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おのにち

おのにちはいつかみたにっち

ファイナルファンタジー15を買ったった

生活 生活-レポ

ファイナルファンタジー15を買ってしまいました。
つい。勢いで。衝動的に。
 

 

もともとファイナルファンタジーシリーズは大好きで、でも最近は時間が無くてゲーム離れしていた私。

CMを見て、懐かしい!やりたいけど時間がなぁ…と思っていました。
元々は買わない予定だったんです。

ところが最近ネット見てたら酷評ばっかりで。

プレイしてクソだと感じたなら、それはそれでいいと思う。
あなたが遊んでみて、実際に感じた事だから。

だけどだけどだけど。
服装がダサいとか髪形がヘンとか(そんなんFFは最初っからそうだわ!)、おにぎりだとかカップラーメンだとか。挙句の果てに「遊んだことないし、買う予定もないんだけど」⁉
ブチ殺すぞアホんだら

 

…不適切な表現がございました。大変申し訳ございません。

とにかく、そういうのを読んでいたらもう悲しくなってきて。
私のFFをイジメんなクソが!とカートにいれてポチってしまいました。
そういう意味では、『遊ばないレビュー』にも価値があったのかも知れません。

でもお前のリンクからは絶対に買わないけどな!
クッソ叩いて、まぁ買わないけどね、とかうそぶいてリンク貼んなばかばか!
そういう奴はくにおくんとかマッピー売っとけバカぁ!

 

 両方とも素晴らしいゲーム。マッピーは未だに脳内で音楽が流れる。チャララララーラ♪

マッピー

マッピー

 

 

…すいません、怒りすぎました。(運動野菜瞑想)
規約に反しない限り、何を書くのも自由です。
何を書いたって、誰かの気に触ったり、人を傷つけたりするもんです。

それに買ってないレビューも必要だと思います。
この機能が付いてる電化製品が欲しい、と思う時スペックが一覧で各社比較されてると見やすくて助かります。さすがに洗濯機全部買って使用感レビューしろ、とまでは思いませんし。

それでもね。
それでもね、と思ってしまうのは、私がFFシリーズが大好きだったから、FFがやりたくて発売日に仮病を使った思い出があるからだと思います。
結局は自分勝手で一方的な思い入れだから、やらないレビューの人たち絡んでごめんな。

 

確かにファイナルファンタジーは昔っから色々クソでしたよ。

アルティメッドとかウルティメッドとか、凶器みたいにクソ分厚い攻略本があって、2冊買わないと全部わからないようになってたり。

ファミ通の攻略とかも、クリアしてしばらく経った頃に隠しダンジョンなんて公表しやがって、売っちまったぞクソが!ってなるの。

何がファミ通の攻略だよ安心だよじゃねーよクソが!(ってこれはFFじゃなくてネットで攻略が検索できない時代全般の悩みだな…)

 

リノアはアホの子だしエアリスは育ててたのに育ててたのに。
召喚獣のオーバードライブは最初ワオって思うんだけどすぐにスキップ。
キマリ…キマリとは…。

チョコボレースはめんどいし、おでかけチョコボとは何だったのか。
雷避けはホントにもう…。

なによりやりこみ要素が多すぎるし、長すぎる。(私が遊ばなくなってしまった一番の理由はソレ)

FF12パンネロかわいいしバルフレアとフランは大人の主人公だし、すごく好きなストーリーだったんですが、やり込み要素が面倒になってしまってクリア近くで挫折しました。(11、13、14は未プレイ)

でもね、クソがーと思いながらも雷避けやったのはちゃんとクリアしたい、と思わせる魅力があったからだと思うんですよ。

10-2もザナルカンドエンド知って、クソクソ言いながらもう一周したし。
あの頃は動画でバンバン見れたけど、ちゃんと自分で辿り着きたかった。

今でも「素敵だね」とか聞いたら泣けるし。

SF学園モノが魔女と時間の物語になってしまったインパクト(学園内をやたらグルグルとお使いしてた所も含めて)とか、壱番魔晄炉の漢字のカッコよさとか、忘れられない思い出です。

FFは色々めんどくさくてクソだけど、愛すべきゲーム。
だからみんなティファのおっぱいとか、誰が一番可愛かったとか、今でも語るんじゃないのかな。

 

大人になってゲームからは少し遠ざかってしまったけれど、もしこれが売れなかったらFFが終わっちゃうのなら、今までの涙とか感動のお礼に買っても良いのかなーと思いました。ハードは家にあるし、私が遊ばなくても子どもが遊んでくれるからね。
7000円…って少し考えたけれど、貧乏学生だった頃中古ゲームで遊ばせて貰ってたお礼だと思えば。家族で遊園地に行ったら、これ以上の額が吹っ飛んじゃうし。
子供にはゲームは誕生日とクリスマスだけ、って言ってますけど…お母さんは大人だからさ!

