おのにち

おのにちはいつかみたにっち

夜の桜を撮りに行く

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 職場の歓迎会で飲んだ夫を迎えに行った帰り道、国道沿いの桜が満開だった。

かつて火葬場だったそこは、枯れた蔦に覆われた廃墟になっている。開業当時に植えられた桜だけが咲き誇り、生気を保っていた。

 街灯に照らされた桜と廃墟がとても綺麗に見えて、写真に残したいと思ってしまう。

 

とはいえ私のカメラは今やスマホだけ。フォルダに詰まった写真だって、子どもの成長記録や日々の料理の写真ばかりだ。最後に家族抜きの風景写真を撮ったのはいつだったろう?

なぜだか、どこかに私自身を置き忘れて来てしまったような気がして、バックミラーに映る桜を惜しみながら家路に着いた。

 
夜も更け、風呂を済ませた子どもは眠り、夫も早めに寝ると言った。

 どことなく落ち着かないままでいた私は、買い忘れたものがあると言って車のエンジンを掛け、そっと火葬場へ向かった。

ガードレールに寄り添う満開の桜に、スマホを向けてみる。やっぱり小さなカメラでは、真夜中の美しさを上手く残せない。

それでも久しぶりの夜の空気の甘さに、私は深く息を吸い込んだ。

昔は一人で、車で出かけたっけ。
ブルーマイカのかわいい車、同じ色に揃えたマニキュア。
自動販売機でよくミルクティーを買った。

今の私は爪を青く染めないし、甘い飲み物も滅多に買わない。
けれどあの頃の思い出は、とても温かく優しい匂いがする。

今でもやっぱり、夜が好きだ。
自由が支配する、全てが眠りについた夜。
そうして闇の底で息を潜めて、朝を待つのも好きだ。

やがて訪れる真新しい朝の町を、我が物顔で歩き回るのも好きだ。

 

私がいつか手に入れたと思った夜は、知らないうちに指の間をすり抜けて遠い誰かのものになってしまった。暖かな布団の中で守られて眠る私の子も、いつか夜の王様みたいな顔をして、新しい朝を独り占めするのだろうか?

 

春の夜は甘く柔らかい。
今、夜を手中に収めているあなたに、静寂の中にある自由が訪れることを願う。その軽やかな万能感で、ガードレールを乗り越えて、どこまでも遠く走って行けますようにと。

 

家に帰って写真を確かめる。
夜の桜は案の定、あまり綺麗には見えなかった。でも私は知っている。

 

本当に美しいものは、いつだって上手く切り取れないのだ。

 

 

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今週のお題「平成を振り返る」