おのにち

おのにちはいつかみたにっち

演劇病

今日は昔「短編小説の集い」用に書いた小説を上げてみます!
小説だけの別サイトに公開していましたが、なかなか更新する機会もないので、メインに移動。初めての方も一度読んだ方も、楽しんで頂けたら嬉しいです。

お題があって、そのテーマにそった短編小説を書く「短編小説の集い」。
この時のテーマは『病』でした。
テーマがあると普段では思いつかないような話が出てきたり、他の人の視点が参考になったり、色々勉強になりました。何より管理人様の批評が楽しみだったのよね。

今はnoteに移行してしまい、1月2月はお休み、とのことですが小説の練習がしたいな、感想が貰いたいな、という方は『短編小説の集い』に参加してみるのはどうでしょうか?私にとっては最高の入口だった、と今でも感謝しております。

 

note.mu

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 底が抜けたように寒い、冬の朝のことだった。
自販機から出てきた缶コーヒーは想像以上に熱い。漱也はお手玉のように手の中で缶を泳がせる。
「あっち!」
思わず上げた声、耳を触る仕草に通りすがりの知らない女子がクスクスと笑う。

漱也は自分の行動に愕然とした。
こんなの俺のキャラじゃない。自分は一体どうしてしまったと言うのか。
中学の時のあだ名は黒子、もしくはステルス。
ステルス迷彩をまとったような漱也の存在は、高一の今とうとう人の目には映らなくなったようだった。高校でのあだ名は無し。それどころか入学から半年、誰かと個人的な会話をしたこともない。


目立たないこと、人目をひかないこと、自分の感情を他人に推測されないこと。
それが漱也の日々の目標だった。

だから声を上げるなど論外。たとえ熱すぎる缶コーヒーに手の皮が剥けようとも、人目を引くような激しい動作はしない。

それがいつもの漱也のはずだった。
今日は何かが違う気がして、彼は不安そうに頭を振り、そして頭を振ったことにも激しく動揺した。

決定打は授業中。
消しゴムを落としてしまった漱也は漏れそうになった声を必死で抑えた。
おかしい。なぜ声が出る。なぜ目で追ってしまう。

普段なら身じろぎ一つせず、落としたことなど悟らせずに授業を終え、何事も無かったように素早く拾うことができた。

いつものTHE・忍者な俺どうした⁉

そんなことを考えていたら無意識に頭をかきむしってしまっていた。
「はいどうぞ」
机の端にコトン、と小さな消しゴムが置かれた。
振り返ると後ろの席の女子がニコニコと丸い目を彼に向けている。
「ありがとう」
名前なんだっけ、という戸惑いまで顔に出てしまったらしい。
彼女が答える。
「文香。熊谷文香。ねぇ、漱也君ってそんなにリアクション上手だっけ?消しゴム落として頭掻きむしる人、初めて見たよ」
面白過ぎる!と二つに結わえた髪を揺らして文香が笑う。その目が好奇心でキラキラ輝いていて、漱也は圧倒されてしまう。

そっちのほうがわかりやすいじゃないか、と興味津々のまなざしに悪態をつきたくなる。

でもさ。
漱也はふっと昔を振り返りたくなった。
俺だってほんの数年前には、あんな風に心の中身が筒抜けの目をしてたんじゃなかったっけ。すぐに笑って、すぐにふくれて、ぎゃあぎゃあ泣いて。

昔の俺は酷かったな、と漱也はあの頃を思い出す。

漱也がステルス・モードを手に入れたのは小5の冬だ。
それまでの彼は嘘のつけない、思ったことが全て顔に出る単純な子供だった。
よく笑い、怒り、泣く。喜びも悲しみも、すぐ口に出るか態度に現れた。

自分の目に映る世界はいつも真っすぐで分かりやすくて、それが真実だと信じていたあの頃。そんな思い込みがもろくも崩れたのは新担任、迫田のせいだ。

迫田はお気に入りの女子を特別扱いする、エコヒイキで陰険な教師だった。
クラスの殆どが彼を嫌っていた。もちろん漱也も。

しかし彼の嫌悪はあまりにも分かりやすかった。迫田はすぐにそんな漱也に目をつけた。
お気に入りの女子相手に猫なで声で話す迫田に、漱也が嫌悪を感じていると彼は必ず振り返り、
「その顔はなんだね、漱也君?」
と聞いた。

漱也の怒りも軽蔑も嘲りも、どんな些細な感情でも迫田は見逃しはしなかった。
そのうち漱也が無邪気に笑っている休み時間や、楽しい給食の時間にまで、
「その顔は何だね?先生を笑っているのかね?」
と聞くようになった。

追い詰められた漱也は笑わなくなり、怒らなくなった。
自分の感情全てを奥底に押し込んで、揺るがなくなった。

筒抜けちゃいけないのだ、と彼は悟ったのだ。
世界には敵がいる。思ったこと全てを伝えるのは油断であり、落ち度だ。

こうして漱也は感情を押し殺す術を学び、目立たないように逃げ延びる術を学んだ。
当時大好きだったゲーム「メタルギアソリッド」のスネークのような最強のスパイに生まれ変わったはずだったのに…。

