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「九月の恋と出会うまで」感想-恋愛小説が苦手なあなたに、オススメしたい恋物語。

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恋愛小説が苦手。

実は私のことです。

いや、マンガとか、小説でも淡い恋の始まり系は大好きなんだけど。
キュンとします、萌えます。

苦手なのは一昔前に流行った「大人の」恋愛小説。
林真理子さんとか、渡辺淳一さんとかさぁ。

特に渡辺淳一さんは20代の時に職場のおばちゃんに猛烈プッシュされて2、3冊押し付けられて読みましたが全部不倫の恋で引きました。

心理描写は上手いと思うけど、あれは恋愛小説じゃなくて不倫小説ですね。

既婚なのに独身の若者に不倫小説をプッシュするおばちゃんの気持ちが当時は分からなくて、私もこのくらいの年になったらこんなドロドロした恋愛に憧れるのかな…と暗い気持ちになりました。

大人になった今でもドロドロ駆け引き裏切りてんこ盛り系!の恋愛小説は苦手です。

もはやあれは恋愛じゃない。
企業小説的な何かだ。
「島耕作」にちょこちょこ出てくるサービスシーンだ。


下腹が出っ張ってくる歳になっても心はピュアで本当に良かった。
下腹も17歳ならもっと良かったけど…頑張れ下腹!(お前がどうにかしろ)

そんな話はどうでもいい話はさておき。

 

私がベタベタの甘々の恋愛しか詰まっていない恋愛小説が苦手です、という方にこそおススメしたいのが松尾由美さんの「9月の恋に出会うまで」である。

 

九月の恋と出会うまで

九月の恋と出会うまで

 

 

私は松尾由美さんの本が大好きだ。
松尾由美さんの一番の特徴はミステリーでSFでファンタジーで、ジャンルが不詳な所。

なんていうか、いつも松尾由美ワールドなのだ。
江國香織さんがいつも江國節であるように、池上永一さんがいつも池上ワールドであるように。

読み始めると「そうそうこの空気!」って世界に浸れる作家さんなんですよ。

 

松尾由美さんの恋愛小説というと「雨恋」が代表作なのかもしれないが、私はあえて「雨恋」より淡く、より奇妙な「9月の恋に出会うまで」をおススメしたい。

 

雨恋 (新潮文庫)

雨恋 (新潮文庫)

 

 


恋愛対象が登場しない恋愛小説?物語のあらすじ

   

まずこの本は設定上ヒロイン詩織の「ひとりごとのような独白」を中心に展開する。
単行本だと252ページ、一時間少しあれば読めそうな本の中で、ようやく気になる男性が登場するのは130ページ、ちょうど本の真ん中ぐらいなのである。

前半詩織は何をしているのか?

彼女は「未来に繋がる穴」から聞こえる声と話しているのである。

 

主人公北村詩織は27歳のOL。
小学校の時の初恋の相手を今でも覚えているような、真面目な女の子。
彼女が引越し先を探すところから物語は始まる。

趣味の一眼レフカメラの現像をするために、匂いに苦情の出ない新しい住居を探していた彼女は「ちょっとかわった物件」に出会う。
よそで三か所以上入居を断られた、芸術が好きな人だけが借りられる、安くて素敵なマンション。

お気に入りのくまのぬいぐるみ相手に、部屋の中で独り言を呟いていた彼女は、壁に空いたエアコンの穴から聞こえる笑い声に気づく。
穴の向うは誰もいないベランダ。

穴の中から語りかけてきた声は、一度すれ違っただけの別の部屋の住人平野だと名乗る。

そして彼は今の時間軸の平野ではなく、一年先の未来の平野だと言うのだ。

何もないエアコンの穴から聞こえてきたよく知らない住人の声。
一週間の新聞の見出しを当てた平野の言うことを信じた香織は、未来の平野の頼みごとを実行することになる。

それは、現在の平野を尾行してほしい、という変わった頼み事だった・・・。


ヒロインは穴の向うの「未来の平野」に頼まれ現在の平野を尾行する羽目になる。

平野は近所の住人曰く、「リズム感と美意識が徹底的に欠落し、姿勢が悪く、良識ある人が眉をひそめるような美少女フィギュアを部屋に飾る」男。
挨拶をすると「あっあっ」としどろもどろになる。紫のTシャツに緑色のパンツを履いて出歩くような男。

 

未来の平野に頼まれて詩織は現在の平野をこっそりと尾行する。

人を殴り殺せるくらいの手ごろな大きさのコンクリート片を、試すように振り上げながらポケットにしまい込む平野を見た詩織は驚愕する。
平野は何をしようとしているのか?
そして未来の平野は「ある人のために詳しい事情は話せないのだが」週に一度過去の自分を尾行して欲しい、という。

その頃詩織は自分の住むマンションのオーナーの孫が小学校の時の初恋の相手「真一くん」だったことを知る。
海外の赴任先からもうじき東京に帰ってくる予定の真一くん。

小学校の時以来会っていない真一くんの祖父が経営するマンションで起こる不思議な出来事。
彼は未来からの声に係わっているのか?
平野は何をしようとしているのか?

そしてそもそもこのミステリな展開からどうやって恋愛小説に化けるのか?

そこから先は読んでのお楽しみである。

 

一風変わった恋愛小説

 

古臭い…といってしまったらおしまいだが、多分現代とは少しずれている松尾由美さんの恋愛感覚が私は好きだ。
たとえば作中で男性嫌いの祖父江に恋するオーケストラ団員倉はこんな話をする。

「よく女の人は献身的だっていうけど、女の人は相手に見える形で尽くす。だけど男はそうじゃなく、相手の知らないところでひそかに尽くす。そのことにロマンを感じる」

 

実は祖父江は過去に恋した男性と元彼にこっぴどく裏切られた経験があり、そのことから恋に臆病になっている。
そんな彼女のために、倉はもしタイムマシンがあったらそんな事件が起こらないように二人の男を殴り飛ばしてやりたい、と言う。

それで今の彼女が楽になるなら。結果として彼女が付き合う男が俺じゃなくても構わない。

倉はそう語る。

 

これはシラノ・ド・ベルジュラックの物語なのだ。

学者で詩人で軍人で、天下無双の剣客だけど大鼻の醜男。恋した女性の恋の成就のために奮闘するような男。

詩織は未来からの平野の声、に惹かれていく自分を意識しながらも平野の影にいるのかも知れないシラノの姿を探すようになる。

美人でも何でもない、自分のためだけに匿名で尽くしてくれる誰か。

 

物語のラスト。

すべての謎が解かれて9月の最後の恋はいつ始まったのか、を知った時に。

このSF設定だらけの、伏線だらけの不思議なミステリーは紛れもなく恋愛小説だったのだな…と私は深く納得したのです。

 

手も繋がない、真面目で不器用で頭でっかちな人達の恋物語。
恋愛工学とは真逆の世界。

今はもう絶滅しちゃったのかも知れないけどこういう世界があってもいいよね。

ミステリでSFで、淡いけれど真摯な恋の物語。

もし良かったら手に取ってみて下さいね。

単行本しかないけど…。kindleすらないんだけど…。

追記:文庫されました!松尾由美の時代が来たね…!

 

九月の恋と出会うまで (双葉文庫)

九月の恋と出会うまで (双葉文庫)