おのにち

おのにちはいつかみたにっち

イヤなら食うなの文化圏

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ブコメ民読解力がまじヤバイ(2018.11.25.19:09 追記)

 

この話に母ちゃんがかわいそう、的コメントをしたらid:neofreudian さんから言及を頂いた。

neofreudian.hatenablog.com

 

子どもが母親にまともな米をくわせろ、こんなもの食えたもんじゃない、と言っている時に父親は黙殺していたのでは、という話である。

 

たしかにたしかに(カニが食べたくなるシーズン)。
あまりにも酷い言い草だし、誰かが叱るべきですよね…

とそこまで考えて、はたと気が付いた。

 

我が家に「こんなもの食えたもんじゃない!」なんて言葉を言い捨て出来る権利は存在しない。

だからこんな飯食えるかと執拗に言い募られ、耐えかねて泣く…なんて文化も存在しないのである。

Twitterで語られる物語に、文化の違いを感じてしまった。

 

もちろんわが家でも口に合わないとかお腹が一杯で「食べられない」発言が出ることはある。 そういう時「イヤなら食うな!」と言い返すのは父親なり母親なり、作った人の権限(我が家は早く帰った方が作る制)。

私は「食うな」とまでは言わないけれど「イヤなら食べなくってもいいですよーだ、ただしデザートは抜きだと思え!」くらいの事は言い返す。

 

スター・ウォーズ ヨーダ 1/6スケール プラモデル

 

 上の子も下の子も、幼少期は見慣れない食べ物には食べる前から「食べれない!」が飛び出す食わず嫌い野郎どもだったので「一口食べてから言って!」と返すのがお約束だった。

残さず食え、とまでは言わないけれど、一口食べているうちに好き嫌いは減っていくものだから。

親族や、ご近所もみんなそういうスタンス。

子ども会やスポーツ少年団で食事をする時、好き嫌いで「食べられないー」(アレルギーは事前にチェック済)なんて言いだす子どもがいたら「もったいない、だったら寄越せ!」と年長者が取り上げ、話は終わり。
人が美味しそうに食べている姿を見ると欲しくなるのが子どもと言う生き物で「やっぱり食べるー」なんて言い出すこともしばしば。

 

件の話は好き嫌いではなく「かつての北海道の米は不味かった」「品種改良スゲー!」という驚きが主題だとは思うんですが。
書いた人はアメリカンジョークとして(?)話を盛ってるつもりなんだよね、逆に不評を買っちゃったけど。「米が不味すぎてディスってたら母ちゃんを泣かせちゃったぜhaha」「あんなにまずかった米が信じられるかいBaby?インド人もビックリだぜ!」的な。

 

それでもやっぱり、私の身近に「食えたもんじゃない!」文化が存在していないから、そこに引っかかってしまいます。

本当にまずかったんだとしても「こんな飯食えるか」を黙殺はありえない、が私の価値観。お母さん自身も不味いのは理解してた、買ってやれないことを申し訳ないと思っていたんだとしても(私も北海道出身ですが、正直ゆめぴりか前の北海道の米はどこの家も不味いのが常識だったと思うのですが)。

私だったら、文句があるなら自分の金で買え、くらい言うと思います。
中高生ならバイトくらい出来るでしょうし。

そもそも会津の風土が「ならぬものはならぬものです」なのですよね…。

ただどこかの世界線には「子どもからの暴言に耐え続けついにキレる母」が存在するんだろうし、「母ちゃんを泣かせた話」が武勇伝でんでんデデンデンとして通用する文化圏もある訳なんですよ。

こうした話には「お前んちではそうなのね、ウチは違うけど」くらいのスタンスが大切なのかも知れません。すっかり忘れてまたキレるんだろうけど…

 

neofreudian さんのブログに悪いOPI(オパーイ)という話がありましたが、我が家は右のOPIを叩かれたら左のOPIでぶちのめせ派なのかも知れません。
それはそれで問題ありそうな気もしますが。

皆さんのご家庭ではどうなのでしょうか?

とりあえず会津地域では「こんな飯食えるか!」と言われて黙って耐えるなんてありえない、毎日がハンムラビ法典状態、キミはきのこれるか…というお話でした。