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崖の館/佐々木丸美 ネタバレ注意~冬の日と雪の密室

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崖の館 (創元推理文庫)

注意:ネタバレありなので未読の方は読まないで下さい!

 

子供の頃好きだった佐々木丸美さんの「崖の館」を買ったんですが、

読み難くてしばらく放置してしまいました...。

 

すいません、本当に本好きなのかと。
  いや、「ミステリーをちゃんと読もう」(旧ブログ名)と努力するブログなのでこれでいいのかもしれないんですけど。一作目から理解できなくてまとめサイトに走ってますしね。

小学生の頃の私、よく理解できたなー(たぶんラブロマンスの所だけ抜き出してわかった気になってただけ)。

巻末の若竹七海さんの解説にもありますが、この本は主人公涼子(高校生)の視点で書かれているため、『繊細な感性を持つ思春期の少女らしいリリカルで甘い文体による一人称』で、若竹さんも『実を言えばこの少女趣味的な要素がかなり苦手である』と言っています。(もちろん若竹さんは佐々木丸美さんの作品を孤高のミステリ、と賛美していますが)

ちょっと取っ付き難いのはすごく少女趣味で、純粋で、甘~い涼子の語り口。

涼子は年の割(高2)に子供っぽい、廊下を歩きながら石けり遊び風にピョンピョンするのが好きな女の子なんです。

彼女の視点で描かれた物語なので、大人になって読むと、ついていけない所もあり、一度挫折しました…。

 でも全体は趣のある洋館や絵画、伝説に彩られた、一族の物語で、ちゃんと謎解きもあり(本当にそれで人が死ぬのか、というトリックもありましたが)面白いです。

 

ストーリーは、

 北の海の断崖絶壁に立つ洋館(国道まで2Km。徒歩30分くらい?枯れ木をたよりに方向を決めないといけない入り組んだ道で車は入れないよう。買い出しなどは町に住む使用人の老夫婦が馬でやっている。吹雪くと国道も遮断されてしまうらしい。もよりのイオンまでは14Km)に住む資産家の未亡人と養女の千波。結婚を控えていた千波は鍵のかかった自室から海に落ち亡くなってしまう。

 その2年後、千波が亡くなった時と同じメンバーがまた館に集まるが飾られた絵画が一枚なくなった事件をひきがねに千波の死は殺人だったのでは、という疑惑が生まれる。

 やがて吹雪に閉ざされた館の中で人がいなくなる。彼女が見つかったのは事故後閉ざされていたはずの千波の部屋で…

という感じのゴシック・ミステリー。

 

登場人物は主人公の涼子、前述の通り高校2年生。  

医大浪人生、とわざわざみんなに言われている2,3年浪人中の哲文。

大学生の美人で奔放な由莉。

29歳の研はサラリーマンで千波の婚約者。

同じく29歳の真一は父親のスーパーマーケット経営を手伝っている。

27歳の棹子は仕事をやめて手芸料理に精を出し自活の方法を探している、と書かれていますから家事手伝い、ですね。

20歳で研との結婚を目前に亡くなってしまった千波。彼女は幼い頃に両親を亡くし、未亡人の養女として育てられています。

彼ら全員(千波は養女になりますが)未亡人の甥、姪という間柄です。

実際には千波は娘なんですが、彼らの感覚ではみんな同じ甥や姪でいとこ同士。おばさんに同じように扱われるべきだ、という意識があるようです。

 そして結婚4年で夫を亡くし、巨額の遺産を手に入れた未亡人こと

みんなのおばさん。

 彼女は大金を手に入れた後も一人夫と暮らした辺鄙な場所に立つ館に住み続け、甥や姪たちの援助にはお金を惜しまない、優秀なパトロンです。

いとこたちはそんなおばさんを慕っていて、子供の頃から自分たちだけで夏休み冬休みと長期休暇のたびに館を訪れ自分の部屋も持っています。

千波以外はみんな自分の家があり両親や兄弟もいるのですが、子供たちを教育したり進路を決めて援助したりするのはみんなおばさんの役目、という不思議な家庭環境です。

 叔母が子供たちを叱り、親の顔が見たい、という時も母親が言っているような雰囲気があります。 

 かろうじて涼子には優しい両親がいるような話があるのですが、そんな彼女も高校卒業したら家で一人で本を読んで勉強したいわ、みたいなニート人生をおばさんに頼み込み、好きにおし、とか言われています。

  おばさんはきっと子供たちの親にも文句を言えないくらいの援助をしているのでしょう…

 いとこたちはみんな叔母のお金をあてにしているし、両親の影は希薄だし、涼子の目からは仲睦まじく本当の家族のよう、として描かれていますが少し歪な感じです。

 子供たちは大きくなり、特に女の子たちは仲の良い4姉妹のようにして育てられます。しかし毎日一緒に過ごす娘の千波と年に2か月訪れる姪っ子を同じように扱うのは、みんなのおばさんにも無理があります。  

 こうした家族ゲームの歪さ、姉妹のような子供たちの間に生まれる格差が事件の引き金になります。

 