「そこ、雑談禁止!」
いつまでも後ろを向いてぼんやりしていたから、教師の厳しい激が飛んだ。
突然現実に引き戻されて、うわっ、と漱也は両手を上げる。
そんな彼を見て、文香がまたクスクスと笑った。

絶対に、おかしい。

 


何かがおかしいんです、と言う不明瞭な相談だったのに、診断結果はすぐに出た。
病名は「演劇病」。

神経物質の伝達がナントカカントカで、感情が表に出やすくなったり、オーバーリアクションになってしまうらしい。
まるで舞台役者のように演技過剰になることから演劇病の名がついた、とのこと。

薬を飲めば抑えられるから出しときますね、と初老の医者は事もなげに言った。
それから漱也の目を覗き込む。
「主な要因は過剰なストレスだってさ。心当たり、ある?」

 

薬の袋をぶら下げながら、夜の河川敷を歩いた。
病院は混み合っていて、待ち時間2時間、診察はたったの15分。
暗い河川敷の道を、点いたばかりの街灯が弱々しく照らしている。

ふらふらと心許ない足取りで歩いていると、聞き覚えのある声がした。
誰かが河原で発声練習をしているようだ。

少し背の低い、丸い背中に見覚えがあるような気がして目が凝らすと、視線に気がついたのか男が振り返った。
小さな黒い瞳、丸い頬、温和そうな顔。
「雄太!」
まだ薬を飲んでいなかった漱也は、大股開きで指差し確認というオーバーリアクションをとりたくなる衝動と、自制心の間で千鳥足になり河原の斜面を滑り落ちた。

「久しぶりなのに相変わらずだな」
そう雄太は笑った。

昔、感情だだ漏れだった頃の漱也の親友が雄太だった。
いつも笑顔で、時折はっきり言い過ぎて角が立つ漱也を穏やかになだめてくれる優しい友人。彼が転校してしまったのは漱也が変わった小5の時だ。

漱也が迫田のターゲットにされたばかりの頃、なんとか漱也をかばおうといつもオロオロ、泣きそうな顔をしていた雄太。気の弱い彼は漱也以上に迫田の態度を気にし、とうとう胃を壊して給食の時間にひっくり返った。

そのまま転校してしまった彼と会うのは5年ぶりだ。
変わらない、丸い笑顔に漱也はホッとした。

「お前、こんなところで何やってんの?」
「実はさぁ…」
雄太は照れた顔で1冊のノートを差し出した。表紙にはゲスパー雄太ネタ集と書かれている。
「俺、高校でお笑い研究会に入ったんだ。今度発表会があるから、その練習中でさ。よかったら聞いてくれる?」

 

雄太のネタは最高だった。

ゲスなことしか見抜けない最低のエスパーと言う設定で、出てくる話はくだらないエロ妄想ばかり。雄太の穏やかな顔立ち、のんびりした話ぶりと、どぎつい下ネタが噛み合わなくてそこが余計おかしい。
これを学校でやるのかよ、と漱也は腹を抱えて悶絶した。


「良かったよ、漱也が変わらなくて」
コントが終わった後も笑いが止まらない漱也を見て、雄太が言った。
「5年の時、俺だけ逃げてごめんな。お前が迫田のせいで無表情ロボットになった、って噂聞いて心配してたんだ」

無表情ロボット。それは真実だから漱也の胸に突き刺さる。しかし今の「演劇病」状態では信じてもらえないだろう、と彼は話を適当に受け流そうとした。

「まぁ、あの頃は俺もひどい感情だだ漏れ野郎だったからさぁ」
「何言ってんだ?あんなの迫田がおかしいに決まってんだろ⁉」
お前は何にも悪くないだろ、と雄太は少し怒ったような声で言った。

 

あぁそうか。漱也は初めて自分の間違いに気がついた。

漱也は迫田に絡まれたのは自分のミスだと思っていた。考えがあまりにも筒抜けだから、あんな風な嫌がらせを受けるのだと。自分に付け入る隙があったから駄目だったのだと。

もしも俺が悪いんじゃなく、迫田がただのヤバい奴だったとしたら?

迫田のような存在を恐れて、漱也はアラームの鳴り続ける厳戒態勢中のスネークのように隠れて潜んで生きてきた。

いつアラームは解除されたんだろう?俺の任務はもう終わったのか?

