おのにち

おのにちはいつかみたにっち

美魔女とシッティング・ション

昭和50年代前半、私がまだ小学校に入学する前の話。

母の実家近くで、忘れられない光景を見た。
美しい山並み、緑の田んぼ。

あぜ道で尻を出し、堂々と放尿するもんぺ姿のおばあちゃん...。

 

車窓からその光景を見た私は尻!尿!いいの!!!と大困惑だったのだが、同乗していた大人たちはあらあら(苦笑)という軽い扱いだった。

その反応から私は、おばあちゃんになれば道端でおしっこをしても許されるのだ、と激しいカルチャーショックを受けた。

 

当時私が住んでいたのは東京の郊外。
男性の立ちション姿はごく稀に見かけたものの、みんな嫌ねぇ…と眉根を潜めていたのでマナー違反なのは分かっていた。

それでも時折小さな弟だけが間に合わないから、と茂みで済ませることを許され、私は汚い公園のトイレに大行列を余儀なくされることに不公平を感じていたのは確かだ。

そしてその不公平感が、田舎のあぜ道で希望と共に解消された訳である。
おばあちゃんになったら!道端でおしっこしてもいいんだ!

 

あれから40年(きみまろライクに)。

私は最近ようやく気付いた。
あれは昭和の田舎限定の光景だった、ということに。

 

会津の外れでも、座りションをするおばあちゃんはさすがに絶滅。
そもそもウォシュレット付き洋式トイレに甘やかされた私たちはシッティング・ションという過酷な体勢にもはや耐えられない。

いつか頻尿に悩む未来が来ても、紙おむつで済ませるだろう。
私があの日あぜ道で見たのは、きっと最後のヤツメウナギだったのだ。

 

世の中はどんどん清潔に、そして美に厳しくなっている。

ダイエットに励んでいた20代の頃、早く4~50代になって体型を気にせず好きに食べたい、なんて願っていた。実際には40代の今もダイエットに悩まされている、なんて言ったらあの頃の私は絶望するだろうか?

職場の先輩たちも日々運動や食事に気をつけ、引き締まった体を保っている。
20代と50代が同じようにヨガに励み、美容にいいサプリをシェアする時代が来たのである。

先日友達と美容トークをしている時も、話題がなんだかおかしくて笑ってしまった。
美白にメイク、出産と命の母が同じテーブルに上がっている。

リアルでも、小さな子どものいる40代の友達と、生理がたまに遅れるので命の母を飲み始めようかと迷う私が一緒に相談し合っている。

産む時期と閉じる時期が交差する、それが現代なんだろう。

 

私が結婚したばかりの頃(当時25歳)、マニキュアを塗っていることを父に咎められたことがある。 結婚したのだから華美な装飾はいらない、というのである。

どうにも理解しがたかった。
マニキュアが男性受けが悪いのは知っている(特に父は嫌いだったのだろう、爪を塗ったり派手な化粧をすることがふしだらだと思う人は未だに多い)。
私が好きで、私が綺麗だと思うから塗っているのだ。
共働きで家事もきちんとやっている。空き時間で美容を楽しむことの何が悪い、と無視していた。

 

結婚したから、子どもがいるから、もう年だから落ち着け、みたいな意識がかつて私たちの根底にあった。

でも社会が自由になって情報も溢れていく中で、今度は既婚でもママでもアラフォーでも綺麗でいるのが当たり前、という時代の流れがやってきた。

それは良い事なんだと思う。
既婚だから、子持ちだから地味にしていろ、はブルカを被れと同じ意味だ。

それでも物には限度があって、メイクもファッションも楽しいけれど老化を否認しつづけるのは結構キツイ。

 

座りションを夢見たはずが、美魔女が当たり前、もはや魔女とは呼ばれない時代に私は辿りついてしまった。

私の中庸はどこにあるんだろう?ほどほどぐらいがいいのにな。
消費の波に揉まれながら、そんなことを考えています。

  

Forever Girl

Forever Girl

 

 

 

会議は踊るそして沈む

職場の会議も、PTAの総会も。
なんだか最近無駄に長引くことが多くてちょっと疲れている。

 例えばちょっと前の職場の会議。

新しい制度が導入されるので、具体的な運用方法を説明するよ、分からないことがあったらドシドシ質問してね!みたいな内容だった。

導入は来月からで、本当は講習会を設けたいけれどあまり時間がない。
なのでマニュアルで分からないことはなるべく解決しておきましょう…というのがメインの議題であった。

 ところがそういう忙しい時に限って現れるのである、会議クラッシャーが。

 

なぜ新しい制度を導入しなくてはいけないのか?その制度は旧来のものと比べて欠点が多くてなんとかかんとか。そこを改善しない限り承服できないなんちゃらかんちゃら。

 

えーと、だからその議論数年前に終わってますよね?
事前説明会いっぱいあったじゃん。上の方からそういう提案があって、説明があって意見交換会が終わって、導入準備もとっくに済んで来月から運用なんですってば。
あなたの意見は分からなくもないけど、そういう反論はみんな既に事前の意見書やら討論会で発表済みですよ。その上で新しい制度を導入します、と発表されたのは去年の話っすよ?

