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辻仁成『エッグマン』感想-タマゴと恋の物語

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寒い日にちょうどいい本を見つけてしまった。

辻仁成さんの『エッグマン』。
卵と大人の男女の相当スローな恋心を描いた物語である。

一時間ほどで読めるボリューム、物語に挟み込まれる卵料理の数々が良い味を出していると思う。

近藤史恵さんの『タルト・タタンの夢』というフレンチ・ビストロを舞台にした短編ミステリシリーズが好きなのだけれど、『エッグマン』はその本の卵料理バージョン、という感じがした。

勿論辻仁成らしく、ぼんやりした主人公はやっぱりいい男だし、ヒロインも魅力的なのだけれど。物語の合間に漂う恋の気配とかセクシーさとか、そういう滲み出てくる色気みたいなものはこの人の持ち味だよな、と思う。

 

物語の主人公は食品開発会社に勤めるサトジ。
仕事終わりに西麻布の小さな居酒屋に立ち寄るのが日課で、なかでもいつも対面の席に座るマヨ、という女性の笑顔を見るのが楽しみだった。

とはいえ当時のマヨは既婚者で、いつも夫と一緒だった。
話しかけられる訳もなく、やがて可愛い娘が生まれ、幸せな家族の様子を見守る事だけがサトジの楽しみだった。

しかしいつしか家族連れが店に現れることはなくなり、どうやら離婚したらしい、と風の噂に聞く。

それから二年。
苦しい思いをしながらも、ようやく彼女のことを諦めかけたサトジの前に、またマヨが現れる。

同じ居酒屋、同じ席。
彼女は少しやつれていたけれど、また会えたことがサトジには嬉しかった。
それからまた数年が過ぎ、二人はマヨが家に帰るまでのたった一杯分の時間だけ言葉を交わすようになって行く。

やがて元コックで卵料理が得意なサトジに、マヨが娘のウフのために特別な卵料理を依頼したことから二人の縁は深まっていって...というお話。

 

出てくる料理はどれも美味しそうな、卵を使ったメニューばかり。
大人なので卵は一日一個まで、なんて規制をかけていたけれど、たまには卵とバターをたっぷり使ったオムレツもいいなぁ、なんてよだれが出てしまいました。

卵なら、ちょっと奮発していいものを購入してもそこまでお財布は痛まないし。

卵料理という身近さ、親しみやすさが、驚くほど気が長く奥手なサトジという男に上手く絡まって、好感を持たせてくれます。

タマゴにまつわる人生模様は少し甘口で、砂糖が効いているみたい。
ホントの人生は多分こんなに甘くないし、誰かが振り向いてくれるのを十年以上も待っている男なんてきっといない。

でも物語としては、これでいいんじゃないのかなぁと思います。
甘くてフワフワの、卵焼きみたいな一冊でした。

 

エッグマン

エッグマン