 

「俺はあの頃赤面症で、人前が苦手だったからさ。お前の何でもはっきり言えるとこ、結構羨ましかった」
雄太があの頃と同じ、穏やかな声で話しだした。
「それで思い切って、度胸つけるためにお笑い始めたんだ。まだ全然だけどさ。今日笑ってもらって、少し自信ついたよ」
それからさぁ。雄太は少し息を吸って、言った。

「もし良かったら、俺とコンビでお笑いやらねぇ?いや、もしじゃなくて。是非。絶対。いつかお前とやりたくて、台本書いてあるんだ。漱也は手足長いしリアクションにもキレがあるから、舞台映えするし丸い俺とはいいコンビだろ。お前といつか組むために、左は開けといたからさ!」
「…俺はボケなのか?」
お笑い芸人の立ち位置を頭に思い浮かべながら、漱也は尋ねた。
ダウンタウンは左側が松本だった気がする。
「いや!俺たちが爆笑問題なら俺は田中の立ち位置だろ?お前は太田キャラだから左だよ」
自信満々で雄太が答える。

あれ?太田は右じゃなかったっけ?TV画面から見た話なのか、それとも自分から見ての話なのか、頭がこんがらかってくる。それに結局、太田はボケじゃねぇか。
漱也は可笑しくてたまらなかった。

 

ずっと段ボールを被って生きてきたのに、今までの警戒モードは何だったんだろう?
右側には親友がいて、左手には今日貰ったばかりの薬がぶら下がってる。

文香の丸い目、雄太の笑顔。
今日もいつも通りの一日だったはずなのに、世界はなんだか裏返ってしまった。
俺はホントに病気なんだろうか?それとも元に戻っただけ?

あの頃のヒーローに漱也は呼びかける。
スネークスネーク、聞こえますか。俺の任務は終わったのかな。それともこれは新しい始まり?

 

『女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた』感想

東山彰良さんの『女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。』という本を読んだ。タイトル長い、しかし中身は軽妙。表紙も爽やか。

東山彰良さんの作品はまだ『ブラックライダー』と『罪の終わり』しか読んでいないので(どちらも終末世界を舞台にしたハードボイルドで重く、深い)余りのイメージの違いにええええ、と手に取ってしまった。

中身は表紙以上に軽やかなコメディで、明るく楽しく面白い。
こういうのも書けるのか東山彰良!引き出しが多すぎてびっくりする。

 

女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。

 

この本は有象くんと無象くん、という大学生を主人公にした短編集である。
二人はいかにも有象無象らしく、見事にモテない。
結構イイ奴らなのに、悲しいほどラブに縁がない。
それなのに(それ故に?)常時女の子のことを考えていて、すべったり転んだり所持金を失ったりする。

そんな二人と問題だらけの友人たちが、女の子のことを考え続けた春から冬までの物語が軽妙に綴られていて、楽しく可笑しく、なぜか爽やかだ。

 

モテない系男子小説、と言ったら森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』が思い浮かぶ。有象無象くん達の朴念仁っぷりは正にモリミーの「先輩」そのもの。

しかし魔都京都ではなく九州の大学キャンパスで繰り広げられる男女の物語は、あか抜けていてオシャンティーで、どこかモダンなのだ。レトロ感あふれるモリミ―テイストとは違う、現代感。

こういうのはきっと、作家自身のセンスが試されるのだろうなぁ、と思ったり。
いやモリミーにはモリミ―らしい、最高の大正モダン感があるんだけどね。

 

それから、登場する女子もモリミ―の『乙女』とは対照的だったりする。
黒髪の乙女は自由気ままで、のんべぇで、それでも天真爛漫だった。

東山彰良が描く女の子は、なかなか個性的。

見た目は清純、中身が女王様な『女王ちゃん』。
したたかすぎる『抜け目なっちゃん』。
そして全ての男を夢中にさせる『ビッチちゃん』…!

物語に出てくる女子は結局のところみんないわゆる『ビッチちゃん』である。
自分勝手でしたたかで、強くたくましい。

有象無象くんたちは、そんな彼女たちに翻弄され、あのアマとか、これだからオンナは…とぶつくさぼやきながらもその尻を追いかけていく。

 

黒髪の乙女とビッチちゃん。
真逆の女子におなじような愛おしさを感じるのは、著者の目線が彼女達をきちんと見つめているからだ。

昔の本には多かったよね、主人公のマッチョさを際立たせるためだけの記号のような美女。

男性をATM扱いする女性が毛嫌いされるのも、そういうことだと思う。
その人そのものが好きなんじゃなくて、自分に便利な相手だから好き。

お金があるとか色々やってくれるとか、従順だったり。
見た目がいいから連れて歩くと誇らしかったり、社会的地位があるから付き合うことで自分自身のステータスが上がった気がしたり。

けれどもそういう余分な雑味全部抜きで、ただ純粋な『好き』なんて保育園に忘れてきた気がする。…いや、保育園の時でさえ好きになったのは私に優しくてイケメンな男の子だったもんなぁ。純粋な愛なんてこの世に存在するのだろうか?