 遊んだ人のレビューを読んでいると酷評過ぎて少し心配ではあるんですが。
でも、他人の意見はあくまでも他人のものだし。

今は何にでもレビューのある世の中で、実際便利だし助かってます。
これ○○にも使えるかな?って心配な時は大概レビューで補足されてるし。

けど、本やゲームみたいに「受け取る側次第」のものは、あんまりレビューに流されたくないな、とも思う。
知らない作家さんと、レビューの絶賛で出会う素敵な出会いも勿論あるけど、逆に大好きな作家さんなら酷評されてても絶対に買うし、読む。
その結果二度と読まない、と売り飛ばすこともあるけれど、レビューだけで「クソなんだ」とは絶対に思いたくない。

クソも、最高も私だけの感情だよ。
せっかくの心が動く瞬間を、誰かのレビューで先回りして時短だとか節約だとか、賢い顔はしたくない。

 

本当にamazonレビューだと悲しくなるくらい酷評で、もうこの記事のタイトル見ただけで「あーあ」とか言われそうなレベルだと思うの。でもね、買って後悔したあなたの「あーあ」ならともかく、遊んでもいないのに知った気になったあなたの「あーあ、情弱」は受け付けてねぇからなアホンダラ!(すまん、野菜が高いんだ…)

 

もう魔晄ドックにワクワクしたあの頃の私はいないし、子供だましだなぁ…って感じてしまうのかも知れない。
でもあの頃遊んだゲームを親子で遊べると思うとそれだけでワクワクするし、贅沢なことだと思う。ドラクエもゼルダも一緒に遊んでるんだけどな。FFは青春だから!

子どもとゲームを楽しみながら、お母さんの青春はゲームとアニメとマンガだったって伝えた…言えねぇ!愛読書はファミ通とファンロードでしたって言えないわそんなこと!


…と、とにかく。私のFFは終わってしまったのかも知れないけど、今新しいFFを子どもとプレイできて、物語の主人公がクラウドやスコールみたいに、少しでも子どもの心に残るものだったら、それはとても素敵だな、って思うんです。
…ホントにクソならそれでもいいんだよ!親子でチョコボに乗れれば!(このゲーム一人プレイや…)

 とりあえず今日はFF15を買いました、それだけの話です。

そんでな。非常に言いにくいんだが。
私のFF火曜日に届くんで…これもやってないレビューだってオチ…。

 

 

最果タヒ「きみの言い訳は最高の芸術」-タヒさんと同じ銀河で

読書 読書-エッセイ

最果タヒさんの「君の言い訳は最高の芸術」を読んだ。
とても素敵な本だった。

短いエッセイ集なのだけれど、何度も何度も読み返したくなるような、ふとした瞬間に思い起こされるような、そんな一冊。

 

きみの言い訳は最高の芸術

 

タヒさんの名前を知ったのは、同じはてなブロガーの若布酒まちゃひこさんから。
彼がよくタヒ、タヒと呟いていたからだと思う。

 

www.waka-macha.com

 

はてなブログには最果タヒがいる!
そんな風にまちゃひこさんが言っていて、今この本を読み終わった私も同じ気持ち。

タヒさんと同じ時代に生きて、同じはてなで書いていることが嬉しい、誇らしい。
口笛を吹きたくなるような楽しさです。

 

世界の温度を変える言葉

 

きみの言い訳は最高の芸術

きみの言い訳は最高の芸術

 

 

この本はタヒさんのいろんな気持ちが描かれたエッセイ集。
本を読んで最初に思った事は、タヒさんは私とは違うということ。

友達がいなくてもいいし、寂しさも平気。
そんな言葉をごく普通に紡ぐ。
強がるでもなく誰かを貶めるでもなく。
私はこうだよ、と少し違う世界の見方がとても自然に書かれている。

 

私と違うタヒさんは、とても素直に、のびのびと手を伸ばすように言葉を紡ぐから、読んでいて楽しくなってくる。
ちょっと違っていてもいいんだ、それでも世界は楽しいんだ、と気持ちが楽になってくる。

この本を少女の頃の私に届けたかったなと思う。
違うことを恐れていた、違うことにもがいていたあの日の私に。
あの日の私と今の私は繋がっているから、今の私が癒されることにもきっと意味はあるのだけれど。
できたら私の代わりに、人と違う自分が嫌いな若い人にこそ読んで欲しい。
あなたが少し救われたなら、あの日の私も報われるから。

 

私が子供の頃、学校と言う小さな世界には目に見えない基準線があった気がする。
同じテレビを見て、同じ本を読んで、同じ服を着て。

そこからはみ出した人は、どんなにひっそり暮らしていても気持ち悪いとかうざいとか冷たい言葉で排除される。ひどいときには学校に来るな、しねとまで言われる。

かつて私は転校生という異物だった。

目立たないように気に障らないように、地味にひそかに暮らしていたのに、それでも「むかつく」とか「うざい」とかいう人がいた。
私はあなたに話しかけないし、迷惑もかけない。接点一つ持たないようにしているのに、なんで?

