おのにち

おのにちはいつかみたにっち

失われた図書館の話

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 ちょっと前の話題だけれど、TUTAYAに図書館運営を任せたらひどい品揃えだった、というニュースがあった。

 

www.asahi.com

 

 私の町の図書館や庁舎も、ちょうど建て替え時期らしく工事が続いている。

新しくなった建物はどれも綺麗で冷暖房設備も素晴らしく、更には省エネ、と非の付け所がない。

でもコンビニやファミレスみたいに画一的な四角い箱になってしまった施設を見て、うぐいす張りみたいにギシギシ言っていた木の床や、お化けの出そうな暗くひんやりした廊下を懐かしむのは私だけだろうか。

古い施設は耐震やバリアフリーといった基本的な設備を備えていなかったので、改修は仕方がないことなのだが。

失われた風合いが少しだけ恋しい。古い体育館の一番奥のトイレに居る、と噂されていた花子さんは今何処にいるのだろう。

 

  昔少し離れた町にお気に入りの図書館があった。
独身の頃は月に一回、そこで本を借りるために片道一時間かけてドライブしていた。

遠い図書館に出かけて本を借り、返却は近くの図書館で済ませることが出来る。
相互貸借、という同県内の図書館なら利用可能なサービスである。
本当は本の取り寄せも地元で出来たのだけれど、実際に書架を見て選びたかったのでいつもわざわざ車を走らせていた。

 そこは本当に古くて変わった作りの図書館だった。

鉄筋コンクリ造の3階建て。灰色のコンクリはもう外壁が剥がれそうで、夏は緑の葉が生い茂り、冬は枯れたツタが廃墟みたいに見えた。

 冷暖房設備すらなかったので、夏はいつも窓も扉も開けっ放し、冬はストーブが所々に置かれていた。

一階は児童書コーナー。背の低い本棚、絨毯の引かれたスペース。子供向けの可愛らしいエプロンを付けた司書さんが紙芝居を読んでいたこともあった。

二階は閲覧室。会議に使うような味気ない四角い折り畳みテーブルがいくつも並べられ、椅子も安っぽい折り畳み椅子。若者はテーブルで本を読んだり勉強をし、老人は壁際に置かれた古いソファで本や雑誌を読んでいた。

急な階段を三階まで上がってようやく一般書コーナーがある。天井近くまである背の高い書架。小さな脚立に登ってようやく目当ての本に手が届く。書架と書架の間もすれ違えないほど狭い。とにかく本に囲まれている、という感覚。

 公共の図書館としては珍しく、ベストセラーの新着本コーナーがとても小さいスペースだった。
カウンター前の背の低い本棚に、申し訳程度に並べられている、という感じ。代わりに郷土史や写真集、美術書といった高価な本の新刊が目立つ場所に並べられていた。

 私の目当ては背の高い書架にぎっしりと並べられた海外文学の新刊本コーナー。あの頃「本の雑誌」という月刊の小さな雑誌が大好きで、本選びの参考にしていた。
文庫本は自分でも買えるし、ベストセラーなら地元図書館や古本屋でも買える。
問題なのは価格の高いハードカバーの翻訳本。書店や地元図書館には無く、取り寄せは出来るけれど試し読みもせずに何千円もする本をポンポン買えるほど裕福では無かった。

 書架にはいつも貸出限度の十冊では足りない程読みたい本が並んでいた。本の雑誌に紹介されていたノンフィクションやミステリー。歴史小説やスチームパンクSF。

 どの本を選ぶか、悩む時間も贅沢な楽しみだった。
セミの声、近くのプールの歓声。
書架の間はいつも静かで、古い扇風機の音が聞こえるくらいだった。

夏を思い出すときいつもあの図書館が浮かぶ。
少し暑くて、本の表紙がひんやり心地よかった。

 

 結婚して、子供が出来て日々に追われるうちに遠くの図書館へ通う習慣は自然と無くなってしまった。

 ある日一人で買い物に行った帰りにその図書館の近くを通った。久しぶりに寄ってみようか。車を止めて、私は驚愕した。

 三階建ての灰色の建物は取り壊されていて、大きな四角い白い箱がでーん、と横たわっていた。

 ドアはもちろん自動ドア、中は心地よい温度に保たれている。入り口にはカフェも併設されコーヒーのいい香りがする。

 室内は広くゆったりとしていて、子供の本のコーナーも閲覧する場所も全て繋がっている。
声が響いてしまう作りのようで、少しうるさいなと感じたけれど昔のこの場所が静謐すぎたのかも知れない。

 郷土史や美術書は姿を消し、代わりに画一的なベストセラーが何冊も並んでいた。
海外文学の新刊本コーナーもだいぶ縮小されてしまっていた。それでも読みたかったSFを一冊だけ見つけて、小さく笑った。

 

 私の大切な場所は失われてしまったけれど、それほど悲観はしていない。
雨後のタケノコのように建てられた建物はやがて老朽化し、「きれい、快適」を求めてやってくる人達には見向きもされなくなる。

 そうしたら三階まで階段を登らなければ本が借りられなかったあの廃墟図書館のように、不便でも本が読みたい人だけが集う場所、がまた戻ってくる。

 十年?二十年?もちろん私もゾンビの如く蘇り、かつてのサンクチュアリに舞い戻るのである。

   

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