もうポスターも掲示されてるのに、それはないわ…とげんなりした。

 

PTAの総会でも、過ぎた話をもち返す人がいて、やっぱりげんなりさせられる。

もう終わった会合の報告について、なぜ去年と人数・予算が違うのか?事前報告が無かった、しっかりきっちり納得いくように説明せよとか言い出す人のもんにょり感ったら!

 

だから最初に、今年は○○周年につき盛大に行われましたと言いましたよね?書いてありますよね? 更に言えば前年度の総会で、次年度は○○周年なので盛大にやります人数予算等仮案通りでよろしいでしょうか、と全会一致で可決頂いてますけど???

ある程度人数のいる組織の中で、事前アナウンスのない急な改変は滅多に無い(ワンマン企業除く)。もしあったとしたらみんながザワザワするし、説明を求めるであろう。

勿論前回の総会や職場の説明会に『出ていなかった・聞いていなかった』なら理解はできる。

でもPTAの問題も、職場の話も、なぜ『もしかしたらみんなは知っている?知らないのは自分だけかも?』という思考に至らないのだ?

そしてなぜ自分の見落としは棚上げして『私が/俺が』納得できるように時間を割いて説明せよ、なんてお客様然とした顔が出来るのか。

 

窓口にいると怒りっぽい人、思ったことは全て口に出さずにいられない人、説明への理解に時間がかかる人など、様々な人に遭遇する。だからすべての人が一律に理解できる説明、なんてのは幻想であることは理解している。

それでも本当のお客様ならともかく、同じ組織の一員にそういう態度を取られるとちょっともやっとしてしまう。せめて私たちは対等である、あなたにも自発的に理解しようと努める姿勢は必要である、ということだけは分かってもらいたいなぁ。
あなたに理解させることは私たちに課せられた義務ではない。あなた自身の課題ですよね?

 

でも上司も教頭先生も、会議なんてそんなもんです、と言う。
思わぬ無駄はつきものだから、それを計算して長めに見積もっておくしかないと。

そう言われてみると、今は自分が発表しなくちゃいけない側になったからキリキリしてしまうだけのことなのかも。

若かりし頃、半分寝ていた会議の大半はそうした『なぜ今その話を持ち返す?』的議題で埋め尽くされてた気もします。そういう無駄も、意見0よりはもしかしたらマシで、会議の花とみなさなくちゃいけないのかなぁ。 それでもあと10年はもんにょりカリカリしてしまいそうな私です。結構気が短いし、血の気も多すぎるんだよな。とっとと泰然自若になりたい。運動瞑想野菜だけじゃムリ...献血してくっか…

 

會議は踊る [DVD]

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もうすぐ最終回『ダーリン・イン・ザ・フランキス』考察

『ダーリン・イン・ザ・フランキス』をGYAO!で全話一気見(むろん最終回は除く)してしまった。

gyao.yahoo.co.jp

 

実は最初の頃に一話だけチェックして、切っていた作品である。
空から角の生えた女の子がやってきてダーリン♡と呼んでくれる。
ラムちゃんかっ⁉と思ったのだがそこはあまり突っ込まれていなかった。
昭和は遠くなりにけり…と悲しくなったのが敗因である(?)男性向けっぽかったし。

 

観てみようかな、と興味が湧いたきっかけは、けちょんけちょんに貶されていたこの記事。

blog.kaoriha.org

 

一話で切った私にとって、ダリフラとはどろどろ恋愛ロボットアニメだった。
ところがこの記事では地球規模で子どもたちが活躍する内容でありながら黒人が出てこない人種差別アニメになっていて、あまりの視点の違いに驚いた。

そんなに壮大なアニメだったのかよ⁉
そう思ってイッキ見したらなかなか面白かったので、今日はむちゃくちゃネタバレな感想を綴っていきたいと思います。

まだ観ていない人はここでリターンだ!

 

ダリフラは人種差別アニメ?

 

KISS OF DEATH(Produced by HYDE)(初回生産限定盤A)(アニメ盤)(DVD付)

 

さて、まずは冒頭で紹介した記事の話から。
ダリフラは黒人が出てこないから人種差別だという論説は、やはりあまりにも強引な気が。

けれども地球規模の物語で、色んな人種が出て来て当たり前な設定なのに日本人しか出てこないアニメは差別だ、って話なら理解出来る。

例えばハリウッド映画で、世界中の各都市で人々が危機に襲われるシーンの群衆が全部白人だったらさすがに違和感を覚えると思う。
最近の海外ドラマは作中に様々な人種、ジェンダーを意識的に登場させるという話を聞いたことがあるし、日本のアニメも世界を意識して作っていかなくちゃいけない時代が来たのだろう。

『制作陣全員の頭の中から黒人なる存在が消えていた』という言葉は多分正しい。
ただ正確に言えばそれは『日本人の頭の中から多人種なる存在が消えていた』のでは?(黒人だけで拘ってしまうのはまた新たな差別であると思う)