あの頃はそう思っていた。
今思うとあれは私が分からないから気持ち悪い、排除したい、という彼女たちの防衛本能だったのかもしれない。

異質なものは怖い、気持ち悪い。目の届く場所に置きたくない。
だから白血球のように異物を排除しようとする。
それは花粉症と同じ、過剰なアレルギー反応なのかもしれないと大人になった私は思う。

タヒさんの言葉はヒスタミンみたいに、排除される痛みや異なることへの怯えを和らげてくれる。若い人に読んでほしいと思ったのは、この本のそういう所。

 


タヒさんの本を読んでいると、「わかりあえない」という言葉が浮かんでくる。
あなたと私は違うから、私はあなたの全てなど分からない。
でもわかりあえなくても、手を繋がなくてもいい、と思える。

あなたと私は違うけれど、あなたはとても綺麗だから、あなたの言葉は夜を小さく照らすから、私はあなたのことが好きだ。

違うけれども好きな人。

はてなブログには私が一生紡がないような言葉を書く人がたくさんいる。
でも違うから嫌い、じゃない。違うから面白い。輝いて見える。

世界は撒き散らかされた金平糖みたいだと思う。
丸いひと、尖ったひと、ピンクのひとみどりのひと。
中にはチョコレートやミンティアだって混ざっているかもしれない。
黒々光るかりんとう(たまに本物もあるかも)まで混ざった、はてな銀河で私は書いている。タヒさんと、同じ銀河で。

違うことは、楽しい嬉しい。そんなことを教えてくれる一冊です。

なお最後に自慢させていただくと、この本はタヒさんのサイン本なのです!(はてなブログのインタビュー記事のプレゼント商品。見事当選しました)うふふ!

 

f:id:yutoma233:20161202210526j:image

 

本当に地球を、心を優しく柔らかくしてくれるような温度の素敵な本でした。
きっと何度も、読み返すだろうと思います。

tahi.hatenablog.com

前回記事の振り返り的なアレ。

ブログ

前回記事には、こんな弱小ブログに身に余るほどのブクマを頂きましてありがとうございました。

正直に申し上げると…ちょっぴり怖かったです!
200ブクマを超えたあたりから通知に怯えていたヘタレです。
1000ブクマとか付いたことのある人には笑われますけど、地味ブロガーにはまるで天変地異みたいなモンだから!

そんなたくさんのブックマークから気がついた反省点もいくつかあって。

まずは他人にアレコレ言いすぎた、貶めすぎた。
自分の怒りが前に出すぎてしまって、私自身がNO!を言う人間になってしまってるやん、と言う本末転倒。

他所の親御さんも、それぞれの教育方針があったり、忙しくてなかなか向き合えない現状もあるだろうし。
大家さんの善意に関しても、ちょっと頭でっかちだったと言うか、「ありがとうございまーす(だが要らぬゥ!)」くらいの受け取り方でよかったんだなぁ、と反省しております。

自分の無意識下のイライラ、カリカリが文章に滲み出てしまった感じ。

これからはブログを書く前に運動瞑想野菜を行い、万全の体調で向き合いたいと思う所存であります!
もっと広い心、広い視野で。

でもあんまり平らにしちゃうと、心が石狩平野になって私の中のぐでたまが「ブログなんて書かなくってもいいんじゃねー?」とか言うので危険です。
(本当に全然関係ないけど風呂上りフル〇ンの息子たちを見ているとぐでたまの歌を歌いたくなって困ります。ぐでたまってそーゆー隠語なんだろうなー)


心に多少の起伏を。胸には谷間を。野菜もいいけどたまには肉もね(何の話だ)。
アスカさんの記事のブコメにもありましたけど、はてなブログなんて書くやつは結局みんな変態なんです。

私も自分が変態と言う少数派であることを忘れずに、下手に下手に。ただし後ろ手には拘束されないように書いていきたい所存であります(おい)。


前回記事では言及を頂いたり、読者さんが増えたり、たくさんの反響を頂き嬉しかったです。

特にこちらの言及記事では心理的メカニズムで「新しいものが苦手な人の気持ち」が分かりやすく説明されていて、腑に落ちました。
ありがとうございます、ガッテンガッテン!(ガッテンボタン連打しながら)

 

takah-jugem.hatenablog.com

 

読者さんが増えたのも嬉しいんですが、前回記事ではタイトルを少し大げさにしすぎたので心配。

実際の中身は育児、教育の世代間ギャップと言う自分の身近な話ですからね。
普段の記事も自分の読んだ本や、作ったごはんや、日々のあれこれの話ばかりです。
これからもなるべく自分の知ってることだけ、手に届く範囲の話を書いていきたいと思っています。

壮大な夢や希望や、エルドラドはありませんが、お味噌汁ならあります。
そんな小さなブログです。
かなり地味ですが、これからも時折読んでいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。

まだまだブコメに返答したいことがたくさんあるのですが、一部だけブログでざっくりと!(数が多いのでIDは省略させてください)

『お前も逆方向の「言いたがる人」』その通り!気づかせてくれてありがとう。

『おんぶ紐だっこひもどれも有能』確かにそうかも!おんぶ紐は省スペースでコンパクト、持ち歩きしやすいですよね。
私が小柄で子供がビックだったため、エルゴじゃないと重量的に無理!だったのですが、私の旦那が背負うときはエルゴよりおんぶ紐の方が楽だったのかも。

『大家さんは実はすごい便利な紐の使い方を知ってるのかもしれない』
私気になります!おんぶ紐の新しい使い方!誰か冬コミで薄い本売らねーかな…もちろん成人向け(多分そういうことじゃない)。

『米研ぐ時、今何合目かわからなくなったら俺もファック!って言ってるわw』
ナカーマ!