 両親を亡くし辺鄙な場所でなんとか義務教育を終えた千波は、中卒で館にひきこもる暮らしを選びます。

おばさんからたくさんの本や絵画を与えられ、膨大な蔵書と芸術品に囲まれた館で過ごし、いとこの誰もかなわない知識と教養を身に着けた女性に育った、と涼子は言っています。

涼子はさらに千波のことを、

「尊敬と同時にそのように静かに生きられる幸福をうらやまない訳にはいかなかった」

と言っています。幸福?千波は静けさが好きで館にいるようですが、両親を亡くして叔母さんと2人きりの暮らし。なんかせつない…

 やがて千波はいとこの一人研と恋に落ち結婚の約束をします。もうすぐ館を出て研の職場の近くで暮らせる。ようやく幸せが…と思った矢先自室の非常階段から転落死。ちょうどいとこたちが館に滞在している時の出来事でした。  

 部屋に鍵がかかっていたため事故死として処理されますが、みんな内心では「殺人では?」と疑っています。

そして館の中で様々な事件が起き、自室で寝ていたはずの棹子が覚えもないままに鍵のかかった千波のベットで眠っているところを発見され、密室も揺らいでいきます。

 

  かわいそうな千波はおばさんに一番に愛されていることやその優秀さを妬まれていとこの誰かに昔から嫌がらせを受けていました。

それでもおばさんや周りを気遣って私が幸福だからいけないんだ、と耐える千波。

いくら素敵な場所でも物凄い不便で(吹雪いたらすぐに孤立します)おばさんと二人の孤独な暮らし。

兄弟代わりのいとこたちは夏休みや冬休みに遊びに来るだけです。好きな研がほかのいとこたちと一緒に帰る様子に涙をこらえたりしています。

 それなのにいとこたちがくるたびに、好きなひとから貰ったものを壊されたり、ポルターガイストに悩まされたりひどい目にあっています。

  私を他のいとこよりも私がおばさんと仲良く暮らし恵まれているとしたらみんなは両親や兄弟に囲まれて幸せなはずだ。私だけが嫉まれる筋合いはない。おばさんが特別あつかいするのも当然だ。おばさんとよんでいるけれど母親なんだから。

 千波は日記にそんな風に書き記していますがそのとおりです。 理不尽ないやがらせを受けながらも我慢し続け、犯人に気が付いてその尋常じゃない思考に驚いても黙ってその人を恨まない、私の人生はその人が教えてくれたものだから、と思っています。 耐えすぎだよ!千波はみんなから聖女のように思われていますが、そうやって表に出さなかったからみんなから過剰に崇拝されたり嫉まれたりしてしまったのかな、と。

  

 結局千波を殺害したのは、彼女が慕っていた人物、だったのですがその犯人の動機がひどすぎる。

犯人は千波に圧政されてきた、と信じています。

自分は生活にまみれているから目覚めていなかっただけのことを、たまたま海や空を見て書物に触れて暮らせる恵まれた立場の千波が先に見つけてしまう。自分の中にも要素はあったのに、違う道を歩こうとしてもいつも先に千波がいて2番煎じになってしまう。天才、と呼ばれる千波に打ち砕かれてしまう。

 そこで千波の心を操り罠にはめ自ら落ち込むように仕向けよう、と考えます。

 嫌がらせを繰り返し、もの静かな千波を怒らせよう、悪意を芽生えさせようとします。

自分のしていることを悪いことだとは思わず、千波は思うままに生きるのだから自分もそうしよう、千波が知識と教養をしめすなら自分はそれを壊す知識と教養をみせつけなければとどんどん張り合っていきます。結局千波は真相を知りながらも犯人の思惑を裏切り、悪意や怒りに打ち勝って死んでいきます。 

この結果を悔やまない、千波には負けたけれど人生の勝負に区別はないと信じる。私たちは生きていたんだもの 。 

そんな犯人の声を美しいと感じる涼子。怖い… 

そして大好きなおばさんに名言を残して海に身を投げます。   

千波はこの上もなく幸せな少女でした。生活の疲れも世のしがらみも知らずに思うがままに生きたのです。研さんとの愛の成就を果たせなかったことが不幸だったと思わないで下さい。あの子は愛を美しいものと信じ研さんという男性を神聖化したまま死んでいけたのですから。私もまた幸せでした。この館に来るときはあらゆる世の鎖からとき放たれて来たのですから。ありがとうございました 

  

 犯人はおばさんの慰めになるのなら言わせて頂きます、と言ってますが身勝手にも程があります。涼子には名言に聞こえるんでしょうね…

誰も止めない中静かに崖から身を投げる犯人。 

罪、償わさせようよ… 

 

 いろいろ言いたくなる部分もありますが、館の様子やいとこたちの睦まじい感じ、料理や絵画や裁縫や非日常感とか好きな部分もたくさんあります。独特の雰囲気のある作品です。3部作で他の話もいいですよ。

 という訳で今回は佐々木丸美「崖の館」レビューでした。

 

崖の館 (創元推理文庫)

崖の館 (創元推理文庫)