おのにち

おのにちはいつかみたにっち

屋上の夢と、万城目学『バベル九朔』

スポンサーリンク

古いビルの屋上に建てられた、小さなプレハブ。
貯水タンクの隣に並ぶその建物の前には物干し竿が置かれ、干された洗濯物がそこに住む人の気配を感じさせる…

首都高を走る車の窓から、そんな景色を眺めたことはないだろうか?

私はある。そしていつも密かに憧れている。
いつか私がそこに住む住人になれたら、と。

 

世を捨てビルの管理人として細々と暮らす…

そんな夢が植えつけられたのは永瀬正敏主演のドラマ、『私立探偵濱マイク』の影響だと思う。映画館の屋上に備え付けられた、小さなプレハブが主人公の住居兼探偵事務所、という設定だった。ドラマを見ながらあんな場所にいつか住みたい、なんて夢を見た。

多分現実には叶わないし、手を伸ばさない夢だと思う。
屋上のプレハブなんて熱くて寒くて不便で、実際に住むには適した場所ではない、と容易く想像がつくから。

それでもビルの住み込み管理人、なんて世を捨てたような暮らしに憧れる私が心の隅には残っていて…

だからこそ私にとってはビンゴ、だったのである。
作家の夢を抱き雑居ビル「バベル九朔」の管理人をする青年、満大(みつひろ)の物語が。

 

バベル九朔

 

物語のあらすじ

 

物語の主人公は27歳の青年、九朔満大(きゅうさく・みつひろ)。
彼は作家の夢を抱き新卒で入社した会社を辞め、祖父が遺したビルの住み込み管理人として細々とした業務をこなしながら小説を書き続けている。

しかし彼の管理する雑居ビル『バベル八朔』に泥棒が入るという事件が起きた後、満大には危機が迫ることになる。

巨大なネズミ、合わない水道メーター、そしてカラスの瞳を持つ謎の女…

女は満大に問う。『扉は、どこ?』と。

女の正体は?バベルに何が起きているのか?
満大は気づかぬうちにもう一つのバベルの世界へ、迷い込んでしまうのだが…

物語のあらすじはこんな感じ。
いつもの万城目ワールドとは少し風合いの違う、シリアスで謎の多い物語です。

 

ビルという魔境

 

実は『バベル九朔』は作者万城目学さんの自伝的要素を多分に含んだ物語なのだそうです。万城目さんは実際にデビュー前、雑居ビルの管理人をしながら小説家を目指していたとのこと。

ビルとか団地とか、不愛想な真四角な建物の屋上にはなぜか怖さと、ロマンがあるよなぁと昔から思っていました。

映画『仄暗い水の底から』の屋上貯水タンクのゾワッと感とか、美味しんぼの山岡さんも独身時代は屋上に住んでいましたよね?

雑居ビルの屋上に住む、というロマンはどこから植えつけられたものなのか?本を読みながらこのロマンのルーツはどこなんだ、とずっと考えていました。
主人公満大が住むのは実際には屋上ではなくビルの最上階ですが、屋上に洗濯物を干している光景や、早朝誰もいない雑居ビルの気配を想像するだけでゾクゾクしてしまいます。

物語自体もスリリングで、先が読めなくて、消化できない何かが残る。
舞台にそぐう、素敵なファンタジーでした。
屋上に夢を見る人には、絶対にオススメの一冊です。

 

バベル九朔

バベル九朔