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おのにち

おのにちはいつかみたにっち

冬の日、ここではないどこかへ。

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雪の気配がする。

雲は重く灰色で、風も強い。
今日の雨は雪に変わるんだろう。

若い頃は冬が嫌いだった。

 

私は平日休の仕事をしていた。
小さな花屋の店員。
給料は安いし休みは不定期だし手は荒れるし。
いつもこの仕事は生臭くない魚屋みたいだなぁ、と思っていた。

でも花束を作ること、受け取った人の笑顔を見ることは好きだった。

 

お給料の安さより辛かったのが友達と休みが合わないこと。
やがてそんな孤独にも慣れて、どこへでも一人でも出かけるようになった。

田舎は電車賃が高いので移動手段はもっぱら自動車だった。
中古で買った、小さな白いライフでどこまでも行った。

米沢でステーキを食べるつもりがさくらんぼ狩りに捕まってお腹を下して帰ってきたり(さくらんぼでお腹を一杯にするのはオススメしない)。
東京のアミューズメントパークでバイオハザードの体験アトラクションをしたらマンツーマンだったり。

空いてますよ~、と進行役のお姉さんに手招きされたのだ。
空いてるどころじゃねぇよ、貸し切りじゃねえか。

あなたがクリスで私がジル。
あの時ほど辛いバイオハザードは無かった。
私の心がハザードだよ!

 

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四方を山に囲まれた盆地に住んでいたので、雪が降ると小さな軽では峠越えが怖くて何処にも出かけられなくなった。

ただ家で本を読んでいた冬の日。

 

あの頃の私は自分を取り囲む山並みが嫌いだった。
いつも閉じ込められているような気がした。
隔てられているような気がした。

たくさんの楽しいことから。


やがて平日が休みの男の子と遊ぶようになった。
彼はこの町で暮らすことを楽しむ人だった。

ある日鴨のエサやりに行こう、と誘われた。
地元のI湖かと思ったらもの凄い山奥に連れていかれここで捨てられたら死ぬと思った。

幸いなことに山のてっぺんにはちゃんと小さな池があり鴨も白鳥もぎっしりいた。
餌付けされていない鴨は人見知りせず、手から食パンを食べるくらいの近さだった。
足元が鴨でぎゅうぎゅうになって、『鴨なべ作れそう…』と思ったことは鴨には内緒だ。
鴨に食パンをちぎって与えていたら袋をぐっ、と引っ張る人がいた。

白鳥だった。
袋ごと食べたら喉に詰まって死ぬ、と思って引っ張り返したら奴は目玉を突きに来た。
あの時の白鳥は本気で殺しに来ていた。

奈良で鹿にせんべいを帯封ごと強奪されたこともあり、私は全長が1mを超える生き物へのエサやりを餌付けとは呼ばないことにしている。

エサ強奪。この世は食うか食われるかだ…。

最高級岩手県産岩手鴨 鴨づくし鍋セット(3?4人前)

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サドンデス餌やりの他には日本の名水巡りをした。
家の近所にはやたら名水の看板があった。

正直言って私の住んでいる地域は水道水でも美味しい。
そして名水は下まで流れてくるので道路沿いでも飲める。
飲めるのだがわざわざ山を登り源泉まで行って飲む。
そしてぷはぁ~うまい、と喜んでみる。

ここだけの話だが岩の間から湧いてくる源水はキレイなのだが辺りが苔むしているので苔味がする。

すごーく褒めちぎって若鮎風味のお水、みたいな。

道路沿いの管から出てくる水の方が(車から降りて一分で飲める)多少濾過されているのか美味しい気がする。

味はともかく、水の流れを追っていくのは楽しい。
最初は石段、そのうち砂利道、やがてケモノ道、最後は崖のぼりだったりする。
ペラペラのコンバースしか持っていなかった私はトレッキングシューズを買い、それが駄目になるまで名水を飲んだ。

どれも実は美味しくなかったけれど、登った道程は今でも覚えている。


他にもスノーボードで初めて遊んで、その日のうちに生まれたての小鹿状態になったり(L知ってるか、脛の前にも筋肉はあるんだ)、巨大な湿原に行って山小屋に泊まったり。

私は田舎に住むことを損だと思っていたけれど、彼の目に映る町は巨大なおもちゃ箱みたいだった。

私はやがてシベハス顔の山男と結婚し、二頭のシベハスを産み我が家はMAN WITHになった。

WELCOME TO THE NEWWORLD-standard edition-

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子ども達のために、たまにはディズニーランドや博物館に行くけれど基本はこの町で遊ぶ。
お弁当を持って小さな山に登ったり、雪が降ったら毎週スキー場へ。

一月には窓の外の雪山でソリ遊びをする子どもたちをみながらポトフを作ったり簡単なケーキを焼く。

 

もう冬は嫌いじゃない。

ここではないどこかへ、輝ける場所へ、楽しい場所へ。
十代の私も、二十代の私も、遠くばかり見て走っていた。

足を止めて周りを見回して。
閉じ込められていると感じた山並みに、今は守られているような気がする。

 

ここは自然豊かな場所だ。
この間は洗って干した大根の一番つやつやした奴をサルに奪われ追いかけた。
タワシ片手に(大根を洗っている最中)サルを追いかけ息切れ切れになりながら私は思った。

「私、今、サザエ…!」

お刺身用 サザエ中1kg 山陰境港産

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日本広しと言っても平成の世にお魚くわえたドラ猫追っかけてプレイが出来る場所は少ないんではなかろうか(当社比)。

不便なことも多いけれど、今はサザエになれるこの町が好きだ。
(でも大根は返せ)

 

結婚して料理が好きになった。
クリスマスにはいつもオーブンで丸鶏を焼く。
二時間かけて焼いて、一時間休ませる。
時間はかかるけれど失敗知らずで美味しい。

換気扇を回してもリビングが鶏の焼ける香ばしい匂いで一杯になる。
子ども達はいつも「クリスマスの匂いがする」と笑う。

彼らもいつか大人になって思い出すのだろうか。
あの日のクリスマスの匂いを。雪の匂いの小さな町のことを。

ここではない、遠い場所でも。