ずーっと、年に一度しか出ない本の続きを、盆に会える大切な友達みたいに心待ちにしていたマンガがあって。
とうとう、とうとう完結してしまいました。全7巻、7年付き合った大切な友人。
それが、入江亜紀さんの「乱と灰色の世界」。
素晴らしい作品に出会えた幸せと、もうこの世界に迷い込めない寂しさと。
私はこのマンガを一生忘れないでしょう。今年のベストワン、そして人生のベスト10に入るくらい大好きな作品になりました。
人間と魔法使いが暮す特別な場所、灰町。そしてそこに住む10歳の少女、漆間乱。魔法使い一家に生まれた彼女は魔法がまだうまく使えない。一回り大きなスニーカーを履くことで大人に変身できる彼女は、その姿で大人の男性と恋に落ちてしまう…。
表紙の美しさに一目惚れして買ってしまったこの作品。最初は人間の住む町でひっそりと暮らす魔法使い一家のラブコメディだと思っていました。乱がスニーカーを履くことで大人の女性に変身するところはメルモちゃんみたいだし、綺麗で細やかに書き込まれた少し懐かしいタッチの絵は竹宮恵子さんの「私を月まで連れてって!」を思い出します。明るく賑やかな漆間一家のエブリディ・マジック。そんな風に思っていたのです、はじめは。
キャラクターに魅了されて
最初に魅きつけられたのはとにかく絵の美しさ。それから魅力的なキャラクターでした。
人間社会に馴染めない苛められっ子の魔法少女乱。
過保護で不愛想、狼男で高校生の兄、陣。
最強の魔女であり美しい母、静。
皆に慕われる魔法使いの長であり頼りになる父、全。
母静の従者であり、乱の姉のような優しい珊瑚。
初めて乱が自分から友達になりたいと願った魔法使い、仁央。
乱を導く飲兵衛で大食いの少しだらしない先生、たま緒。
乱のクラスメイトであり最初の友達、日比。
そして乱の初恋の人、凰太郎。
他にも、凰太郎の世話係五郷さんやデザイナーの志伸、珊瑚の姉妹である瑪瑙や琥珀、別珍先生に犬好きの大地、と書ききれないくらい魅力的なキャラクターが一杯。
きっとあなたにもお気に入りの誰かがいるはず。そう思わずにはいられないカラフルさ。
そしてこの物語を読むと色んな過去の名作を思い出します。
乱と日比の不器用な関係は「タビと道づれ」みたいだし、戦いの果てに大切な人を失う虚脱感は「惑星のさみだれ」を思い出す。大きな屋敷でのどんちゃん騒ぎは「千と千尋の神かくし」の様に楽しい。大人の男性に憧れて恋する乱は「私を月まで連れてって!」の主人公ニナみたい。きっと作者入江亜紀さんのたくさんの好きが溢れだして、混ざり合って灰町の世界が出来たのでしょう。
乱が感じる灰色の世界
すごく重たいこしあん。乱は自分の魔法をそう例えています。
これは10歳の乱が感じている生き難さ、閉塞感の象徴です。タイトルの灰色の世界、とは子供の乱から見た世界の色合いなのです。
家族は皆周りに愛され必要とされている。子どもの自分は何もできず一人ぼっち。
そんな中出会った凰太郎。彼も又、孤独な人間です。彼は乱に恋したことで初めて世界に光を見出します。
乱も、生まれて初めて「自分だけを」愛して必要としてくれる人に出会います。友達が欲しいと願い、不在の両親にいつも寂しい思いをしていた少女が出会った自分だけの王子様。それが凰太郎だった訳です。(蛇というか悪魔というか。限りなく危険な王子様だけど)
愛すべき灰町の人達のなかで、彼だけがどこか異質です。人間でありながら魔法使いをぞっとさせるような毒気を放つ凰太郎。乱と凰太郎はどこか似ています。乱がもし寂しいまま、自分自身を持て余したまま大人になったら。その姿はきっと凰太郎に近いのでしょう。光と影のような二人。