この本を読んで、そんなことを考えましたとさ。

世界の半分は異性で出来ている。
嫌いよりも好きな方が、人生は生きやすいよね。
とはいえ向けられる愛情は歪だったりよこしまだったり、素直に受け取るのはなかなか難しい。だから私たちは付き合ったり別れたり、毎日すったもんだしているのでしょう。今日はそんな感じです。

 

女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。

女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた。

 

 

 

終焉の町からの手紙

町の間の境界線が、本当の壁になってからもう随分経つ。
セルリアンとか陰謀説とか、難しい話は私には分からない。
とにかく私たちは町単位で分断されてしまった。
壁が通すのは水と光と空気だけだ。
どこかで誰かが調査しているのかも知れないが、外に出られるまでは時間が掛かるだろう。

 

幸い一部の通信機器は生き残っているからこうしてあなたに手紙を送ることは出来る。
ただ外部との接続は時間の流れがぐちゃぐちゃで、途方もない過去からの手紙や、遥か未来からの手紙が届いたりする。
私達の町だけではなく、全ての町が分断されているのだ、と分かったのもそうやって届いた情報からだ。

 

私の町は何もない場所だった。
映画館も美術館も、気の利いたスポットは何一つ。
それでも恵まれていた、と思えるようになったのは世界が分断されてからだ。

 

私の町には大きなダムと水力発電所、広い農地に畜産場があった。それから山と、学校に病院、工場。おかげで町からの出入りが出来なくなっても、電気や水に困ることは無かった。

 

米も野菜も肉も、川魚の養殖場に綿織場まであるこの町は、生きていくには最適な場所だった。かつて都会を支えるために存在していた町は、今は1万人の住人を支えるためだけに稼働している。
 

もちろん医療品など、足りないものは沢山ある。
それでも時折繋がる通信網から、少しづつ自給自足の手がかりを得ようとしている。
製薬工場に電子機器工場。
ただっ広い土地を持つこの町は、新しい何かを作り出す設備にはこと欠かないのだから。

 
時折閉塞感を感じることはある。
子どもたちはもう大学にも、都会に勤めることも出来ない。
将来の夢の多くは、本当に幻になってしまった。

 


それでも危機感からなのか、私達の繋がりは前より濃くなった気がする。
町が閉じられてから三年目、出生数が死亡数を超えた。
五十年ぶりの奇跡だと、広報は告げた。

 

私達の住む山あいの小さな町は、かつて限界集落とか、過疎の町だとか言われてきた。緩やかにいつか終わりが訪れるのだろうと、この町の未来をどこかで諦めていた。

諦められて見捨てられた終焉の町が、私たちを逃がさないために壁の内に閉じ込めたのだろうか?
町が意思を持つだなんておかしな話だけれど、時折そんな気もするのだ。
私がこの土地に感じる柔らかな誇らしさ、微かな安心感を、大きな誰かが飲み込んでいるようだ、と。

 
とにかく私たちは今、この町で生きています。
あなたは無事ですか?あなたの町はどうですか?
いつか返事が届いたら嬉しいです。
かつて終焉を迎えるはずだったこの町で、ずっと待っています。

 

実録・やれたかも委員会

職場の後輩たちと2次会に行った。
ピザが美味いのだが、店内が薄暗すぎて何を食べているのか分からなくなる、そんなスナックである。

スナックなのになぜかオッサンが一人しかいなくて、綺麗なお姉ちゃんの代わりにオッサンの趣味の漫画がたくさん置いてある。マンガ読んだりカラオケしたり、勝手にヒマをつぶせ、という友達んちみたいなスタンスがなんか好きな店だ。あと安い。

ただマンガを読むには暗いので、学習机みたいなスタンドライトをつけなくてはいけない。これがいつもまぶしすぎて目が眩むのと、ライト前に座ってマンガを読む姿が取り調べを受ける犯人にしか見えないのが難点である。

この店、ぜんぜんスナックじゃないと思うので間接照明やめて普通に電気つけてほしい、と願うのは私だけか?

さて、今日の議題は店の薄暗さではない。
店長に勧められたマンガと、それに触発された30代男女(私の後輩)のやれたかも?話がなんかおかしい、という案件である。

やれたかも…で察しの良い方は既にお気づきだと思う。
店長が差し出したマンガは「やれたかも委員会」。
紙の本出てたんですね、知らなかった。

やれたかも委員会 1巻

やれたかも委員会 1巻

 

 

何それしらない、という方はケイクスの連載を読んで欲しい。
要は自分の過去の『やれたかも知れない話』を審査員に語り、ジャッジしてもらう、というマンガ。今回は珍しく全員『やれた』会です。

cakes.mu

 

既婚者がやれたかも、な話を語ると生々しいので、独身の男女二人にやれたかも話を語ってもらった。

まずは細身のスーツが似合う色白男子A君。
姉妹に囲まれて育ったせいか女性の扱いに手慣れているモテ男。
新年会の出し物(自主参加)は女装。それからずっと、デスクトップの壁紙を自分の女装写真にしている。

彼のやれたかも、は大学の時ずっと好きだった憧れの女の子が終電を逃したので家に泊めた話、だった。

家に泊めた時点でそれは『やれた』ではないのか…と顔を見合わせる汚れた大人たち。

「いや彼女はそういう子じゃないんですって!なんつーか清らかなんですから!寝ると言ったら睡眠なんです!10時過ぎたら寝かせてあげなきゃお肌が荒れちゃうんです!」

よくわからないのだがその彼女は彼の中では夜10時に眠りにつく、清らか女子設定になっていた。いねーだろそんな女子大生。

とにかくその女の子にベッドを貸し、自分は床で寝た…と語るA。
しかしやれたかもチャンスはその後も訪れる。

「一人で寝るのさびしい…腕枕してほしいなー」とねだった彼女。
Aはそんな彼女を腕枕し、その寝顔を見ながら朝を迎えたという。

 

「あの夜を思い出すと、もしかしたらやれたのかな…って思うんですよね…」

 

いや、やれよ!