閉じた自文化中心主義から、もっとグローバルな目線を。
中里さんが言いたかったのはそういうことだと思うし、その辺は理解できる。

 

ただしダリフラという作品がそこら辺にひとつも考慮していない、人種差別アニメだとは思えない。

まずコメントでも言われていたように、この作品は日本を舞台にしている。
子どもたちの名前が日本語、居住地に咲く桜、コロニーの番号が霞が関の郵便番号(さすがにそれは気が付かなかった、考察班すげぇ)。

 

もし博士が人種差別によってコドモに黒人を選ばなかったのだとしたら、博士が知り得ていたコドモの意味や、生物学者という立場からして、他の悪行とは桁違いの行為。その悪を暴かれ報いを受けることがない筋書きは異様

 

それから博士が知り得ていたコドモの意味や生物学者という立場からして悪行、というのも違う。フランクス博士は若い頃から倫理を踏みにじる研究をすると糾弾されている。もともと悪人(自己中心的な人物)だったのだ。だからこそ叫竜の姫に差し出した手を食いちぎられている。

博士にとっては地球や人類の未来よりも叫竜の姫にもう一度会う事、それから自分の作ったストレリチアの最終形態を見ることが大切だった。コドモたちをコールドスリープしたり、ナナやハチに後を託した(役割を与えた)のは周囲の人間たちに影響されて情が目覚めてきたから(なんとなくナナは博士の奥さんの遺伝子を継いでそう。娘の役割?)。瓦礫に押しつぶされ命を落とすラストは充分な因果応報だと思う。

 

叫竜が現れる前、かりそめの平穏を手に入れた地球ではそもそも繁殖が忌避されていた。
卵子や精子、遺伝子のストックも足りていなかったのではないか?
博士の妻が実験に参加し、命を落とした描写からもそのことが推測できる。
夫の役に立ちたいという気持ちは理解できるが、彼女は優秀な科学者でもある。自分よりも実験に適した被験者が多数いたなら、身を引いたはずだ。

多分、彼女が先陣を切るより他に道が無かったのだ。

 

またコドモの意味、と言っても前述のとおり永遠の命を得たオトナにとっては繁殖など無意味な行為で、単に叫竜を倒すためだけの便利な奴隷でしかなかったのではないか。

都市に迷い込んだゾロメに優しくするオトナも登場するが、彼女でさえコドモとオトナは別の生き物だと認識している(まるでペット扱い)。

 

あくまで実験対象である第13都市部隊を除いては、多様性を持たない従順な奴隷である方がオトナとしては使い勝手がいい訳だ。

 コスパや管理しやすさを考えたら、一番相性のいい男女ペアのクローンを作って量産していくのが一番だと思うので、他都市の部隊は多様性どころかみんな同じ顔でもおかしくなかったと思う。

 

本当のダーリンは誰?

 

結局ダリフラとは何だったのか?

私はこの物語をフランクス博士の人生のやり直しだと感じた。
大人はいつも自分が果たし得なかった夢を勝手に子どもに押しつける。

フランクス博士は自分のことを愛してくれた妻(ヒロにとってのイチゴ)を殺し、一目で恋に落ちた叫竜の姫(ヒロにとってのゼロツー)からは拒絶される。

だからこそゼロツ―を作り、ヒロを作ったのではないか。
ゼロツ―は叫竜の姫のクローン、ではヒロは?

博士の遺伝子を継いでいたなら、相当気持ち悪くてエゴイスティックで最高だ。

 

 さてさて、そんな訳で私は人種差別はさすがにこじつけだと感じました。
ただしこのダリフラという作品、ジェンダー的にはかなりやっべぇんじゃないかと思うんだ…差別で突っ込むんならむしろそこだろ…!

フランクスに乗れるのは生殖機能を持つ男女だけとか(ただし後に両性具有のナインズが登場する)、明らかに後背位な乗り方とか。

8話でケンカした際の、女子は色々大変なんだから俺たちが分かってやらないと的な結論もなかなかキレイごとでヤバかった。

 

でもそれでも、ヒロから見たゼロツーがいつもキラキラしているのが楽しかったです。 
赤いアイラインめっちゃ可愛いし、OPも素敵。

アニメってそれだけで充分愛おしいと思うんですよ。七夕最終回むっちゃ楽しみ。
帰っておいで二人で、って祈ってしまう。

 

作品としてのテーマはやたらシンプルな気がしました。

ラブ最強!子ども産もうぜ、そして仲間を大切にィ!
ヤンキー最強伝説みたいな(笑)

でも少子化が進む現代で一度ヤンキーに立ち返る(原始に帰る)って大事なのかも知れませんよね。

ではでは、そんな訳で今日は私の勝手なダリフラ考察でした。
あなたは何を考えたのかな?聞かせて貰えたら嬉しいです。

 