凰太郎は乱を愛し、彼女を認めたことで自分自身を初めて肯定出来たのだと思います。
一緒に大人になろう
凰太郎が灰色の世界の乱をそのまま肯定してくれる存在だとしたら、同級生の日比は乱を大人へと引っ張って行ってくれる存在です。
乱の友達作りを応援したり、家まで連れ帰ってくれたり。乱をいつも助けてくれる、導いてくれるのが同級生の日比。
花屋の息子日比の苗字は日比屋花壇の日比だと思います。でもそれだけでは無くて、何気ない日々の積み重ねが一番大切なんだ、というこの作品のメッセージ、日々、の日比、なのかも。
ずっと一緒に居てくれる日比。彼は普通の人間ですが、凰太郎に蹴飛ばされても狼男の陣に脅されても乱の側にいる事を止めない。すごく強い男の子だと思います。好きな女の子に素直になれない子供っぽい一面もありますがクラスメイトには慕われ周りが良く見えている。
日比のそんな性格はきちんと家の手伝いをする事、植物という物言わぬ生物を愛する事。そんな当たり前の事で育まれたのかなと思います。
日々を大切に生きる人の強さ。それを乱に教えてくれたのが彼なのでしょう。
ネタバレもあらすじもなく熱い気持ちまとめ
大きな闘いが終わった後、珊瑚の妹である琥珀は泣きます。自分は無力だ、姉達に比べて何も出来ない、そんな自分が情けなくて嫌になると。そんな彼女に、傷ついた魔法使いを癒やすため町を訪れた無庵が声を掛けます。
ま、仕方ないよ
仕方ないし関係ないよ
立派な姉さんたちがいてもいなくても
人は努力し続けるべきだ
弱くても腕も頭もある 磨き続けるべきだ
それに思いやりや笑顔だって魔力に勝る宝です
琥珀に掛けられた言葉。これがこの作品に込められた、そして何度も繰り返されるメッセージです。
乱は魔法修行に出かけるために自分のことは自分でできるようになろう、と努力します。朝早く起きる、掃除をする、ご飯を作る。ボタン付けや、編み物も出来るようになる。もちろんすぐには出来ません。針で指を刺しながら、毎日一つづつ新しいことを覚えていく。一歩一歩の大切さ、学ぶことの楽しさに気が付いたのです。
乱の友達、優等生でいつもクールな仁央ちゃんも、知らない魔法にキラキラと目を輝かせます。
偉大な魔法使いでも、力のない私達でも。知らない事を知る楽しさを覚えて、毎日一つでも前に進んで行けば。きっといつか素敵な大人になれるから。
そういえば、子どもの時は揚げ物を怖がらずに出来るお母さんスゴイ、って思ってました。おにぎりもご飯が熱くて上手く握れなかった。今の私はおにぎりもから揚げも普通に作れます。普通の大人、それだけでも子供にとっては偉大な魔法使いに見えるのかも。
このマンガを読み終わって。頭の中に、魔女の宅急便のEDが流れていました。
小さい頃は 神様がいて
不思議に夢を かなえてくれた
やさしい気持ちで 目覚めた朝は
大人になっても奇跡は起こるよ
奇跡を待っていた子供の乱は、今大人になって私たちに魔法をかけてくれる。
大人になることは魔法使いになること。誰かに優しい言葉を掛けたり、ほんの少しの心遣いで、きっと奇跡は起こせるから。
そして今、進学や就職に悩む灰色の世界にいるキミに。大人になっても、灰色の雲がかかってしまう辛い日に。
このマンガを読むと、まるで乱の魔法が届いたみたいに温かい優しい気持ちになれます。
私は、心に灰色の雲がかかったらきっとこの作品を読み返すだろう、と思っています。
何度も、何度でも。
- 作者: 入江亜季
- 出版社/メーカー: エンターブレイン
- 発売日: 2009/11/16
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