 

ちょっと良い話風に締められてビビった。
私が審査員だったら『やれた!』札でぶん殴りたくなると思う。

こんな話を聞くとA君がいかにも純情DT風に聞こえるがそんな筈はない。
高校時代、中学時代。彼はお口にもお股にもチャックがついていない男なので生々しい話は山ほど聞かされてきた。

中学生の時にOLと車で致していたら親に見つかった男が何を言っているのだ!?
「車ってゆっさゆっさするんですよねー、いやぁまいったまいった」じゃねえよ!

しかし彼は遠い目をして語る。
「彼女はそういう子じゃないんですよね…なんて言うか…ナウシカ?」

ナウシカ。夜10時には床につくナウシカ。

 

彼曰く、この世には3種類の人種がいるらしい。まずは男、それからねーちゃんや妹みたいな普通の女、そして聖女。

ねーちゃんや妹のようなガサツな女は、男と変わらないので普通にやっちゃっていいのだそうである。そんなに特別なことじゃないし、穴があれば入れますよね、とのこと。

しかし汚れを知らない、例えば『えっマドラーってストローじゃないんですね?間違って吸っちゃったテへ♡』みたいな女の子が現れると(それただのバカだろ)崇め奉りたくなってしまう、手を出せなくなってしまう、らしい。

…姉や妹に色んなものを踏みにじられてきたんだろうなぁ…と同じくガサツなお姉ちゃんである私はそっと涙を拭った。私がかつて弟たちを口喧嘩でコテンパンにのしてきた過去を思い出すと、彼らが今も独身なのはもしや…と背筋が冷える。

 

なお、その夜はもう一人、30代女子からも「やれたかも」話を聞かせてもらった。

『うーん、やりたいな、って思ったらすぐ股間さわっちゃうんですよねー。で、たってたらやるし、ダメだったら諦めるし。だから「やれたかも」な相手は、はたってなかった人って事になるんですけど…そういう話じゃないっすよね?』

 

うん、そういう話じゃねぇな…。
その後はマンガ版のナウシカは聖女じゃなくてむしろ股間触る系なんじゃないか、という話で盛り上がり、みんなでもくもくとナウシカを読んで終わった。

ナウシカいいよね、お値段もお手頃だし。一家に一箱ナウシカ買おうぜ。

 

ワイド判 風の谷のナウシカ 全7巻函入りセット 「トルメキア戦役バージョン」 (アニメージュ・コミックス・ワイド版)

ワイド判 風の谷のナウシカ 全7巻函入りセット 「トルメキア戦役バージョン」 (アニメージュ・コミックス・ワイド版)

 

 

ではでは今日は、飲み会の席でやれたかも委員会をやると面白いよ、というお話でした!

 

なお私はやれたよりその手前の、微妙な空気が好きだったりします。
手や股間は、握らない方が記憶に残りますよね?

 

yutoma233.hatenablog.com

 

フリーゲーム『セブンスコート』が面白い!ファンレターを送りたくなる物語

ゆうべふらふらとネットサーフィンしていたら、とれいCさんがかなり昔に紹介していたフリーゲーム『セブンスコート』に引っかかってしまった。

もう私、このゲーム評価しまくりよ!

 なんて熱い言葉に惹かれてついつい深夜からプレイ開始。
『ノベルスフィア』を利用すれば、ダウンロードしなくてもスマホやパソコンのブラウザから直接読めるタイプのノベルゲームなのでハードルは低い。
最初はちょっと覗いてみようかな?なんて軽い気持ちだった。

 

sakenominimal.hatenablog.com

 

結果…3時間ぶっ続けでプレイ。一晩でエンディングまで辿り着いてしまいました!
一応セーブも出来るんですが、途中でやめられなくなってしまい最後まで。

おかげで今日はむっちゃ眠いです。そして目が少し腫れています。
だってこのゲーム泣けるんだもの!重いです、響きます、後引きます。
それでも出会えて良かったな。そんな感じの物語です。

 

ノベル型の無料ゲームで遊ぶのは多分初めて。『セブンスコート』は、ノベクタクルさんの『ファタモルガーナの館』という有料ゲームの登場キャラクターが登場するパラレルもの。
本編『ファタモルガーナの館』は未プレイですが、それでも分からない設定や不明瞭な点はなく、完璧に楽しめました。

無料で、ダウンロード不要で、サクサク読み進めるだけの簡単ゲーム(2~3時間程のボリューム)ですので、興味がある方は私の紹介文を読む前にとにかく遊んでみてくだせぇ。
下のノベクタクルのリンクから飛んで、ノベルスフィアの再生ボタンをクリックすればOK!
ゲームの前説代わりに、物語の主人公、Dark†Knighのウェブサイト「ロワイヨムヘブン」(特にBBS)をチェックしておくとよりスムーズに物語が楽しめると思います。

 

