おのにち

おのにちはいつかみたにっち

1巻好評発売中!オススメ漫画

今日は最近買ったまだ一巻しか出ていない、次巻が待ち遠しくてたまらないマンガを2冊紹介します。

全巻イッキに買いそろえる、豪快な大人買いも大好きですが、第一巻から定期的に次巻を買い揃える『続きが楽しみなマンガ』というのもなかなか味わい深くて良いものですよね。

特に年に一回しか発売しないような長編連載漫画は、新刊が出るたびに最初から読み直したくなるので、もはや血肉になっているような気がします。
今日紹介する2冊も、新たなる血肉候補です!

 

『マロニエ王国の七人の騎士』岩本ナオ

 

マロニエ王国の七人の騎士(1) (フラワーコミックスα)

マロニエ王国の七人の騎士(1) (フラワーコミックスα)

 

 

このマンガがすごい!2017オンナ編1位に輝いた「金の国 水の国」の岩本ナオさんが描く長編ファンタジー。

「金の国 水の国」はタイトル通り二つの国を舞台にした暖かく優しいファンタジーでしたが、『マロニエ王国の七人の騎士』では7つの国を旅する7人の兄弟、と物語がスケールアップ! 

「町でうわさの天狗の子」を読んで思ったけれど、 岩本ナオさんの漫画は登場人物がみんな個性的で表情豊か。
勿論『マロニエ王国の七人の騎士』でもその細やかなキャラクター描写は健在。
7人の兄弟の他にも彼らの母親、守るべきお姫様、強すぎる婚約者と一巻から登場人物が濃いです。そしてみんな素敵です!

岩本ワールドには辛いことは起こるけれど完璧な悪人はいない。
もちろん嫌な人はいるし、悪意を持つ人もいる。
でもなんだか憎めない、誰もが愛おしく思えてくる。
これは岩本さんの丁寧なキャラクター描写、世界への優しい目線がなせる技なんでしょう。

良質なファンタジーで、幸せな読後感が味わえた「金の国水の国」。
『マロニエ王国の七人の騎士』では、そんなファンタジー世界が更に濃く、深く描かれています。 相変わらず個性的で表情豊かなキャラクター、ほんわかした恋愛描写。
そしてところどころに張り巡らされた不穏な伏線…!

先が気になる、そして何度も読み返したい!
じっくり付き合いたい『続きが楽しみマンガ』です。

 

『北北西に曇と往け』入江亜季

 

北北西に曇と往け 1巻 (ハルタコミックス)

北北西に曇と往け 1巻 (ハルタコミックス)

 

 

「乱と灰色の世界」の入江亜季さん、最新作!
「乱と灰色の世界」も続きが待ち遠しい作品だったんですが、こちらも第一巻から不穏な気配で続きが気になりまくりです。

 なお『乱と灰色の世界』感想はコチラ。

yutoma233.hatenablog.com

 

今回の舞台はアイスランド、主人公は機械と意思疎通ができる不思議な青年、御山慧。
彼は一風変わった探偵業を営みながら、祖父と暮らしています。
ところが日本で暮らす弟、三知嵩と連絡が取れなくなったところから物語は動き出す…!

前作「乱と灰色の世界」は舞台は架空の地方都市、灰町。
そこで暮らす少女乱の成長を軸に、魔法の世界と現実世界、少女と大人、そして善と悪の境を描いた作品でした。

『北北西に曇と往け』では舞台をアイスランドの荒涼とした大地に移し、主人公も少女から17歳の青年へ。前作よりもハードに、善と悪の境を描いていく物語になるのでしょうか。前作よりもハードな恋愛もあるのか…⁉
入江さんの描く女性は本当にセクシーで魅力的なので、今から楽しみです。

ではでは、今日は私が今一番続きを楽しみにしている第一巻『続きが楽しみマンガ』の紹介でした。

あなたの最近の、続きが楽しみな漫画はなんですか?
もし良かったら教えて下さい。それではまた!

