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おのにち

おのにちはいつかみたにっち

ブログと信頼できる読者、と言う考え方

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きっとあなたは、あの本が好き。連想でつながる読書ガイドと言う本を読んだ。

 

きっとあなたは、あの本が好き。連想でつながる読書ガイド (立東舎)

きっとあなたは、あの本が好き。連想でつながる読書ガイド (立東舎)

  • 作者: 都甲幸治,武田将明,藤井光,藤野可織,朝吹真理子,和田忠彦,石井千湖,阿部賢一,岡和田晃,江南亜美子,今井キラ
  • 出版社/メーカー: リットーミュージック
  • 発売日: 2016/01/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログ (3件) を見る
 

 
色んな本の紹介だけに飽き足らず、それらに似た過去の名著、そしてたくさんの本を紐解くことから社会の流れが見えてくる面白い読書ガイドだった。

 

一番興味を惹かれた、そしてブログに結び付けてしまったのは第7章、「井坂幸太郎が気になる人に~映画化されたベストセラー」で書かれたカズオ・イシグロ「日の名残り」について書かれた部分。

 


この作品は、読者との信頼関係の構築に尽きると思うんです。
イシグロの代名詞と言えば、「信用できない語り手」ですが、これはひっくり返せば、読者に一定水準以上のリテラシーを要求するということでしょう。
こう書きますよ、でもきっとその裏をわかってくれますよね、って読者を信頼して書いている。
読者にリテラシーを求め、その信頼を託して書くと言うのは、カズオ・イシグロの小説全体に言えます。
全部は書かないけれど、読んだあなたはわかるよねというギリギリのラインの上げ下げが、憎たらしいほどうまい。

 

「日の名残り」の主人公である執事は理想的な執事だと思わせておいて「信用できない語り手」そのものだし、「私を離さないで」でも、意識や記憶がいかに不確かなものなのか、というテーマが繰り返し描かれる。

 

すべてがはっきりとではないけれど、注意深く読んでいくと執事や彼の理想的な主人の姿は欺瞞だったことが分かるし、「私を離さないで」でも、主人公たちの行く末が想像できるように描かれている。

 

こんな風に読者に委ねる書き方はとても高度だ。
カズオ・イシグロは計算ずくで、程よい難しさで読者に委ねて、行間を読ませる。

彼の本を読んでいると自分の頭が良くなったような錯覚に陥る。
そこら辺のさじ加減も絶妙だ。
人をインテリゲンチャ(相当古い)気分にさせる男カズオ・イシグロ...。

 

ずるいぞあざといぞでもそこが好き。


小説とブログと言うコンテンツの差異

 

小説は300ページ以上読者を惹きつけて、その中で少しづつカードを明かしていく。
長いつきあいの中で生まれる読者との信頼関係のようなものがある。

途中でふるい落とされなかった読者のために、作者は書いているのだと思う。

 

ブログはどうだろうか?

私のブログには今現在459人の読者がいる。feedlyでは161人の人が購読してくれている。

だが読者登録しているブログは毎日欠かさず読んでいます、という人はわずかではないだろうか?
私自身、お気に入りのブログでさえ毎日更新だと読み切れない日がある。

それなのに実際には読者数より多くの人にブログは読まれている。
ホッテントリ入りすれば、一つの記事で読者数の100倍近いアクセスを稼ぎ出すときもごく稀にある。


互助会、だなんてよく言われるけれど人気記事の殆どはブログを書かない、ブックマーカーと呼ばれる人達に支えられているのではないか、と思っている。
ブクマが100個、200個つくとそのほとんどはブログやアイコンを持たない人たちだ。

そしてその陰にはブックマークもコメントもせず、ただ記事だけを読んでくれる通りすがりの人達がたくさんいる。
いわゆる初見さん。

書籍と違い、一つ一つの記事が独立しているブログは全部の記事を読んでバックグラウンドまで理解せよ、なんてわがままは言えない。

たった140文字のツイッターでさえ、前後に否定する文面があってもきつい言葉だけをリツイートされたら炎上してしまう。

一つの記事だけで、全ての感情をきちんとくみ取れるように書かなくては伝わらないのではないか?

ブログ1年目の私はそんな風に考えているのだけれど。

 

でもこの気持ちは書いて行く内に変わってくるのかもしれない。

自分の人生を書き連ねた日記のようなブログも好きだし、よじれた感情を叩きつけるように書くブログも好き。
皮肉めいて聞こえるけれど、実は真摯な感情が隠れているブログもある。

一見さんには分からない、蓄積された読者との信頼関係。

そういうものが感じられるブログは少し羨ましい。


バックヤードが足りなすぎた?

 

少し前に炎上してしまった、鳥巣愛佳さんのnoteの記事。

 

note.mu

 

私はこの記事より前に鳥巣さんのはてなブログの記事を読んでいた。

 

www.aikatorisu.net

 

ブロガーズニューイヤーパーティ、80名ほどの人が集まるイベントで司会をこなした鳥巣さん。

メディアクリエイター、という軽い言葉ばかりが注目されてしまったイベントだったけれど、鳥巣さんは司会と言う大役を任されて、これからもガンガン出て、打たれて強くなりたいと書いていた。

14年間、エアロビック競技生活を続けてきた人でもある。
今まで続けてきたエアロビックでの経験や、ブログや大学で色んな事に挑戦して受けた刺激が鳥巣さんをフリーへの道を選ばせたんだろう。

私はシンプルにそう思った。

 

でも多分、書いた場所が悪かった。

noteはイケハヤさんのせいで叩かれていたし、初めての投稿だから鳥巣さんのバックグラウンドは伝わらない。


それでも正直、記事の内容にそこまで非があったとは思えない。

現在の就職難の中戦っている学生たちの逆鱗に触れたのかもしれないけれど。

あとは今持っているものを捨てる、という事を少し過剰に書きすぎたのかも。

でも道を選ぶときドラマチックに、感傷的になる気持ちは分かる気がする。

 

同じ記事でも、彼女が普段書いていたはてなブログだったら、彼女を理解している人達が多い場所だったら、ここまで炎上しなかったと思う私は甘いだろうか。

 

私自身は考えが甘かろうがなんだろうが、結局本人が自分で選んだ道がその人にとって一番正しいのだ、と思っている。

失敗するか成功するかなんて結局その人次第だ。
安定しているはずの公務員が合わなくて病む人だっている。

何が正しいかなんて誰にもわからない。

たとえ失敗しても、自分で選んだ道ならばやりたいようにやった、という充足感はきっと得られる。

自分を恨むことになっても、誰かを恨むよりマシだ。

 

私のブログも、書きたいように書くしやりたいようにやりたい。

 

炎上は怖いけれど、全てが優しさで溢れたコメントも不自然だ。
暗い言葉、きつい言葉は必ず届く。

提言には耳を傾けて、暗い感情には引きずられないように。
理不尽だと思う言葉は笑い飛ばせるような強さが欲しい。

 

鳥巣さん、もうネットはうんざりだと思っているかもしれないけれど、もし書きたい事があったらまた書いてみて下さい。
きっと喜んでくれる人はいて、それがあなたの信頼できる読者だと思うから。

 

なーんて思ってたら彼女はちゃんと返信を書いていた。逞しい。

批判を聞いて、時には言い返し、読んでくれた人に彼女は書く。

らぶゆー!

 

note.mu