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あなたの声が聞きたくて-仁木英之『千夜と一夜の物語』感想

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仁木英之さんの「千夜と一夜の物語」(ちよとひとよのものがたり)を読んだ。
これはちょっと奇妙な物語だ。

冒頭は物語のヒロイン千夜の、新しい職場の歓迎会から始まる。
大手化粧品メーカーの研究員という、中途採用としては恵まれたスタートを切る千夜。しかし早速上司からセクハラを受けてしまう彼女を救うのは同じ職場の先輩である姉、一夜。

声優の仕事を諦めて就職した千夜と、そんな彼女を見守るしっかり者の姉一夜。
微笑ましい姉妹の物語は、酒に酔い一人で先に帰った千夜が何者かにかどわかされる所から変容を遂げる。

千夜を攫い、謎の屋敷に死体を積み上げる自称『魔王』は千夜に物語ることを命じる。
面白い話を語れ、しからばお前を生かしておいてやろう、と。

当たり前の日常から一変、アラビアンナイトのような世界に取り込まれた千夜は、元声優の意地にかけて魔王を魅了する話を語り始める。

それは創作好きだった姉の一夜がかつて幼い千夜に語ってくれたおとぎ話、のはずだった。しかし毎晩物語るうちに、物語が現実を侵食しはじめて…?

 

千夜と一夜の物語

 

物語の冒頭は現代的なのに、たった一夜の出来事から千夜の世界は大きく変容を遂げます。死体を積み上げ面白い話をせがむ魔王、語れば語るほど現実にリンクしていく千夜の物語。

長年行方知れずだった父が帰ってきた時から、頼りの姉も変わってしまい、孤立する千夜。彼女の武器は声、そして物語る力だけです。

語れば語るほど明らかになっていく町の秘密、人知を超えた父の力、その恐ろしい思惑。

 

現代から始まった物語は、過去へ遡り魔術師を巡る不思議なファンタジーとなり、最後は現実に着地し、そしてまた夢幻の世界へと旅立ちます。

モダン・ホラーの名の通り、千夜と一夜、そして魔王の幼い頃の物語は恐ろしくおぞましい。

慕っていた姉が分からなくなり、自分の父も信じられなくなるヒロイン。
そんな彼女が頼れるものは自分の声だけです。

他者を従わせ、世界を変える彼女の物語る『力』。
誰もが魅了され、ストーカーにつきまとわれたり上司からも過剰なセクハラを受けてしまう千夜の声とはどんな響きだったのでしょう?

少し怖くて不気味、けれども耽美なモダン・ホラーです。

仁木英之さんと言えば『僕僕先生』という美少女仙人僕僕と、弟子の王弁の旅を描いた明るく切ない中華ファンタジー・シリーズの印象が強いのですが、この仄暗い物語もとても面白かった。

なによりヒロイン千夜の声が聞きたくてたまらなくなるのです...!
今夜、夢で逢えるかな?
シェヘラザードの終わらない物語に。

 

千夜と一夜の物語

千夜と一夜の物語