おのにち

おのにちはいつかみたにっち

読経オーディエンス

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週末に法事があった。

菩提寺の僧侶は70過ぎのおじいちゃん。
読経が毎回くっそ長いのだが、そこがありがたい、と高齢者には人気である。

 
実は私はこの人の読経が苦手である。
顔を見るだけで、(ぷっ)
となってしまう。
 
罰当たりなのは分かっているのだが、この方の読経、ファンキーすぎる。
 
読経を始める前に、気合を入れて木魚を3回、威勢良く叩く。
ポクポクポクッ!
 
もうこの辺から私の肩は震えている。
 
それから発声である。
「っあああーー」
この後「っ愛のままにぃーワガママにぃー」とか歌い出したらどうしよう、と思っていつも悶える。
 
そんなこと無いのは分かっているのだが、っあー、の音程がB’zのそれと同じなのである。
 
私の脳内ではいつもライブが繰り広げられている。
 
1、2、3。リズムを刻む木魚が今夜も始まりの合図。
「っあーー」。
彼の発声が響くとオーディエンスはいつも静かに震える。
会場は静まり返り、今にも爆発しそうな空気を孕んでいる。
今夜の読経を待っていた。
Aizuminka、伝説の一夜が今、始まる。
 
的な。
 
盛り上がりそうな雰囲気を孕みながらも、前半は至って常識的である。
リズミカルな木魚音と、熟練らしい落ち着いた読経が続く。
 
問題は終盤。
この方の読経は30分近くある。
 
手が疲れるのであろう、ポク、ポク、とリズミカルだった木魚の音が15分もすると少しづつ遅れ始める。
 
ポク…ポクッ、ポク。
そこら辺でいつも心の中で声援を送っている。
頑張れ!セッションの終わりまで、あと少し!
 
ポ…ポクっ(断章)。
ぐらいで読経は終わる。
 
良かった、今夜も生き抜いたんだな…。
私は歴戦の勇者を見るような気持ちで僧侶の帰還を見送る。
 
 
流石にポクポクが厳しくなってきたのか、次に会った時彼は大きなCDラジカセを携えていた。
 
『お恥ずかしながら年のせいで木魚が厳しくなってまいりました。大変申し訳ないのですが、本日の読経の木魚はカセットテープで流させて頂きます』
 
カセット…テープ…?
 
一瞬怪訝には思ったものの、これで遅れていく木魚にハラハラすることもない。
今日のセッションは安泰だな。
 
そう思えたのは最初だけだった。
 
ポクポクポク、木魚音にかぶさる生活音。
戸の開け閉め、バイクの音、猫の鳴き声。
 
僧侶は市販品ではなく律儀に自分で録音したらしい。
戸がバターン、郵便屋さんがすいませーん。
なんだこれ。
 
僧侶の木魚テープには更なる自家録音の限界があった。
20分くらいすると、明らかにポクポク、が遅れ始めたのだ。
 
ポク。ポク。…ポクッ。ニャーン。
 
猫が鳴いたとき、皆嗚咽ではない声を上げて肩を震わせた。
きっつー。
 
週末の法事、70過ぎの僧侶は娘に後を譲り引退していた。
本日のセッションは若い娘さん。
読経はキレイで木魚の音もリズミカル。
袈裟姿も美しい。
 
何の心配もなく読経は終わった。
 
しかし読経後彼女は見慣れたラジカセを取り出した。
 
『故人と父は年も近く、大変仲良くさせて頂いた間柄でした。本日読経はできませんでしたが、最後に故人との思い出話を聞いていただきたい、と父が申しておりました。本日の説法は父の話とさせて頂きます』
 
彼女がボタンを押すと聞きなれた生活音が流れてきた。
バタン!ブーン、キッ。ニャーン。
 
猫近すぎだろ!

 

ポクポク木魚

ポクポク木魚