 

20代女子がカラオケで歌いたい!アニソン10曲

 タイトルは、盛りました。

 

www.cobalog.com

azulitchi.hatenablog.jp

elve.hateblo.jp

 

このシリーズ見て、私も書きたい!と思ったんですが、タイトルelve姐さんの丸パクリじゃ悪いと思って余計な気を使いました。並べてみて気がついたけど姐さんの所から名曲→カラオケにシフトしています(笑)そんな自由さが好きよ姐さん!そんな訳で今回は単に私が歌いたいアニソンです。細かいことは気にすんな。

 

・ムーンライト伝説

 


【ムーンライト伝説】DALI(歌詞付)Full 美少女戦士セーラームーン

 

まずは同世代ならほぼ知っていると思われるこの曲から。
つーきーのひっかりにみーちびかれー♪のとこ、気持ちイイですよね。
しかしアニソンって職場の飲み会で歌えねぇ、とelve姐さんに愚痴ったら『想い出の九十九里浜』歌えばいいじゃん、と言われました。
なるほど、しかしそっちも職場のカラオケで歌うには古すぎる気が…

 

・ゆずれない願い

 


アニメOP・ED魔法騎士レイアース OP1「ゆずれない願い」

 

魔法騎士レイアース。CLANP作品好きです、XとかCLANP学園とか、ちょうど時代だったんですよね。この歌もとにかく気持ちイイ一曲。

 

・プラチナ

 


HD Blu Ray: Cardcaptor Sakura Opening 3

 

CLANP繋がりでカードキャプターさくらからも一曲。
中学生編も好きです、さくらちゃんを見ていると和むんですよね、ほえー。主題歌までなんだかほんわかしていて、大好きです。

 

・ブルーウォーター

 


[ハイレゾ] 不思議の海のナディア Blue Water 森川美穂 [重低音]

 

気持ちいい曲パート3。 サビがいいですよね、いーま君の目にぃ♪
ナディアはNHKのアニメなので親公認で、晩御飯時見ていいよ、的な扱いだったのですが、ノーチラス号船内編あたりから親が無言になったことを思い出しました…。

 

・残酷な天使のテーゼ

 


EVA 残酷な天使のテーゼ Q ver

 

これは職場で歌っても許されるであろう、と勝手に思い込んでるアニソン。
エヴァは既にサザエさん級の普及率だし。TVでもよく流れてるし。
ヒッキーのbeautiful worldも好きです、歌詞がいいよね。
宇多田ヒカルならアニソンでも堂々と職場で歌えるのですが、問題点が一つ。 難易度が高すぎて歌いこなせない…

 

・ライオン

 


マクロス ライオン

 

世界のまんなかでぇー、と出だしから気持ちのいい歌。
しかし『途方にくれてキラリ枯れていく』って、枯れてんだか輝いてるんだかよく分かんないっすね。

 

・創聖のアクエリオン

 


創聖のアクエリオン(Cover)

 

この歌はGOOSEHOUSEのカバーで知りました。あとパチンコのCMでやたら流れてましたよねー。 出会わなければ殺戮の天使でいられたー、のメロディライン好き。

 

・Departures~あなたにおくるアイの歌~


【ギルティクラウン】Departures 〜あなたにおくるアイの歌〜【11話】

 

EGOISTの曲大好き!ギルティクラウンは途中で脱落してしまったんですが、OP,EDは音楽映像共に素晴らしいと思うんだ。
同じくEGOISTのサイコパスED『All Alone with you』も好き!
サイコパス良いっすよね。パトレイバーとか攻殻機動隊とか血界戦線みたいな、オッサンがかっこいいアニメに弱いです。

 

・ようこそジャパリパークへ

 


【ニコ生】大石昌良(作曲者)「ようこそジャパリパークへ」

 

アニメにハマって、主題歌も歌いたい!と練習した一曲。 しかしよく考えたら職場の同僚やママ友としかカラオケに行かない私、歌う機会など一度もなかった…勇気が無かった…歌えないままにブームが去ってしまった因縁の曲。いつかリベンジさせてください。大石お兄さんバージョンが大好き、うー、がお!

