結婚したばかりの頃、『私が結婚を決めた理由』というエッセイ募集に応募したことがある。
見事に落選したがしばらくした後主催していた出版社から連絡があった。「できればあの話をもう少しオブラートに包んで書き直せないものか」といったような内容だった。その出版社は自費出版でお金を巻き上げる、と有名な所だったので「無理です」と切った。
あの電話はきっと応募者全員に掛けられたものだったのだろう。しかし彼の言いたかったことはSNSやネットの怖さがわかってきた今ならわかる。
私達が結婚を決めた理由、は今時よくあるプチ犯罪自慢☆な話だからだ。
私はものすごくビビリなのでわざわざ時効まで調べた。そしてもう時効、を確信したので今回記事にしてみる。(通報しますた、とかやめてね本当に!)
彼が私と結婚しようと思った理由
彼が私との結婚を決意したのはつきあって2年目のクリスマスイブの出来事だったらしい。
クリスマスイブとかいうとなんかロマンチックだがそういう話ではない。
その年の秋に彼はランドクルーザーとかいう無駄にでかくて燃費の悪い車を買って浮かれていた。
その日は吹雪で、夜には結構降り積もっていた。新車での雪道走行に更に盛り上がる彼。
「みてみて、4駆だから滑らない!」「凍った路面もきゅきゅっと止まる!」
タイヤ会社の回し者か、と思うようなセリフで一人盛り上がる彼を、(あー夕飯のイタリアン吐きそう)と生温かく見つめる私。
そして、「こんな吹き溜まりだって乗り越える!」と公園の駐車場の雪だまりにつっこんだのが運の尽きだった。
「吹き溜まりだって乗り越える!」筈だったランクルさん。動かない。タイヤだけがむなしくから回る。
腹が雪につっかえて、タイヤが見事に浮いてしまったのだ。重い車なので、押したって動きやしない。車には何も積んでいないので自力で脱出できる手立てもない。
やっちまった…と頭を抱える彼。ちょっと半べそ。
時刻は夜の11時。天候のせいもあり他の車の通りかかる気配もない。通りががってもランクルを引っ張ってくれる車はなかなかない。
自宅までは車で30分ほど。親か友人かJAFを呼んで助けを求めればいいのだが、私も彼も携帯がない。(ポケベルの時代)
そこはダム湖の公園で、とにかくだだっ広くなにも無かった。
ダムにかかった橋を渡り、向かい側の管理棟に行けば公衆電話があるかも知れない。
しかし遠い。外は吹雪、雪は深く私はミニスカブーツ、ダンナはスニーカー。
クリスマスのデートである、雪山登山の準備などない。
このまま遭難するのか…と思われた私達。彼はブツブツ泣き言を呟いている。
しかし私は諦めなかった。
なぜならば私には12時までに家にたどり着かなくてはいけない、というメロスのような固い使命があったのだ。
私の使命、それは門限。
門限を守る、というときちんとしたいい子に思われそうだが、最初はそんな物ぶっちぎっていた。遊びたいさかりの20代。
12時なんてあっという間。母の小言なんて屁のツッパリにもなりませんぜ。
しかし母に見放され門限見張り番が父に代わってから状況は一変した。
父はなにも言わない。ただ起きている。
明日も仕事なのに、いつも10時には床に入る早寝のジジイがただ眠そうに起きている。
そして私の子供の頃のアルバムなどを背中を丸めて見ている。
私が帰ると、戸締りしろよ、とだけ言って黙って寝てしまう。
この心理攻撃はけっこうきつい。良心が痛む。
この技は本当に効き目があると思うので年頃の娘さんをお持ちの方は是非試してみて欲しい。うるさいことなど言わず、黙って背中を丸め懐かしい思い出に浸る。
息子には効くだろうか。子供が大きくなったら試してみたい。
とにかくその時の私は12時までには帰らないと、という使命感で一杯だった。先日遅くなったときには父は私の運動会のビデオを見ていた。
このままだとへその緒まで引っ張り出されてしまう。
帰らねば。
最悪車と彼氏を置いてヒッチハイクで帰ろう、とまで考えた私。
しかし神は門限を守る健気な子羊をお見捨てにならなかった。
駐車場のすぐ近くに、高い鉄柵で囲まれた工事現場があった。
柵の中には重機とプレハブ小屋が二つ。
あのプレハブの中になら、スコップがあるのでは?