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原発と紫陽花

番号が振られた無機質なバスの中に、白い服を着た男たちが押し込められている。箱のような建物の中に入り、着ていた服を脱ぎ棄て更に頑丈な防護服をまとう。

簡単な健康チェックの後、今日の作業が始まる。
ゆっくりと、緩慢に。

死にかけの老人のような速度で、俺たちは巨大な鉄の箱を解体していく。
ここは福島第一原発。死の棺のど真ん中だ。

 

西新宿駅前の鳥貴族が潰れ、バイト先が無くなった時にたまたま見かけたのが原発作業員募集のチラシだった。

住み込みで福島へ。
同棲していた女との関係も煮詰まってきた所だったから丁度よかった。

見たこともない光景に最初はSF映画みたいだとワクワクしていたけれど、ひと月過ぎた今は何もかもが退屈だ。

重たい服を着ていると死にかけの年寄りのようにしか動けない。熱中症予防のためか、休憩時間はやたら多いけれどそれが余計にかったるい。

時を経て錆びついた構内と、ゲートの向こうに新しく作られた待機所を行き来する。それはまるで黄泉の坂を上り下りしているようだ。
チカチカした明暗が眼球の奥を痛めつける。

 

遺伝子をすり減らすバイトの日給は一日一万円。
そこから部屋代や食事代が天引きされて、正直女の部屋に転がり込んでいた方が儲かる算段だった。

それでも個室を与えられた俺はまだマシな方で、相部屋にぶち込まれた者同士がケンカになり、殺しあった話も聞いた。

いつも酒臭い隣室のジジイを思い出し確かにそれは地獄だ、と身震いする。
年寄り、前科者、身寄りのないガキ、外国人。
他に行き場のない奴らほど足元を見られて中抜きされ、痛い目に合う羽目になる。

下手に働くより公園で転がっていた方がよっぽどマシだなんて、誰が想像できただろうか?

 

夕食後、アパートの裏庭でこっそり猫に餌をやることだけが俺のささやかな楽しみだった。 まるで隠居後の年寄りのような暮らし。

職員向けに作られた、デカい箱のような施設はある。
大抵のメニューは揃っている。酒も飲める、価格も安い。

それでも明るすぎる照明と白々しい陽気さと、味気ないプラスチックの皿が俺を心底滅入らせる。

ここならば、と薄暗がりの地元スナックに飛び込んだら、馴染みの客にジロジロ見られてビール一杯で撤退した。気のいい食堂のおばちゃんに愚痴ったら当たり前のように『よそ者だからねぇ』と返されて愕然とする。

 

このバイトを申し込んだとき、柄にもなく『シャカイコウケン』なんて言葉が浮かんでいた。もうすぐ三十、いつまでも新宿でバイト仲間とはしゃいでいていいのか、みたいな漠とした不安もあった。

でもこの町に来て向けられたのは正義の味方を見る目じゃない、廃棄物を見るような目だ。

みんな汚いものは片付けたい、無かったことにしたい。
でも実際に遺伝子を痛めつけながら廃棄する、最底辺の俺らの事も排除したいのだ。安全な家の中で守られて、そう感じることになんの矛盾も覚えないのだ。

 

遠い未来に原発は、キレイな公園にでもなるんだろう。
そこにはきっと死んだ奴らの名前が刻まれる。

でも入れ替わり立ち代わり、ここで働いた無数の俺たちの名は誰も覚えちゃいないのだろう。

こんな町に来るんじゃなかった。
十も二十も老けたような気がする。こんな目で見られるくらいなら、いつまでも新宿でつるんでバカみたいな声を上げて『無敵な俺ら』でいたかった。

 

足元で餌をねだる猫の鳴き声で我に返り、缶詰を開けてやる。
餌やりは禁止されているけれど、かまうものか。

もうしばらく女を抱いていない。
柔らかく暖かいものが、俺は恋しい。

白い猫の足にどこから拾ってきたものか、赤いビニールテープが絡みついているのを見て俺は手を伸ばす。性急すぎる動きに驚いたのか、猫はゆっくりと茂みの向こうに消えてしまう。

自分で上手く食い破れればいいけれど、下手に食い込んで足の先が壊死する羽目になったら後味が悪い。

俺は猫缶を手に、ゆっくりと白猫の後を追った。
アパートの脇は廃校になっている。
木造校舎の前は紫陽花が満開で、闇の中でも暴力的な色をまき散らしていた。

その前に座る白猫に餌をやり、そっとテープを外してやる。
立ち上がった俺は、紫陽花の花に軽く手を当てた。

ひんやり柔らかい感触。
俺はこの手触りをよく知っている。

 

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子どもの頃、爺さんの趣味のための小屋が裏山にあった。

毎日仕事を定時で終え、夕食ができるまでの数時間、カブで山道を登り仏像を彫るのが爺さんの日課だった。
晴れの日も雨の日も。山の木を切り倒しチェーンソーで割り、カンナを掛け鑿で掘り出していく。