 

・おジャ魔女カーニバル

 


おジャ魔女カーニバル/MAHO堂(Cover)

 

アニメはもちろん知ってましたが、歌の素晴らしさに気が付いたのはGOOSEHOUSEバージョンを聞いてから。 可愛いよね、ピリカピリララ。

 

他にもタッチとかラムのラブソングとか、好きなアニソンたくさんあります。
それから好きだけど難しくて歌えない歌も。例えば電脳コイルのOP「プリズム」。
大好きだけどこれはやっぱり池田綾子さんの歌声じゃないと!


電脳コイル OP


電脳コイルの放映時には子どもがいたんですが、私の方が釘付けになって見てました。イサコとヤサコ、そしてデンスケ。現代でも十分通用しそうな『ちょっと未来の物語』。10年前のアニメだなんて信じられない!

ではでは、今日はこんな感じです。
あなたの好きなアニソンも、良かったら教えてくださいね!

 

電脳コイル サントラ音楽集

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激励のつもりが罵倒になってしまう人の心理

しんざきさんの、こんな記事を読みました。

blog.tinect.jp

 発端はゆうきまさみ先生の

これから駆け出しの漫画家さんを応援しようと思っている方にお願い。応援したいと思うなら激励だけしてあげてください。叱咤はいりません。

 というツイート。  

togetter.com

 

しんざきさんは「激励のつもりで罵倒しか出来ていないファン」が多いんじゃないか、そしてそれはパワハラ上司的な人の言葉と同じ要素が含まれてるんじゃないか…というような事を書いておられました。

 

というのは、世の中には、思った以上に「激励のつもりで罵倒しか出来ていない人」が多いんじゃないか、と私は感じているんですよ。

つまり、それこそ「悪評が漫画家を育てる」的な信念の元、いわば愛の鞭のようなつもりで罵倒を投げてきている人もいるんだ、と。

ただ、もし「応援したい」と思っているのならば、特にその対象がまだ走り出したばかりの人であれば、「愛の鞭」的なことを指向するよりは単純に励ましてあげた方がいい場合が多いんじゃないか、とは強く思います。

 

しんざきさんにも、ゆうきまさみ先生にも、はてしなく同意します。
 自分が好きな作品の続きを読みたいなら、もっと面白くなってほしいと願うなら、ここが面白かった!このキャラが好きでした!とダメな所より良い処を伝えるほうが、近道だと思う。

ところがゆうき先生のツイートにも、こんな意見をぶつける人がいる訳で。

世に作品を出すなら叱咤激励を受けるのは仕方ない。聞き入れるどうかは別の話。取捨選択すればいいだけ。

「ムチはいらない、飴だけ欲しい」という意味なら、それは違うと思う。 人間、飴ちゃんばかりもらっていては病気になる。 いい漫画家が育たない。

 

ただ、こういう事を言う人の話、私はほんの少し理解出来るんですよね。
特に飴ばかり貰っていては病気になる、の下り。

私も子育ての時に甘くしてばかりでは駄目なのではないか、時に厳しく突き放すのも親の愛ではないのか…と感じてしまう時があります。

その意識はどこから来たのか?
源流を辿っていったら、いい人間が育たない、と思ってしまう人の気持ちがほんの少し分かるような気がしました。

 

自分でやらせる前に、出来るまで教える

 

ある時、小二の息子のことで思い悩んでいました。
準備が遅く、忘れ物の多い息子。
一年生の時から明日の準備、宿題の確認は一緒にやっていました。
親子で確認すれば、忘れ物は0、宿題もバッチリです。
でも、いい加減一人でやらせた方がいいのではないか?と思いました。
宿題を忘れて残されたり、忘れ物をして困ったり。
そういう『嫌な経験』をしないといつまでも自分で出来るようにならないのではないか、自立のためには手出ししない方がいいのではないか、と思ったのです。

旦那の答は明快。手伝える時間があるなら手を貸してやればいいし、忙しい時は放っておくしかない。心配しなくてもそのうち一人でやるからいいと言われる日が来るよ、と。

他にも99点を取った息子に私はつい惜しかったね、見直しをちゃんとやっておけば…!なんて言葉を掛けたくなってしまいます。
旦那は明快。スゴイ!と褒めまくる。-1点には触れません。一番悔しいのは自分だから、黙っていても次回は気をつけるよ、と。

