。
自分の耳にはもうちょっと落ち着いて聞こえるのに、どうしてこんなに高いの⁉と。

その違和感は大人になっても続いています。
褒めて頂くことも多いのですが、自分の中ではもうちょっとくっきりはっきり話しているつもりなのに、どうしてこんなに嚙み噛みのふにゃふにゃなんだ…と毎回げんなりです。

私のイメージする/自分の耳に聞こえる声はジョヴァンナさんの声に近いのです。
これは理想と現実の齟齬、という奴でしょうか?

 

声のほにゃららさ、小柄で童顔な見た目もあいまって、リアルではほっこり癒し系扱いされることの多い私ですが、内面はけっこう意固地だし負けず嫌いだし頑固だし辛辣だったりします。

はてなでも優しい/いい人認定されることが多いですが、それは自分の嫉妬心やら怨念なんか簡単に表に出してたまるかよ、という負けず嫌いな性格のせいです。裏では段ボールボッコボコです。

 ポケモンで例えるなら外見がタブンネ、中身はイワーク(中身が見掛け倒しって言うな!)。

 

思春期の頃は女の子らしい服装がイヤで、映画「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」のジェーン・バーキンに憧れてボーイッシュな洋服ばかりを好んでいましたが、あれは中性的で手足の長いバーキンだから似合うファッション。

背が低く丸い私には到底似合わない…と気づいてからはシンプルコンサバ系ですが、本当は可愛いよりも辛口に憧れます。

だがしかし、オーバーオールは一生似合わないだろうな…トイレめんどくさいし(違)

 

[映画パンフレット]ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ je t'aime moi non plus (1976年/フランス) / 監督:セルジュ・ゲンズブール 出演:ジェーン・バーキン[1995年7月22日発行]
(さすがにノーブラは真似しませんでした)

 

さてさて、今日のお話はあんまり結論がなかったりします。

ではなんでこんな話をしたかというと、職場で地元のイベントに合わせて、ピンク色のナイロンジャンパーを作ったのですが、これが完璧な薄いダサピンクってやつで…!これを着せられている自分の腕を見るだけで背筋が凍るのです。

合っていないと思う色の服を着せられるって、こんなにもストレスだったのか…と凹んでいるから、こんな話を思いついたのかも知れません。でも上司は似合うっていうんだぜ?そう言うなら窓口だけじゃなくてダサピンクを全員強制義務化してくれ...分かち合おう!

 

外見と内面の齟齬を抱えている人は、結構多いんじゃないのかな、と思います。
これが性差も伴う違和感だと性同一性障害、と呼ばれるのかも知れません。

Fate/Zeroのライダーみたいに、外見と内面が調和出来てる人にとって、世界はどんな風に見えるのだろうか?と憧れたりはしますけれど、それは所詮絵に描いたモチ。

見た目通りの人間なんて、つまんないぜ!と精一杯虚勢を張って、今日はおしまい。

  

 

【SMAPと、とあるファンの物語-あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど】感想

『SMAPと、とあるファンの物語—あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど』という長いタイトルの本を読みました。著者は乗田綾子さん。

SMAPファンが書いた、SMAPと『私』の物語。
そう聞いて、どんな内容を想像するでしょう?

熱烈なファンが苦労してチケットを手に入れて、全国を旅する話?
様々なグッズを手に入れたり、ファンクラブの中でのあれやこれやをつづる話?

 

私はこの本のことを、誰よりもSMAPが好きな女の子の特別な物語だ、と思い込んでいました。

でも実際に本を開いてみたら違った。 
これは普通にSMAPが好きな女の子が、自分の半生と共にSMAPの歴史を振り返る、私の隣の物語だったのです。

 

転校を繰り返し、不登校にもなってしまった。思い焦がれた上京は、失敗した。願ったとおりの現実を生きるのは、難しい。だけど――。小学校低学年から30歳に至るまで、とある女性の人生にずっと寄り添っていたのは、親でも彼氏でもなくアイドルだった。ライブやラジオ等でのSMAPの発言や行動を振り返りその歴史を語りつつ、ファンの目線から“アイドル"の意味と意義を読み解く。

 

SMAPと、とあるファンの物語 -あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど-

 

 

本を開くとまず目につくのは膨大な脚注。

様々な資料から拾い上げられたSMAP自身の言葉、その歩みから描き出されるSMAPの姿はどこまでも『普通の少年』に思える。
そんな彼らが迷いながら大人になる姿が、合間に挟み込まれる著者の成長物語と重なっていきます。

この本を読むまで、私はそれほどSMAPには詳しくない、と思っていました。 だからこんな私が本を読んで楽しめるだろうか…という不安が。

でも実際読んでみて驚きました。
私は自分で思うよりも彼らのことをよく知っていた。
曲のタイトルだけで流れてくる音楽、ヒットドラマの数々。

昔、友達の家によく泊まりに行きました。
そんな時、少し夜更かしして観る番組はいつも『SMAP×SMAP』。

なかでもビストロスマップのコーナーが大好きで、どっちの料理が食べたいとか、夜中なのにお腹が空いてこっそりピザをチンして食べたり。
あの頃の柔らかな夜の匂いを思い出します。