『「これが自分のやり方なんです」という意思表明をするようにした。ただしその人は拒絶しない。好意には好意で返す』これが一番理想!私もそうありたいです。

『極論に走らず、古かろうが新しかろうが自分たちで良し悪しを考えればいいだけ』
そうなんだよね。『バランス感覚と人に押しつけないことが大事』って声もあって、納得しました。ちゃんと自分の頭で考えることの出来る、人に押しつけない人でありたいです。

 

女性が「〇ァック」なんて言うもんじゃなくてよ、みたいなとてもチャーミングなご意見もありましたが、その通りだと思います。(今見たら消えてた…)ありがとうございます!

ただ私のブログの10%は罵詈雑言と下ネタでできているのでこれからもフ〇ックぐらいはサクサクと書くと思います、ごめんなさい!
それとも奥ゆかしく交接!にしようかしら、オホホホホー。

 

私は自分のブログの読者さんのことを『ちょっぴり下ネタ好きな人たち』だと思っています。えっ?私は違うって?わかってますよお客さーん(揉み手)。

と言うわけでこれからもよろしくなムッツリども!

 

…すいません言葉が過ぎましたっ!どうか登録解除しないでください、解除するなら隊長のブログをどうぞお好きに!(突然の飛び火)

www.taiyaki-oyako.com


とまぁ、今日は前回記事への反省とお返事とご挨拶でした。
明日からはまた、地味に通常営業していきますんでよろしくぅ!

 

【当店からのお知らせ】明日は休業します。

他人の便利にNO!と言いたがる人たち

社会

最近cakesで連載している子ども向けのマインドフルネスの本が面白そうなので買ってみた。まだ途中なのだが『ソフィーの世界』マインドフルネス版みたいで面白い。

cakes.mu

 

今は子ども向けにこんなメンタル本がある、とたまたま遊びに来た母親に話したところ、私が子どもの頃にはこんな便利なものはなかった!今の子はこうやって楽ばかりしているから打たれ弱いんじゃないの、なんて甘やかすな理論が発動された。

私は正直「私が子どもの頃にはこんな便利なものはなかった論者」は滅びたらいいのに、と思っている。

 

例えばDSやスマホは自分の時代には無かった、それでも生きられたんだから要らない、と自分の子を自分と同じ旧石器時代に引きずり込もうとする人たち。

誤解しないでほしいが、DSやスマホを買わないことが全て悪い、と言いたいわけじゃない。
DSもスマホも高価なものだし(特にスマホは毎月大変)、経済的事情の中で申し訳ないけれど自分でバイトして買って欲しい、という家庭もあるかもしれない。それは仕方のないことであり、教育でもある。

または子どもの時はゲームや電子機器に触れる時間より、自然や本に親しむ時間を大事にしてほしい、と言う教育方針の人たち。
みんなが持っているものを買ってもらえない、と言うのは子どもにとって辛いことなので、寂しさを覚えることがないように家庭での時間を充実させ、自分も一緒に自然や本を楽しむならば、それも教育だと思う。

問題だと思うのは子どもの周囲を見もしないで、頭ごなしに自分の時代はこんな便利なものはなかった、苦労しなければ立派な大人になれない、と『苦行』を強いる人たち。

子どもにDSや携帯をいじっている暇があったら外で遊べ、と家を追い出すけれど外にいる他の子どもが皆それらで遊んでいることに気がつきもしない。
昔はこういう遊びをしたもんだ、なんて高説たれるけれどもその素敵な遊びで子どもと一緒に遊ぶこともしない。

自分の子どもが飢えた魚のようにゲームのある家を周遊していることも知らずに、「皆さん早くからゲームで遊ばせすぎじゃないですか?うちはいつも外で遊ばせてますよ」なんて口だけ教育熱心を気取る親を私は軽蔑する。
真実を言えば被害者である子どもがいっそう追い詰められるだけなので、いつも「すごいですね」と笑っているけれど。

 

医学の進歩に伴い、死亡率の高い疾患も変わってきた。
結核がなくなれば肺炎、肺炎が少なくなればガン。
私たちの「便利な生活」も同じようなものじゃないかと思っている。

1つのトラブルが解決しても別のトラブルが起こる。
「今の人は楽をして」なんて怒られるけれど、楽ばかりできないようなシステムになっているから大丈夫ですよお母さん。

小さな頃から携帯を持たせていたら電話番号を覚えないから記憶力が低下しないか、なんて心配になる。でも電話番号を暗記させ、お金を持たせいざというときには電話しろといっても公衆電話はどこにもない。
それに彼らは電話番号の代わりに、様々なIDやパスワードを暗記していたりする。

 

便利になりすぎると贅沢になってしまうのではないか、それがない状況の時に困るのではないか、と心配になるのはわかる。

だけどいつか困らないためにいつも困っておけ、と言うのも妙な話だ。
無洗米を使うと米が研げなくなる、と言う人はそれが電気炊飯器を使うと鍋で米が炊けなくなるレベルの話だと気がついたほうがいい。
どうしても研がなくてはいけない時は調べればわかる。
いざと言う時のために不便に暮らすより、そうやって乗り切るほうが楽だと思う。