苦労や逆境なんて、彼らがこれから生きていく社会に満ち溢れている。
過剰に甘やかすのは確かにいけないけれど、親があえて厳しさを教えたり、冷たく当たる必要は無いのかも知れない。夫を見ていて、ようやく自分の中の氷が溶けたような気がしました。

 

私の母は娘を褒めない人でした。
容姿はコテンパン、気が利かない、運動神経が鈍い、とにかくどんくさい…等々。

思春期には何度も本気で訴えました。
容姿をけなさないで欲しい、どうせ出来ないとか、お前には無理と言わないで欲しいと。そう言われると、本気で出来ないような気分になって、萎縮してしまうのです。

私の訴えは一度も理解されませんでした。
親子なんだから本音で話すのが当たり前。 外では謙遜して、家では思いあがらないように褒めないようにしてやっている。 嫌なことを言ってやるのが親の務めだ。

どうやら母は私の鏡として、感じたマイナス点を全部ぶつけるのが親の務めだと思っているようでした。

でもその鏡は歪んでいて、実際の私よりも卑小で愚かに見えてしまうのです。
成績優秀賞、絵画や作文の金賞。色んな賞状を持ち帰っても褒められることも飾られることもありませんでした。 女の子だから要らないよね、で終わり。

母に認められるにはもっと運動神経が良く、美人で気の利く女性にならなくてはいけないのです。それがかつての母で、当時の私に求められているものでした。

結局そんな実家の居心地が悪くて、私は早くに自立しました。
初めて出た社会で、私はたくさん褒めて貰えました。
周りよりしっかりしている、自立している、頼りになる。

女の子は自分のことは自分で、という家庭方針だったので、中学生の時からアルバイトをしてお小遣いを稼ぎ、通信簿の親のコメントや学校に提出するプリント関係もすべて私が代筆していました。勉強よりも家の手伝いと言われていたので祖母の食堂の帳簿つけや申告用の書類作成も私の仕事でした。

結果社会で褒められた、認められた時、私はこう思ってしまいました。
ああ、お母さんが『何もしてくれなかったおかげで』私はこんなにしっかり者に育ったのだ、『厳しく当たられたから』きちんと自立できたのだ、と。

子どもはどうしても親に感謝を捧げたい生き物なんでしょう。

 

でも何もしないのは『あえて』なんかじゃないし、『厳しい言葉』は心を鬼にして吐き出されたものじゃない。自分が子育てをする中でようやく気が付きました。
しっかりと身に付くまで教える前から自分で考えなさい、と放置するのはものすごく楽です。みんなの前で勢いで飛び出してくる叱咤はただの怒りです。

結局本当に『子どものためになること』って勉強でもスポーツでも、時間を掛けて、頭を冷静にしてきちんと向き合ってあげる事なんじゃないでしょうか?
仕事だってそう。ろくに教えもしないで好きにやってみろ、それで出来なかったら怒る人はただの手抜き野郎です。

厳しい言葉が必要な時も勿論あります。
ただその時は怒る側も冷静になって、きちんと言葉を選んで、別室でちゃんとした『話し合い』をしなくちゃいけない。それは親子だって会社だって同じこと。

未だに、厳しくされた『おかげで』自分はこうなれた、という思い込みは消えません。
それは今の自分を肯定するために必要なことかもしれない。

でもそれは私の話だから、と一旦意識を打ち切って、子どもにも部下にも『あえての厳しさ』や『あえての激励』なんて必要ない、と今は思えるようになりました。

 

飴ばかりもらっていては病気になる、いい漫画家が育たないと言った人は、もしかしたら私と同じように、鞭がお前のためだ、それが愛だと教わって育ったのかも。
ちょっとそんな風に思います。

 

でもそれはきっと呪い。
自分でちゃんとやりなさい、とかなんでお前はそうなんだ、って口で言うのはすごく楽なんですよね。そのくせ『何かをしてやってる』気分にだけはなれる。

本当に誰かを育てるって、注意深く観察して違いに気が付いたり、時間を使ったり実際隣で手取り足取り教えたり、面倒くさいことなんじゃないのかなぁ。
本当に作家を育ててやりたい、なんて思ってるんだとしたらまずはお金を掛けて本を買って、細やかな違いに気がつけるくらい何度も作品を読み返す必要がある。

当たり前ですよね、人を育てるってとても大変なことなんですから。
その大変さを味わわずに、お手軽に悪口言って育てたい!とか言ってる人は自分のやってる事がただのストレス解消だと早く気づけバーカバーカ!