ファタモルガーナの館 - Novectacle ノベクタクル -

 

ファタモルガーナの館

ファタモルガーナの館

 

 

物語のあらすじ

 

とにかく読め!で終わりたいんですが、それではあんまりなので多少あらすじを。
主人公はフリーゲーム制作者Dark†Knight(ダークナイト。もちろんHN)。

ゲームが好きで、自分のゲームが作りたくて制作会社に入社したものの、現実はそんなに甘くない。精いっぱい考えた企画は、批評家きどりの先輩達から上から目線で駄目だしされてばかり。

耐え切れなくなった彼は、その頃大人気だった女子大生が一人で作成したアプリゲームをプレイ。こんな稚拙なゲームでいいなら俺だって…!と夢を抱き仕事を辞め、自分だけのゲームを創り上げる。

それが妖精と対話し、自分だけの妖精を作り上げる対話型シュミレーション『フェアリーハウス』。ところがダークナイトが心を込めて作ったはずのゲームはどれもイマイチな評価ばかり。
夢破れ、自分のサイトの管理もおろそかになっていた頃、女性ファンからの真摯な感想をメールで受け取る。

匿名からの痛烈な批判に慣れきっていたダークナイトにとって、ゲーム慣れしていない彼女からの純粋な称賛は眩しいものだった。そして実際に会った彼女は更に眩くて、彼は一目で恋に落ちてしまう。

彼女に喜んで貰えるようなゲームを作りたい。社会から認められたい、という意地から解き放たれ、次に作るゲームは少し違ったものになるはず…だった。

ところが新作ゲームの公開日。
ダークナイトが居たのは、見知らぬ墓場。
懐には『ゆうしゃ』のカード。
そこは彼がかつて想像して、企画倒れに終わったRPGの世界だった。
仲間はいつもBBSに集っている常連たち。
どうやら皆新作ゲームをDLした瞬間、この異世界に飛ばされてしまったらしい。

ところがダークナイトには肝心の新作ゲームの記憶がない。
ここは本当に彼が作り上げた世界なのか?元の世界へ帰る方法は?
ネットで知り合った4人はゲームクリア目指して冒険の旅に出ることになる…。

 

『かんそうぶん』を贈る意義

 

はてさて、この物語の主人公、ダークナイトくんは物語の冒頭、ネットの悪意に揉まれて疲れ切っています。とにかく話題になりたくて、売れたくて。
ゲームを作る基準も「目新しい」とか「他にない」とかそんなのばっかり。奇をてらいすぎたり、自分だけのこだわりに酔いしれたり、ユーザー目線が足りないと突っ込まれてばかりです。

そんな彼を変えたのは、一通のメール。
普段ゲームをしない女性からの、純粋な感想、シンプルな賛美。

そんな褒め言葉がシンプルに嬉しくて、主人公の意識は少しずつ変わって行きます。
世間に認められるゲームじゃなく、彼女が喜んでくれるような、彼女のための物語を作りたい。

遊ぶ人の目線に立つ。それは大切な人に楽しく遊んでもらいたい、自分の作った物を好きになってもらいたい、という誠意や真心から生まれてくるものなのかも知れません。

 f:id:yutoma233:20180111144944j:image

 

けれどもそんな主人公の真心や誠意は結局世界に届かなくて、彼は物語の終盤荒んでいってしまう訳なのですが…

ネットの世界では、悪意の込められた声の方が大きく響いてしまう事がある。
優しい言葉もちゃんとあるのに、悪意に気を取られて見えなくなってしまったり。

でも実際は、はた迷惑な『荒らし』にだって彼の側の事情があって、本当は作品を誰より深く愛してくれていたりする。

でも書かれた言葉の『裏にある事情』は見えないし届かない。
だから私たちはインターネットのむこう側に言葉の通じない、悪意に満ちた怪物を創り出してしまうのかも知れません。

怖いものと向き合って、理解しようと努力するより、言葉なんて通じないと一方的に蓋をしてしまう方が楽だもんね。殺人者は異常で特別な人間だと、病理ばかり探すニュースと同じ。本当にそこに居るのは、私たちと同じ人間なのに。

 

実際に会ってみたら違った、本人を前にしてそんな言葉は言えない。
ゲームの中でダークナイトくんたちは反発を感じていた相手や事象に対して、そんな風に感じます。

それはブログを書き、SNSで交流する私たちにも通じる話じゃないのかな。

とりあえず私は、現実世界で言えないような言葉を誰かにぶつけるのはやめようと思いました。顔の見えないインターネットだけど、アイコンの向こうにはちゃんと生きた人間がいるんですもん。

自分が言われたくないような言葉は、相手にも言っちゃダメ。
それは子どもによく言い聞かせる言葉です。
ネットマナーなんていうと難しく感じてしまうけれど、基本は結局、現実社会と同じなのでしょう。

