おのにち

おのにちはいつかみたにっち

学ぶとは世界を知ること~子どもに贈る勉強のハナシ

勉強は嫌い、めんどくさい?

そうだね、とても良く分かるよ。
お母さんも大人になるまでは勉強が嫌いだった。

勉強の楽しさや大切さを知ったのは社会人になってからかな?

学生のうちに気がついておけば良かった。

 

勉強は役に立たない?テストの時にしか使わない?

お母さんも子どもの時はそう思ってた。

 

大人になってみると、今まで学校で学んできたこと全てがこれから生きる社会の取説・ダイジェクト版だった、って事が分かる。

君の好きなゲームに例えると、チュートリアルってとこかな?

チュートリアルなしでもゲームは出来るけど、最初の難易度がむちゃくちゃ上がっちゃうよね?

社会というゲーム本編に進む前に、学校というミニチュア社会で勉強や友達との付き合い方、生活の基本を学んでおくとレベルが上がって、最初からチートに楽しめちゃうんじゃないのかな?

君は好きだよね、チートって言葉。

 

それに何より、勉強は楽しい。

やっぱりゲームに例えると分かりやすいかな?
例えば画面の向こうにある木や山なんかの、様々なオブジェクト。

それらに実際に触れたり、よじ登れるゲームの方がよりリアルに感じられて面白いよね?

 

勉強っていうのは、そんな風に『ただのモノ』に名前をつけて遊べるようにする、一つの手段だと思うんだ。

 

ただの石ころだらけに見える近くの川原。

でも小学校の理科で学んだ岩石の知識を生かせば、ただの石ころの多くはマグマが冷えて固まった火成岩だ、という事が分かる。更に近くの活火山の歴史を知っていれば、火成岩が多いのは噴火の影響かな?なんてことまで分かるよね。

植物や鉱物の名前を知る、建物の工法を知る、石碑に刻まれた銘文の読み方を知る、絵画の歴史を学ぶ。

勉強で学んだ様々なことを「ただの草」「古い家」「知らない絵」に振りかけたら名前が変わる、情報が増える。

それってゲームのバージョンアップみたいじゃない?

学ぶことで遊べる要素がどんどん増えていく。

 

言葉を知ることで、世界が拡がっていく、ワクワクする感覚。
エウレカ!って喜びに、これからの君がたくさん出会えたらいいな。
今のお母さんは、そんな風に願ってるよ。

 

 

 

~作者の気持ちを300字以内で答えろのコーナー~

明日は久々の登校日。

終わったはずの宿題を確認してみたら本人の工作により巧妙に中抜きされていたことに今頃気がつき、怒りに打ち震える心を宥めるためにポエムってみました。

本人は今、目の前で宿題に励んでいますが今日中には終わらない気がします…

巧妙すぎる中抜き工作(ホチキス綴じの真ん中から数枚綺麗に抜いてあった)も勉強のうちだと認めるべきなのでしょうか…?

 

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苦言を呈する人の死滅

団塊の世代(65だからジュニア?)で、雇用延長を続けていた女性上司がついにこの春で退職を迎えてしまう。

ただでさえ数の少なかった60代の女性職員、最後の一人である。

 

結婚退職が当たり前だった時代に、結婚、出産後も仕事を続けてきた方だけあって、優秀だし仕事愛が凄い。

何を聞いても答えが返ってくるし、新しい技術の習得にも余念が無く、男性上司のセクハラにもビシッと注意できる立場や貫禄もお持ちという非常に頼りになる上司だったので退職が残念である。

 

さて、そんな風に完璧な上司にも一つだけ欠点がある。

それは若者への苦言がキツイ、という事である。

 

身だしなみに気を使っていなかったり、寝ぐせのついている職員には苦情をチクリ。

容姿をもてはやす男性上司の言動が苦痛だ、という女性職員には容姿もスキルのひとつだから上手く使いこなせ、と手厳しい一言。

 

当然若者たちからは感覚が古いとか放っておいて、と大反発である。

 

身なりに関しては、確かに若者たちの感覚が本当は正しいのだろうな、とは思う。

職場は仕事をするための場所なんだから、ヒールやらスーツやら旧来の礼儀をいつまでも要求され続けるのはおかしい。寝ぐせがついているだのメイクが濃いだの薄いだの、他人がアレコレ口を出す問題ではない、とも思う。

 

けれども理想や正しさと今・ココの現実は乖離している事が多いもので。

 

婚活とか、そうじゃないですか?