 

はい、そんな訳で今日は激励のつもりが罵倒になる私、のお話でした…。

 

無重力は静謐

夜の道路が好きである。

町と町の継ぎ目の、峡谷を抜けるような道路が特にいい。
月のない夜、谷に囲まれた2車線の道を走っていると、ガードレールと街灯しか見えなくて、私は今どこにいて、どこに向かうのだろうと心許ない気分になる。

地に足が着いていないような、このまま闇の底に飲み込まれてしまうような。
街灯がオレンジ色のナトリウムランプだったりすると、更に現実から離れていくような、そんな気分になれていい。

 

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ただ真っ暗な山道を走ると神経が疲れるようで、よくガードレールを突っ切って、谷底に落ちる夢を見る。フワッと浮いて、落ちる感覚。

子どもの頃、プールでたくさん泳いだ後もこんな夢をみた。
心地よく泳いでいたのに、突然ガクッとどこかに落ちる。

 

落ちる感覚も、実は好きだったりする。
昔、ブランコの頂点が好きだった。
ぐんぐん漕いで、地面と体が垂直になるくらいのブランコの頂点。
加速の後、後ろに落ちる前にフワッと浮くような感覚があって、その一瞬が一番好きだった。フワッ、は本当に一瞬で後はグゥン、と落ちるからフワッが味わいたくて何度も漕いだ。

遊園地のバイキングも好きだ。
グングン加速をつけて、船が回転して、一瞬止まった感じになる。
あの時のフワッ、が好きだ。
賑やかな音楽さえ聞こえなくなるような、虚空。

フリーフォールも大好きだ。
落ちる落ちる落ちる、その一瞬のフワーーー!
ここまでくるとさすがに怖い。でも怖いと楽しいは結構近い感じがする。
ジェットコースターを蒼白の顔で降りた後、怖かったよとつい笑ってしまう。

 

落ちる時のフワッは無重力感、という奴なんだと思います。
だったら宇宙に行けばずっと大好きなフワッを味わえるのかと言うと…

違うんだろうな、絶対酔いそう。

 フワッはきっと一瞬だから良いんです。
賑やかな公園でも遊園地でも、 フワッ、の一瞬は無音になったような気がします。
どこか違う世界に迷い込んでしまったような感覚。
それは真夜中のナトリウムランプに似ています。

ではお休みなさい、あなたが落ちる夢を見られるように、心を込めて呪っときますね。
バイキング嫌いな人多いよね、ぐふふふふ。

ほーら落ちるよ夜の底へ!

 

のぶみ・タイムスリップ

だいすけお兄さんが歌うおかあさんの歌が燃えていた。
『ヒールはいて ネイルして立派に働けるって 強がってた』
1行目からパワーワード全開。昭和感満載。


この歌を聴いて私が最初に思ったのは、この歌詞はいつの時代だったら受け入れられたのか?ということだ。

昭和50年代、40年代、それとも30年代?
作詞したのぶみさんは39才。

のぶみさんが自分のお母さんになりきって、自分の理想のお母さん像を詰め込んで、そこに現代のエッセンスを添えたつもり…なんだとしたら。そしてプロデューサーが『いいですね!現代にあえて昭和目線!』なんておバカなことを言ったとしたら。
こーゆー歌が出来上がってしまうのかなぁ…と思ったりもする。

 

