おのにち

おのにちはいつかみたにっち

心の原風景

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小学生の頃北海道に住んでいた。
石狩平野の真ん中の、小さな町。

真っすぐに伸びる国道の脇に、舗装されていない赤土の道があった。
それはとうに閉鎖された炭鉱へと続いている。


鉱山へと続く大きな道路は既にバリケードでふさがれているけれど、この小さな脇道はなぜか見逃されて子どもたちの小さな度胸試しに恰好の場所となっていた。

土の道をしばらく進むと右手に小さなスクラップ置き場が見える。
テレビや冷蔵庫が積んであるそこには作業着姿の痩せた、背の高い男がいて黙々と作業を続けている。いつも帽子を目深に被っているからその表情は窺えない。

左手には小さなプレハブと仮設トイレ、その前に青いピックアップトラック。事務所兼休憩場所と思われるプレハブの窓には、不似合いな淡いピンクのカーテンが掛かっている。

カーテンはいつもこぶし三つ分ほどの隙間が空いていて、白髪の老婆が編み物をしている姿が見える。 老婆も男も、身を寄せ合いながら土道を歩く子ども達には目もくれない。

スクラップ置き場を抜けると、あとはひたすら続くススキ野原だ。
やがてススキの向こうに丸い建物が見える。

それは一度見学施設になった廃炭鉱のチケット売り場だ。
炭鉱は私の祖父の時代に、見学施設は父の時代に潰れた。今はどちらも閉鎖されて、分厚い木の板で塞がれている。広い広い駐車場だけが、昔の名残を残していた。  

炭坑の入り口は閉鎖が甘いのか誰かが板を剥がしたのか、一番下から中が覗けるようになっている。

地面に這いつくばって中を見ると、鉄のトロッコに乗せられた見学用の人形が、錆びついた顔でこっちを見ている。
穴はどこまでも続いているのか、それとも安全のために塞がれてしまったのか。
外から伺い知ることは出来ない。

友達は入り口のない廃墟にすぐに飽きてしまったが、私はなぜかあの穴を覗くことに魅せられてしまい、一人きりでこっそりと、また同じ道を辿った。

 

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ざらつく木板の下から覗く縦穴。
トロッコも不気味な人形も、前と同じように錆びついたまま動かない。
動く気配のない遺物に、私は微かに胸を撫でおろす。

赤いスニーカーを見つけたのはその時だ。
トロッコの奥、暗闇の手前。

昔見学に来た子どもが落としていったものだろうか。それにしては真新しく見える。ハイカットのスニーカーの脇にある丸いワッペンは、コンバースのものだろうか。

目を凝らすけれど良く見えない。
そのうち首が痛くなり、私は諦めて帰路につく。

 

赤いスニーカーをもう一度見たのは次の日の朝だ。

通学路の電柱に、隣町の女の子が行方不明になったというチラシが貼られていた。着ていた服は黒いTシャツ、青いジーンズ、赤いスニーカー。

炭坑の奥で見かけた、赤いスニーカーのことが頭から離れなくなった。

その日の放課後、私は一人で廃坑を訪れた。
友達は誘わなかった。

私は夢と現実の合間を生きているような子どもで、よく無いはずのものを見ることがあった。 教室の高窓の上から覗く男。暗闇にうずくまる白い猫。もう一度振り返れば男は黒いバケツに、猫は白いゴミ袋に代わる。

そんな私だったから、赤い何かをスニーカーに見間違えた可能性はあった。
友達や親に話すのは、もう一度よく確かめてからにしよう。

そう思った私は、またあの縦穴を覗き込んだ。

やはりトロッコの奥には赤い靴など存在していなかった。
しかし、その場所は何かで濡れているように見える。

私は違和感を覚えた。
この間は暗くてスニーカーの赤もおぼろげにしか見えなかったのに、今日は奥まで日が射している。

入口を確認すると一番下の一枚だけ空いていたはずの木板が、更にもう一枚剥がされている。そのせいで光が奥まで届いたようだ。

このくらい空いていれば、服は汚れるけれど通り抜けられそうだ。

縦穴の奥が濡れている理由が気になった私は、すぐに逃げられるよう足先を外に出したまま、穴に半身を入れてみた。

中は獣のような激しい匂いがして、どこか生臭かった。入り込んだ動物の住処になっているのかもしれない、と怖気立つ。濡れた床も、もしかしたら動物の排せつ物の類かも知れない。

それでもどうしても気になって、私は手を伸ばし、濡れて見える部分に軽く触れた。手に何かが付着したのを感じると穴から抜け出し、外の明るい場所で確かめた。

私の指先には赤黒い汚れがついていた。
そっと鼻に近づけると、金属が腐ったような匂いがした。

血だ。

そう気が付くと、一人で立っていることが恐ろしくなり、来た道を駆け戻った。
途中ススキで手を拭うが、赤い色は爪の間に入り込んでなかなか落ちない。

走り続けて脇腹が痛くなったころ、スクラップ置き場とプレハブ小屋が見えてきた。
人がいる、という安心感から私は足を止めた。

小屋の中には老婆がいるはずだった。
前に中を覗き見て、プレハブの中に小さな流しや電話があるのは確認していた。

手を洗わせて貰って、親を呼ぼう。
あれはもしかしたら獣の血かも知れないが、人に告げた方がいい。
私はそう確信していた。

ノックするとゆっくりとドアが開いた。
どうやら扉がきちんと閉まっていなかったらしい。
老婆はこちらに顔を向けて、大きなロッキングチェアに座っていた。しかし編み物に夢中らしく、私には気が付かない。

すいません、と何度か大きな声を上げた後、私はようやく気が付いた。
身動き一つしない、あれは本当に人間だろうか、と。

後ずさりする私の視界が、急に暗くなった。真後ろに、背の高い誰かが立っている。
血の気の引いた私の肩に手が

 

 

というところで目が覚める夢を見ました。
目覚めてからも恐ろしくて、心臓がドキドキしていました。

下から覗ける炭坑も、ススキの道も、プレハブのあるスクラップ置き場も、実は本当にあるのです。

ただ実際の場所は異なっていて、それぞれ離れた所にあるのでこんな風に放課後に立ち寄ることは不可能なのですが。

私の脳内で印象的な場所が結びついて、一つの物語を作り上げたのでしょう。
どこまでが夢で、どこからが現実か?それはあなたの想像にお任せします。

ではお休みなさい、どうかいい夢を...

  

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