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少年は荒野をめざすのか?『少年Nの長い長い旅』感想

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石川宏千花さんの『少年Nの長い長い旅』、二巻まで読了。

YA向けで、小学生の子ども達がとある事件をきっかけに別世界に飛ばされる、というよくあるファンタジーなのだが設定が面白かった。

まず異世界が一つではなく、いくつもの宇宙が存在する世界でバラバラに飛ばされた仲間たちを探すという構成が面白い。

主人公野依は最初に助けてくれた大人、サットを頼って彼とともに宇宙の便利屋になる。その設定も宇宙船サジタリウスを思い出してワクワクする。

1、2巻の時点ではICOのような不思議な塔のある世界、宇宙船の話だけだが、これからどんどん偏った世界が出てきそうで楽しみ。

 

キャラクターの魅力

少年Nの長い長い旅 01 (YA! ENTERTAINMENT)

 

この物語は、何より主人公野依の造形が良い。

曲がったことが嫌いで、弱い者いじめや不正なことをしている人間を見ると我慢ができずつい手が出てしまう、という暴力的衝動を抱えている少年。

これが少年漫画なら、主人公は弱きを助けるヒーローであり、自分の正しさに迷わないのだが、野依は小6にしてきっちりすぎるくらいに現実を生きている。

例えば横断歩道で車椅子をふざけて蹴り倒した高校生の自転車を追いかけ、逆に自転車を蹴り倒し睨みつける。
まさにヒーローなのだが、野依自身は後から車椅子の人を助けた方が良かった、と自分の行動を悔いている。また、自分がそういう行動を取ってしまうことで、母に迷惑や心配をかけてしまうことを気に病んでいる。

担任教師はそんな彼を隠れたヒーロー呼ばわりし、先生は本当の君を知っているよ、と扱うのだが、野依自身も、彼の友人たちも、その教師を世間知らず扱いをするところが面白い。

現実社会の中で、野依の抱える衝動はヒーローの資質ではなく危険な負債だ。
高校生の自転車を蹴り倒した時も、たまたま一部始終を見ていた警察官に救われただけで、下手をすればそのままリンチを受け命を落とす危険もあった。

野依が酷い負債だと感じている衝動は、別世界に落ちた野依を救ったり、荒ぶらせたりする。

様々な世界の中で、かつては野依によく似た子供だったというサットとの日々の中で、彼はどうやって自分の感情との付き合い方を学んでいくんだろう。
この先に期待している。

 

ファンタジーの中の親

 

主人公野依はこれ以上暴れたら両親から見放されて、祖父母の住む田舎に送られてしまう、と言う絶望を抱えて生きている。

アパレル会社のデザイナー兼社長の父親、自分の息子をきみ、と呼ぶかわいい母親。
一見明るくおしゃれで理想的な両親の、これ以上問題行動を起こしたら田舎送り、という対処方法には少しぞわぞわする。

野依の苛立ちは身勝手な人間の行動や、慌ただしい日々の中で生まれていると思うので、確かに静かな田舎に送れば沈静化するだろう。

しかし小学生の子どもを手放して、田舎の祖父母に任せると言う選択肢が親として最良なのか?とつい同じ親として考えたくなってしまう。

野依の両親は子供の自由を尊重し、友達のようにさっぱりと扱ってくれる。
小説や漫画ならではの、理想的な親だ。

私の親はとにかく子供の言い分を聞いてくれない絶対的君主だったので、ずっと友達的な親に憧れていた。

ただ実際、自分が親になってみると、子供と言うのはなかなか危うい生き物だと気付く。
子供の意思を尊重すること、自由を認めることはもちろん大事なのだけれど、自分と他人の心身を危険にさらすような恐れのある事は嫌われようが刺されようが、止めなくてはいけないのだと思う。

親には子供の命と、彼らの行動に責任がある。

…などと思ってしまったのだけれど。
読書家としては、ファンタジーに親目線を持ちこむとは、つまらない大人に成り下がってしまったのう、的後悔が。

子供の頃はファンタジーに親なんて不要だと思っていたのに。
いろいろな視点で物語を眺められるのは面白いけれど、FTはやっぱり子供目線で読むのが一番なのかもしれない。

 

さて、この物語は面白い展開の仕方をしている。
全体像としては現実世界で事件が起き、様々な別世界に飛ばされた7人の子供たちの物語である。

「少年Nの長い長い旅」は失踪直後から物語が始まり、タイトル通り野依が別世界で友達を探す長い旅を描いている。

タイガから発売されている「少年Nのいない世界」は失踪から5年後の物語。
こちらは未読なのだが、やはりタイトル通り、野依とはぐれた仲間達はどう生き抜いて来たのか、と言う話らしい。

5年たっても、野依は仲間に会えなかったの!?と思うとかなり暗い気持ちになってしまうけれど、どうやら5年後の世界で本格的な仲間探しが始まるらしい。

長い旅といない世界、二つの時間軸の物語がどうやって終結するのか、この先が楽しみだ。

 

主人公野依は、仲間を何より信頼して、大切に思っている。
「少年Nの長い長い旅」は野依の視点の物語だから、周囲から見た彼の姿が分からない。「いない世界」の仲間たちから、野依が同じようにかけがえのない友達だと思われているといいな、と思う。

そんなふうに一人の少年に肩入れして、応援したくなるファンタジー。
なかなか、オススメですよ。

 

少年Nの長い長い旅 01 (YA! ENTERTAINMENT)

少年Nの長い長い旅 01 (YA! ENTERTAINMENT)

 

 

少年Nのいない世界 01 (講談社タイガ)

少年Nのいない世界 01 (講談社タイガ)