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「愚かな薔薇」と夏の匂い

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恩田陸さんの長編、「愚かな薔薇」を読んでいる。
15年もかけて書かれた、集大成のような作品である。

冒頭から地方で行われる少年少女たちのイニシエーションじみたキャンプ、夏に咲く薔薇の匂い、隧道の先に眠る謎の遺跡と恩田色が満載でワクワクしてくる。

物語の展開も集大成らしく過去の作品群が浮かぶ作りになっている。
「蛇行する川のほとり」とか「7月に流れる川」とか。

多分過去に何度も描かれている世界と同じモチーフなのだと思います。

夏の学校に招かれる子ども達、川で区切られた坂の多い小さな町、祭囃子の音に夏の匂い。本当に草いきれが香るような夏の描写が(そして暑さの向こうに感じる背筋の寒さも)相変わらず上手でうっとり。

過去作品のこれらのモチーフにハマった方には間違いなくオススメできる作品です。

そして最近の恩田陸作品にありがちだった、ラストの肩すかし感もなく、大風呂敷が(静かにですが)畳まれています!これ一番大事!

「ネクロポリス」とか上巻あんなに面白かったのにひでーな、って今でも思い出しますもん。浦沢直樹さんよりはマシなんでしょうけど…いや同ジャンル?


さて、物語の概要を少し説明します。
ジャンルはSF。

主人公を含む、選ばれた10代の少年少女たちは一つの町に集められ、とある『キャンプ』に参加しなくてはいけない。
キャンプを行う地にはかつて宇宙から来たとされる舟の遺蹟が残されている。
その遺蹟の近くにいることで素質のある子どもだけが変容を遂げて、宇宙を行く舟の乗組員になれる。

そしてそんなキャンプで起きる数々の事件について、語られていく物語である。

 

少年少女たちが肉体を変容させてまで、遠い宇宙に旅立つのは1万年先の地球滅亡後にも命を繋ぐためだと言われている。
しかし正直読者の側にも、 そして物語の主役である子どもたちにとっても、 それほど先の未来の滅亡に備える、という危機感がピンとこない。
宇宙を目指す舟に乗る舟乗りたちは、 遠い未来のために地上を離れて、地球外に人類が住める惑星を探す、 あてのない旅に出なくてはならない。
家族や友人と別れ、遠い場所に行く舟乗りという厳しい職業は、 それなのに花形として扱われている。
皆が憧れていて、キャンプに参加する権利を得ただけで騒がれる。
自分の家族が選ばれれば、残される親や兄弟には国から多額の支援金や年金が約束され、その後の生活に困ることはないという。

物語の中の栄光と、 主人公の肉体の変容や地上を離れることへの不安が、 ちょうど思春期
の揺らぎと重なってぐらぐらと、こちらまで心もとないような気分になってくる。

 

こうした、寄る辺ない者の寂しさの描写がさすがに上手いな、 という感じですね。

はたして主人公の少女は完全に変容を遂げて舟乗りになってしまうのか?

そして同じく舟乗りだった彼女の母が遂げた死の謎を絡めて物語は進んでいくのである…。

結末はぜひ、ご自分の目で。

夏の匂いがして、非常に心許ない気持ちになれる良質のジュブナイルでした。

 

 

愚かな薔薇

愚かな薔薇

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