爺さん子だった俺は、よくカブの後ろに乗って小屋へ向かった。
小屋の近くに住みついた野良猫を構ったり、余った木切れで工作を始めたり。

小屋へ続く細い山道の両脇には山紫陽花が群生していて、花の時期には道が塞がれるほどだった。

そんな時はカブの荷台から丸い花に手を伸ばした。
掌の先に、柔らかで冷たい花が跳ねて当たってくすぐったくて、よく荷台から転げ落ちた。

 

あそこは爺さんのための仏像小屋だった。
毎日毎日、飽きることなく仏像を彫り続ける爺さんを見ていた俺は、いつか自分も大人になったらこんな小屋を手に入れるのだろうと信じていた。


やがて俺は大人になり、爺さんの小屋に飽きて、小さな町にも飽きて都会へ出た。爺さんの形見の仏像は、実家の机の引き出しに放り込んだままだ。

 

どこへでもいける、なんだってやれる。


けれども紫陽花の先にある俺のための小屋の名前は、いくつになっても見つからない。

今日も白々しい青空が描かれた箱の中で、白いタイムカードを押す。
年間の被ばく量を越える前に、契約は満了する。

俺も残り三十四日しか、この町に居られない。
もしもこの期限が命の終わりなら、俺は何をするのだろうか?
俺になにが出来るのだろうか?

あの時掌に触れた、紫陽花の感触を思い出している。

 

 

この物語はフィクションです。 2275文字

虚飾の塔と深水黎一郎『ミステリー・アリーナ』

深水黎一郎さんの『ミステリー・アリーナ』を読み終えました。
殺人事件が起こる閉ざされた雨の山荘と、華やかなTV局のスタジオ。

二つの世界が入り乱れる虚構と虚飾の物語の結末は、一体どこにたどり着くのか?

表紙に描かれた空っぽのバベルの塔のように、飾りつけられた虚無を感じさせる物語でした。

ミステリ好きとはいつだって、誰かの脳内で考えられた『完璧な謎』に右往左往させられている生き物です。時にはアンフェアだ、なんて本気で憤ったりして。

それでもやっぱり面白い、なんて感じてしまうからミステリとはどうにも業が深いものですよね…。

 

ミステリー・アリーナ (講談社文庫)

 

『ミステリー・アリーナ』あらすじ

 

物語の第一の舞台は大晦日のTV局。
スタジオで収録されているのは国民的人気番組「推理闘技場(ミステリー・アリーナ)」。番組の中では犯人当てのミステリドラマが繰り広げられ、時間内に見事犯人とそのトリックを言い当てられた参加者は20億の賞金を手に入れることが出来る。

しかし番組が10回目を迎えても正解者は現れず、2億の賞金はキャリーオーバーで膨れ上がったまま。記念すべき10回大会で、真相に辿り着ける人間はいるのだろうか?

まずこちらが物語の表側。

そして華やかなTV番組の中では、大雨により橋が流され孤立してしまった別荘に集まった友人たちの、もう一つのドラマが語られて行きます。

衆人環視の中、一人部屋で命を落としていた別荘の持ち主鞠子。
彼女を殺めたのは誰なのか?そのトリックは?

 その答えを見出した者に、20億の大金と栄誉が与えられるはずなのですが、どうやら番組の裏でも陰謀がうずまいている...そんな多層構造の物語。

ミステリドラマの謎解きも、一筋縄ではいきません。
早く謎を解かないと、優勝者にはなれない仕組み。なのに次から次へと新たな要素が追加されて、辿り着いた答えが否定されて行ってしまうのですから...!

 

ミステリという名のバベル(この先ネタバレあり、注意!)

 

さてさてかなりのネタバレを書いてしまうと、実はこの推理闘技場で語られるミステリはゲーム「かまいたちの夜」のように分岐型で、複数の結末を持つ構造になっています。

つまり登場人物の数+1のシナリオを準備して、回答の度にルートを変更して行けば誰も正解にたどり着けない完璧なミステリが出来あがる訳なのです、理論的には。

しかし最後の最後にたどり着いた答えは正直相当苦しいような…⁉
ヒントなさすぎ!たま無理ありすぎ!

しかし、作者を思わせる司会の狂言回し、樺山桃太郎はふてぶてしく笑うのです。ひーっかかった、ひーっかかった、と。

読む人の数だけ、物語には無数の展開の可能性が含まれています。
私たちは自分の好きな物語を、自分の好きな展開を無意識のうちに重ね合わせてしまうからです。

こんなオチだったら良かったのに、なんて妄想したことはありませんか?
けれどもどんなに魅力的な舞台を作り上げても、著者がその中から選べる結末は、いつもたったの一つだけ。

確かにそれってとっても贅沢で、勿体ない事だよな、といくつもの分岐を辿った『STEINS;GATE』を思いだしたり。

さてさて、もしもあなたが謎解きゲームに挑戦したならどんなルートを選ぶのでしょうか?叙述?本格?それともまさかのスプラッタ・ホラー?