 

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子育てをしているといたる所で『昔を大事にしろ教徒』に出会う。

育児中にエルゴで前抱っこをしていたら、当時住んでいたアパートの大家さんが『善意で』子どもがよく寝るから、と昔自分が使っていたおんぶひもをプレゼントしてくれた。

実際に試着してみると夏なのでTシャツにひもが食い込み、子連れSM嬢のような姿になり愕然とした。これでは外に出られない、しかも肩がむちゃくちゃ辛い。

しかしはっきりとは断れずに困っていたら、大家さんの娘が「私が要らないって返したおんぶひも押しつけられたの⁉ごめんね、捨てていいから!今どきあんなの使う人ただのMだから!」と言ってくれたので助かった。

 

乳児向けの液体ミルクが法改正で使えるようになるかも、と言うニュースをみた時も私はこんなに便利なものが!と歓喜したのだが、便利すぎて母乳育児をしなくなる人が増えるのではないか、という意見があった。

母乳がちゃんと出るならばそれが1番だし、しかも楽なのである。それはかつて母乳神話に悩まされた人ならみんなわかっていると思う。

出かけるときに哺乳瓶、お湯を持ち歩く煩わしさ、消毒のめんどくささ。
しかし出なかったり足りなかったり、産後数ヶ月で働かなくちゃいけなかったりと、みんな致し方なく『母乳じゃない』と言う背徳感と闘いながら、深夜に80ミリリットルの粉ミルクをスプーンで計りながら作っていたのである。

粉ミルクが液体になったら10分余計に眠れるし、荷物も軽くなるかもしれない。
そのくらいの便利、賛同してくれよと私は思う。

 

楽をするな、昔どおりに生きよ、と言う人たちを見ると私は中学のときに歌った校歌を思い出す。

私の所属していたバレーボール部では、1年生の時『度胸試し』と言う謎の儀式があり、新入部員は皆ステージの上で校歌を歌わなくてはいけなかった。しかもブルマで。
歌っている私たちを上級生がコートから「小野!声が小さい!」と叱り飛ばすような恥辱プレイ。

みんな嫌がったし、これが恥ずかしくてバレー部に入らない人もいた。
人数の足りない試合で苦労した私たちは、自分たちの代にはこの謎儀式を廃止しようと言っていた。

ところがいざ3年生になると、新部長はやっぱり儀式をやろう、と言い出した。
度胸試しがないと締まらないし。今思うとやっぱりアレも必要だった。
様々な意見が出るなか、結局多数決で儀式は行われることになった。

部長の言った「私たちの代で辞めたらなんか損じゃん!」と言う言葉が今も忘れられない。

 

大家さんはなぜエルゴを持っている私におんぶひもをくれたんだろう?
まだ使えてもったいないから?単純にひもの方が便利だと信じていたから?

当時は若かったから迷惑な善意だと思って流してしまっていたけれど、今思い返すとあれはいったい何十年前のひもだったのだ、と背筋が凍る。
そんなもので私は生きている赤子を背負ったのだ。


昔のままで生きましょう、という人たちは便利になることで失われてしまうものに気がつき、手間をかけたからこそ得られるものを愛しているのかもしれない。

丁寧に生きるために、手間暇をかける生活を選ぶのはその人の自由だと思うし、豊かなことだと思う。

 

でも自分が既に通り過ぎた道を、違う歩み方で進む人たちにいちいち「アウト!」と笛を吹いたり忠告したりするのは本当に『良かれと思って』なのか。

「私たちの代でやめたら損じゃん!」と言う言葉が脳裏をよぎる。

 

私は私の時代より物事が便利になっていくと自分の苦労が報われた、と感じる。不平不満を言いたかったことが解消されて、便利になっていくのは心地よい。

あの夜私が眠気と戦いながら計っていた粉ミルクを思い出す。よく意識が飛んでスプーン何杯目だったかを忘れ、ファック!と叫んでいたっけ。

もしかしたらそんな悪態が神様に届いたのかもしれない。
そう思うと今の私が恩恵を受けられなくてもすっきりする。

それにその恩恵は、私の若い友達や子ども達を幸せにしていってくれると思うし。

 

他人が「便利になる」こと、「楽をする」ことは悪いことなのか。
本当にデメリットはあるのでしょうか。何事も昔のままが一番なの?

あなたはどう思われますか?

