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おのにち

おのにちはいつかみたにっち

王子さまの帰還-帰ってきた小沢健二

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小沢くんが帰ってきた。

昔の私を救ってくれたのは彼だったのだと、今は思う。
今日はそんな思い出話。

 

LIFE

 

 

私の高校時代はそれなりに暗黒だった。

中学時代、転校生として周囲にコテンパンに叩きのめされ、すっかり自信を無くした少女はストレスと思春期で自分史上最大級に肥え太っていた(ガチで妊婦最ピーク時より重かった)。

そんな彼女はもちろん高校でも負け組。

それでも好きな本や絵の世界から、少しづつ繋がれる友達も増え、なんとか楽しい日々を送れるようにはなったのだけれど、相変わらず容姿的には最底辺まっしぐら。

高校は容姿で厳しいカースト制度が引かれていたから、最貧民としてキラキラ眩い女子たちを這いつくばって崇めるばかりの日々だった。

そこまで卑屈になってくると、努力しよう、少しでも自分を可愛く見せよう、なんて気力も無くなってくる。

むしろ、私がかわいく見せようなんておこがましいわ!罪!スカート下にはジャージ!
醜いものは見せてはならぬのです…そして私が女のコスプレをするなどありえんこってすばってんどすこーい!

…思春期を間違った方向に拗らせるとこのように認識が歪み、女性であるにも関わらず『女性の恰好をするのが罪』みたいな発想になってしまうのです。
いや、ガチで。

それでも高校の時は制服だったのでまだよかった。
問題は卒業して私服になってから。

高校を卒業して一年程で私はスルスル痩せて(よく動く仕事だったのと、ホルモンバランスが整う時期だったんだと思う)中学生の時くらいの体重に戻った。
今考えたら普通体系なんだけど、なぜかそれが上手く認識出来ていなくて。

相変わらず「私が女子の恰好なんてコスプレですわwww」みたいな歪みっぷり。
メガネ姿で、髪は短くて前髪は長くて、体重がまた戻ってもいいように大き目サイズの服ばかり。

太めのペインターパンツやオーバーオール、トレーナーにコンバースのスニーカー、キャップ。

カジュアルと言えば聞こえはいいが、色も紺や黒の地味な感じ。
塗装店のおっさんか、モノクロのスーパーマリオみたいなファッションで出歩いてました。

泣く。あの頃の私の写真を見ると全私が泣くんで、マジでやめて欲しい。

 

当時は高校の時のカースト差別の影響で男の子が怖くて、女子とばかり遊んでいました。女の子の可愛さを崇めるのが好きで、女の子と居るほうが幸せだと思ってた。

 


小沢健二 - ラブリー

 

そんな私に現れた憧れの人が小沢くん。

「犬は吠えるがキャラバンは進む」という面白いタイトルに惹かれてアルバムを買い、すぐにハマってライブのビデオを買った。

ちょうどDVDとビデオが入れ替わる時代で、あれは私が買った最初で最後のビデオテープである。もう見られないのだけれど、引越しの時捨ててしまったことが惜しまれる。

 

私は小沢くんが好きとか、小沢くんと付き合いたいとは思わなかった。
ただ小沢くんみたいになりたかった。小沢くんになれたら、可愛い女の子の隣で自信を持って座っていられるのかな、と思った。

だから小沢くんの歌を歌って、小沢くんみたいな服を着た。
ボーダーの長T、小さめのTシャツや白シャツ、きれいめのパンツ。

相変わらずボーイッシュだったけれど、おっさん系から少年系になった。
ラインがすこしだけ細身になった。

自分の身体のサイズにあった、明るい色の服を着るようになっただけで、身も心も軽くなった気がした。

それまでのサイズの合わない服は、みんなデカく重くて、ゴワゴワしていた。
私は自分に自信がないから、鎧みたいな服ばかりを選んで着ていたんだと思う。

私をぶっといペインターパンツの中から、救い出してくれたのは小沢くんだった。

小沢くんみたいになりたくて、小沢くんのかわいい!を真似ているうちに、私はようやく自分にかわいいを許してあげられるようになった。

私は背が低く、凹凸のある女性体型だったから、小沢くんの真似をしても結局彼のようにボーイッシュにはなれなかった。

それでも、白シャツも、チビTも、着ているうちに私なりにかわいいな、と思えるようになった。

そこからなぜかオリーブ女子を通り越し、ROXYやらボルコムやら頭にハイビスカスを咲かせちゃったり(その頃の写真も死ぬ…死ねる…)色々迷走を繰り返し今に至る。

 

今は膝丈スカートにヒールの靴を履く。
鏡の前で口紅を引く私は、あの頃毛嫌いしていた女のコスプレそのものだ。

でもあの頃の違和感はもう感じない。
紺色の鎧を着ていたあの頃の私も、かわいかったな、と今は思える。
(ただし写真はダメだ。思い出を形に残すのは廃止すべきだ)

 

スーパーでカレー粉を探しながら、私はあの頃の歌を口ずさむ。

LOVELY LOVELY WAY CAN’T YOU SEE THE WAY? IT'A

ラブリーは恋愛の歌だけれど、あの頃の私にとっては「自分を好きになる」ための歌だった。

 

恋を世界を、自分を好きになることを教えてくれた王子さまは、おっさんになってもやっぱりキラキラとかわいらしかった。

私のファッションは未だ模索だらけで、自分史上最高の私はなかなか見つからない。
これからも私は迷うと思う。

40代からの私、50代からの私。
巣鴨ファッション?ゲートボールモテコーデ?
戦いはいつまでも続くのだろう。

だけど大丈夫。夜がどんなに深く長くても。
私が私を好きでいられるなら、愛すべき日々がきっと待ってるから。

 私は今日も歌を口ずさむ。

LOVELY LOVELY WAY 息を切らす

 

流動体について

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