人の数だけ分岐があって、正解がある。
それって要は人生だよなぁ…なんてCLANNADみたいなことを考えましたとさ。

 

ミステリー・アリーナ (講談社文庫)

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【オフ会レポ】新宿ではてなブロガーに会った話

オフ会を終えたらレポートを書くのがどうやらはてなの規約らしいので、今日は楽しかった思い出を書いていきたいと思います。

 

舞台は小雨降る新宿、屋上の小さなプレハブ小屋。
平日の昼間、そんなところに軟禁された人気絵師たちが小野の絵を美人に描かされるというMいプレイに勤しむところから物語は始まります。

まずは雨の中、天使のはるくんを連れて来てくださったCALMINさん!

 

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イラストは親子の豪華な合作です。
抱っこしながらサラサラっと素敵な絵を描いてしまうCALMINさんのスキルはスゴイ!

はるくん=イケメンはブログを読んでいる皆さんご存知の情報ですが、CALMINさんご自身もしなやかセクシーな女豹系美人でした!めっひょぅ!

 

www.calmin.org

 

それから綺麗な色合いが印象的な迷子のイカさんのイラスト!

 

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イカさんはアイコンやブログの印象から、勝手にやんちゃな小動物のような女の子をイメージしてたのですが、実際に来たのは清楚な雰囲気の華奢な美人だった!

しかし多分人見知りさんだと思うので、本当のイカさんをまだ私は知らない…ような気がするw今度は飲もうぜ!

 

usausamode.hatenablog.com

 

それからデジタルで描いてくれた、ラブイン愛内くん!胸(背中?)まで盛ってくれました。なんかスマン!

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アイナイくんは愛がないと名乗りながらも、実際はむっちゃラブとピースに溢れた好青年でした!勝手にラブくんと呼んでしまったw

でもホントにラブの名前が似合うイケメン好青年、そして気づかいに満ち溢れた人!これはかみなし子さんじゃなくてもレンタルしたくなるわ…と思いました!みんな借りようw

kaminashiko.hatenadiary.jp

 

ラブくんには午後2時半から10時過ぎまで付き合って貰って、本当に助かりました。
お疲れ様、そしてホントにありがとうね!

 

cute.lovein-ainai.xyz

 

目印にアイコン入りのうちわを持ってきてくれて、こんな妖艶な私を書いてくれたのはかみなし子さん!アイコンそのままの、綺麗で明るいお嬢さんだっ!

席が離れててあまり話せなかったのがちょっと心残り、でも移動の時に話しかけてくれてむっちゃ嬉しかったです!もっと話したかったー!

明るく気丈な雰囲気と、そこから見え隠れする繊細な優しさとか...そのギャップに萌えるー!オッサンにモテるなこれは、と思いましたw

同じ酒好きの気配を感じたので、次は一緒に飲みたいです♡

 

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kaminashiko.hatenadiary.jp

 

すごく素敵な絵を描いてくれたのに、自分が納得のいく絵をあげたいから、なんて絵の代わりに特別な言葉をくれたのはくるんちゅさん!

綺麗な黒髪に赤い口紅、手作りのワンピース(3時間で縫えるってスゲー‼)がめっちゃ可愛らしい美人さん♡なのにお酒の趣味がむっちゃツウで、カラオケを歌わせれば衝撃のデスボイスで超上手いし…!
会うたびに度肝を抜かされる人です、でも全体の印象はいつも上品で可愛らしいの。
今回はたくさん話せて良かった!2時すぎからラストまで付き合ってくれてありがとう。終盤には旦那様のらくからちゃさんも迎えに来てくれて、『車にゆられて』(らくからーちゃw)を歌ってくれました。自分の持ち歌を持つ男…なんかズルい!

 

kurunchu.hatenablog.com

 

仕事の合間に来てくれたりょうさんとも、やっと会えて嬉しかった!
りょうさんとはTwitterやらSkypeやらいつもちょこちょこ話していて、はてなブログをはじめた頃からのお友達かも。出身地とか好きな作家とか、色々被るので勝手に親近感を感じていたりしてw

予想以上の美人さんが来てビックリしたけど(細い若いカワイイ太もも♡)話すときの気遣いや穏やかな優しさがいつものりょうさんで嬉しかった。
Twitterの印象は裏切られないものですよね、意外とw

 

ryo71724.hatenablog.com

 

同じく仕事の合間に、しかも病み上がりなのに思ったより元気そうな顔で来てくれたのはガンダム―ンさん!

ええっあんなブログを書いている人がそんなはずはないwと色々裏切られたような気分になりました。多分このギャップはオフ会の必須アイテムなのかな、と思ったので余計な気を回して色々書きすぎないようにしておきますね!会ったことのある人は思い出してニヤニヤしろ!

しっかしはてな奥深いわぁ…

ガンダム―ン近影:顔色良くて良かった♡

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www.weblogian.com

 

 ジブリのような、めっちゃ可愛らしいイラストをサラサラ描いて、色まで付けてくれたのはくま吉さん!

