読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

おのにち

おのにちはいつかみたにっち

二村ヒトシと恋愛工学の違い~恋愛の基本はコミュニケーションにあり?

恋愛

スポンサーリンク

今日、こんな記事を読んだ。(cakesなのでそのうち有料記事になるかも。読むならお早くどうぞ)

 

cakes.mu


「モテたい」が人をオトナにしてしまう、というコミュニケーションに関わるお話。

 

記事の中で二村ヒトシと恋愛工学の違い、と言う話があって面白かった。

恋愛工学は一時期流行していたから大筋は知っている。恋愛論と言うよりナンパテクニックみたいだなぁ、としか思えなかった。

二村ヒトシさんの文章はよくネットで読んでいる。
「すべてはモテるためである」も読んだ。

こちらは恋愛工学と対極で、哲学みたいだと思った。

結局恋愛はコミュニケーションであり、誰かに愛されるためにはまず自分を肯定するしかないんだ、という自己肯定力、人間としての根底の話が何度も出てくる。

 

下の、二村ヒトシさんと藤沢数希さんの対談を読むと二人の違いが分かりやすい。

cakes.mu

 

二村にとっての恋愛は「自分とはなにか」「愛とはなにか」考えるものである、ということ。対して藤沢は「お腹が空いたら食べ物を探しに行くようなもの」だと語る。

藤沢にとっての恋愛は、いい女とセックスできたらうれしい。
それだけのことだ、と彼は言う。

 最初の「モテたい教」の記事の中で、「たくさんのレベルの高い女性とセックスできる」ようになる、という恋愛工学について、

 

それが男性の「モテ」ですよね。女性の多くは「一人の素敵な男性に深く愛されたい」が「モテ」なんですよ。 

 

という意見があってなるほどな、と思った。
そして女性はだいたい二村派だと思う、という言葉にも納得。

誰だってゴハン扱いされるより、人間扱いしてほしいじゃないか。

 

二つの恋愛論を男性向けのマーケティング論として考えるなら、顧客(つまり女性)の好む手法を取り入れたほうが顧客満足度は上がると思うけれど、恋愛は商売じゃない。

 

恋愛工学は口説かれ慣れてない女性には効く、という話もあったので、効果が出た人もいたのかも知れない。

 

gendai.ismedia.jp


ただどっちの本の内容も、恋愛工学の手法も、既に女性に知れ渡ってしまった。

今本に書いてあることをそのまま取り入れると女性に(恋愛工学野郎…)とか(お前は二村ヒトシか?)と突っ込まれるので注意してほしい。

 

 ぼくのかんがえた恋愛必勝法?

 

すべてはモテるためである (文庫ぎんが堂)


さて、いろいろな人が語っている恋愛論だけど、正直私が論じるには経験が足りなすぎる。つか、一般の人が語る恋愛術なんて、結局みんな個人の話なんじゃない?


そんな前提の上で、あくまでも「自分の場合の話」を少しだけ語ってみたい。

 

若い頃の私は(今もだけど)地味で大人しそうな外見だった。
そうすると「こいつなら俺にも何とかなりそう」と侮った感情を口や態度に出す男ばかりが寄ってきた。

私個人が好きなのではなく、「こいつなら何でも言うこと聞きそう」とか「自分好みに染められそう」なんて、女性の何かのパーツか付属品のように思っている輩。

当時は友人達から、性格に合わせて髪を真っ赤に染めろ!と言われた。
(結構本気で。昔は激辛カレーみたいな性格でした。今はリンゴとハチミツ入ってます)

でも私は目立たない格好が好きだし、落ち着くし、男性にどう思われるかで見た目を変えるなんてアホらしい、と思うくらいには頑固だった。

結果合コンに行くたびに『お前俺のこと好きなんだろ?目を見りゃわかるぜ男の歌』、『初対面で明日俺んち弁当もってこい男の歌』など数々のヒットチャートをゲットした。大ヒットナンバーを女子会で公開した後、私は虚無感に襲われた。


このままではやばい。
ネタリリックには事欠かず、女子会ヒットチャートの女王の名を我がものにしていたがそもそもそんな称号はいらない。

 

ちなみに初対面で明日俺んちに弁当持ってこい、と真顔で言った男には、弁当発言が出るまでは好感を持っていた。

古典SF好きらしく、現代アニメの元ネタはこのSF!論なんて話が面白かったのだ。


彼の男友達いわく、悪気があって「俺んち弁当」発言が出てきたのではない、ということだった。

デートでお金を使いたくない=自宅、料理上手な彼女が理想=弁当、だったらしい。

相手の何に重きを置くかは人それぞれで、彼は「料理の上手い女性」が理想だったんだろう。デートで男性だけが金を払うのはアンフェアだと私も思う。

だけど初対面、居酒屋で1, 2時間しゃべっただけの間柄で「明日俺んちに弁当持ってこい!」は得を取りすぎと言うか、相手への配慮に欠ける発言では無いだろうか?

 

恋愛論、なんて言うとハードルが高く感じるけれど、基本は人と人のコミュ二ケーションなんだと思う。

俺弁発言は相手が自分より年下の女の子だから(3つくらい年上の人だった)、と侮っているように聞こえる。
自分と対等な立場にある人間、嫌われたくない相手(例えば親友とか)に同じ言葉を言えるか、を基準にしてみたらわかりやすいかと。

まぁ向こうは向こうで、お前ごときをなぜ対等に口説かなきゃいけないんだブサイク、自分の手法で釣れないなら次へ行くぜ、と思ってたのかもしれませんが。

そういう人を侮る気持ち、バカにした空気は上手く隠したつもりでも伝わってきちゃうものだよ、とだけ言っとく。

 

さて、女子会ヒットチャート女王からの脱却はどうしたのか、というと。

ファッションも性格も変えることなく、自分が好きだな、付き合いたいなと思う人には自分からアタックするようにしました。

脱・やまとなでしこ。
それだけで変な誘いは少なくなり、好きな人とうまく行くようになりましたとさ。


考えてみたら、女子会ヒットチャートを飛ばしてた頃は控えめ女子がモテる、みたいな恋愛理論を信じてたのかも。

もちろん本当に大人しい人が素でやるならアリだけど、欺瞞じゃ上手くいく訳ないし、地味容姿で控えめ演じてたらマウント男が寄ってくるのも当然。(ただ地味で大人しそうな年下女子だから何を言っても良い、という考え方は絶対におかしいと思いますけど)

そもそもの戦略が間違ってたんですね。

結局二村ヒトシさんも、恋愛工学も、あまたの雑誌に載ってる恋愛テクも一般論でしかない。

自分はどんな人間で、どんな人と付き合いたいか。
なにより誰が好きなのか?


そこを見極めていけば、自分だけの恋愛工学が見つかる気がします。

 

肉食系女子が当たり前になった現代、いつか王子様が、なんて夢見ている人はさすがに絶滅危惧種だと思う。

王子様の誘いを待つよりも、王子の首はワイが討ち取ったる!くらいの勢いがある人の方が私は好きです。プロゴルファー猿系女子…?ウッキー。

 

すべてはモテるためである (文庫ぎんが堂)

すべてはモテるためである (文庫ぎんが堂)