おのにち

おのにちはいつかみたにっち

幸福なエッセイ0時代

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かつてエッセイとは、小説家とか詩人とか、選ばれしものが綴るものだった訳です、特に昭和の時代には。

銀色夏生とか原田宗典とかさくらももことか、学生の頃はみんな読んでましたっけ。
それから山田エイミーとか、龍の方のムラカミさんとか(当時はそんな風に対で評論されてましたね)、たくさん影響受けました。
今考えたらエイミーの真似してドレッドにしたり刺青入れなくてほんと良かった…少女の憧れは恐ろしい。

三浦しをんさんの腐りっぷりがめっちゃツボ!で、林真理子さんのキラキラバブルがどうも理解できなかったのは生まれた時代の問題なのか、それとも単なる気質の問題なのか。
あとは椎名誠さんとか、群ようこさんとか。
『本の雑誌』が元気だった頃で、目黒孝二さんの『笹塚日記』とかなぜか好きだったんだよなー。

今考えるとハタチそこそこの女の子が、仕事して昼メシ食べて、週末は競馬に行く(そしてひたすら本を読む)オッサンの日記を読んで何が面白いのか…と思うのですが、孤独のグルメみたいに、なぜか癖になる味わいがあったのです。

  

笹塚日記

笹塚日記

 

 

あの頃のエッセイって、名のある人が綴る普通の日記、だったんですよね。
もちろん文章としての楽しさや美しさはたっぷり詰まっていたけれど。

今でもエッセイ読むの好きです、角田光代さんとか、穂村弘さんとか。
穂村さんは下駄箱の上に親が置いた菓子パンをベッドで食べて寝落ちして、寝床をパン屑だらけにするオトナだったのに気がつけば結婚して、皿の裏が洗えない夫に進化していました。エッセイで書き手の成長を知る。それもまた楽しみ方の一つです。

  

君がいない夜のごはん

君がいない夜のごはん

 

 

はてさて、そんな幸福なエッセイ0時代を経て、今はエッセイ2.0時代。

要するにweb2.0と同じような定義です。
かつては送り手から受け手へ、発信の流れは一方的だった。
それが
今や、誰もがウェブサイトを通して自由に発信できる時代。
私もあなたも、誰でも無料で、手軽にエッセイストになれるんです。

 

けれどもそんな時代だからこそ、文章で生きていくことは逆に難しくなった。
phaさんでさえ、そんな話を書いています。

 

note.mu

 

 かつて『きらびやかな作家の暮らし』は子どもの憧れだった訳で。
でも昨今、実際に専業で生きていける作家さんは本当に一握りなのではないかと思います。

書店の棚を見ていても分かるけれど、平台に山積みされているのは賞を取ったり、映像化された一部の話題作だけ。根強いファンを持つ古参の作家以外は、新刊が出ても1、2冊棚に置いてもらえれば上々といった感じでしょう。
マンガや実用書といったジャンルはまだまだ活気がありますが、小説は年々スペースが減らされている気がします、特に地方では。

 

みんなが手軽に書けるようになって、文章は無料で読めて当たり前、の時代がやってきた。それはありがたいことなんだけど、本気で文章で生きていきたい、と願う人にはたまったもんじゃないよね。競争にすらならない。

だからみんな文章に付加価値をつけてなんとかやっていこうとする。
便利で役に立つもの、実用性があるもの。しかもそれらが短時間でスピーディに得られるもの!

検索に引っかかるように2千字以上書け、なんて話もありましたが、だんだんそうした長文伝説は終コンなんじゃないのかなぁ。

最近は1分程度で調理過程が全部分かる「レシピ動画」なんてものが人気ですが、ブログもいずれはそうした動画に食われてしまいそうな気がしています。

私は小説のレビューを書くのが好きなのですが、もともと検索流入の少ないジャンルな上に、タイトルにネタバレ!と書いてあらすじから結末まで、読まないで済むくらい詳細に書いてあるサイトにはもちろん到底かないません。

でもそうしたネタバレサイトも、『1分で分かる〇〇あらすじネタバレあり』なんて動画が出てきたら死滅しますよね。サイトも死ぬし、そんなに簡単に読んだ気になられたら本も死ぬ。このままじゃいずれ文章は焼け野原を迎えるんじゃないの?

 

もちろん、お金にならなくてもいいから趣味で自分の好きな文章を書いて行きたい、と思う人は残ると思います。私自身、正直そんな感じですし。

そりゃあ収益化したいけど、そんなに甘い世界じゃないっすわ。
稼いでる人は地道にコツコツ努力しているか、もしくは稼いでる事をアッピールしてそれを商材化しているか、そのどっちかです。
つまり楽して生きる人生を君に!なんて言ってる子はその本を買ったあなたを養分にして楽して生きてる訳です。

 

…話がズレました。
私が心配なのは、本も、素敵なエッセイも、いずれ動画に飲み込まれて消えてしまうんじゃないかってこと。

幸福な0時代には若くてお金が無かったから、読みたい本が多すぎて悲鳴を上げてました。今思えば、読みたい本が多すぎてお金が足りないなんて、どれだけ贅沢な悩みだったことか。

ようやく少しのお金が出来た今、好きな雑誌はどんどん休刊に追い込まれ、それらで連載されていた軽いエッセイは軒並み死滅状態です。
ネットで無料で読める、素敵なライターさん達のエッセイも、更新は途絶えがちです。そうだよね、みんな生活があるんだもん。

今の私に出来ることは、私だけの笹塚日記を探して、それを応援することだけです。
ブックマークなりSNS拡散なり、コメントなりスターなり。
読んでますよ、あなたの文章が好き!
これは簡単に繋がれる、今の時代だから出来ること。

 

全てが無料で毎日クオリティの高い文章が届けられて当たり前、なんて書き手の善意に甘えていたら、いつか全てが消えてしまいます。

私が大好きな文章を『もっと読んで!』と上手く拡散出来たらな。
本のレビューも基本そんな気持ちで書いています。どうか買って!読んで!
それが続編や、新刊に繋がるんですもん。

ただ個人で静かに運営されている方のブログだと、勝手に拡散しちゃっていいのかな、なんて腰が引ける部分もあるんですが。逆に邪魔になったらどうしよう、と思ってブックマークからTwitter連携を外すこともあります。ここらへんの線引きが難しいんですが、とにかく次回待ってます!が届いたらいいなぁ。

 

もはや『書く人』は神様では無くなってしまった。
儲からないし、SNSではダイレクトに叩かれたりやっかまれたりするし、不遇の時代。
だからこそ、私は読ませてもらった感謝を込めて、自分の好きな作家さんはチヤホヤもてはやしたいなぁ…なんて思うんです。将来の読みしろを確保するためにも、せめて好きな人には生き残ってほしい。私の2.0対策、とりあえずそんな感じです。