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おのにち

おのにちはいつかみたにっち

僕らが旅に出る理由

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先日観光地に日帰りで出掛けたのだけれど、スマホを忘れてしまった。
私は未だにスマホをカメラ代わりにしているので、忘れると写真が撮れない。

写真が無いと旅日記にはならないな、とブログに書くことは諦めて普通に楽しんできた。
今は個人の旅日記でも写真、動画はつきものになっていて、みんな美しい景色や美味しそうな食べ物をばんばんアップする。
 
ではカメラのない頃の旅行記はどんなだったのだろう?と考えて、浮かんできたのが東海道中膝栗毛。
弥次さん喜多さんが歩く東海道の旅日記は、観光名所より二人の個人的な失敗談や下ネタがメインな気がする。
あくまでも二人が旅した東海道のお話、なのだ。
 
今はテレビでもネットでも、様々な観光地の情報が入ってくる。
グーグルストリートビューでも、まるでその場所に立ったかのように360度が見まわせる。
 
そんな時代の中で旅に出る意味とは何だろう、と考えた時に浮かぶのは弥次さん喜多さんのように、個人的な経験が得られる、ということなのかも知れない。
 

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四十代を過ぎると物忘れが激しくなった。
驚く程色んな事を忘れてしまう。
 
九十歳の私の祖母は少し痴呆が入ってきて、いつもぼんやり黄昏時にいるようだ。
私もいつかこうなるのだろう、すべて忘れてしまうのなら、経験することに何の意味があるのだろう、と悲観的になったりもした。
 
でも祖母には急にスイッチが入るときがある。
先日祖母の女学校時代の友人が亡くなった。
足腰の弱った祖母は葬儀には行けなかったけれど、生き生きと彼女との思い出話を語り出し、そっと冥福を祈っていた。
 
田舎道で、真新しい自慢の制服がすぐに白くなったこと。貧しくて弁当が無い日もあって、分け合って食べたこと。好きな詩や歌を歌いながら歩いた長い長い帰り道。
祖母と友人の繋いだ手が見えてくるような、豊かなあの頃の話だった。
 
本当に大切な記憶は体の奥底にしまい込まれていて、必要な時には思い出せるのだろう。そう信じていたい。
 
 
私の中に深く残る旅の記憶も、みんな個人的な経験ばかりだ。
有名な観光地も少しは行ったけれど、テレビや雑誌でよく見たその場所よりも、一つ手前の駅やその裏側にあった見晴らし台、なんてささいな事ばかりが色鮮やかに浮かぶ。
 
職場の旅行で行ったシンガポールは、宝石工場やシルク屋さん、デパートと、とにかくお土産屋巡りばっかりでイマイチ楽しめなかった。
でもシルク屋さんの近くでベンチに座ってぼーっとしていたら知らないおばあさんに「タバコをくれ」と言われ、そこから先の話がなんだか面白かった。
 
タバコくれ、は外国ではよくある光景な気がする。
私は吸わないので、「持ってないよ」と断ったのだが、「吸わないのか!マジか!お子様だな!」となぜか怒られた。
そこから、家の嫁も吸わない、これだから今時の若い奴は。嫁はスープにホニャララも(定番の何か?)入れないのだ、信じられない!みたいな嫁の愚痴が始まって、世界どこに行っても嫁と姑は同じなのだな…と笑ってしまった。
 
私の英語力は中学生で止まっているのだが、その人の英語はやたら聞き取りやすく、身振り手振りで話がなんとなく分かった。
嫁、スープ、などの切れ切れの単語、しかめつらやボディランゲージだけでもなんとなく話は伝わるから(作り上げているのか?)人間の脳って不思議だ。
しばらくヒートアップしていく愚痴をふんふん、聞いているとどうやらお嫁さんらしい人が来て「付き合ってくれてごめんねー、ほら風邪ひくから家帰るわよ」と連れて行ってしまった。
なんだかんだ言いつつ仲いいんじゃん、と後ろ姿を見送っていたらおばあちゃんは振り返りお嫁さんの背中にこそっと中指を突き立ててしかめ面をした。
ばばあ…w
 
なんだかあのワガママで自分勝手なおばあちゃんが忘れられない。
スープには何を入れなきゃダメ、だったんだろう?あの時聞き取れなかった単語が今でも気になっている。
 
他にも旅の記憶はみんな些細な事ばっかりだ。

夏休み、東京の科学技術館に行って、帰り道地下鉄の階段を下りる時怖かった。
下の息子がちょうど二歳、なんでも「自分で!」のお年頃だった。
夏の夕立に濡れた、よく滑る階段を恐る恐る手すりに捕まって(手を繋ぐのも断固拒否された。無理強いすると大号泣である)やっと最後の一段に辿り着いた息子は「やったー!」と大ジャンプし、つるんと足が滑り硬い石の床に見事におでこから着地した。
ガッツ―ン、とかなりいい音が地下道に響いた。
結局大号泣の息子を抱え、こんなことなら最初から泣かせてもいいから抱っこするんだった、と後悔しつつ雨の中救急病院を探した。
幸いタンコブだけで済んだけれど、あれはなかなか見事なタンコブだった。
 
あれ以来、「九段下の駅を降りて坂道を」という爆風スランプの「大きな玉ねぎの下で」を聞くと、玉ねぎじゃなくてタンコブが思い浮かぶ。
 

新婚旅行で行ったハワイで、当時は新しかったウェイクボード体験をした。
私達夫婦ともう一組のカップルの四人で、二時間のコースだったのにもう一組が船酔いでリタイヤしたため私達の貸切になった。
立てるようになると波を踏む感覚が面白くて夢中になった。
ボートの運転手のお兄ちゃんは実際にウェイクボードの大会に出ているプロで、次こうして回れ、手を離して見ろ、などと身振り手振りで教えるのが上手い。
夫婦で夢中になって二時間やっていたら、水温の低さと水の抵抗で思った以上に体力を奪われていて、ボートを降りる頃には唇は真っ青で小鹿のようにプルプルしていた。
まずい、水着を脱ぐ体力すらないぞ…と思っていたらなぜかクノールのコーンスープの袋が貰えて、お湯を入れて飲んだ。
 
あのときのクノールほど美味しいスープはなかった。
「うまい!」と本気で思った。HPがぐんぐん回復して行くのが分かった。
勿論クノールのコーンスープはいつだって美味しいけれど、あの日の美味しさはもう再現出来ないんだろう。
 
 
いつかバーチャルリアリティの時代が来て、街並を歩かなくても雑踏の賑やかさや空気まで体感できる日が来るのかも知れない。
 
それでもきっといつまでも記憶に結びつくのは、忘れないのは、私たちの血や汗や笑顔に結びついた個人的な思い出なんだろう。
 
結局昔も今も旅は個人の記録であり記憶に過ぎない。
 
私が誰かの書いた個人的な旅行記を読むのが好きなのは、旅をした気分を味わえるからではなくて、幸せな記憶の残滓が味わえるからなのかも知れない。
 
いつだって旅に出よう。日帰りでも、近場でもいい。
どんなごちそうより、豪華ホテルより。
小さな思い出を作る事が、私達の遠い未来をきっと豊かにしてくれるから。

いつも旅行記を読ませてくれる、遠くまで旅するあなたにも、いつか会えたら聞いてみたい。楽しい思い出話と、あなたが旅に出る理由を。