そう思った私、早速彼に話す。いや、鍵かかってるだろ、と言う彼。
しかし当時造園会社経営の花屋に勤め現場のおっさんたち(気はいいが皆おおざっぱ)をよく見ていた私の名探偵(好き)の勘がこう告げていた。
こんな立派な鍵付きフェンスの中のプレハブに、更に鍵を閉めるか?
とりあえず彼はあてにならないので黙ってミニスカブーツ(当時アムラーが流行っていた)で2m程のフェンスを乗り越える。
幸い雪が積もっていたのでケガもしなかった。プレハブのドアは案の定開いた。窓も少し空いている緩いセキュリティっぷり。そして入口すぐのところにちゃんとあった。光り輝く金のスコップが!
もちろん普通のボロいスコップだったけれどあの時程スコップが光り輝いて見えたことはない。
そして意気揚々とスコップを2本ぶら下げ凱旋する私。
その時の私は「スコップ盗ったど~!はやく掘れ!」ぐらいの気持ちだったのだがダンナには金色の野にスコップを下げた娘が降り立ちラン、ランララランと駈けてきた幻が見えたらしい。
雪原を盗ってきたスコップ両手に駆けるナウシカ。
謝れ、ナウシカに土下座して謝れ。
とにかく二人で掘ったらすぐに車は脱出し無事門限までに家にたどり着くことが出来た。
スコップは彼が柵を乗り越えきちんともとの場所へ返しに行った。良心としてついでに窓も閉めてもらった。
余談だが彼に返しに行かせたのはもし捕まった時に共犯として指紋が残るように、という死なばもろとも精神がどこかにあったことをここにひっそりと記しておく。
必死の思いで家に帰りつけばクリスマスイブで家族はみんな起きていて、弟に「姉ちゃんケーキ食べる~?」などと言われてどっと疲れたことを思い出す。
結局門限との戦いはその後も続き、へその緒は見なかったが母子手帳までは辿り着いた。
私の側からするとなぜこれで結婚しようと思ったのか謎だが、ダンナはあの時私に後光が見えたらしい。
恋の魔法ね(絶対違う)。
私が彼と結婚しようと思った理由
話が長くなりすぎたので私が結婚を決めた理由は簡単に書いておく。
つきあって1年目、私は彼の部屋でコーラ割りのウオッカにべろべろに酔い、彼の手に吐いた。
そのあとの記憶はないのだが気が付けば私は彼の服を着て自宅で寝ていた。
せっかく記憶が飛んでいるというのに、
手を出せ、とわざわざ彼の手に吐いた記憶だけはしっかりと残っている。
まだつきあって一年程。これは終わった…と恐る恐る電話をすると、案外普通に「大丈夫?」と聞かれた。
吐いてすまなかった、というと「俺そういうの平気だから」と一言。
そのときこの人だったら私が寝たきりになってもオムツ変えてくれるかも、と思ったのが私の結婚の決め手。
彼の名誉のために言っておくが結婚後嘔吐や排泄物プレイを強要されたことは未だ無い。
それからウオッカだけは飲まないようにしている。
コーラ割りは危険だ!
実際に結婚したのは
こうしたドラマティック(?)な出来事ですぐに結婚しよう!とはならなかった。
実際に結婚したのは付き合ってから5年も経ってから。
決め手は私の祖母が、「おらが死ぬ前に孫の結婚式が見たいだ~」と泣き落としたから。結婚から十数年。
90近い祖母は、今も元気です。
死ぬ死ぬ詐欺…!
まとめ。
「マーライオンと金のスコップ」などと少しおしゃれなタイトルにしてみたが私たちが結婚を決めたきっかけは嘔吐と不法侵入である。(あと詐欺)
でもこれはたぶんレアケースなので、世の中には食パン咥えて走ってきた彼女とぶつかってビビッと来た!とか紫のバラを送ってくれた彼と結ばれて(まだだっけ)、みたいな夢のある幸せな結婚をした人がきっといる。そう信じたい。
そして今回改めて書いてみて、電話をよこした新○社の彼はやっぱりサギだったなぁ…と思う。 (この話をどうオブラートに包めと!)
あ、新婚さんいらっしゃいに応募すれば良かった。
以上、本日のくだらない話でした~。