『ロングバケーション』も『僕の生きる道』も好きだった。
慎吾ママの歌だって歌える。

SMAPは、私にとっても一つの時代だったのでしょう。

 

だからSMAPと共に歩む著者の姿が、とても身近に感じられます。
この本の著者、乗田綾子さんは国鉄マンの父を持ち、幼い頃から引越しばかりの生活を送っていたそうです。そんな彼女が感じていた、居場所がないという寂しさ、喪失感が物語の根底にはいつも流れています。

私も転校生でしたが、転校が続くと、自分が根っこのない透明人間になったような気持ちになるときがあります。

昔話や古いアルバムを見せてもらう時の、切なさ。
仲良くアルバムを開いて、私以外のみんなが写るその写真の物語を聞きながら、私はどこまでも自分が希薄になるような気がしていました。

転校が多い著者にとってSMAPは『どこに行っても変わらないもの』だったんじゃないか。あの頃、本という『変わらないもの』にすがっていた私は、なんとなくそう思うのです。

 

あの頃の未来に、僕らは立っているのかなあ。
この本を読み終わった時、頭に流れた音楽は『夜空ノムコウ』でした。

この本のサブタイトル、『あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど』も夜空ノムコウをモチーフにしています。

 これはとても柔らかで、センチメンタルな本。

ページをめくるたびに、音楽やドラマの1シーンと共に、私のあの頃が微かに思い出されてきます。

あの頃のぼくたち、私たち。
すべては柔らかく折り重なって、懐かしい物語になっていく。

私達は、あの頃夢見た未来には立てなかったのかも知れない。
全てが思う程、上手くはいかないみたいで。

でもそれでも。

また桜は咲くし、新しい明日が来る。
いつかまた、あなたに会える日がくるかも知れない。

そうやって私達は日々をアップデートして、生きていくのだろうなぁ、と思ったのです。

この本の著者、綾子さん/小娘さんがまたSMAPに会いたいと願うように、私もまたあなたの本が読みたいと思いました。そんな風に思わせてくれる一冊でした。

 

 

SMAPと、とあるファンの物語 -あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど-

SMAPと、とあるファンの物語 -あの頃の未来に私たちは立ってはいないけど-

 

 

 

あなたの声が聞きたくて-仁木英之『千夜と一夜の物語』感想

仁木英之さんの「千夜と一夜の物語」(ちよとひとよのものがたり)を読んだ。
これはちょっと奇妙な物語だ。

冒頭は物語のヒロイン千夜の、新しい職場の歓迎会から始まる。
大手化粧品メーカーの研究員という、中途採用としては恵まれたスタートを切る千夜。しかし早速上司からセクハラを受けてしまう彼女を救うのは同じ職場の先輩である姉、一夜。

声優の仕事を諦めて就職した千夜と、そんな彼女を見守るしっかり者の姉一夜。
微笑ましい姉妹の物語は、酒に酔い一人で先に帰った千夜が何者かにかどわかされる所から変容を遂げる。

千夜を攫い、謎の屋敷に死体を積み上げる自称『魔王』は千夜に物語ることを命じる。
面白い話を語れ、しからばお前を生かしておいてやろう、と。

当たり前の日常から一変、アラビアンナイトのような世界に取り込まれた千夜は、元声優の意地にかけて魔王を魅了する話を語り始める。

それは創作好きだった姉の一夜がかつて幼い千夜に語ってくれたおとぎ話、のはずだった。しかし毎晩物語るうちに、物語が現実を侵食しはじめて…?

 

千夜と一夜の物語

 

物語の冒頭は現代的なのに、たった一夜の出来事から千夜の世界は大きく変容を遂げます。死体を積み上げ面白い話をせがむ魔王、語れば語るほど現実にリンクしていく千夜の物語。

長年行方知れずだった父が帰ってきた時から、頼りの姉も変わってしまい、孤立する千夜。彼女の武器は声、そして物語る力だけです。

語れば語るほど明らかになっていく町の秘密、人知を超えた父の力、その恐ろしい思惑。

 

現代から始まった物語は、過去へ遡り魔術師を巡る不思議なファンタジーとなり、最後は現実に着地し、そしてまた夢幻の世界へと旅立ちます。

モダン・ホラーの名の通り、千夜と一夜、そして魔王の幼い頃の物語は恐ろしくおぞましい。

慕っていた姉が分からなくなり、自分の父も信じられなくなるヒロイン。
そんな彼女が頼れるものは自分の声だけです。

他者を従わせ、世界を変える彼女の物語る『力』。
誰もが魅了され、ストーカーにつきまとわれたり上司からも過剰なセクハラを受けてしまう千夜の声とはどんな響きだったのでしょう?

少し怖くて不気味、けれども耽美なモダン・ホラーです。

仁木英之さんと言えば『僕僕先生』という美少女仙人僕僕と、弟子の王弁の旅を描いた明るく切ない中華ファンタジー・シリーズの印象が強いのですが、この仄暗い物語もとても面白かった。

なによりヒロイン千夜の声が聞きたくてたまらなくなるのです...!
今夜、夢で逢えるかな?
シェヘラザードの終わらない物語に。

 

千夜と一夜の物語

千夜と一夜の物語