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かわいいの果てに何がある?近藤史恵「岩窟姫」

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近藤史恵さんの「岩窟姫」を読んだ。
近藤さんは明るいコージーミステリ、サスペンス、本格推理物も書く多彩な作家さん。
人の心理、特にその裏側にあるものを描くのがとても上手い。

自覚したくない、けれど誰しもが抱え持っている嫉妬や怒りといった感情を重くなりすぎずに読ませ、最後に小さな痛みが残る。
そんな作風。

「岩窟姫」は芸能界を生きるアイドル達の転落を描いたミステリ。
少し重いテーマだけれど最後には救いがあり、女同士の心理描写も理解できる。

張り巡らされたミステリ要素で、先へ先へと一気読みさせてくれる一冊です。


「岩窟姫」あらすじ

 

 

岩窟姫 (文芸書)

 

主人公はグラビアアイドルの蓮美。
モデル出身、水着グラビアがきっかけでブレイクした長身でグラマーな女の子。

キラキラした日々を送っていた彼女の日常は同じ事務所の後輩であり、友人でもある人気アイドル沙霧が自殺したことで暗転していく。


沙霧は蓮美にいじめられたことをSNSに書き記して自殺したのだ。
身に覚えのない罪状に追い詰められ、引きこもる蓮美。

相次ぐ批判にすべてを失った蓮美は暗い部屋のベットの上で昔読んだ物語を思い出す。

モンテ・クリスト伯、巌窟王。
復讐に生きる男の物語。


なぜ沙霧は死んだのか。何のために彼女は嘘を書いたのか。
あの日記は本当に彼女のものなのか?
だれかが沙霧を殺し、自殺の要因をでっちあげたのではないか?


すべてを失い周りを信じられなくなった蓮美。
彼女はかつての自分のために、本当のことを知るために立ち上がる。


序盤の蓮美はひたすら孤独である。
テレビやネットの心無い中傷に追い詰められ、マネージャーからも信じてもらえない。

外出することも出来なくなり、人目を気にして引きこもる。
宅配ピザや出前を頼み、ただ食べて眠るだけの生活。

鏡の前で全てを知ろう、と誓ったときには丸々と肥え太り、かつての容色を失っていた。
けれど脂肪で変わった容姿が彼女が外に出るための鎧になる。

彼女はアイドルの蓮美である、と誰かに気付かれることを極端に恐れているのだ。


彼女が動き出したことで世界は変わって行く。
マンションは放火され、謎の男たちに後をつけられる。

意味ありげな記事を残して閉鎖された沙霧の死の検証サイトに送ったメールには謎の返信が戻ってくる。

そんなミステリ的な展開である。


少女たちの心理劇

 


この物語は芸能界と言う特殊な世界に身を置いた19歳の蓮美の成長譚でもある。


謎を解こうと歩きだすうちに彼女は世界の違った一面を知っていく。

男達の視線や扱いが美しかった頃とはまるで違うこと。
頼りにしていたはずのマネージャーは価値のあるうちに、と人を賞味期限のある食べ物のように扱うこと。
友達だと思っていた沙霧のことをなに一つ理解出来ていなかった、ということ。


かつては同じ事務所に所属していて、人気が出ないまま田舎へ帰ったチホから連絡が来たことで物語は更に動き出していく。


華奢でかわいらしく、人気アイドルとして絶頂期に死んだ沙霧。
長身でスタイルが良く、皆に愛されていた蓮美。
同じ事務所に所属しながら芽の出なかったチホ。


太って別人のようになった蓮美に、泣きそうな顔で「いい気味だって思った」と言うチホの正直さが刺さる。

蓮美は自分がチホから嫌われていることに気が付かなかった。
ぼんやりした性格で、人に意地悪をするようなタイプではない蓮美。愛されていることを当たり前に感受する蓮美。
だからこそチホは蓮美が「むかつく」。

自分の方が前にデビューしていて、芝居のワークショップに自前で通い、ボイストレーニングやダイエットも必死だった。
それなのに後から入った沙霧や蓮美がどんどん追い抜いていく。
何もしていないのにどんどん人気が出て、ファンからもスタッフからも愛される。

そういいながらも、一方でチホは蓮美を心配する。
彼女たちは分かり合えないながらも一つの何かで繋がっている。

チホも蓮美も、互いや沙霧のことを憎む日もあれば、悲しくて仕方ない日もある。
憧れたり羨んだり、鬱屈した気持ちも痛みも、他人の気持ちは想像でしか分からない。


蓮美はかつて自分が所属していた芸能界のことを「椅子取りゲームみたい」と言う。
誰かを叩き落とさなければ自分は上へは登れない。

 

わたしが沙霧と一緒にいたときも、半笑いで「本当は仲良くないんでしょ」と言った人が何人もいた。
だが、あの人たちにはわからない。
「いい気味」といいながら、チホが私を助けてくれるように、たとえ椅子を取り合っていたって友達でいられるのだ。
もし、わたしよりきらきらして、仕事が上手くいっていた女の子ーたとえば沙霧ーがみっともないほど太って、わたしに会いに来たらわたしだって思う。
いい気味だ、と。
そう思いながら、彼女のためにはできるだけのことをしてあげるだろう。


蓮美の独白は残酷だけれど、それは様々な感情を抱え込んだ人間誰しもが持ち合わせている残酷さであり優しさなのだ、と思う。


他にも刺さる言葉が多いのだけれど、一番心に残ったのが他人からの悪意に疲れた蓮美の言葉。


インターネットで投げかけられたひどいことばを思い出して、体が震えた。
証拠もないのに、いじめたという疑惑をかけられただけで、彼らは蓮美を憎み、罵り、軽蔑した。彼らのやっていることと、いじめと、いったい何が違うのだろう。
彼らのうち、どのくらいの人が、自分のまわりでいじめられた人を見たときに、立ち向かって助けようとするのだろう。


ミステリーとしての謎は少し弱いかも。
残酷だけれど想定しやすい展開で、でも心理劇としてはとても面白い。

アイドルとしてきらびやかに見える生活を送る少女たちの闇と、商品として消費していく大人の欲望、水着で笑うアイドルに清純さを求める矛盾。
色んなドロドロがありつつ先へ先へと読み進めたくなる物語です。


GW向き…ではないかも知れませんが、おすすめの一冊。
それではまた!

 

岩窟姫 (文芸書)

岩窟姫 (文芸書)