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おのにち

おのにちはいつかみたにっち

イマジナリーフレンドと鳥絞める母

生活 生活-家族

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昨日の夜テレビで「モーガン・フリーマン 時空を超えて」を見た。

このシリーズは第一線の研究者たちの色んな持論が紹介されていて面白い。

結論が無く、材料が並んでいるだけなのも想像が膨らむ。
昨日は「人間にとって神とは何か」というテーマだった。 

www.nhk.or.jp

(次回は宇宙人!マヤ好きとしてはワクワクします) 

番組の中で、子どもの想像上のお友達や神様、いわゆる「イマジナリ―フレンド」的な話が出てきた。

イマジナリ―フレンド(コンパニオン)、目には見えない空想上のお友達。
 幼児期には20%から30%もその経験を持つ人がいて、一人っ子か女性に多いらしい。

ちょっと違うかも知れないが、私にも常に肌身離さず会話を交わしていたぬいぐるみがあった。ライナスの毛布的な感じだろうか。

 今はよく思い出せないが、あのぬいぐるみには私が与えた人格があって、よく会話をしていた。

 今日はそんなお話である。

 

 白くないキティの葬儀

 

小学校に上がる前、東京のアパートから北海道の父の実家へ引越した。

父の実家は石狩の外れで、周りはひたすら平野。
友達は農家や牧場の家の子が多く、遊びに行こうにも凄い距離があった。

東京にいたころは同じアパートにも友達がいたし、歩いて5分の公園に行けば必ず誰かに会えた。

ところが北海道では近所に誰もいない。

 

仕方なく私はいつも家で黙々と一人遊びをしていた。

ぬいぐるみや、バービー人形(昔はジェニーだった気がする)、リカちゃんはちょっとダサいぜ、なんて生意気なことを考えていた。

 

ぬいぐるみや人形は私の考えたお芝居を演じる。

子どもがぶつぶつ独り言を言いながら、ぬいぐるみとままごとをしているのを見たことがあるだろうか。

そんな感じで5、6歳の私は毎日遊んでいたのである。

 

ひとつだけ別格のぬいぐるみがあった。

白い(かつては白かったがもう黄ばんでいた)犬のぬいぐるみ。
名前はキティ。

 

キティはなんてことのない普通のぬいぐるみで、でも抱くといつもしっくりきた。
嗅ぐと牛乳の腐ったような匂いがしたが、あの匂いがないと眠れないので洗えなかった。

 バービーやリカちゃんは銀行強盗ごっこだの火あぶりにされる殉教者ごっこ(どういう設定だよ)の度にキャラクターが変わったが、キティは私と同じプロデューサー的な立ち位置で、ごっこ遊びを見守っていた。

今はあまり覚えていないのだが、私の中で彼の(キティは多分おっさんだった)人格は形成されていて、寝る前には一日の報告をしていた。

 

そんなキティとの蜜月は小学校の入学式の後断裂された。

母がもう小学生だからいらないだろう、という理由で私のおもちゃをごっそり断捨離してしまったのである。

 しばらくは探し回っていたし、夜も眠れなかった。

そんな日々を何日も続けて、もういないんだ、とようやく悟った私は積み木にマジックで「キティのお墓」と書いた。

 それを畳の上に建てて、牛乳をお供えして、キティの冥福を祈った。

キティは燃えるゴミになったのではない、床下のお墓で眠っているのだ、と弔ったのである。

 

今は流石に悲しくないけれど、断裂したような喪失感はまだ覚えている。

弔いは強烈にイメージづけられたらしく、小6で引っ越すとき、床下のキティはどうしよう、と思いついて自分でもびっくりした。

 

床下など潜ったことも無いのに、私の中ではあの家の畳の下に今でもキティがいるのである。

 

毛布と意識の違い

 

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末の弟は毛布がいつも手放せなかった。
まさにライナスの毛布。

 私のぬいぐるみをさっくり断捨離してしまった母は、毛布が無いと眠れない弟を旅行に連れて行くために毛布もざっくり切って、持ち歩きサイズに変えてしまった。

 これなら持っていけるし、匂いを嗅げば眠れるんでしょう、という訳だ。

多分そういうことじゃないよなぁ、と小学生の私でも思ったが当然幼児の弟は泣き叫んでいた。

 毛布は仕方なくまたミシンで縫われたが既に原型を留めていなかった。

弟は毛布を諦めた。

 私達はわりとざっくり卒業を余儀なくされている。

   

ぬいぐるみを捨てられた、だの毛布をちょんぎった、だの書くと母親を責めているように聞こえるかもしれないがそういう訳ではない。

私達と母の意識はかなり断裂しているのである。
分かり合えなくても仕方がない、と子供の時に気がついた。 

私の母(1950年代生まれ)に子どもの頃の楽しかった思い出を聞いたら
「鳥小屋から逃げ出したニワトリを捕まえて、みんなで川原で焼いて食べたのが美味しかった」
という想定外の答えが帰ってきた。

私の母がよっぽど貧しかったのか、と思ったがダンナの母も
「毛をむしるの面倒くさくてな~。頭落としてもしばらく走るんだわ」
などとサラッと返していたのでその時代福島の田舎で育った小学生は割とナチュラルに鳥絞めてたらしい。

 

鳥を絞められる小学生と、ぬいぐるみを手放せない小学生。

 さすがに分かり合えないわな、と思う。

 

ちなみに母は私が福島の田舎に馴染めなくて絶賛いじめられ中だった中学時代、「陶芸王に俺はなる」と言って家事を父親に任せ栃木県の益子焼きの窯元へ半年間修行に行ってしまった。

 本気で意味が分からない。

 おかげで人生は一人で立ち向かうしかないんだと学べて良かったけど。

母の陶芸熱はすぐ冷めた。
実家にはいまだにマイ電気窯(そこそこデカい)がある。

 あれどうすんだろう。
そのうち生前整理のススメ的な本を手渡したいと思う。

あるいは、私がツボ作ってインスタに投稿するか。
私が定年したらこのブログ「おのにち」は陶芸ブログになっているかも知れない。
すげぇニッチ。 

 

まぁ、今日はそんな思い出話でした。

 

臭くて汚くても、本人にとってはかけがえのないモノって必ずあるので、家族でも人の物を捨てる前には一声掛けていきまっしょい。

 私は息子が卒園式で貰ったチューリップの生花が萎れたので無断で捨てたら「どうして捨てたのー」と本気で号泣されました。

2週間飾ったんだぜ、もう花びら無かったんだぜあのチューリップ。

 

お詫びに花屋で代わりのチューリップを買ってプレゼントしました。

 今順調に腐ってます…もはや茎だけなんですが。
息子が捨てないで~って涙目で。

ざくっと子どもを卒業させることの出来る私の母はさすが鳥絞めるオンナ、強かったのだな…。

  

追伸:

鳥絞めると書いた後に言うのもアレですが、欲しいものリストからどなたかが送ってくれたキリンメッツのレモンスカッシュ一箱が届きました。
ビールの代わりにこれを飲んで禁酒&ダイエットしたいと思います。

お名前は分かりませんが、送って下さった方本当にありがとうございました!