誰かの言葉を借りないと、自分目線の物語しか描けないから、クリエイターはあえて誰かのスキンを被って、年齢も性別も違う誰かの物語を紡ぐことがある。

けれども誰の皮を被るのか、にはやっぱり適性があるのだと思う。
人気作家でも全年齢、様々なジャンルを描き分けられるほど器用な人はやっぱり少ない。 誰の目線で語るか、何を描くかは適性がモノをいう。

 

…向かない時事ネタについ手を出してしまう私が言うな、って話ですけどね。げろげろげろげろグワッグワッグワッ! ああダメだ、最近冬季うつモード。誰か私に陽光プリーズ。

 のぶみさんの絵本は少し説教くさいけど、仮面ライダーの話に息子がハマっていた。だから男児のスキンは上手いのだと思う。末永く童心を忘れずに、もっとのびのびと絵本を描いてもらいたい。
道徳込めすぎ。母心ダメ、絶対!

 

君とタイムゴーズバイ

 

最近思うのは、絶対の正しさなんて無いんじゃないか、ということ。
時代と場所で、常識は変わる。
炎上した言葉は間違いじゃなくて、現代の常識にそぐわないだけかもしれない。

一つも同意できなかった長谷川豊さんの言うことも、優生保護法が当たり前だった時代なら燃えなかったのかも知れない、考えたくもないけれど。
同じようにのぶみーの歌詞も、昭和50年代なら違和感なく受け入れられていたのかも知れない。

5年、10年。
変わらず同じことを書いていても、時代によって受け入れられたり、古いと言われたりする。マスヲさんなんて、いつもと同じことを書いているのに突然発火した。
タイトル?風向き?炎上の運勢はよく分からない。

常連、初見、読む人によっても言葉の見え方は変わる。
最初のブクマに引っ張られることなんてホントによくある、あるある情報館。

みんなが共感できることって?
考え出すと難しいよね。 私も、これはみんなあるあるだよね-!と自信満々で投稿ボタンを押したのに爆笑されたりドン引きされたりして枕を涙で濡らした夜、あります。違うんだネタじゃないんだ!

普通とは。一般常識とは。

100%の賛同を得られそうな言葉なんて、今の私には『おジャ魔女カーニバル!!』は名曲、ぐらいしか浮かびません。

不思議なチカラがわいたらどーしよ?(どうする?)
みんな知ってるよね⁉だんだん常識に自信が無くなってきました…。

 

ぼく、仮面ライダーになる! (講談社の創作絵本)

ぼく、仮面ライダーになる! (講談社の創作絵本)

 

 

炎上王の住める場所

 宮田レイシープさんが心地よく燃えていた。

www.goodbyebluethursday.com

 

よく燃える人に突っ込んでいったらこっちも燃えた、的な。
延焼・キャンプファイヤー。

私は『さようなら、憂鬱な木曜日』が好きだ。
ブログ名がいいし、好きな本も被るし、記事も読みやすい。何よりアイコンが羊男だ。

ただし明確なデータの含まれない、宮田さんが思った普通の話は割と炎上しがち。
宮田さんは時折、自分の言葉じゃなく誰かの皮を被ってしまう。
はあちゅうのファンだったらどう思うか、とか。これはあんまり頂けない。

かわいそうな架空の誰かのスキンを借りて語るのは、アフリカの子どもたちがかわいそう理論と一緒だ。 飢えて死ぬ子どもの本当の気持ちを私は知らない。
本当には分からない他者の気持ちを、便利な記号みたいに借りて相手を責めるのは不誠実なことじゃないだろうか?

 

ただ私も怒りに我を忘れているときは「安西先生、勝ちたいです」みたいな感じで反則スレスレの手を使うのであんまり人のこと言えない。
正論で逃げ道を塞ぐとか、情に訴えるとか。

いつもより丁寧な言葉で、本気で泣かせにかかったらそれは勝ちたい合図です。
ごめんよイケハヤ。

早く口喧嘩で圧勝したい欲を無くしたい。 負けてこそ真の勝利、みたいな。
非暴力で美女と添い寝するガンジー、みたいな。

 

ゴメン、やっぱあと10年待って…。まだ勝ちたい…。

 