 

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くま吉さんは、なんつーかめっちゃアイドルっぽかったです。
絵のイメージ通り、可愛い!オサレ!そして清潔で純粋な印象なの!
余りにも若々しすぎて未成年かっ⁉と思うくらいでしたw

お土産に頂いたりんごクラッカーも、パッケージ可愛いのに中身まで美味しくて、なにこのセンスの良さ...と会津はブルブル震える始末...くま吉半端ねーー!もっと話したかったーー!

tocotocokumachan.hatenablog.com

 

そんなくま吉との間に立ちふさがるのは、リアルでもデュフフフ...と笑うロボ、あずらいち。らいちさんはくま吉セレクトのオサレメガネを二人お揃いで着用して登場し、くま吉に寄りつこうとする悪い虫を払っていましたwお父さんかっ!

 

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らいちさんもむっちゃ素敵な絵を描いてくれたのですが(やっぱプロや!すげぇ!)頼まれたって人のアイコンなんて描かねぇんだぜ俺は…的な意味深な話をされました。

ここでピン!と来たのはおまきざるさんの素敵なアイコンを描いたのがあずらいち画伯だってこと、そしてこの二人が過去にデートオフ会してるってこと。

 

browncapuchin.hatenablog.com

azulitchi.hatenablog.jp

 

おまきさんは当日私の事を上野から新宿まで送り届けてくれたので、そこらへんのジェラシーがジェラジェラっての意味深発言かよ、はてなの片隅に咲いたBLの花かよ…と新宿のプレハブの片隅で勝手な妄想を繰り広げさせて頂いたことを、今ここで報告しておきます。

ホントにありがとうおまきさん!そしてあずらいち画伯!(あえてセット扱いさせて頂きます。しかしおまきざるさんに怒られそうなネタ...らいちさん代わりに謝っといて!あと素敵な会場紹介してくれてありがとう!)

 

azulitchi.hatenablog.jp

 

オフ会夜の部スタート

さてジメジメしたプレハブ内でお絵かきすること2時間超。

天使のマリさんやelveさんとも合流し、思い出横丁の居酒屋が開店するのを待つ間地下でチョイ飲み、その後昼の部のメンバーとお別れして横丁に向かいました。

サクサクみんなを仕切って盛り上げてくれるelveさん、道を調べたり予約をしたり来て早々に手伝ってくれるマリさん。年下女子二人が頼もしすぎていつもほんとにありがたすぎるー!もっとゆっくり話したかった、またSkypeで遊んで下さい…!

 

mari12.hatenablog.com

elve.hatenadiary.jp

 

はてなのアイドル青二才さんを待たせる!という恐ろしい事態の後、居酒屋で乾杯。

青二才さんはその辺を歩けて良かった、みたいなことを言って下さった。
お会いするのは2回目だけど(前回はお願いしてブログにアドバイスを頂いた!)ブログの強いイメージとは違って、穏やかで優しい人だと思う。そしていつも場を盛り上げようと色々考えてくれる!今回は人が多すぎて話す暇があまりなかったけど、はてな古参ネタも聞きたかったっす...!

 

tm2501.com

 

みんなが席に着いた頃、マスヲさんに差し向けられたスパイ?たなかちゃんも登場。

婚活おんぼろグラマラス、なんてすごい肩書きを謳いながらも実際のたなかちゃんは登場するだけで場をザワザワさせ、男性陣を一極集中させる、吉高由里子似の美女!

こんな美女があんなひどい目に…!?(ブログ参照)と思ったのですが、足元を見ると確かにいざという時のためのスニーカー着用でしたw

女子ィ!な見た目の雰囲気と、定まってる芯の強さがアンバランスで面白い!
次回は女子だけで、もっと本音と毒舌を聞きたいと思いますw
絶対いいネタ持ってる!

onboro-glamorous.hatenablog.com

 

その後カラオケで中国語の歌を歌いこなし、前回に引き続きちゃんと宿まで送り届けてくれる紳士、たけちゃんも合流!色々ありましたが元気そうで良かった!次回は横チンさんも来れるといいですねぇ。

 

www.take--chan.tokyo

 

それから出来るリーマンなルックスがはてなブロガーには到底見えず、周囲をザワザワさせた箱根ヶ崎さん!

本の話が出来てすごく楽しかった(しかし時間短すぎぃ!)のだがやっぱり三津田信三を読んでいる人には見えねぇ…高身長で快活なリーマンにしか見えねぇ…!

こういう意外性もまた、はてなオフの楽しみなのでしょうw

 

www.hakonegasaki.com

 

そして夜の部、影の主役!宴会部長&スポンサーの船橋海人さん!

この人と知り合ったのはマスヲさんから誘われた「ねことどん」、そして『無菌の国のナディア』という一冊の本がきっかけだったのだけれど、正直名前が一杯あって、なんと呼んだらいいのかすら分からねぇw私は鯖缶さん、CALMINさんは船橋のおっさんと呼んでいましたw

今回この人と実際に会ってみて、改めてはてなの層の厚さを感じました。
面白いなぁ、やっぱりはてなで書いていて良かった!

