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おのにち

おのにちはいつかみたにっち

メロスは道の途中~第11回短編小説の集い参加作品

小説

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こんにちはみどりの小野です。

今日は第11回短編小説の集い参加作品、小説です。今回のテーマは「祭り」。

ファンタジーが多い、という感想があってそういえば私もファンタジーやSFばっかりだ、ジャンルが偏ってるなと思ったので今回は普通の、ありそうな話…にしてみたつもり。

そしてわかりました。普通って一番難しいぞ!

とにかく主催者虚無透様、今月もよろしくお願いいたします。(ふかぶか)

 

novelcluster.hatenablog.jp

 


 

 『メロスは道の途中』

 

「もう別れる、絶対別れるからね!」
威勢のいい言葉と共にカナエは安っぽい折り畳みテーブルを強く叩いた。ばん、という重たい音と共に紙コップのコーラが少し浮き、彼女の手が痛む。
「はいはい、カナエってばさっきからそればっかり。たかが30分でしょ、しかも『遅れるかも』って言われてたんだよね?」
友達の柚季のあきれ声にカナエは唇をかんだ。
「でもラインも電話も応答なしだよ?おかしくない?」
「はいたこ焼き一丁!」
脇から涼香がカナエの口の前に大きなたこ焼きを差し出す。
カナエは腹立ちまぎれにガブッ、と丸いたこ焼きに噛みついた。
「ほれひひたって…」
たこ焼きは大きすぎて少し話しづらい。ひどくない、と言いかけた口を閉じ憎しみにまかせて噛み締めようとしてもタコ不在のたこ焼きである。
「これ、タコ居ないよ?」
思わず涼香の方を見る。たこ焼きのように丸い頬をした涼香は澄まして言う。
「『たこのようななにか焼き』って書いてあったから。略せばたこ焼きだよね」
「ええ!なんでタコ不在のたこ焼きを買ってくるわけ?」
「だってこのボリューム、12個入って300円だよ?コスパいいじゃん」
「コスパコスパってあんたさあ…」
だから太るんだよ、と禁断の言葉を言いかけて柚希がスマホを気にしているのに気付く。
時間を確認するともう19時半、柚希と涼香はクラスの男子との約束の時間である。
「もう行った方がいいんじゃない?」
カナエは2人に言った。
顔を見合わせて、柚季が言う。
「いいのいいの、山田と杉本だよ?少しくらい待たせても罰当たらないって!」
「そうそう、それにカナエの彼氏見ないと!」
涼香も笑う。
「今日はもう来ないって。私ももうちょっと待ったら帰るからさ、行った行った」
軽く笑顔で押しやると二人は待ち合わせの神社の方へ歩き出す。
「来なかったら一緒に歩こうよ!」
「後で連絡してよね!」
なんだかんだ言いながら二人の足取りは軽い。今日はクラスの男子二人に誘われてダブルデートらしい。
綺麗に結い上げた髪と可愛らしい浴衣の後姿を見ながらカナエは自分の足元を見た。買ってもらったばかりの華奢な下駄。浴衣はバイト料で自分で買った淡いブルー。髪だって30分かけて編みこんで綺麗なアップスタイルにした。
さっき女3人でカワイイカワイイと互いに褒め合ったばかり。
 
だけど。
せっかく直樹が好きだと言っていた、水色の浴衣を買ったのに。
厳密にいうと直樹が好きだ、と言ったのは水色の下着、だったのだけれど。
 
カナエは先日直樹と交わした会話を思い出す。
 
「ねえ、何色が好き?」
そう聞いただけだったのに。
「水色の下着」と最低な答えが返ってきた。
思わずジーンズのお尻に中学までやっていた空手で鍛えた横蹴りをお見舞いしてしまった。
本当は三本目の足めがけて前蹴りをお見舞いしてやりたかったのだけれど、昔弟に「彼氏が出来たら前蹴りだけは止めて差し上げろよ…?」と内股で妙な忠告を貰った事を思い出しぐっと我慢した。
 
高校生のカナエと大学生の直樹は付き合い始めて3ヶ月。ようやくキスに慣れたくらいの間柄。そもそも「まだ高校生だから」とアパートに呼んでもくれないのにいきなり下着の話をするとはなんて奴だろう。
それでも水色、が忘れられずにわざわざ水色の浴衣を買ってしまうあたり私もバカだ、とカナエは思う。
 
ぼんやりしていたら結構時間が経ってしまった。
時刻は20時、さっきからこちらを意識しながら視界の隅をうろちょろする茶髪の2人組が目障りで立ち上がる。
もう帰ろう、と思いつつも一応境内をぐるっと一周し、直樹の姿を探してしまう。カナエは諦めの悪い自分に苦笑いした。
 
近くの神社のお祭りは、広い境内に30個ほどの屋台が出てお終い。花火も無ければ神輿もない。地元の本当に小さな祭り。
だけどカナエは子供の頃からこのお祭りが好きだった。家の近くで、参加者も見知った人ばかりという気安さから子どもだけでもOK、という許可を貰えたからかも知れない。
金魚すくいに林檎あめ、綿あめたこ焼きかき氷。
 
それより小さなカナエが憧れたのは可愛い浴衣で彼氏と手をつないで歩く、金魚のようにフワフワした綺麗なお姉さんだった。
私もいつか彼氏が出来たら、あんな風に歩くんだってずっと憧れていたのに。
 
気が付くと境内の外れまで来てしまっていた。祭りの喧騒も遠ざかり、目の前には長い石段。木立の向こう、眼下に家の明かりが見える。カナエは石段の端に座り込み、町を見下ろした。
 