私は宮田さんが狙って炎上していたならいいな、と思う。
頭のいい人だと思うから、逆鱗に触れるならココ、とかちゃんと計算ずくで、ムスカみたいに悪い顔してほくそ笑んで書いていて欲しいと思う。

だってもしも素で、自分の思うことが正義だと思って、書きたいから書いただけで、己の正義を主張するために架空のはあちゅうファン予備軍を引っ張り出して来たんだとしたら。そして何を主張しても毎回どこかずれていて、誰からも同意を得られないのだとしたら。

それはとっても、いたたまれないんだもの。

 

天然素材の炎上王

 

素で炎上する人なんかいない、とよく言われる。
何を言われたら人が怒るかなんて、推察できるでしょう?と。
だから炎上マンは全部仕込みで、踊らされる側が悪いんだ、と。

でも私は素で、自分の怒りを正直に書いただけなのに毎回炎上してしまう人を一人知っています。もちろん怒りは怒りを呼び込みやすいんだけど、それにしたって。

実生活でも生きづらさを抱えている人で、真面目すぎたり正しすぎたりするのだと思う。

ネットだけじゃない、現実世界でも、思うことがみんなとズレている、自分の正義が通用しない人は多いと思う。

 

でも、それは悪い事なのかな。
確かに周りとズレている事を強く主張したなら、反論が相次ぐのは当たり前の事だと思う。
けれどもそれは絶対に修正しなきゃ、周りに合わせなくちゃいけないことなのかな。

子どもを育てていて思うのは、生まれつきの性質って奴は絶対にある、ということだ。たとえ親の思うようにならなくても、折り合う地点を探さなくちゃいけない。
そこを無理やり『世間の正しさ』に合わせてしまったら、心が壊れてしまうと思うから。

鬱になる人が真面目だ、と言われるのはそういうことなんだろうと思います。
真面目で硬質な人なのに、自分の思う『普通』は否定されまくりで、周りに馴染むためには心をひん曲げなくちゃいけないんだとしたら。それは、病むよね。

 

私の知っている炎上王は自分の性質を理解して、主張系の記事をやめました。
それからブログも辞めて、今度は創作を始めました。
すごくいいことだと、私は思いました。

だって創作なら、誰も傷つけずに自分の思うことを表現できる。
その人はちょっと周りとは違うのかも知れない。

でも私は、その人のマンガが好きでした。
少しづつ描かれる物語の続きを、とても楽しみにしていました。

 

…でもね。
定期的に炎上している奴には何を言ってもいい、みたいなことを言う人がいるんです。
芸能人は叩かれて当たり前、みたいな。

けれどそれは叩かれる側が自分のモヤモヤを収めるために使う言葉で、叩く側の方便じゃないよね?

それなのにかつて炎上したことのある、そして人気があって、病んでいた事など自分の弱点を正直に晒す人にはいつまでも黒い蛇がつきまとって、心を絞めつけていきます。
炎上系の記事をやめても、表舞台から姿を消しても、ずっとずっと。

 

傍から見ている私には、炎上王も蛇も、よく似ているように見えました。
同じ苦しみを抱えているように見えました。

けれども王には支えてくれる家族や子どもがいたし、応援してくれるファンもいた。
蛇が王を絞めつけるのは、自分と同じ立場なのに、お前ばかりがもてはやされるのは不公平だ、という行き場のない憎しみのように見えました。

でもそれは、相手にぶつけてもどうしようもない事だよね。
自分の心の中で解決しなきゃいけない事だよね。

蛇がじっと相手を見張って恨みを抱いている間にも、王はコツコツと自分の物語を紡いでいたんですから。

いつか王を絞め殺せたら、目につく相手がいなくなって蛇はスッキリするのでしょうか?けれどもすぐに第二第三の王が現れる。

蛇が王に勝つためには、自分の言葉で、もしくは現実世界で王よりも幸せになるしかないんです。王様も蛇もどっちも不幸せ。そんな争いは哀しいし、不毛すぎます。

 

 

炎上王の物語の続きはいつ読めるのかな、なんて考えていたら炎上が物悲しく思えてきました。燃やすことは悪なんでしょう。テロリスト扱いされても文句は言えないのでしょう。