 

私は自信のない、いじめられっ子の小娘だった私がちゃんと大人になれたのは社会の中でたくさんの大人が褒めてくれたおかげだって、ずっと感じていて。

いつかそういう『ギフト』を、文章でもリアルでも返していけたらいいなぁ、と思いながら生きています。誰かの手を握れる、支えられるような人でありたい。
同い年や年上の方には甘えてしまったり不遜だったり、人間的にはまだまだなのですが。今回の新宿だって、道に迷いっぱなしだったし!

鯖缶さんと会って、この人は時折ブコメで見かけるように本気でたくさんの若者と会って話して、ゴハンを奢る活動をしているんだ!と気付いてすごく嬉しくなりました。

ギフトを贈れる大人がちゃんと存在するはてな、なんかいいよねぇ。

 いつか憧れのたんぽぽさんと、黄金頭さんに会えますように。
あっ、私もお二人のファンなのでその際は呼んで下さいw

 

dk4130523.hatenablog.com

 

 

さてさて、そんな訳で皆様の紹介だけでむっちゃ長くなってしまったオフ会レポでしたw

張り切って、色々調べていったつもりだったけれど、一人じゃ全然上手くいかなくて、みんなに助けられて。

あなたが楽しく過ごしてくれたなら、ホントに良かったです。
そしてその楽しさは、あなたが色々手助けしてくれたり、幸せそうな笑顔でいてくれたおかげだと思います。

そんな訳で付き合ってくださった皆様、ホントにどうもありがとう!
私は今日も皆さんの優しさを思い出してホッコリしているのです...。

寂しさを埋め合わせるもの‐井上荒野『その話は今日はやめておきましょう』

見て見ぬふりをしたいものが、この世にはある。

井上荒野さんの『その話は今日はやめておきましょう』は正にその「この世の蓋の物語」だった。

突き刺されて、痛くて、でも心の奥に残るものがある。そんなお話でした。
まだ若い方にも、そんなに若くない方にも。オススメできる物語だと思います。

 

物語のあらすじ

 

その話は今日はやめておきましょう

 

物語の主人公は69歳の妻百合子、72歳の夫昌平。それから26歳の青年一樹。

百合子と昌平の夫婦は、経済的には恵まれている。
営業本部長として長らく勤め上げた昌平と、ガーデニングが趣味の百合子。
二人の子どもは無事巣立っていき、健康のためにサイクリングを始めたばかり。
郊外の一軒家に暮し、広々とした庭もある。


しかし昌平が、思わぬ事故で右足首を骨折したことから物語は動き始める。
慣れない松葉づえ、体格のいい昌平を支えるには小柄な百合子では心許ない。

事故の前に夫婦が立ち寄ったサイクルショップに勤めていた青年、一樹に助けられた二人は、ちょうど仕事を辞めたばかりだという彼に、アルバイトとして病院への送り迎えや細々とした家の手伝いを頼むのだが…

 

人は誰もが寂しくて

 

百合子と昌平の夫婦は、経済的には恵まれている。
夫婦でクロスバイクを購入し、天気のいい日には10キロほど先の町まで昼食を食べに行くのが最近の楽しみだ。

アップルパイを焼き、コーヒーを淹れ、ヴィスコンティの『山猫』を観るような文化的な暮らし。
穏やかで恵まれた生活にも見えるが、老いや死への恐怖は二人のもとへも忍び寄ってくる。仲の良かった少し年上の従兄の最期。そこから想像してしまう死への恐怖や、ひとりきりになるのだという覚悟。

町を歩く若者たちに馬鹿にされたり疎まれているような気がしたり、時には怯えたり。
もう若くはないという現実を認めながらもどこか寂しさを感じているような。

そんな夫婦の元を訪れて、様々な変化を与えていくのが20代の青年、一樹。
一樹の日常も上手くは行かない。

普段は寡黙なのに、スイッチが入ると喋りすぎてしまったり、怒りを抑えきれずに店主を殴り、もうすぐ正社員になれるはずだった仕事を首になったり。

そんな一樹が久々にありついた『まともな空気のする仕事』が老夫婦の元でのアルバイトだったのだが...。

 

 物語は色々あるのだけれど、結局かりそめのような三人の関係は上手く行かない。
悲しい最後で終わってしまう。

それでも夫婦は誇りと拳を取り戻すことが出来たし、一樹もまた、自分の本当に大切な物について深く考えるようになる。

 

私たちは皆、最後は一人で生きていくしかない。
それでも世界はそんなに怖いものじゃないし、無慈悲でもない。

私が心を開くならば。
そんなことを考えさせられました。

 

子どもの頃によく行った本家のおじいちゃん家のように、三世帯が同居し週末には親類が集まるような、常に賑やかな大勢のための場所は現代ではなかなか見かけなくなりました。

近すぎる人との距離から解き放たれる自由と引き換えに、私たちはそれぞれの年代が持つ孤独を自分で引き受けるようになったのです。
それは自由だけれど、時々寂しくて。

だからこそシェアハウスが流行るのかな?そんなことを思ったりして。

 

 やがて訪れる最後の時に。あなたは誰を思うのかな、私は誰と居たいのかな。
そんなことを思わせる物語です。

 

その話は今日はやめておきましょう

その話は今日はやめておきましょう