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理想郷は何処にある?–我もまたアルカディアにあり/江波光則

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今日は最近読んだSFの感想。
江波光則さんの「我もまたアルカディアにあり」。

 

我もまたアルカディアにあり (ハヤカワ文庫JA)


初めて読む作家さんでしたがタイトル&あらすじに惹かれて衝動買い。
結果大当たりでした。

色々考えたくなる、語りたくなる魅力のある物語。

家賃無料、生活費無料。
働かなくても生きていける、その名の通りの理想郷アルカディアマンション。
そこで暮らす青い目と黒い目、色違いの瞳を持つ一族のお話。

窓も無い、小さなマンションの一室。
「一切の金が掛からずタダで住める場所あります」
そんな手紙が来たら、あなたならどうしますか?

 

永遠なのか本当か時の流れは続くのか

 物語の舞台は未来の日本。
メインの主人公は御園洛音。

黒い目の母と青い目の父を持つ彼は、青と黒、色違いの瞳を一つずつ持って生まれてきた。協調性がなく、社会に入っていけない、世間に馴染めない。

そんな風に生きることにさえ飽いていた彼のもとに転がり込んできた同じ瞳を持つ妹、フーリー。

 そんな兄妹の元に届いた一枚のチラシ。

「一切の金が掛からずタダで住める」
自立自衛の理想郷、アルカディアマンション。

 そこに住むことにした御園兄妹を主軸に、青と黒の目を持つ一族、それからアルカディアマンションの歴史を巡る未来のお話。

 

物語は妹と暮らす洛音を主軸に、いくつかの短編で構築されています。

アルカディアを建てる仕事に従事し、自分の体を動かすことにこだわり続ける御園陽太の半生。(ペインキラー)  

外に出ない、他者とリアルで会う必要性が無くなった世界で天才作家御園珊瑚に会うために人体改造を施し外に出た男。(クロージングタイム)

マンションの中しか知らない少女、御園茉莉。一人で知らない人のドアをノックしまくる、という危険な遊びの最中奇妙な男と出会う。(ラヴィン・ユー)

外に住む人はほんの僅かになった時代、人体改造を重ねて一人下界をバイクで彷徨うゲヘナとジャハンナム。(ディス・ランド・イズ・ユア・ランド)

 

アルカディアという魅力的な場所を舞台に、御園家にまつわる様々な人達の出会いと別れの物語。

私は脳みそを弄って「将来の夢」を物理的に叶えられるようになった時代の話『クロージングタイム』が一番好きです。

6歳の時作家になりたいと願って脳内の生体チップを創作向けに改造した主人公。
12歳で自分の限界を知った彼は「凡庸より少し上の実力」を上手く虚飾する方法を学ぶ。

彼が望む成功はどんな形であれ承認されること、人に気にかけてもらえること。
そのために敵を作り、相手が怒ったり憎んだりできる「理由」をこしらえ知名度を上げていく。そうやって計算しつくした一般感覚でコスパ最高のヒット作を次々に叩きだし、自分より優れた才能と技術を持つ人間が作る作品を超えた支持を得る。

 そんな彼が昔好きだった小説「クロージングタイム」。
この作品を映画化するために、主人公は作者御園珊瑚に会いに出かける。

 マンションの外に出る必要の無くなった世界で、かつて自分が不要だと切り離した下半身を機械化し危険な旅に出る。

憧れの作家に会う、それだけのために。

 

主人公が天才作家御園珊瑚に抱く憧れと屈折した気持ち、自分の才能への見切り、それ故のプロ意識やプライドが面白い。

最後のやってやろうじゃねぇか、みたいな心意気も好き。

「ラヴィン・ユー」という短編は「クロージングタイム」のさらに未来の話で、ヒロインは御園珊瑚の子孫。
「私の曾祖母は御園珊瑚という有名な女流作家だったらしい。彼女の書いた本を何冊か読んだのだけれど全く好きになれなかった(映画版は面白かった)」という一文があってニヤッとしてしまいました。

映画、見てみたいなぁ。

 

会いたいよと君の声が

 あらすじだけを読むとこんな都合のいい話アリ?って疑いたくなるアルカディアマンション。

物語を読み進めていくとマンションが存続できる理由、そしてここが設立された真の目的がちゃんと見えてきます。

もう一度読み返せば答えはちゃんと最初に書かれていていたりして。

個人的にはすごくありそうで、上手い丸め込みかただなぁと思いました。
真相は是非ご自分の目で確かめてみて下さい。

 

さて、アルカディアは本当に理想郷だったのでしょうか?
大多数にとってはそうなのかも知れません。

しかしどんなに幸福な世界でも、生き辛さを抱えてしまう人はきっといる。

誰もが同じ天国を夢見る訳じゃない。
天国の門をくぐりたくない人だってきっといる。

人間の求める理想郷は人それぞれで、そして全部を満足させられない。

 

人に会わなくても、外に出なくても生きていけるようになった世界で、たくさんの御園さんたちはそれでも誰かに手を伸ばします。

自分を凡庸だと思うヒロインが非凡な初恋を引きずり続けるように。

肉体を傷つけ痛めつけることで生を実感する主人公がよりきつい選択、厳しい道を指し示すヒロインに惹かれていくように。

会いたいと願う気持ち。
世界がどれだけ変わっても、時がどれだけ流れても、それだけは変わらない。

「俺はお前と、直接会いたい」

もう一度会いたい。どこにいても。何があっても。
愛しい人の声が聞こえる、その場所だけが本当の理想郷だから。

遺伝子の小さな欠片になって、青と黒の瞳は何度も出会い手を伸ばす。
理想郷を追い求める物語は、一途に人を想う物語でした。

あなたの、私のアルカディアはどこにあるんだろう?
そんな風に考えたくなる一冊です。

 

我もまたアルカディアにあり (ハヤカワ文庫JA)

我もまたアルカディアにあり (ハヤカワ文庫JA)