おのにち

おのにちはいつかみたにっち

ぐるぐる怪談に最適な夜

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そういえばさ、なんて私は話しはじめる。

場所は昼休みのオフィス。
私はトマトサンド、隣の彼はカップ焼きそばを食べている。

今日からクールビズが始まって、涼しげなアイスブルーのシャツを褒めたら今年は夏らしい事をまだやっていない、なんて話に繋がった。

夏らしい事って何だろう?

海、バカンス、冷やし中華にかき氷。
そういえば怪談もあった、と私が話し始めたのはちょっと不思議な話である。

 

私は自動車通勤をしている。

職場の駐車場は職員ごとに止める場所を指定されていて、私の番号はD43。

自動車通勤、と言っても今時自分でハンドルを握ることは滅多にない。
自動運転で、座標を入れれば音楽を楽しんでいる間に職場につく算段である。

ところが、時折駐車場でエラーが起きる。
D43に空きスペースがありません、別の場所を指定してください。

仕方ないので手動で、駐車場の隅に設けられた一台分の空きスペースに止めているのだが、その度になぜ私の場所が空いていないのか?とモヤモヤしてしまう。

「誰かが間違ってD43に止めただけでは?」

ブル―のシャツの彼はこう言った。
よく見ると7分丈のグレーのパンツは麻のような素材感で、シルバーのメッシュベルトとは色あいもピッタリ、凝っている。

「私も最初はそう思った、でも…」

自動運転が当たり前の世の中だ、誰かが目的地の番号を私のものと間違えて設定しているのなら、スペースが埋まっている理由も分かる。

でもその場合、毎回ではないことが気に掛かる。
それに私の出勤時間がいつもギリギリだから気が付いたのだが、駐車場はいつも1台分の空きスペースを残して満車になっているのだ。誰かがスペースを間違えたのなら、今度はその人の場所が空いているはずである。

「じゃあ客とか業者とか、外部の人間が時々そこに止めている?」

「でも職員駐車場は非公開になっているはずでしょう?それに外部の人間なら、会社の前に止めるスペースがちゃんと設けられてる訳だし」

私たちの駐車場は目立たない裏手にあり、職場まで少し歩く。
会社の前にはお客様用の駐車スペースが広々と取られている。車で訪れたいのならそっちを使えばいい話だ。

「ううむ、ホントにちょっと不思議な話だね。とりあえず総務に相談してみたら?」

彼にそう言われて、私はメールを送ってみることにした。
駐車スペース、D43の怪について。

 

後日返ってきたのはあっけないほど短文のメッセージと、パッチアップデータだった。

何らかの手違いで、私の駐車場に関するデータだけが更新されていなかったらしい。
そのせいで空いているはずの場所が満車と表示されてしまい、車を止めることが出来なかったのだと。

指示通りバージョンアップすると、エラーが出ることは無くなった。

 

人間全体の総数は減っているはずだった。
なのに人類は一部の都市に集まり続け、過密度は増すばかり。

その混雑を改善するために政府が編み出したのは在宅ワークで、それは進化を続け家に居ながら限りなくヴァーチャルに、私たちは『会社に行った気分』で仕事が出来るようになった。

もうメイクも着替えも要らないし、暑さ寒さに煩わされる必要もない。
それでも私たちはやっぱり気分を愛するらしく、クールビズもオシャレもメイクも、イメージの中では無くならないのだった。

ヴァーチャル通勤も、そんな『気分』の一つだ。
曰く、会社と家の行き来だけではつまらない。町を歩いたり乗り物を利用したり。出勤、帰宅という気分を盛り上げるアイコンが必要だ、というのである。

私も流行りに乗って自動車通勤を選択してみた一人だ。
自動運転とはいえフロントガラスの景色が変わる様子や、好きな音楽を流しながらのドライブは楽しい。私の実体はいつも変わらず家にいるのだけれど。

 

さて、パッチアップ・データで悩みは解決して、でも新しい怪談が増えた気がする。

駐車場に並ぶたくさんの車。
あれは本当に私以外の誰かがログインした、生きた人間が更新したデータなのだろうか?もしかしたら全てが虚像に過ぎないのでは?

私の職場の隣の席の、おしゃれな彼は本当に人間?
答えはきっとこのモニタの外に拡がっているのだろう。

そういえば私は怖い話が嫌いだった。
もう寝よう。私は私の本体電源を落とした。

 

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