身なりや容姿で人を判断するのはいけない事だけれど、それでも最低限のマナーをクリアしなければ写真の時点ではじかれる。

 

婚活ほどではないけれど、うちの会社にも最低限のビジネスマナーは存在し、上司が場にそぐわないと判断した人間は窓際部署に配属されることもある。

ただその時に理由をハッキリクッキリ伝える上司はいないので、上司の苦言は受け取りかたによっては役に立つ一言なのかも知れない。

 

容姿をもてはやされる女性にそれはスキルだ、と言った問題については…

 

女性の結婚退職が当たり前だった時代に育ち65まで仕事を続け、課長職まで昇りつめた時点で、上司は既に伝説のポケモン級の猛者な訳である。

 

本人の努力は勿論だけれど、恵まれた環境や資質など、数々の強運に恵まれた上で今、この場にいる訳で。

ところが本人はご自分の特別すぎるスペックをあまり理解しておらず、頑張ればみんな行けるよ!ぐらいの勢いで背中を押してくる訳で…

そこに乖離があるんだよなぁ。努力だけの問題じゃない。
メンタルも気性も、人それぞれなんですってば!

 

私も今頃になって気が付きました。
あまりにも子持ちに配慮が無いと話題だった前職の女性上司。

あの人も今思えば伝説ポケモンだったのか⁉

 

とにかく、最後の団塊女性上司の卒業。
頼れる人を失って、今後の仕事がちょっぴり不安です…。

 

今週のお題「卒業」

 

 苦言にはせめて糖衣が欲しい氷河期世代です…

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思い込み?それも勉強

先日、ボランティアとして子どもの勉強会に参加した。

親の他に定年した先生方も参加していて、自分の子ども以外の宿題(主に低学年)を見てあげれば、自分の子どもの宿題(高学年)は元先生が見てくれるという非常にウインウインな集いである。

子どもと二人きりで、長時間勉強を教えているとイライラしてくる私にぴったり!

人の子には気を使って優しく出来るし、アレっうちの子思ったより出来てるじゃん?話も通じる方じゃん?なんて気づきもあるので他の子との交流、非常にオススメです。


そんな訳で勉強会当日、私は小学2年生の子の宿題を見たわけなんですが。

 結構宿題は進んでいるけど、空欄が多かったので一緒に教科書を見ながら埋めていこうねー、てな感じで指導していきまして。

低学年の宿題の場合、答えは全部教科書に書いてあるから教える側としてはラク。
小さいうちは教科書を読み、答えを探すだけでも良い学習になるのでしょう。

 

ヒントを出したり、声に出して読み上げたりしながら導くこと数十分。
宿題は順調に進んでいたのですが…

コピー用紙の白黒プリントから、印刷のカラー用紙のプリントに変わったとたん、その子が教科書を読むことに拒否を示してしまいました。

 

曰く、「これはテストだから教科書をみちゃダメなんだよ!」と。

 

白黒コピーのプリントに混ざった、一枚だけカラーで大判の用紙。
多分先生は単元ごとのテストに使っていた用紙を、そのまま宿題として出したのでしょう。

 その子はその用紙が学校のテスト用紙だ!と理解し、テストなんだから教科書は見ちゃダメなのだ…と解釈したと思われます。

 

なかなかの独自解釈だけど、相手は小学2年生。

『テスト用紙を覚えている&テストの時は教科書を見てはダメだと理解している』だけでも凄いな!と思いました。

 

しかしオトナとしては、家でやる時点でテストとは見なされないのだから、分からない所を分からないままにしておくのはダメじゃない?と言いたくなるなる。

そこで、これは普段のテストとは違うから、分からない所は直しても良いと思うよ?とお話したのですが…

テストは教科書を見ちゃダメだからダメ!の一本槍で揺るがない、揺るぎない。

 

もちろんこちらも大人なので、ならぬものはならぬものです的会津藩流恐喝で、言いくるめるのは簡単なのですが。

 本人なりの筋道で思いついた事柄を、簡単に覆しちゃうのもなんかなぁ…と。

 

幸いまだ終わっていないプリントがあり、それを埋めるだけでも時間が終わりそうだったので、そちらから先に手をつける事にしました。

 

そして肝心の、テスト用紙で出された宿題については、新たな宿題に。

 

