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藤野可織『おはなしして子ちゃん』と私の読まず嫌い

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藤野可織さんの『おはなしして子ちゃん』を読んだ。
2013年の本。ずっと図書館の書架にあって、かわったタイトルだから覚えていた。でも実は、手に取ってみたことは無かった。

なんていうか、読まず嫌いをしていたのだ。

藤野可織、という著者の名前が可憐で、タイトルも表紙も可愛らしくてちょっとオシャンティーで、女子力全開ロマンティック、ラブがフルスロットルな感じですね!はいはいすいません喪オタは50歩敗退させて頂きますよ…と読む前から負けていた。

でも先日穂村弘さんのエッセイを読んでいたら『おはなしして子ちゃん』に収録されている『ピエタとトランジ』は完璧な百合、みたいな話があり興味を惹かれてようやく手に取ってみた。

なんていうか、完璧に面白かった…!良い意味で敗退した。
なぜもっと早く、この本を読んでおかなかったのだ!

 

おはなしして子ちゃん

 

『おはなしして子ちゃん』は10編の物語が収録された短編集なのだが、どれも奇妙で面白い。

表題作『おはなしして子ちゃん』はこれを冒頭に置いて書き始めることが出来るのか、と感嘆したくなるくらい醒めた目線の(そして怖い)物語だし、『ピエタとトランジ』はホントに百合で映像的で廃退的で素晴しい。漫画で読みたい、山本 直樹さんが描いたら最高にハマりそうだ。

写真を撮ると必ず阿鼻叫喚の心霊写真になってしまうヒロインの物語『今日の心霊』も素敵だ。恐ろしい事にその凄まじい心霊(メインがリアル死霊)写真は、撮ったヒロインには認識できない。なので彼女は無邪気に今日のコーデ☆とか手料理写真をブログに上げ、見ず知らずの人から呪われたり通報されたりしてしまうのである。
もしかしたらこの世の何処かにそんな力を持ったヒロインが存在しているのかも、そしてSNSに彼女の写真が上げられているのかも…なんて思うとワクワクしてしまう。

 『美人は気合い』なんてありふれたタイトルの小説も、中身は何一つありきたりじゃなくてびっくりする。主人公は壊れかけの宇宙船なのだ、人工知能搭載の。
宇宙船は滅亡間近の地球から、人類の遺伝子を乗せた胚細胞を宇宙で芽吹かせるために長い旅を続けている。そして宇宙船は僅かな希望を込めて胚に語り続ける。
きれいだ、あなたはうつくしい、と。
美しさは繁殖していくための武器で、力なのだ。だから壊れかけの宇宙船は、胚が自分は美しいと信じ込むことを望んで、どんな環境でも美しく進化して生き延びていくことを願って、きれいだよ、と何度も語るのだ。
どうして私たちが美しいものに弱いのか、そして子どもに『刷り込むべきこと』が分かる、うっすら怖い物語だ。

 

オトナになっても『読まず嫌い』?

 

さて、私はシュレッダーのように本をごんごん飲み込んでいくタイプの人間なのだが、実は苦手なジャンルが一つだけある。

それが『純恋愛小説』である。
SFタッチやミステリ調、コメディやハーレム、エロメインなら全然平気、むしろ大好物。
ダメなのはリアルで美しすぎる、昔の月9みたいな恋愛小説だ。
例えば『冷静と情熱のあいだ』みたいな。
あの物語には何の非もない。辻仁成さんも江國香織さんも、大好きな作家さんだ。
かつての恋人同士の目線が最後に一つになる物語の構成もいい。

ただ、なんと言ったら良いのか。
あの物語は完璧に美しすぎて、かつてモテなかった私はどんな目線で物語を楽しんだらいいのか寄る辺が無くなり、もじもじハエのように手を擦り合わせたくなってしまうのである。

『冷静と情熱のあいだ』の世界には、ちょっと匂う、床が濡れた駅のトイレが存在しない。その前に置かれたベンチも無い。そこにベンチがあったなら、私は座って物語を楽しむことが出来るのだけれど。

美しすぎる物語には、臭いトイレの前のベンチに腰掛けるような登場人物が存在しないのだ。そもそも靴が濡れるようなトイレには行かなそう。共感だけが物語の楽しみ方では無いけれど、恋愛メインの美しい世界ではモデルのような美男美女以外は存在してはいけない気がする。『ブスアウトー!感』が否めない。

既婚で、子どもが二人いる私が未だに非モテを拗らせているのも奇妙な話だけれど、非モテの魂100まで。私が恋愛メインの物語や映画が少し苦手なのはそんな訳である。

藤野可織さんの本も、実はピュアな恋愛系だと思い込んでいた。
しかしこれは手痛い失敗。

手元に置いておきたい、何度も読み返したくなる物語だった。
文庫も出ているのでそちらを購入したいと思う。

それでは今日は、読まず嫌いは良くないぞと言うお話でした。

まだまだ知らない作家さんはたくさん。
私はこれからリカバリしていけるのでしょうか?
お気に入りの作家さんの本も、全部は読み終わっていないのに?

本の世界は広大で、時々読書だけで人生が終わってしまう気がします。
面白い本に出合えるなら、そんな毎日に一片の悔いなし、なんだけどさ。

 

おはなしして子ちゃん (講談社文庫)

おはなしして子ちゃん (講談社文庫)