おのにち

おのにちはいつかみたにっち

他人の仕事に手を出すな、というブラックボックス

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月末なのです。

今日は各支店の一か月分のデータを本店のシステムに送る…というそこそこ大事な仕事がある。それをやらなければ帰れない。
まぁ実際は端末の『送信』ボタンを押せば終わり、というサルでも出来る軽作業である。

ところが今日はエラーコードが出ていて送信できない。
どうやら違う支店で昨日行った作業にミスがあった様子。

多分、ここがこんな風に間違ったのだろうなーと推測は出来るのだが、まだ実際の手続き内容が送られて来ていないので憶測にしかならない。

取りあえず確認だ、と支店に電話をした。

 

実は電話をする前からイヤな予感はしていた。
そこの支店には癖のある係長がいて、なんか色々ちょっとアレなのだ。
しかし彼女は機械操作を決してやらない人、という噂だったのでまさか彼女じゃないだろう!新人さんのやった、軽いミスに違いない!そう思いこもうとしていた。

電話をして、これこれこういうエラーが出ているのでこの作業をした方に少しお話を聞きたかったんですが…と話したところ、担当者は正に話題の係長だった。

詰んだかも、今日は帰れないかも。正直そう思った。

彼女は昨日、すごーく難しいお客さんが来て、とても大変で、時間が掛かって、それはそれは複雑な作業でどうやってもそうとしかならなくて…みたいな長い長い話をした。

しかしそれは私の思った通りのエラーだったので、分かりました、じゃあこちらで直しておきますね、とつい軽く言ってしまった。

大失態である。
ここは同情と共感が非常に大切なフェーズだったのに!
「早く帰りたい…」「電話切りたい…」が思いっきり前面に出てしまった。

彼女はムッとして、確かに画面上ではエラーは出ているけれど、でもそこはお客様にもこちらにも支障の出る部分のエラーではないはずだ、もう作業は終えてしまったのだから修正の必要はない、その旨担当者に伝えてちょうだい、と言い出した。

私は「はい、分かりましたー!」と電話を切り即修正してデータを送信した。

 

問題のある係長。
彼女はちょっと変わった定義を持っている。
彼女の信念、それは「他人の仕事に手や口を出すのは失礼」…!

彼女は自分の仕事しかしない。
係長なのだから、部下の面倒を見なくてはいけないハズなのに、それは○○君担当、と丸投げする。

手や口を出さないなら好きにやりやすい…と思うかも知れないが、ミスをして上から怒られた時もそれは○○君担当ですので本人に言ってください、と逃げてしまう。
なんのためにいるのか、謎の上司である。

私たちの課は4~5人で1チーム、という感じでやっている。
これが専門、というそれぞれの担当はもちろんあるのだが、端末も作業内容も共通することが多いため、担当者が不在の時には手の空いている者が手続きを終えられるように、他業種のマニュアルも読み込み、それぞれがどんな仕事をしているか互いに把握するようにしている。

皆子どものいる人ばかりなので、突然の休みも多い。
全員がどの手続きでも出来るようにしておけば、お互い助かるのである。

ところが彼女が係長を勤める支店窓口はかなり変わったやり方をしている。
専門にこだわり、自分の仕事しかしない。
担当が休みの場合、今日は不在ですので明日お越しください、と客を帰してしまうという。

彼女には、他人の仕事に手を出すのはその人のプライドを傷つける失礼な行為だからやっちゃいけない、という曲げられない信念があるらしい。
客はいいのかよ!?と思うのだが彼女の上司、彼女の支店が許してるんだから私がとやかく言う話ではない。考えたくもない。

 

さて、エラーを修正してデータを送ったとたん、彼女から電話が来た。
エラーは赤字で結構目立つ。
これを消したんだからバレない訳はないよなーと思いながらも(・д・)チッと歯噛みをする。
終業まで、あと30分…!
彼女の信念が仕事に手足口を出すな、なら私の信念は終業時間内で仕事を終える、なのである。この戦い、負けられない。

案の定彼女は静かに激おこプンプン丸であった。

あなた、私の言った通りにしなかったでしょう?
他人のやった仕事に勝手に手を加えると言うことは、ものすごーく失礼なことなんだよ?ちゃんと分かってる?とじっくり噛んで含めるように、まるで宣教師が改宗を勧めるように、正しき道への厳かな言葉が論じられる。

まるで小学校の教師口調なので、一見正しく聞こえるような気がしなくもないが、結局手を加えないとエラーは消えず送信できない、私の仕事が終わらない。
自分で送信先に説明しろや…と思ったが、彼女にとってデータを送るのは私の仕事。
彼女は彼女の中で正しい仕事をしたのだからそれで終わり。
後は私がエラーのまま上に説明責任を果たすべき…と思ったのであろう。