週明けに先生の自宅訪問があるので、その時に、テスト用紙の宿題も教科書を見て直していいかどうか、自分で聞いてみよう!という課題です。

 

その後、ちゃんと聞けたかな?伝わったかな?と気になっていたので学校に行った際に担任の先生に聞いてみました。

 

ちゃんと自分から質問して、先生が『まずは何も見ないで解いてみる。それでも分からなかった所は教科書を見ても良いよ!』と言ったら納得してくれたそうです。

さすが先生、説明が分かりやすい。

 

結果は最初と同じなんですけど、まずは見ないで解く、その後は見ても良いと二段階方式で説明した事で、本人も理解できたんですね。

 

大人の感覚からしたら簡単なことですけど、相手は小学2年生。

一晩寝ても質問することを覚えている&先生に意味が伝わるように話すだけでもなかなかの課題。

 

とってもよく出来ました!と胸を撫で下ろしました。

 

相手に伝わるように話す、相手の説明を理解する。

教科書に書いてある事だけじゃなく、話す事や聞く事の全てが子どもにとっては学習なのですよね。

 

いい大人になった今でも、相手に分かりやすく話すこと、分かりやすく書くことは相変わらず難しいもので。

私もしっかりブログを続けて、伝える練習をしていかねば…と思わされた出来事でした、マル!

  

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コロナと散歩道

さて日々はコロナコロナ、コロナである。

学校は休みになり、何故かトイレットペーパーは売り切れ、事態がいつ収束するのかも分からない。

これは大変な事態なんだろうなぁ、まだ実感はあまりないけれどブログに記録しておいた方が良いのだろうか…などと考えながらつらつらと散歩していたら。

 

ものすごーく久々に、今は中学生になった息子の、保育所の時の担任の先生とお会いした。

どうもー、なんて軽く礼をして、お互い運動中だから…とすぐに別れようとしたら呼び止められまして。

 

もう二年も前の話になるんだけどね、〇〇君の卒業式に行って、みんなが将来の夢をお医者さんとか野球選手とか具体的に言う中で〇〇君だけは『僕はまだ決まっていませんが、人の役に立つ人間になりたいです』って言ってたのよ。正直で、真っ直ぐな言葉でとても感動したの。今でも忘れられなくて、どうしてもお母さんに伝えたくて!散歩中、ごめんなさいね!

 

息子の保育所の先生は、本当に優しくて温かな人で、私が新しい服を買ったり美容院に行った事にもすぐ気がついてくれて『素敵!今日もお仕事頑張って!』と見送ってくれたり、子どもの事もたくさん褒めてくれた。

そして教え子達の小学校の卒業式に顔を出してくれるほど、愛情の深い方だったのだけれど…

 

今日の言葉には本当にジンと来た。
二年も前の卒業式の言葉を覚えていて、たまたますれ違った時に伝えてくれるなんて!

 

ありがとうございます、と心から頭を下げて笑顔で別れた。

 

最近の話題と言ったらコロナ、トイレットペーパー、学校閉鎖ばかりだったのだけれど。

 

先生の心の美しさに洗われたような気持ちになりました…。

 

私もそんな風に、人を思い遣る優しい言葉をたくさん伝えられる人間になりたいなぁと思ったのですが。

人の名前も記憶もどんどん混濁していく今日この頃で…最近はホント人の名前を思い出すだけでやっとこさっ…!

 良い先生と言うのは他人への思いやりや関心に溢れているものなんですね。

 

私もコロナまみれのタイムラインじゃなく、目の前の人をもっと大切にしよう、良い出来事を心に留めて置こうと思った次第です。

 

でもトイレットペーパーはやっぱり必要…残り5ロールなんですけど⁉
美しく生きたいけれど、目先の尻も深刻っ!

