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濃いファンタジーあります!-乾石智子『炎のタペストリー』

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乾石(いぬいし)智子さんの『炎のタペストリー』を読み終えた。
『夜の写本師』というシリーズでデビューして以来、ずっとハイ・ファンタジーを書き続けている作家さんだ。
『炎のタペストリー』は一巻完結の物語なので、彼女の作品を初めて読む方にはちょうど良い導入部になると思う。

 

炎のタペストリー (単行本)

 

ソフトカバー300ページ弱。
程よいボリュームのこの本を読みながら漏れた言葉は「こゆい…」だった。

濃い、とにかく濃いのだ。
1~2時間、ゆっくりでも3時間程で読み終えられる物語の中に、少女の半生がぎゅっと濃縮されている。

 

ヒロインは5歳の時に、強大な魔法の力で山一つ焼きつくしてしまった少女エヤアル。
彼女の強すぎる魔力はその火の中から現れた伝説の鳥によって、持ち去られてしまう。

魔力を失ったあとも自分が滅ぼしたものを思い、贖罪の思いを胸に抱いて大きくなった少女の願いは家族と共に自分の生まれた場所を守っていくことだった。

しかし戦乱の波が家族を襲う。
戦う力のある男達、魔法の力を持ついとこたちは次々に徴兵され、二度とは戻ってこなかった。

魔力を持たないエヤアルも、14になる年に砦へと強制連行されてしまう。
砦のなかで忙しく立ち働くうちに、抜群の記憶力を見出され、歩哨の仕事を手伝うようになった彼女は、やがて王の祐筆となり、様々な言葉や文字を学ぶための旅に出ることになる…

 

物語のあらすじはこんな感じ。

魔法の力を失った少女は丘のある集落で家族と共ににぎやかに暮らし、やがて戦乱の波に飲まれていく。
思いがけぬ徴兵だったが、同じ年頃の少女が働く砦は活気に溢れ、洗濯や食糧庫の管理と慌ただしい日々に馴染んでいくエヤアル。
やがて歩哨として、戦場で見たことを全て報告することを教わり、自分の頭にある記憶を言葉にして伝えることを覚えていく…

と、ここまでの物語がたった50ページほどで語られてしまうのです!
これが『王家の紋章』だったら10巻は掛かりますがな。

その後も王の傍らで祐筆としての仕事を覚え、王弟の従者として長い旅を経て帝国へ、そこで様々な言語を学び、更に優秀な祐筆として育っていく。
しかし帝国にも戦火の波が。

エヤアルはかつて失った力を取り戻すことが出来るのか?
そして強大な力は、本当に彼女が求めるものに繋がっているのだろうか…というお話しである。

正直終盤はページ数が足りるのか⁉とドキドキしながら読み進めていたが、見事な幕引きでした。しかもエピローグまで。

 

これだけ盛りだくさんなファンタジーが1冊で読めてしまうって、かなりお得だと思う。特に壮大なファンタジーはシリーズ物が多いので、なかなか時間が、でも久々にファンタジ―読みたい!という方にはオススメしたい一冊。
多少急ぎ足ではあるけれど、良質な物語がぎゅっと濃縮されて詰まっている。

少女の成長という読みやすい題材、森の向こうの不落の砦、巡礼の旅、魔法の館と言った数々の魅力的な舞台。

何より玉髄(石英の細長い結晶が網目状に集まった鉱物)に例えられるヒロイン、エヤアルがいい。外側は何の変哲もない石ころなのに、中には尖った水晶がびっしりと詰まっている、そんな激しさを内に秘めた少女。

 

ボリューム的に、どうしても駆け足の物語になってしまうので、エヤアル以外のキャラクターの掘り下げ方が足りなかったなとか、魅力的な舞台をもう少しじっくり楽しみたかった、という不満は多少あるのだけれど、人物ではなく物語を描き切る方に舵を切ったと思えばこれはこれでありかと。

何より、こういう勢いのある物語は読んでいて楽しい!
乾石さんは多少癖のある、硬質な文体の作家さんなのだけれど、この本は少女が主人公なので読みやすく、物語もグイグイ進むからページをめくる手が止まらなくなる。

読むのが早い人なら1時間半、短い映画一本分くらいの時間で良質なファンタジー世界にどっぷりと浸かれる。本は自分のペースで読み進められるところがイイのだよな…と駆け足で架空世界を楽しんだ小野でした。

 

炎のタペストリー (単行本)

炎のタペストリー (単行本)