それから、批評家になりすぎないこと!
好きだ、面白い、笑った、泣けた!と感じる作品と出逢えたなら、照れずにシンプルにちゃんと賛美を伝えること。

単純に褒めるとバカっぽく見えそう、とか斜に構えて俺が及第点を付けたならそれは褒めていると言っても過言ではない、とかどうでもいいからそういうの。

本当に好きな作品なら、『自分』がどう見えるか、なんてくだらない事に拘らず素直に賛美を伝えてもいいんじゃないのかな?作品がどう世間から評価されているかより、自分が最初に感じた気持ちが一番でしょう?それを読んだ作家さんが喜んでもらえて良かった、またこういう作品を書こう、と思ってくれたならそれは最高のWin-Winじゃないっすか。

さて、今日はこんな感じです。
セブンスコートの登場人物たちに別の結末はあるのかな?
今度は本編を遊んでみたいと思ってますが…そっちもかなり泣ける、重い感じなんだよな…。気力、体力のある時に挑もうと思います!それではまた。

 

藤野可織『おはなしして子ちゃん』と私の読まず嫌い

藤野可織さんの『おはなしして子ちゃん』を読んだ。
2013年の本。ずっと図書館の書架にあって、かわったタイトルだから覚えていた。でも実は、手に取ってみたことは無かった。

なんていうか、読まず嫌いをしていたのだ。

藤野可織、という著者の名前が可憐で、タイトルも表紙も可愛らしくてちょっとオシャンティーで、女子力全開ロマンティック、ラブがフルスロットルな感じですね!はいはいすいません喪オタは50歩敗退させて頂きますよ…と読む前から負けていた。

でも先日穂村弘さんのエッセイを読んでいたら『おはなしして子ちゃん』に収録されている『ピエタとトランジ』は完璧な百合、みたいな話があり興味を惹かれてようやく手に取ってみた。

なんていうか、完璧に面白かった…!良い意味で敗退した。
なぜもっと早く、この本を読んでおかなかったのだ!

 

おはなしして子ちゃん

 

『おはなしして子ちゃん』は10編の物語が収録された短編集なのだが、どれも奇妙で面白い。

表題作『おはなしして子ちゃん』はこれを冒頭に置いて書き始めることが出来るのか、と感嘆したくなるくらい醒めた目線の(そして怖い)物語だし、『ピエタとトランジ』はホントに百合で映像的で廃退的で素晴しい。漫画で読みたい、山本 直樹さんが描いたら最高にハマりそうだ。

写真を撮ると必ず阿鼻叫喚の心霊写真になってしまうヒロインの物語『今日の心霊』も素敵だ。恐ろしい事にその凄まじい心霊(メインがリアル死霊)写真は、撮ったヒロインには認識できない。なので彼女は無邪気に今日のコーデ☆とか手料理写真をブログに上げ、見ず知らずの人から呪われたり通報されたりしてしまうのである。
もしかしたらこの世の何処かにそんな力を持ったヒロインが存在しているのかも、そしてSNSに彼女の写真が上げられているのかも…なんて思うとワクワクしてしまう。

 『美人は気合い』なんてありふれたタイトルの小説も、中身は何一つありきたりじゃなくてびっくりする。主人公は壊れかけの宇宙船なのだ、人工知能搭載の。
宇宙船は滅亡間近の地球から、人類の遺伝子を乗せた胚細胞を宇宙で芽吹かせるために長い旅を続けている。そして宇宙船は僅かな希望を込めて胚に語り続ける。
きれいだ、あなたはうつくしい、と。
美しさは繁殖していくための武器で、力なのだ。だから壊れかけの宇宙船は、胚が自分は美しいと信じ込むことを望んで、どんな環境でも美しく進化して生き延びていくことを願って、きれいだよ、と何度も語るのだ。
どうして私たちが美しいものに弱いのか、そして子どもに『刷り込むべきこと』が分かる、うっすら怖い物語だ。

 

オトナになっても『読まず嫌い』?

 

さて、私はシュレッダーのように本をごんごん飲み込んでいくタイプの人間なのだが、実は苦手なジャンルが一つだけある。

それが『純恋愛小説』である。
SFタッチやミステリ調、コメディやハーレム、エロメインなら全然平気、むしろ大好物。
ダメなのはリアルで美しすぎる、昔の月9みたいな恋愛小説だ。
例えば『冷静と情熱のあいだ』みたいな。
あの物語には何の非もない。辻仁成さんも江國香織さんも、大好きな作家さんだ。
かつての恋人同士の目線が最後に一つになる物語の構成もいい。

ただ、なんと言ったら良いのか。
あの物語は完璧に美しすぎて、かつてモテなかった私はどんな目線で物語を楽しんだらいいのか寄る辺が無くなり、もじもじハエのように手を擦り合わせたくなってしまうのである。

『冷静と情熱のあいだ』の世界には、ちょっと匂う、床が濡れた駅のトイレが存在しない。その前に置かれたベンチも無い。そこにベンチがあったなら、私は座って物語を楽しむことが出来るのだけれど。

美しすぎる物語には、臭いトイレの前のベンチに腰掛けるような登場人物が存在しないのだ。そもそも靴が濡れるようなトイレには行かなそう。共感だけが物語の楽しみ方では無いけれど、恋愛メインの美しい世界ではモデルのような美男美女以外は存在してはいけない気がする。『ブスアウトー!感』が否めない。

既婚で、子どもが二人いる私が未だに非モテを拗らせているのも奇妙な話だけれど、非モテの魂100まで。私が恋愛メインの物語や映画が少し苦手なのはそんな訳である。

藤野可織さんの本も、実はピュアな恋愛系だと思い込んでいた。
しかしこれは手痛い失敗。

手元に置いておきたい、何度も読み返したくなる物語だった。
文庫も出ているのでそちらを購入したいと思う。

それでは今日は、読まず嫌いは良くないぞと言うお話でした。

まだまだ知らない作家さんはたくさん。
私はこれからリカバリしていけるのでしょうか?
お気に入りの作家さんの本も、全部は読み終わっていないのに?