 

  

 

 

 

自尊心を満たす、SNSの使い方

さて、前回はりっすんに掲載された山崎ナオコーラさんの記事に触発されて、趣味や子育て、家事や消費するだけだって、立派な社会参加だ!そう考えて気持ちを楽にしよう、というような記事を書きました。

 

www.e-aidem.com

 

 

ただ、趣味や子育て、あるいは消費でそれなりの達成感を得るには、やはり現代人らしくSNSの活用が欠かせないのでは…と、昨今のTwitterやインスタグラムを見るにつけ感じています。

私自身そうですからね…例えばちょっと面倒な手作り餃子を作る気が湧かない時はTwitterで製造過程を呟いてみたり。

そうやって、誰かが見てくれる事で満たされる承認欲求によって、子育ての質や各家庭の料理が進化していくのなら、発信する側も見る側もWinWin…のはずなのですが。

どうしても、消費とSNSの組み合わせについて私はモヤモヤしてしまいがちです。

 

今はもう古いのかも知れないけれど、インスタにリッチな生活をUPしてこの人何者⁉っって思わせておいて、そこから芸能界デビューしたりスポンサー付いたりさぁ…

いわゆる匂わせ商法っすよ!消費で逆に金を生み出す!でも実績はこれから作る(予定)!ああっやっぱりモヤモヤするーー!

 

確かに消費だけで社会参加の実感を得るのはかなりハードルが高くて、そのためにSNSを使うというのは理解できる道筋なんですけど。

 

自分の趣味のグッズをひたすら買いあつめて、その筋の専門家としてインタビューを受ける→理解できる

とりあえず豪華なもの、羨まれそうなものを買い集めて、お金持ちだと思わせ商材を売りつける→やっぱりないわ!昔少年ジャンプの裏表紙に載ってた、幸運を呼ぶペンダントでも買ったのかよ⁉

 

結局詐欺でもやらない限りは、その人の自由だとも思うんだけどさぁ…

盛り過ぎは、やっぱり駄目ですよね。
己自身にも、よーく言い聞かせます…

 

 

 

『働く』私はそんなに偉い?

山崎ナオコーラさんのインタビュー記事を読んで、ああああ、分かりすぎる!と唸ってしまった。

 

仕事や育児と“趣味”の間で線引きをしたくない──山崎ナオコーラさんと「働く」との距離 - はたらく気分を転換させる|女性の深呼吸マガジン「りっすん」

3000

 

昔は趣味というものをどこか軽視していたんだと思うんですけど、だんだん考えが変わってきて、それを反省しまして……。

 そもそも、働いている人だけが社会人だっていう考え方は違うんじゃないか、お金を稼いでいる人も趣味に没頭している人も、社会参加をしていることに変わりはないんじゃないかと思うようになってきたんです。

  

分かる、分かりすぎる。そして分かりみが過ぎて胸が痛い。

 

ものこごろついてこの方、私の人生はやるべき事、という義務感に支配されている気がする。

 幼稚園にも学校にも行くべきで、仕事にも行くべきで、そうした義務を果たしてようやく、心置きなくゴロゴロ出来る。

休日も同様で、朝起きられずにゴロゴロしてしまう日もあるけれど、掃除洗濯布団干しなどやるべき家事を済ませてからゴロゴロの方が充足感を得られる…ような気がする。

 

そうした習性が身に付いているからこそ、私たちは健康で文化的な生活が送れている…のかも知れないのだけれど。だけれども。

 

1歳未満の乳児を抱えて、日々寝不足だった頃でさえ、社会から取り残されていくのではという焦りや、何も成し遂げられていないのではないかというような罪悪感があった。

今になって振り返れば、乳児を無事に育てるだけでも立派な仕事だったはずなのに。

 

家事や育児を仕事とは思えず、どこか世間に後ろめたい思いを感じてしまう。

ナオコーラさんもかつてそう感じていたように、それは私だけが抱える歪みではないと思うのだ。

 

働かないことへの後ろめたさは主婦だけでなく、ひきこもりと呼ばれる人たちの事も強烈に蝕んでいるのではないか?

昔読んだニャートさんの、過酷なタイトルの記事が浮かんでくる。

 

ひきこもりを殺さないで - ニャートnyaaat.hatenablog.com

 

父が、ひきこもった私を「恥ずかしい」と思うタイプの親だったら、殺されていてもおかしくなかった。

この言葉は元事務次官の父親がひきこもりの息子を殺害した事件を受けて書かれている。

ひきこもりに掛かるプレッシャーは主婦のそれより、明らかに深刻である。

それぞれ何かしらの事情があって仕事を辞め、自宅でゆっくり休養したって良いはずなのに、今度は家にいる事への罪悪感から鬱になってしまうという悪循環もよく聞く話だ。

ナオコーラさんの言う通り、趣味も消費も立派な社会参加だと思えれば気が楽になるのだけれど。

 

ただ、こういうのって、『本人の気の持ちよう』だけではなかなか改善しない気もして…

 私自身、今度は働く側の立場にいる訳だけれど、働けば今度は気が楽になるのかというと実はそうでもなくて。

自分が望んで、そしてもちろん家計のために働いているのだけれど、忙しすぎて心の余裕が無くなってくると今度は他人を羨んでしまうこともある。

働いてなくてズルい!とかさぁ…

我ながら、なんて歪んだ嫌らしい考え方!

