おのにち

おのにちはいつかみたにっち

夏の日、君のつむじ

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夏なので、今日は夏休みの思い出話を。

 

高校の夏休み、休み明けの文化祭の準備のために、クラスメイト達と一緒に高校近くの工場まで、木材を貰いに行ったことがある。

2m近くある長い木材を、二人で運んだ。
重量があるため、女子二人ではキツイ。自然と男女ペアの組み合わせになった。

私はたまたま最後尾、友達が好きだと言っている男の子との組み合わせになってしまったので、少し気まずかった。

学校まではそれなりに距離があり、横断歩道も通るので、前の列とは自然と距離が出来てしまう。

時刻は夕暮れ。
日中の暑さがまだ強く残っている。

だんだん雲が濃くなってきた…と思っていたら、突然叩きつけるような雨が降ってきた。

慌てて木陰へ逃げ込んだ。
高校へ続く道は、森の中にあったから、雨宿りの場所には困らなかった。
乾いて、熱くなっていたアスファルトが、雨に冷やされて白い湯気を上げる。
雨に濡れて勢いを取り戻した木々から、強い香りがした。

「あのさぁ!」

雨の音が凄くて、声がよく聞こえなかった。
突然呼ばれて、私は驚いて振り向く。

「もし良かったら、今度の祭り一緒に行かねぇ?」

ごめん、もう友達と約束してるから…と私は断った。

彼は友達が好きな男の子、という意識があり、距離を置きたかったのだ。
まだ自分と友達の、境界線が曖昧だったあの頃。
恋よりも友情の方が大切だった。

「まじかーー!つか、断るの早すぎない!?」

そんな風に冗談めかして言った彼は、その場でしゃがみ込み、あーあ、と少し項垂れた。

そうやって下を向いた頭の、つむじがなんだか可愛らしかった。
黒い髪が雨に濡れて、湿気のせいか少し立ち上がり、揺れていた。

私はなぜだか手を伸ばして、その髪をクシャクシャにしてやりたい、と思った。

そういうのは男子の願望だと思っていたけれど、私の中にもあるんだ、と少し驚いた。
愛おしさとか、慰めたいとか、色んなものが入り混じった感情。

木材で両手が塞がっていたから、結局何もしなかったけれど。
あの時手を伸ばしていたら、何かが変わったんだろうか?と時折考える。

そんな日は人生に無数にある。
彼の髪、前を歩く人の白いシャツの裾、隣にあった大きな手。

掴まなかったものたちが、私にもう一つの世界を想像させてくれる。
だからきっとそれでいいのだ。

伸ばさなかった手、躊躇った世界。
掴まなかったその先は、いまでも鬱蒼とした森の奥でキラキラと光っている。

 

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雨が止んで、やがて私達は歩き出した。

前を行く私に、彼は前後を交代しよう、と提案した。
理由の説明が無かったので訝しく思ったが、前を歩く彼のシャツを見て理解した。
雨でシャツが張り付いて、背中が透けてしまっている。

つまり、私の背中も。
見ないようにしてくれた優しさに、相当胸がときめいた。
なぜあの時恋に落ちなかったのか、本当に理解できない。

高校生にもなって、「友達の好きな人」は禁忌、という『星の瞳のシルエット』的価値観が捨てられなかったのだ。

でもあの頃の自分の頑なさ、純粋さが、今は割と愛おしい。

 

辺りには薄闇が迫っていた。
闇を含んで、雨に濡れて、蒼く光る木立の暴力的なまでの美しさ。

私は今でも、夜の手前の蒼い緑の色が好きだ。


それは昼の清々しさとも夜の危うさとも違う、境目の色だ。
硬質に光る夕闇の色。
夏の夕べには、時折あの夕立を思い出す。
蒼い光の中にいた、私たちのことを。