  

本の紹介はまた今度。

スタンフォードの脳外科医が教わった人生の扉を開く最強のマジック

スタンフォードの脳外科医が教わった人生の扉を開く最強のマジック

  • 作者: ジェームズ・ドゥティ,荻野淳也,関美和
  • 出版社/メーカー: プレジデント社
  • 発売日: 2016/11/12
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

 

佐藤多佳子「明るい夜に出かけて」感想-夜の底でも明るいどこかへ

読書 読書-小説

佐藤多佳子さんの「明るい夜に出かけて」を読んだ。

主人公は訳あって大学休学中、現在はコンビニのアルバイター。
彼の1年間を描くこの物語には、青春のこそばゆさ、もどかしさがぎゅっと詰まっていて、読みはじめてすぐに引き込まれた。

若者の1人称で誰にでも読み易い、入りやすい物語だと思う。
人と違う自分に生きづらさを感じている人、かつてそんなふうに感じていた大人たちに読んで欲しい一冊。
深夜のコンビニで、行き場のない寂しさを紛らわしたことのあるあなたなら、きっと響く物語です。

 

明るい夜に出かけて


ある事件がきっかけで大学に行けなくなり、実家にも居られなくてコンビニのアルバイトと一人暮らしを始めた主人公富山。

仕事や同僚にも少しずつ慣れてきた頃、深夜のコンビニで変わった客を見つける。
ピンクのジャージ、ぼさぼさの髪。

中学生にしか見えない少女がリュックに付けていたのは富山がいつも聞いている深夜ラジオでネタを採用され、選ばれた者だけがもらえる憧れのカンバーバッヂ(カンバーと書いてあるバッチ)。
富山思わず「カンバーバッヂ!」と声を上げてしまったことで、奇妙な縁が繋がっていく。

 

ラジオ番組「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」の大ファンであり、ネタが何度も採用されている『虹色ギャランドゥ』ことヒロイン佐古田。
自身もアルピー(アルコ&ピース)が大好きで、『トーキングマン』の名前で投稿している主人公富山。
それからコンビニの同僚であり、人気歌い手の鹿沢。
主人公の幼馴染で、アメーバピグの配信をやっている永川。

4人が深夜のコンビニで出会って、繋がりあうような作品を作る1年間の物語。
陳腐な感想だけど、すごくすごくすごく面白かった!

おとなしく地味めだけど、ファッションにはこだわりがあり、行きつけの美容院やスタイリングもばっちりなメガネ男子富山。
ピンクジャージで目がくるくる、不思議なセンスだけれど才能に溢れた女子、佐古田。
ナチュラルな性格で女性にモテるのに、不思議ちゃんが好きでつかみどころのない鹿沢。
ぽっちゃり体型、いつも一言余計だけれど打たれ強くて面倒見のいい永川。

他にも厳しいけれど掃除が好きで仕事一筋な副店長のアニさんや、スナックで働く気さくなミミさんなど、様々なキャラクターがみんな生き生きと描かれている。
どの人も姿が目に浮かぶ。

コンビニという店内が想像しやすい場所が舞台なこともあって、脳内で映像化しやすくドラマや映画を見るように楽しめた。中高生でも読める青春物語だと思う。

歌い手、Twitter、動画配信なんて、すごく旬の話なのだけれど、主人公とヒロインがラジオのハガキ職人と言う昭和の私にもわかる設定なので、引き込まれて読んだ。

 

ブログを始めた頃、暗い夜に羽虫を放つような、心もとない気持ちになった。1日1PV、2PV。本当に他の人のパソコンからも私のブログが読めるのだろうか?と不安に思っていたあの頃。
画面の向こうに本当に人はいますか?と問いかけたくなった夜もあった。

やがてTwitterを始めて、雲の上の人だと思っていた人気ブロガーさんと話せたりして、オフ会なんかも行っちゃったりして。

書くことで繋がるキラキラした楽しさを、小さなバッチがきっかけで始まる物語の中にもう一度見つけたような気がした。
誰かに言及したり、されたり。自分の言葉が繋がって、広がっていく楽しさ。

インタビューを通じて色んな人と知り合ったり、まだ数人だけれど実際にお会いした方もいる。アラフォーだし、普通のおばちゃんだから…と腰が引けていたけれど、よく言われるように『今日より若い明日はない』んである。

会った方は皆ブログ通りの語り口で、初めてなのによく知っている、という不思議な既視感があって面白かった。

 

もちろん世界は楽しい事ばかりじゃない。誰かに嫌われたり、暗い夜もある。

物語はそれでも「明るい夜に出かけて行こう」と優しく歌う。
ラスト歌い手の鹿沢がみんなで作った歌を生配信し、衝動にかられた主人公たちが集まるシーンに泣きそうになった。

私はこの歌が聞きたい。
この本を読んだ人ならきっと、いや絶対にこの歌を聞きたいと思うはず!

この本は絶対売れるし、ドラマ化映画化間違いなしだろ!と言う勢いのある作品。
いや、もう頼むから売れてください、本屋大賞とってください、ドラマ化映画化してください。
そして私にこの歌を聞かせてください…!