働くか、働かないかなんてあくまで個人の問題で、働く人が一人増えたって私の仕事が楽になる訳でもないのに。

 後はたまに訪れる『働く私、社会に役立ってる貢献してる!』とドヤリたくなる魂もなんとか鎮めたい。

忙しかったりして、アドレナリン出っ放しの時はTwitterで偉そうなこと呟きがちだよねこっぱずかしいイィ!

 

働いてても、そうじゃなくても。

私たちはみんな社会に参加しているんだ、属しているんだ、って。
もっと気楽に思えるようになれたらなぁ、と。

そうしたら私のイライラやドヤリティも減っていくはずなんで。
今は働いている人だって、その状況が一生続く訳じゃないと思うんで。

 

…とりあえず、あらぶった己は今すぐ地鎮祭したいっす。
5m下に埋めといて!どうか一生掘り起こさないで!

 

 

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どうなの?最近話題のTwitter・フェミニズム

ここは場末のTwitter…とある女子が二人、DMでゆるゆると最近話題のフェミニズム談義に耽っております。

割と話が長く・まとまってきたのでお相手に了解を取って公開じゃ!最近ブログをサボりすぎてネタに困ってた…とかじゃないぞ絶対!

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 簡単な登場人物紹介~

elve:自身のフェミニズムの方向性を決めあぐね、その時の気分で発言している人。

snack.elve.club

みどりの小野:現実は良くなって欲しいけど、表現はどうでも良い人。

 

elve:(最近のTwitterフェミニズム論争について)女性が男性と対等に生きていく社会、になるまでの試行錯誤期間なんだろうなぁとか思う。巨乳叩いたり妊婦様になったり痴漢の冤罪出したりミスしながらでも進まねばならん流れなのだろう。よくわからんけど。

 

みどりの小野:給与の男女格差とかセクハラモラハラの撲滅とか。 結果的に実社会が生きやすくなってくなら良いんだけどねー。正直ミカンのポスターも献血のポスターもそこまでムカつく気持ちが分からなくて…私がそもそもオタクだからなのかも知れん。ああいうデザインに親しみすぎている…!

 

オタクはこういうセクシーなのがえーんやろー に対してホイホイしっぽ振るのが気に食わない、というのがあるかなあーw 後気づいちゃうとキモいw

 

ううーん、谷間やら下着があざといキャラを描くあずらいちさんもこういう人達に見つかったら怒られるんだろうかw
それとも萌えロリ系じゃなきゃオッケーなの? そこらへんのOK・NGの境界が分からなくて、私は共有できないと思ってる。 結局はキモいって生理的な感覚なんだよね? お気持ちの同意を求めるのは難しい気がする… だからこういう問題って/同じ感覚を持つ人が集まって盛り上がる/理解できない側は反発を深める/で断裂しちゃうんだろうなー。

 

まぁ、キモいわーほんまやーキモいわーで終わらせとけ、とは思う。あれこれ正義のフリして正当化してキモいものを潰したいって欲望は、多様化無理じゃろって絶望するよね。

これはポスターに向かないよ、までは聞いてられるけど、巨乳は環境型セクハラ、まで言うとおまえ自分の言ってることわかってる? って真顔になるw

 

キモい!表明はわかるんだけどね。キモいからなんとかしろ!でも自分がTwitterに貼ってる私の水着はオッケーなのよ、とか言われるとモヤモヤするw 巨乳はセクハラで実際のモデルさんまで飛び火したときはホント真顔。自分についてる肉がセクハラってどうしろって言うんですかね…(;^ω^)

 

でも巨乳のキャラが胸強調して煽ってくるポスターでも良いかと言われると、それをよしとしたおっさんを想定して嫌な気分にはなるw宇崎さんはどちらかと言えばセリフが問題だったよなぁと思うけどw

 

やはり上の方にいる偉い人に男性の顔しか浮かばないからダメなのではないか? そこで男女共同参画ですよ… 結局振り出しに戻るw

 