本の世界は広大で、時々読書だけで人生が終わってしまう気がします。
面白い本に出合えるなら、そんな毎日に一片の悔いなし、なんだけどさ。

 

おはなしして子ちゃん (講談社文庫)

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ともだち幻影

年明けに、学生時代の友人たちと久々に会った。
いわゆる新年会、という奴である。

友達は女子会だー!なんて騒いでいたけれど私はしっ、と指を立てて辺りを伺いたくなってしまった。40過ぎて自分に子、を付けたりカワイイイイ、なんて言っているとどこかから鉄槌が下りそうで背筋が冷えるのである。

しかし考えたら現実世界で自分をなんと呼称しようが、どんなイタイ服を着ようがそんなもん個人の自由。聞こえよがしに嫌味を言う度胸のある嫌われ役は滅多に現れない。私はネットに毒されすぎなのね…としみじみ現実を噛みしめた。

さて、昔馴染みとの新年会は、なんだかやたら楽しかった。
女子高生に戻ったかのように、とにかくきゃっきゃうふふしてしまった。
女が寄り集まれば子どもに返る。女子会という呼称は、結局正しかったのである。

 

リアルでは自分が話すより、人の話を聞く方が好きな性質だ。
でもそういう性格だと、私に興味はないし趣味も合わないけれど、とにかく自分の話を聞いて欲しい、褒められたい人ばかりが集まってきて少し困ったりもする。

おしゃべりな人は好きだけれど、まるで興味の持てない話が延々と続くのはさすがに辛い。そんな時はあいづちをそっけなくしたり、その話は分からないな、とやんわり断る。

私を一人の人間として認めてくれている人相手ならそれで終わる話なのだけれど、世の中にはこちらが優しく接するだけでなぜか他人を奴隷扱いする権利を手に入れたかのようにつけ上がるバカが存在するのでうんざりする。

丁重に、あなたとは好きなものが違いすぎるから、と距離を置いたのになぜムッとされなくてはいけないのか。私はつまらない話を聞いてあげた、と思っているけれど相手はつまらない人間に面白い話をしてあげた、と思っているのだろう。

やはり何事も一方通行は良くない。私は相手が気持ちよく話せるように、と気を使ってしまいがちである。しかしいくら気を使おうがサービス料は発生しない。今後は上から目線で来る人間のつまらない話には笑顔で辛辣なツッコミを入れて、向こうからスムーズに嫌われたいと思う。

 

一方昔からの女友達は、いくつになっても私に興味を持っていてくれて嬉しい。

歯科助手のTちゃんは、今治療に来ている女子高生の、瞼を閉じた時の瞼の形があなたと瓜二つだから見るたびにあなたを思い出して懐かしい、と力説してくれた。

私はまだ私の閉じた瞼の形を知らないので(だって見えない)、カーブがこう!と言われてもいまいちピンと来ないしマニアックすぎて軽く引くのだが気持ちは嬉しい。

そんな話をしていたらもう一人の友人も、最終電車で駅に着いて、前を歩く女子高生のコートが私が高校の時着ていたコートと同じ色形で、やたら速足な所も一緒で、追い越して顔を見たかったけど追いつけなかった、なんて言われた。

そんな所にいるはずもない私を、世界のどこかで探してくれる話を聞くとなんだか嬉しくなる。

私もよく友達の幻を見てしまう。
視界の端で翻る、あの子の好きなプリント柄のスカート。
すれ違った人から香る、彼女のお気に入りの香水。
階段の先から反響してくる、あなたによく似た話し声。

そうやってここにはいない私/あなたを思うたびに世界に残すものなんて幻だけで充分なんじゃないか、と思ってしまう。

名声でも、血を分けた子でもなく。
私が死んだ後も、あの子の声が聞こえた気がして、と立ち止まり振り返ってくれる誰かが一人でもいたなら。エコーのように、ほんの一瞬誰かの心に反響したなら。
それだけで生きる意味には充分な気がする。

 

とはいえその夜現実を生きる私たちに必要だったのは、生ビールと酎ハイとおつまみ各種、だったのだけれど。

また会いたい、けれど仕事やら家庭やら義実家やら、いわゆる小町なトラブルが私たちを遠ざける。でも夜の先にはきっとあなたによく似た幻がいる。

だから大丈夫、と私は手を振った。

 

夜のピクニック (新潮文庫)

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