だが無理無理無理ィ!
エラーがあったら送信できない設定になってるんだから。

だいたいエラーの理由は彼女の単純でよくあるミスなのである。
修正出来るのだから、それを直して送って悪い意味が分からない。
しかしそんなことを彼女に言うと、なぜ送れないのか?というシステム上の話、そして絶対に認めないであろうミスの話になってくるため非常にめんどくさい。

なので「ですよねー!ホントに申し訳ありませーん!」とケロッと軽く答えた。

「システム責任者にそう言ったんですけど、なにしろ杓子行儀な人でー。
エラーがあっても影響が出るわけじゃないから、って言っても通じないんですよー。仕方なく勝手に直させてもらいました、ホントにすいませーん。
これだからマニュアルしか見てない人は困りますよね、現場の苦労を理解してなくて。係長にはいつも頭が下がります、面倒なお客様は係長がいないと処理出来ない、ってうちの課長も言ってましたよー」

もちろん言ってないが言ったことにしとけよな!とトラブルの気配にワクワクして寄ってきた目の前の課長にガンを飛ばす。
「あらあら、大げさな...」そう言いながらも嬉しそうな気配が覗いたので、すかさずダメ押し。

「いやいや、ホントですよー。窓口はやっぱり接客が一番重要な仕事ですから。係長がいらっしゃらないと回らないんです。端末送信なんて単純な末端作業は気になさらずに、こちらに任せておいてくださいねー」

「そう?じゃあお願いしていいのかしら?私の仕事なのに悪いわねぇ…」
「いえいえ!いつもありがとうございまーす!」

よっしゃ!
電話を切ったのは終業10分前だった。
これで今日も定時に上がれるぜ。
勝った。
思いっきり心にもない台詞は吐いたが、私は私の信念を守った。

月末の金曜日に定時で上がれる。
この甘露を味わえるなら、己のプライドなど鹿せんべい以下だ。
なんなら帯封ごとバリバリ嚙み砕くがいいさ…!

課長が恐ろしい恐ろしい、という顔で言った。
「今のが表と裏ってやつか…」

うーるーさーいーあなたはじょうしなんだからかのじょをなんとかしろー
そう歌いたくなったがもう帰宅時間。

金曜日、定時で上がれてビールが飲める。
それだけでご機嫌なので、許してあげることにした。

 

『 他人の仕事に手を出すのは失礼』主義の係長は定年間際。
パソコンや機器類が苦手な、いわゆるガラパゴスタイプの人である。
マニュアルは読まないし、今更勉強する歳じゃないし…と言って新制度の講習会にも出ない。

何となく、自分の仕事に自信がないから他人に覗かれたくない、口出しされたくないのではないか…?と思ってしまった。

そんな彼女の仕事ぶりを良しとしてるのは会社だから、私がとやかく言う事じゃないんだけど。ただ他人の口出しを許さない、業務内容がブラックボックス化してる人がいるって退職後色々トラブル出てくるんじゃねぇのー、とは思う。そこの尻拭いだけは勘弁してくんろ、である。

ただ彼女は非常に物覚えが良く、顧客の名前や住む場所がすぐに出てくる。
他人の言葉を詳細に覚えているし、個人情報や噂話にもメッチャ詳しい。
文字もキレイだし、きっと紙媒体で仕事をしていた時には優秀な人だったんだろう。

そんな人が新しい時代の流れについて行けなくなって、でも仕事が出来るというプライドは捨てきれなくて「他人の仕事に口を出すのは失礼」という謎心理に陥ってしまったのかもしれない、とは思う。

新しい事も学ぼうよ、とは言いたくなるけれど、でももし明日から「脳内に端末を埋め込んで、意識をデータ送信!」なんて言われたら無理、絶対ムリ!

そうやってドン引きしている内に周りはどんどん馴染んでいって「意識をコンバーチブルするだけですよー?なんで出来ないんですかー?」とか言われたら…。

見ないで!私の仕事ぶりを見ないでー!ってなるのかもなぁ。

 出来る人も色々大変なのかもね、と思って帰り際、彼女と同期の課長補佐に「あの人も昔は優秀だったんですよね?」と聞いたら「昔から謎理論で酷かったわよ」と…。

なーんーでーかかりちょうーにーしーたーぁ!?

働くって、いくつになってもそこそこ大変よね。
でもまぁ、おかげで今日もビールが美味いよビールぅ…!