おっさん(仮想権力者)「おっぱい好きだろwwww 」 男子「\(^o^)/おっぱーい!!」 女子「ちょっと男子きもーい」 って感じの時キモいのは男子なのになぁとは思う。おっぱい可哀想

 

かわいそうなぞうw かわいそうなおっぱいw

 

男子の性欲がキモいですってのはなんだろね。やっぱ戦時中まで遡るのかしら(兵隊さんが奥さんの貞操を過剰に求めたとかなんとか。性別で「共通の敵」認識して結託したりな。母と娘で父を迫害、父と息子で母を迫害、みたいな。

女性は男性を疎外するが男性は女性を酷使しそうだなぁとか思った。

 

男女共に性欲はあるからなぁ。ただBLとか女性向けエロ広告は公共の場に出づらいってのはあるのかも。 結局社会が男性向け過ぎるって問題なのかなー。

 

なー。BLも過剰に隠れなきゃ、隠さないやつは潰す! ってのも苦手だが、女性は男性にそれくらい控えてくれと思っているのかもなぁ。女性にとって女性の性欲(?)がそう扱うべきだったものなのだから。

キッモイBLの広告流れてきたってときに、男性側はなんつーか「きもっwwww」って感じだし女性側もそれに反論はせずに「ああ、さーせんwwwww」って感じのイメージだ。でもイメージなだけで具体的に話題になってるものを見たことないなぁ。

 

なるほど!女性の性欲は隠すべきものって感覚は分かる!だから堂々とエロでいられる男はズルイ的な。 これからはお互いに配慮して無難なポスターしか飾らない世の中になるのかなー。それとも無性が流行るとか!? みんなカービィとかどうぶつの森にしとけ、無難だし可愛いからw

 

ちんこ切り落とせ!! ってならんで、ちょっと隠れてよぉって話なら会話になるかもしれないのにね。おっぱい表に出すな→表に出てるおっぱいに欲情するな→ちんこ切り落とせ の連想ね

 

男児切っちゃえとか、引くわもう。でも女子エロ漫画で求められるのは結構押せ押せで性欲旺盛なイケメンじゃん? 女の矛盾が…我ながら怖い…w

 

でもそうすっと隠れるべきは、おっぱい・マ〇コなのか!? って話になっちゃうのかなぁ・・・難しいねぇ。あなたのためじゃない巨乳。広告は「あなたのための巨乳」になっちゃうからダメなのかなぁ。

女向けエロの内容の酷さなー。あっちの方が規制して欲しいわー。
自己決定権より選ばれる選民意識によってしまうというか。なんつーか、自己肯定力低いんだよなぁ。

 

自己肯定力…女性側の無意識下にも矛盾があるのかもな。性欲を抑圧されている→自分の欲望を実現してくれる私のことだけが大好き!という都合の良いキャラクターのエロ漫画(ただしこうしたフィクションの構造は男女共に同じ)。本当はもっと自分らしく生きたいのに、女性は一歩引くのが良しとされた時代の価値観も持ち合わせてるから不安なんだよね。嫌われても好きに生きられたら楽なんだけど、旧来の価値観が邪魔をする(´;ω;`)

 

 ここ3~40年くらいで経済は想像以上に悪化してきて、女性も老人も働かないと回らない世の中になってきた訳です。

でも社会の構造やら各々の価値観がまだまだ、追いついてこない。

ヒールやスカート、化粧やお茶くみとか、女性が社会に出るのが婚前だけだった頃の風習も未だ根強く残ってる。

レディースデイが生まれたり、お茶くみが当たり前だった頃の社会は今よりもっと『男性中心』だった訳で。結婚前の、お相手を探すための簡単なお仕事…って意識だった頃ならパステルカラーのスーツやお茶くみ、安い賃金にも文句を言う人は少なかったのでしょう。

ところが女性の社会進出が増えてきて、男性と同じように生涯働き続けるのが当たり前の時代になってもなかなか意識や待遇が改善されない。医大問題でも、女性は家庭に入ってしまうから…と言われていたけれど仕事/家庭で完全に役割を分業できていた時代はもう終わコンな訳で。

結局冒頭でelveさんが述べた通り、今は女性が男性と対等に生きていく社会、になるまでの試行錯誤期間という事なのでしょう。
と、綺麗にまとめて今日は終わり。
しかし宇崎ちゃんやらみかんポスターやら、ずいぶんオタクばかりが迫害される社会改善じゃねえか⁉