 

世界は優しいことばかりじゃない。自信を失い、うずくまりたくなる夜もある。
孤独で死にたくなるような夜は、自転車を走らせたらいいと思う。
コンビニ、ファミレス、夜の底でも明るいどこか。

それでも埋め合わせできない孤独なら、#チーズインハンバーグって呟いてみるのもいいかもしれない。
誰かと交わす些細な会話が、きっと暗闇を照らしてくれるから。

私もいつか、あなたに会いたくなりました。
ほんのちょっぴり、寂しさを感じた夜にオススメの1冊。

それでは今日は「明るい夜に出かけて」の感想でした。

 

明るい夜に出かけて

明るい夜に出かけて

 

 

イメージがチータラ

生活-ネタ

仕事が忙しくて昼食も取れないような日があった。

課長が頑張った女性陣一同に、と奮発してコンビニでお菓子を買ってきてくれた。
きゃーっと色めき立つ私たち。
笑顔でお菓子を配る課長。

ところが、課長の配るお菓子は一個一個ものが違うのである。
しかもランダムではなく、あなたはこれ、あなたはこれ、といちいち確認しながら配っている。

ある人はバウムクーヘン、ある人はクッキー、ある人はフィナンシェ、ある人は豆大福。そして最後に私の番。
袋から出てきたのは…
チータラ。


バームクーヘン、クッキー、フィナンシェ、豆大福、チータラ。
バームクーヘン、クッキー、フィナンシェ、豆大福、チータラ。
国語の仲間はずれを探せ、と言う問題文のようである。


なぜチータラ。
オチか。私はオチ要員なのか。
私は声高に課長を問いただした。

「なんとなく、イメージで…」
イメージがチータラ。

40年近く生きてきて生まれて初めて言われました。
イメージがチータラって。

悔しいけれどなんとなく理解。
甘いものがあまり好きじゃなくて、飲み会はビールとホッピー、炙ったイカをちびちび食べてる私。

以前美人ブロガーさんからいただいたお土産もビールと高級あたりめでした。両方とも凄くおいしかったです。

おいしかったのだがッ…!
いつからイメージがビールとつまみに固定してしまったのかっ…!
私のキャラ戦略(あったのかよ)の何処に誤りが…!

ふぇええ~ん、めそめそ、おら赤べこ乗って家さ帰りてぇだよ~~!(だから何だよこのキャラは)


…まぁそんなみどりの赤べこちゃん(お前の血は何色だ)はさておき。
ブログ上のイメージがビールとスルメであるならば、職場でチータラ扱いされるのも納得と言うものです。

ブロガーにもいろんなイメージが固着した人が見受けられます。
サッポロ1番の人、源さんの人、女社長の人(それ役職)。
それぞれ職場ではどんなイメージなのか、聞いてみたいものです。

ただ『それぞれのイメージにあった贈り物』って、真心は感じられますが難易度高いですよね。年の近い子どもに別々のおもちゃをあげるのは喧嘩の元になったりしますし。

今回課長も若い女の子2人(違うのは目方だけ)に一方はフィナンシェ、一方は豆大福というちょっと危険なミスを犯しています。

豆大福もフィナンシェもどっちも可愛いけれど、若い時はそういう差の付け方に傷つくのが乙女心だと思うの…!赤べこちゃんには分かるのよ…!(意外と使い勝手のいい赤べこちゃん)

また男性社員にはあげなかったので、差別だと言う声もチラホラと。
はじまりは善意だったのに…食べ物の恨みは怖いですね、課長。

結局チータラにはガンガン問い詰められ、若い男性社員からは「お菓子…!」と飢えたハイエナのような目で見つめられていた課長。
次回からはみんなで分けられる大袋のお菓子を買ってきてくれるそうですw

というわけで今日は職場のおやつで揉めたよ、という小さなお話。
みどりのチータラがお送りしました(結構根に持つタイプ)♡

 なんだかんだ言ったけどチータラ美味しかったよチータラ!

 

 

世界的ダンサー菅原小春さんがスゲー!スゲーとしか言いようがないがスゲー!

生活 生活-レポ

最近ダンサー、コリオグラファー菅原小春さんの動画を見かけまして。
すっげぇ!かっこいい!とドはまり。深夜まで動画をハシゴしてしまいました…。

私は今頃ハマったのですが、2015年に情熱大陸に出演、三浦大知さんのMVにも出演されている有名人なのですね。

ダンスをまるで知らない、ど素人の私が今更語ることなど…と思ったのですが、そんな『ただの横好き』を書けるのが底辺個人ブログのいいとこなんじゃね?と思ったので身勝手な愛だけをこっそりと綴りたいと思います!

 

小春さんを一番最初に見たのはダンスストリームというサイトで紹介されていた「URBAN DANCE CAMP」でマライア・キャリーのEmotionsを踊っている動画。

 

dance-stream.com

 

笑顔!お腹!
元気で、清々しくてカッコよくて…!

「URBAN DANCE CAMP」とはYouTubeや世界ダンス大会で有名なトップスターが講師を務める世界的規模のストリート・ダンス・ワークショップ。
小春さんは講師をつとめているのだけれど、彼女が踊ると靴が飛んでくる!(もちろん賛美w)表現豊かで、ホントにカッコいい。

 

youtu.be

 

ヤバい、ホントにカッコいいだけで終わってしまいそう…自分のダンスを語る語彙の少なさに絶望してしまいます。

このアーバンダンスキャンプの動画を漁ってるだけでもホントに楽しくて、やめられない止まらないになってしまいました。

 下の動画は資生堂のプロモーションで公開されたダンスなのだけれど、繊細ヤンキーゾンビみたいなダンスが最高なんだよ!例えが最悪だけど最高なんだよ!