考えてみれば直樹は最初から乗り気じゃなかった。
土曜日はお祭りだから一緒に行こう、と言ったら「土曜日は教授の家の新築祝いに呼ばれてて…」と困った顔をされた。
聞けば教授の家はカナエの家の程近くらしい。
「お祭りの日にやらなくっても…」
とカナエがむくれると、「小っちゃいお祭りなんだろ?」と余計なことを言う始末。
ごねにごねまくり、お祝いを早めに切り上げお祭りに行く、と無理やり約束を取り付けたのだ。
 
「わがままだったのかな…」
ぽつり、とカナエは呟く。
17歳のカナエにとって20歳の直樹は初めての彼氏だ。聞けば直樹は高校の時に彼女がいたらしい。
年上の彼氏でいいな、と周りは言うけれどカナエはいつも一緒にいられる同級生同士のカップルが羨ましくて仕方ない。おまけに直樹は車も無い金も無い。その上バイトやら講義やら常に貧乏暇なし状態。
そんな直樹がいやだ、と思ったことはない。けれどどうにも距離感が掴めず、そんな自分にやきもきしてしまうのだ。
 
ぽつん、ぽつんと雨だれのような足取りでカナエは石段を降りる。
浴衣は皺になってしまったし、せっかく編んだ髪も歩き回る内にほつれてきてしまった。もう家に帰る頃合だ。
下ばかり見て歩いていたら、とつぜんそこにあった人の頭を踏みそうになり慌てて足を引く。
「やだっ、誰?」
改めて眺める。石段の一番下にひっくり返っていたのは直樹だった。
「ちょっと、なんで?大丈夫?」
慌ててうつぶせになった顔を確かめる。どうやら寝ているようだった。顔が赤く、息が酒臭い。
「まったくもう…」
安心してカナエは座り込む。20歳になったばかりの直樹は酒が弱いのに断り下手で、飲み会の度に酔いつぶれていた。どうやら今日も教授の家で飲まされてしまったらしい。
 
「ちょっと、大丈夫?ほら、帰るよー!」
直樹の手をつかんで軽くゆする。直樹の手は温かい。その手に、カナエは二人が初めて出会った時のことを思い出した。
 
 去年の冬休み、カナエは家の前で新聞を待っていた。時刻は朝5時、普段ならぐっすり寝ている頃だ。
宿題の自由研究をすっかり忘れていたカナエは、友人の『冬休み中の新聞記事を切り抜いて適当なコメントをつける』という手軽な社会研究を真似することにした。早速家の新聞を探したのだが一つもない。タイミングが悪くキレイ好きの母が全部廃品回収に出してしまったのだ。
普段は怠け者なのにスイッチが入ると俄然やる気のでるカナエ。新聞が待ちきれず、早起きして門の前で待つことにした。
冬の朝は寒い。パジャマの上からコートを羽織り、両手をこすり合わせていると朝靄の向うから自転車の音が聞こえてきた。
 
ききっ、と軽快なブレーキ音を響かせて止まった自転車の持ち主を見てカナエは驚いた。丸顔の、思ったより若い男だったからだ。
勝手に年寄かおじさんが来るもの、と思い込んでいたカナエは少し気まずくてコートの前を合わせた。向こうも同じような気持ちらしく寝癖頭を撫でつけている。
 
「おはようございます…」
どこかぎこちなく挨拶を交わす。男は郵便受けに新聞を入れようとする。
「あ、はいっ」
新聞をずっと待っていたカナエはつい両手を差し出してしまった。
「あ、じゃあ…」
男はすっ、と軍手を外し、彼女に新聞を差し出した。
少し当たった手がすごく温かくて、驚く。
もしかして軍手が新聞のインクで汚れていたから、わざわざ外して手渡してくれたのだろうか。カナエがそう気が付いたのは彼の自転車が見えなくなってからだった。
 
 翌日からは早朝から宿題に取り組むような熱意は失せていたのだけれど、カナエはなんとなくポスト脇で新聞を待ってみた。
さすがにパジャマは止め、髪も梳かした。男は次の日も、その次の日も丁寧に軍手を外してから新聞を手渡してくれた。
そうやって冬休み最後の一週間、カナエは毎朝早起きをした。カナエはちょっとずつオシャレをしたり薄くメイクをして彼を待ったし、寝癖にスウェット姿だった相手も最終日には髪をセットしジーンズにセーターという服装に替わっていた。
新聞を受け取るだけの7日間。
 
明日から新学期、という日にカナエは思い切って彼に自分のラインのIDを渡した。
 
「初めまして」という何処かずれたメッセージが届いたのはその日の昼過ぎだった。
それから何度もメッセージを交わし、休みの日には早起きして新聞を待ってみた。
新聞配達の彼、直樹が初めてカナエを誘ってくれたのは暖かい春が訪れたころだった。
 
「野球のチケット貰ったんだけど、良かったら一緒に行きませんか?」
彼が恐る恐る差し出したそれは、春の新聞勧誘で余ったんだろう、と一目で分かるシロモノだったけれど。
カナエはすごく嬉しかった。それから何度も二人で出掛け、付き合いだしてやっと3ヶ月。
 
付き合って気が付いたのだけれど直樹は誰にでも優しくてちょっと要領が悪い。だから新聞配達、なんてコンビニよりバイト料の安いところで働いているし先輩や教授にやたら手伝わされデートもろくに出来ない。
 
だけど。
カナエは思う。寒い冬の朝、律儀に手袋を外して新聞を手渡してくれるような不器用な善意を、私は好きになったのだから。
 
石段に掛かった直樹の右手を、「ゴール」とカナエは小さく挙げた。
間に合わなかったメロスだけど、向かおうとした誠意だけは認めてあげよう。今日の暴君ディオニスは寛大なのだ、とカナエは笑った。 (3999字)
 
<終わり>