でも、本当に燃やそうと思って書いた訳じゃなかったとしたら?
自分の正直な気持ちが世界から受け入れられないのだとしたら?
心折れやすい炎上王が、素直に自分の気持ちを書ける場所はどこにあるのかな。

炎上王の居場所も、この世のどこかには残しておいて欲しいと思うのです。

だから頑張れ、宮田レイシ―プさん、そしてチルド氏!
本日は以上です。

 

恋からは100マイル

同じ課の女の子が、今年からなんだかキラッキラ輝いている。
まばゆいまぶしい目がくらむ。

元々素材は良いのに、と周りから言われていた子だった。
かわいらしい顔立ちを隠すメガネ、前髪長めの黒髪、事務員のコスプレみたいな私服。

でも仕事はきっちりしていたし、服装も20代にしては地味だけど白シャツ紺ニットグレーのスカートと、職場では何の申し分もない服装だった。
周りの若者が華やかだったから浮いてしまっているだけのこと。

仕事着なんかより趣味にお金を掛けたいという人は多いと思う。昔の私もそうだった。職場のマナーさえ守っていればそれで別にいいよねぇ、と思っていたけれど…けれども。

 

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唐突に訪れた変化はやっぱり素敵なものだった。

コンタクト、華やかになったメイク、細身だから似合うふわっふわのモヘアニット。
髪型服装メイクだけで、人の印象はこんなに変わるものなのか、と改めて驚かされた。

20代半ば、変化が映える時期なのかも知れない。
大人になるとなかなか変わらない、変えられなくなってしまいがちなので、こんな風に真っすぐ素敵へと進んでいける彼女がまばゆくて、目が眩む―!とゴロンゴロン身悶えしたくなった。

 

さて、まばゆい女子の変化理由は上のフロアの男子と付き合いだしたからだ、と噂になっている。もうイイ大人なので人の恋路をひやかしたりはしないけれど、好きな人が出来て綺麗になる、なんて白すぎてフワフワしていて、「甘ーい!」とやっぱり身悶えしたくなってしまう。

恋に落ちているうら若い女子と言うものは、なんだかフワフワ空を飛んでいるみたいで、私と同じ内臓が詰まっているとは思えない。メレンゲとか、なんだか柔らかくて淡いもので構成されているような気がする。
今の私は紅しょうがにハマっているので、内部が毒々しく赤い気がする。
人体の構成すら違うと思わせる恋、恐るべし。

 

まばゆい女子を見ているのはとても楽しい。
でも自分が恋に落ちたい、とは思えない。

既婚歴17年、愛はあるけどときめきはない…かも知れない。
でも安定と信頼はある、はず。

恋に落ちたばかりのときめきは確かに楽しいけれど、両想いにたどり着くまでの苦しさとか不安感はもういいかな、と思ってしまう。

恋とは一時的な精神病である、みたいなことを誰かが言ってなかったっけ。
片思いの頃の苦しさは震災とか、大事な人を亡くした時に感じる不安に似てるんだよな。先の見えない、けれども進まなくてはいけない真っ暗闇。

それを思うともう一回最初から構築する体力気力が湧いてこない。
配偶者を亡くして、もう一回婚活に挑む人を見ると敬意を抱く。
子育てが終わったら、そういう気持ちになれるものなのでしょうか?

とりあえず今はめんどくさいから長生きしてくれよな、としか思えない。
根拠なく私の方が生き延びそうなので。

 

ドキドキ、ふわっふわの恋からは遠い所まで歩いてきてしまった。
でも今の私には片思いに意識を失えないほど大事なもの、守りたい場所があるってことなのでしょう。夢に溢れた浮島はないけど、どっしりとした領地はある。

そう思うと、なかなか幸せなのかも…と自画自賛。

しかーし、恋が人を変えるチカラとは、熱量に換算するとどのくらいなんでしょう?
恋に落ちたら痩せられるかな?

絶賛ダイエット中の私、痩せられるなら片思いの苦しさもちょっとはいいかな、と思ってしまいました…とりかえず家庭に波風を立てないように、2次元の王子様募集中です!