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朝井リョウ「何者」「何様」、何者かになり損ねた私たちの物語

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朝井リョウの「何者」、それから「何様」を今頃読んだ。
「何者」はベストセラーで、映画化もされている。

今まで読まなかったのは、いっぱしの何者かであろうとする就活生たちー音楽や演劇を嗜み、Twitterで意識高いことを呟くようなーの自意識が刺さりそうで怖かったからだ。

漫画家に憧れたり、作家を夢見たり…思春期の頃の傷口にタバスコを擦り込むような話だと思っていた。
今回「何者」を思い切って読んでみたら、痛いことは痛いのだけど糾弾し合うのが年の近い、同じ立場の学生たちと言う設定もあって(つまり、皆一様に痛いのだ)救われた。

著者の朝井リョウ自身、就活を経験し会社員となっている。
自分が乗り越えたことを描く物語だったから、黒と白ではない、灰色の空気感になったのかもしれない。
痛いけれども私にとっては世界を断絶しない、心を切り裂きに来ない物語だった。

 

ところがスピンオフだろう、と油断して前知識なしで読んでしまった続編「何様」。
こっちの方が私にとってはやばかった、痛かった。

「何者」の登場人物たちのサイドストーリー、短編集と言う体で、前作が人気があったから出したんでしょう、と舐めてかかった私が悪かった。
辛い、痛い、刺さる、残る。

「何者」は傍観者を気取る主人公、大学生の拓人の目線で書かれていたから適度に冷めていて、その分恐ろしくなかった。灰色の空気の物語。
ところが「何様」は視界が冬の青空のようにクリアで、くっきりと刺さる。心に残る。

「何者」は自分がわからなくなるような厳しい就活を経験した人、それから主人公のように自分は踏み出せないくせに他者には容赦ない批評を突きつける人には響く物語だと思う。

「何様」は高校生から4~50代の会社員まで、様々なタイプの人間が登場する短編集なので、物語のどこかしらに自分の半身が隠れているような気がする。

「何者」はピンポイントの物語、「何様」はもう少し幅の広い物語。
私は「何様」の方が好きだ。

「何者」はいまいちだった、と言う人にこそ「何様」をお勧めしたい。
両方とも読んだことがない!という人は「何様」を味わうために「何者」を読んで欲しい。「何者」未読でも、話は伝わるけれどこれはやっぱり2冊で対の物語だと思うから。

 

何様

 

「何者」「何様」あらすじ

簡単にストーリーを紹介すると、「何者」は就活中の大学生の話。

昔演劇をやっていたけれど、今は引退した主人公拓人。
彼のルームメイトで学生バンドのボーカリスト、光太郎。
光太郎の元カノで、拓人がひそかに想いを寄せている瑞月。
帰国子女で意識の高い理香。
理香と同棲し、就活はしないと宣言している隆良。
拓人と同じ演劇サークルにいたけれど、自らの劇団を立ち上げたギンジ。

6人それぞれ、様々な事情や夢を抱える彼らが、就職という1つの節目で大人になる物語だ。

 

「何様」は6編の短編集。

「水曜日の南階段はきれい」は光太郎の高校時代の話。
憧れのサークルでバンドをやるために大学に入った、と公言し、明るく人気者である彼がなぜ出版社勤務を目指したのか、そのきっかけの物語。

バンドがやりたいからこの大学へ行くんだ!と臆面もなく公言し、みんなから応援されている光太郎が、自分の夢についてを本当はどう思っているのか。
彼が物静かで、自分のことを語らない同級生夕子に惹かれたのはなぜなのか。

誰にも言わないで、自分の中で大切に大切に育て上げた夢だけが本物。

光太郎の言葉は、かなり刺さるなぁ、と思った。

 

「それでは二人組を作ってください」は理香と隆良が同棲するきっかけを描いた物語。
いつも二人組からはぐれてしまう理香の気持ち、彼女はなぜ隆良を選んだのか。
理香がこういう人間だ、と知ってから「何者」で理香が拓人を追い詰めるシーンを思い出すと辛くなる。

理香が追い詰めていたのは拓人ではない、自分自身なんだ、って分かるから。

 

「逆算」は拓人の先輩、サワ先輩の話。十月十日を巡る、優しい想いの物語。

 

「きみだけの絶対」は烏丸ギンジが有名な劇作家になった未来。
ギンジの高校生の甥、亮博と彼女の花奈が彼の舞台を見にいく。

母子家庭でバイトや家事に追われる花奈。そんな彼女をいつも見ている亮博は、舞台の間じゅう物語が彼女の何を救えるのだろう、と考えている。

人の役に立つって何だろう、誰かを救うのは何なんだろう。
そんなことを考えさせられる、真っすぐでまぶしい物語。

 

「むしゃくしゃしてやった、と言ってみたかった」は就職のタイミングで瑞月の母を彼女に押しつけて逃げた、瑞月の父の物語。

瑞月の父と、ヒロインのしたことはどんなに綺麗な言葉でいい繕ったって不倫で、娘や妻を不幸にしていて。

それでも、いい子で居続けるのは辛いし、悪い子が矯正すると絶賛されるのは納得いかない、という拗らせた感情は真っすぐに刺さった。
不器用で真面目な、長子たちの物語。

 

表題作「何様」は拓人が面接を受けた会社の、面接官とその時採用された就活生の話。
入社一年目にして採用側に回され、悩む新入社員の気持ちと、ベテランに見える面接官の本当の気持ち。

選ぶ側も、自分は何様なんだ、と迷いながらそれでも必死で向き合っているのかも知れない。そうやって真剣に向き合うことで、人は「何者」でも「何様」でもなく、『当事者』になっていくのだろう、そんな風に思いました。

 

知らないが故の強さ、怖さ

 

「何様」6編の中で私は「きみだけの絶対」が一番好き。

亮博は高校生らしい真っすぐな目で世界を見ている。

生きづらい人を救いたいという叔父の舞台は、本当に困っている人の所に届くんだろうか?舞台を観に来れるような人はそもそも裕福なんじゃないのか?と悩む。

 

挫折を経験していない人の糾弾は、まばゆくて真っすぐで正しくて、ものすごく刺さる。知らないが故の強さだ、と思う。いわばマリオの無敵スター状態。

そんなんだから、言葉や悩みが辛くて痛くて。
夢を叶えたギンジが聞いたら泣くんじゃないだろうか、と思うような正論だった。

物語自体は亮博が挫折を経験したこと、花奈が舞台から受け取ったものがあることで、なんとか優しく着地するけれど、無敵スターの痛さ、怖さを描く手腕は朝井リョウの真骨頂だと思う。

 

余談だけれど、最近話題になっていた女性は若い方が良いのか問題。
手触りとか、繁殖率はもちろん若い方が良いのだと思う。

ただ高校生とか大学生とか、また挫折を知らない若者と付き合いたいって無邪気に言える人はよっぽどメンタルが強いんだな、と思う。

もちろん第三者であるうちは彼/彼女たちは優しい。
しかし付き合いだして非正規は不当に扱われている、公務員はずるい、なんて愚痴を言った時に「じゃ正社員になれば?」「公務員試験受けたら?」なんて正論を無邪気に言えるのが挫折を知らない若者の強さだ。
迷いのない強さ、臆面ない正義の残酷さに、私だったら耐えられない気がする。


ではでは、今日は「何者」「何様」、2冊のオススメ本の話でした。
朝井リョウは「ままならないから私とあなた」も面白かったのでそちらもオススメです。

  

何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)

 

 

 

何様

何様

 

 

 

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