 

 

youtu.be

 

 小春ちんはちょっと姿勢の悪い昔のヤンキーみたいなポーズ(だから例え)が最高に似合うっすなぁ…。首とか鎖骨、肩甲骨の動かし方がたまらーん。

 「さよならひとり」もたまらんのです…ってホントに張りたい動画が多すぎて、キリが無くて。重くなりすぎるのでこの辺でやめときます。

 

youtu.be

 

 自由に体を動かすことの大切さ

 

http://65.media.tumblr.com/60a91c8d91a8024aae0cd76bb9c2b417/tumblr_ni2n9zo5Gi1u0uuleo1_1280.jpg

 

 (写真はオフィシャルサイトより。音注意!)

Koharu Sugawara | 菅原小春 Official site

 

実は三十過ぎて太りやすくなる頃まで、極力運動を避けて通ってきた私。
楽しんでやっていたスポーツは20歳過ぎて始めたスノーボードくらい。

子どもの頃から運動が苦手で、長距離や縄跳びをやると目の前がクラクラしてしまっていました。

中学生の時の血液検査で重度の貧血だと分かり、鉄剤を飲むようになってから問題は解決したのですが。

その頃には運動嫌いが染みついちゃってました…。

子どもって素直で、残酷ですよね。
他の人と違う動き、不格好な人間がいたら「へん!」ってズバッというじゃない?

貧血で青白い顔でフラフラしてる私なんて恰好の獲物ですよ。
へ―ん!が怖くて、体育が怖くなってしまった私。

ダンスなんて大敵でした。
私は動きが不格好だから人前に出ちゃいけない、と思いこんでたんだよね。

子どもの頃の私は人目を恐れ、本の世界に逃げ込んでいました。
おかげで今でも本は近くにあって、書くことも楽しいです。

でも大人になってようやく、表現する方法は書くことだけじゃない、と分かってきました。

自分の気持ちを文章にすることによって、考えがまとまりやすくなる。
私にとって書くことは脳内の言葉を一元化する作業です。
(たまに分岐してしまう事もありますが)

それから、思ったことを声に出すこと。
普通に暮らしていれば普通に話せるだろう、と会話を少し甘く見ていたことに就職してから気が付きました。

その場に合った声の音量、話し方もあるよね。
私は数年声を潜めて話す静かな職場にいた後、スーパーで実演販売のバイトをしたら大きな声が出せなくなっていて困りました。元々販売やってたから、恥ずかしいとかじゃないの。物理的に出ないんです!声も筋力だったのね。

あと最近iPhoneで音声入力しているのだけれど、誤変換が出ないようにもっと活舌や発音を良くしたい、アナウンサーのように話したい!という欲が湧いて来ました。

自分の声って録音して聞くと思ったより高くてびっくりします。
もっと大人の話し方を身に付けたいです。

そして身体の動かし方!
30過ぎて太りやすくなって、ようやく歩いたり動画を見てエアロビ的なものを始めたのですが。

動くと頭がスッキリするし、体調も良くなるし寝付きも良くなるよね。
そんな当たり前で大切なことに今さら気が付きました。

 

最近、先日書いた『他人に上手く助けが求められる人』について考えていて。

 

yutoma233.hatenablog.com

 

言葉はもちろん大切なのだけれど、言葉の前に演劇的に体が動く人、しまった!失敗した!を分かりやすくオーバーリアクションで出来る人って、伝わりやすいと思いませんか?

表情豊かだったり、行動が分かりやすい人には話しかけやすいし、親しみを感じますよね。もちろんダンスが苦手な私はこういうリアクションも苦手。

 

小春さんのダンスもいい意味で「分かりやすい」んです。感情がすごく伝わってくる!何より自分の体がこんな風に、思うように動かせたら気持ちいいんだろうなぁと思う。

私も少しづつ自分のために体を自由に動かすことを覚えていきたい、楽しんでいきたいと彼女のダンスを見て感じました。

筋金入りの運動嫌いの私に「すごい!私もやってみたい!」と思わせる小春さんの「心を動かす力」はすごい。

人の心を揺さぶるものは世界に沢山あるよね。音楽、ダンス、スピーチ…。
私は本や文章ばかりに頼りすぎていたので、もっと身体全体で自分を表現していかないと、と思いました。

 

…と、まぁカッコつけたこと言ってますけど、要するにボケ防止に早口言葉練習して四十肩防止にダンスしようってことだよ!みなまで言わせんな恥ずかしい!

 

私は友達の「へん!」に負けてしまって、自分自身を固めてしまいました(おかげで肩も腰も大変やねん…)。

小春さんは周りからの『人と違うビーム!』や、『型にはめよう圧力!』に負けなかったから自分の世界を見つけられたのかなぁ。

折れないしなやかさ、逞しさがあるからこそ美しいのかもしれない。
彼女の自由でかっこよく、セクシーなダンスを見ながらそんな風に思いました。

私の肩甲骨と首筋の凝りも、あんな風に踊れたら楽になるんだろうか…?とモニター前で肩を回しながら動画を見る日々…踊れや!

今日はとにかく菅原小春さんが好っきやねん!というお話でした。