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寂しさを埋め合わせるもの‐井上荒野『その話は今日はやめておきましょう』

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見て見ぬふりをしたいものが、この世にはある。

井上荒野さんの『その話は今日はやめておきましょう』は正にその「この世の蓋の物語」だった。

突き刺されて、痛くて、でも心の奥に残るものがある。そんなお話でした。
まだ若い方にも、そんなに若くない方にも。オススメできる物語だと思います。

 

物語のあらすじ

 

その話は今日はやめておきましょう

 

物語の主人公は69歳の妻百合子、72歳の夫昌平。それから26歳の青年一樹。

百合子と昌平の夫婦は、経済的には恵まれている。
営業本部長として長らく勤め上げた昌平と、ガーデニングが趣味の百合子。
二人の子どもは無事巣立っていき、健康のためにサイクリングを始めたばかり。
郊外の一軒家に暮し、広々とした庭もある。


しかし昌平が、思わぬ事故で右足首を骨折したことから物語は動き始める。
慣れない松葉づえ、体格のいい昌平を支えるには小柄な百合子では心許ない。

事故の前に夫婦が立ち寄ったサイクルショップに勤めていた青年、一樹に助けられた二人は、ちょうど仕事を辞めたばかりだという彼に、アルバイトとして病院への送り迎えや細々とした家の手伝いを頼むのだが…

 

人は誰もが寂しくて

 

百合子と昌平の夫婦は、経済的には恵まれている。
夫婦でクロスバイクを購入し、天気のいい日には10キロほど先の町まで昼食を食べに行くのが最近の楽しみだ。

アップルパイを焼き、コーヒーを淹れ、ヴィスコンティの『山猫』を観るような文化的な暮らし。
穏やかで恵まれた生活にも見えるが、老いや死への恐怖は二人のもとへも忍び寄ってくる。仲の良かった少し年上の従兄の最期。そこから想像してしまう死への恐怖や、ひとりきりになるのだという覚悟。

町を歩く若者たちに馬鹿にされたり疎まれているような気がしたり、時には怯えたり。
もう若くはないという現実を認めながらもどこか寂しさを感じているような。

そんな夫婦の元を訪れて、様々な変化を与えていくのが20代の青年、一樹。
一樹の日常も上手くは行かない。

普段は寡黙なのに、スイッチが入ると喋りすぎてしまったり、怒りを抑えきれずに店主を殴り、もうすぐ正社員になれるはずだった仕事を首になったり。

そんな一樹が久々にありついた『まともな空気のする仕事』が老夫婦の元でのアルバイトだったのだが...。

 

 物語は色々あるのだけれど、結局かりそめのような三人の関係は上手く行かない。
悲しい最後で終わってしまう。

それでも夫婦は誇りと拳を取り戻すことが出来たし、一樹もまた、自分の本当に大切な物について深く考えるようになる。

 

私たちは皆、最後は一人で生きていくしかない。
それでも世界はそんなに怖いものじゃないし、無慈悲でもない。

私が心を開くならば。
そんなことを考えさせられました。

 

子どもの頃によく行った本家のおじいちゃん家のように、三世帯が同居し週末には親類が集まるような、常に賑やかな大勢のための場所は現代ではなかなか見かけなくなりました。

近すぎる人との距離から解き放たれる自由と引き換えに、私たちはそれぞれの年代が持つ孤独を自分で引き受けるようになったのです。
それは自由だけれど、時々寂しくて。

だからこそシェアハウスが流行るのかな?そんなことを思ったりして。

 

 やがて訪れる最後の時に。あなたは誰を思うのかな、私は誰と居たいのかな。
そんなことを思わせる物語です。

 

その話は今日はやめておきましょう

その話は今日はやめておきましょう