朝井リョウさんの小説「ままならないから私とあなた」を読んだ。
小学生の時からの親友同士が大人になるまでを描く表題作「ままならないから私とあなた」、体育会系で仲間には何もかもさらけだせる、と信じていた男が知らない世界の一面を知る「レンタル世界」の2編が収録されている。
どちらも主人公の視点から見ていた「正しく美しく優しい」筈の世界がラストでくるり、とひっくり返る所が面白い。
人の見方も価値観も様々で、ままならぬ世界を私達は生きている。そんな物語。
朝井リョウさんの小説はいつも平易な文章で読みやすくテーマも現代的、それなのに「引っかかり」が残る部分はどこか古典的で正統派だ。
そんなバランス感覚が彼の小説を面白くしているんだと思う。
短編と中編で構成された今回の一冊も、サクサク読めるのにとても面白かった。
「レンタル世界」あらすじ
「レンタル世界」の主人公、雄太は20代の会社員。
ラグビー部出身で、体育会系。飲み会を盛り上げることが大好きで、友人も多く先輩にも可愛がられるタイプ。
自分の腹の内―風呂でのつきあいや、風イ谷やAV鑑賞ーをさらけ出すことで、相手との信頼関係を築いてきた。
部の先輩、野上を慕って同じ会社に入り、仕事は順調。
既婚者で可愛い娘のいる野上とは古いつきあいで、雄太のカッコ悪い所を全て知ったうえで面倒を見てくれる先輩、と信頼を寄せている。
野上と仲良く風イ谷通いする雄太は、野上の家に連れて行けるような「ちゃんとした彼女」が欲しいと思っていた。
そんな時同僚の結婚式で気になっていた新婦の友人と街で出会い、声を掛ける。
文学部出身、新婦のゼミ仲間として紹介されていた彼女の名を呼ぶと激しい拒絶が帰ってくる。
実は彼女は新婦とは面識のない「レンタル友達」、ビジネスで結婚式に出席していたのだ。
友人をレンタルする、という意識が理解できない雄太は彼女の考え方を変えたい、と強く思う。
その場しのぎのプレーではだめだ、とラグビー部時代に厳しく教え込まれた雄太は仲間との繋がりを信じていて、ウソの混じらない本当の関係だと思っている。
彼女の意識を変えるため、ひとめぼれした彼女とつきあうために、雄太は「レンタル彼女」を依頼し、憧れの野上先輩の家に誘うのだが…。
雄太は明るくまっすぐな体育会系の「イイ奴」なのだけれど、彼の考え方は健全すぎて時折苦しい。
結婚式での同僚の友人たちの盛り上がりっぷりを見て「あんな仲間のいるあいつはかっこいいな」と誇らしく思うし、自分の結婚式でも友人席は盛り上がるだろうな、と素直に楽しみに出来る。
そんな彼だから、大事な友人のための席に金を払って赤の他人を座らせる、という意識が理解できない。
そしてレンタル業を営む女の子を変えようと意気込むのだけれど、そこから先の展開が素晴らしい。
まるでオセロのように、白かった世界は端を取られ黒く反転して行く。
雄太の信じていたものは裏返され、本当の自分を偽造しなければ生き延びられない人の切実さをようやく知る事になる。
―そのたび世界の一部をレンタルしてどうにか生き延びてる人のこと、なんで笑えるの。
嘘をつくとかつかないとか。
何となく、浮気をする時は絶対にばれないように上手くやる、と語っていた上司を思い出した。
ネクタイを締め直して、家に帰るときはまた現実に帰る。
でも、どちらが彼にとって「本当の自分の」世界なんだろう?
そして、「腹の底までさらけ出す」ことが善だと無邪気に信じていた雄太。
どこまでが、他人を侵食できる領域なんだろう?
夫婦でも、親子でも、親友でも。
何もかもを知ろうとすることは正しいんだろうか?
そんな風に考えさせられた一編。
体育会系の繋がり、という特別な親密さは文系の私にはよく分からないのかも。
そんな繋がりが理解できる、もしくは嫌いな―男性にこそ読んでもらいたい物語です。
「ままならないから私とあなた」あらすじ
表題作、「ままならないから私とあなた」は小学の時からの親友同士、ユッコと薫の物語。
いつも仲良しで、休んだ薫のためにプリントを届けることを一番の仲良しの特権、なんて誇らしく感じるユッコ。
ちょっと変わり者で周りから浮いていて、だからこそユッコを大切に思う薫。
無邪気な親友同士だった二人は少しづつ違和感を抱えていき、そのことを口に出せないまま大人になる。
ピアノと、クラスメイトのワタナベ君を好きになったユッコは大切なものを抱えたまま大人になる。
ユッコは分からないことを分からないまま愛したいと思うし、自分にしか出来ないようなことがしたい、と思っている。
算数が好きな薫はピシッと答えが出るものが好きだ。効率を考えるし、意味のないことはしたくない。
無駄だと思う授業はサボるし、必要がないと判断すれば参加しない。
そんな薫にユッコの心はいつも揺れる。
ユッコは、会って話したり、同じ参考書で勉強したり、行列に並んでポップコーンを買ったり、そんな風に時間を共有して触れ合う体温が大切だ、と信じている。
大好きなバンドの光希ちゃんみたいに、自分にしか作れない音楽を作りたい、と思っている。
薫はユッコの夢を叶えるために、彼女のチカラになろうと努力する。
誰にでも、努力なしで光希ちゃんのようにピアノがひけるように、プログラミングソフトを作る。癖もニュアンスも、データ化してコピーできる。
ゲームをしたり、小説を書く人工知能が作り上げられていく世界で、個性とか、その人にしか出来ない事ってなんだろう?
ユッコの柔らかな感受性はかけがえの無いものに見える。
でも。
ラスト、物語はやっぱり残酷にひっくり返されて、何が正しいのか分からなくなる。
薫、ユッコ。
他者が幸せそう、と羨むのはどっち?
「どちらが正しい」なんて明確な答えはない。
ただ、ままならぬからこそ世界は大切なのかも知れない。
どちらも世界と視点の物語だったと思います。
そして、現実に立ち返る今日にこそオススメの一冊でした。
なにゆえ金曜日は平日なのかな…?