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私のアイデンティティ-宮内悠介『カブールの園 』感想

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宮内悠介さんの「カブールの園」を読んだ。
宮内さんの「盤上の夜」と「ヨハネスブルクの天使たち」(どちらも日本SF大賞特別賞受賞)は読了済。

前2作がSFだったので、これもそうなのかな?と思っていたら、こちらは芥川賞候補作で、現在のアメリカを描いた小説だった。

私は最初コンゴの世界一おしゃれな紳士たち『サプール』と勘違いしていて、サプールのSF?ワクワク!と楽しみにして読んだらホントに全然違った…。

でもこれはこれで、言葉が染み入ってくるようないい作品でした。

 

物語のあらすじ

 

カブールの園

 

表題作「カブールの園」と「半地下」、2編の物語が収録されている一冊。

「カブールの園」は日系三世、日本語を知らないヒロインレイが主人公。
子どもの頃から成績が良く、母の期待はすべて彼女に掛かっていた。

学校では激しいいじめを受け、自宅では親の期待を裏切れず作り話ばかり。
そんな辛い日々を逃れ、今はサンフランシスコのベンチャー企業でマネージャーをしている。

レイは精神を病んでおり、VRを用いた最新の精神治療を受けている。
幼少期のトラウマ体験をバーチャルリアリティー映像でもう一度思い出し、それに認知療法を組み合わせることで、心の問題を解決しようというもの。

治療はなかなか進まず、憤りを感じる日々の中、職場から思わぬ休暇を貰ったレイは大戦中に自分の祖母が収容されていたマンザナーの日系人収容所を訪れる。

自分のルーツを巡る旅の果てに、彼女は何を見るのだろうか?

 

「半地下」は夜逃げした父に日本からニューヨークに連れてこられ、そのまま置き去りにされた姉弟、ミヤコとユーヤの物語。

姉は働いて、異国で弟を育てていこうとするが、大使館の介入もあり上手くいかない。彼女はEWFというプロレス団体を頼り、レスラーとしてデビューすることで生きていこうとする。

オーナー・エディはミヤコの人生を買う、と言う。
二人の養育費を払い、養子として育てる。
そのかわり彼女はショーのための都合のいいキャラクターに生まれ変わってもらう、と。

こうして父を亡くし、EWFに買い取られた少女レスラーミヤコが誕生する。

怖いものしらず、受け身も取らないジャンキー少女。
これがミヤコに与えられた「役柄」で、彼女は巧妙に仕立て上げられた架空のダークヒーロを演じていく。

だが、危険な役柄はどんどん彼女の命をすり減らしていき…。

 

物語を貫く、素晴しい言葉たち

 

この作品は綴られた言葉の数々が美しい。心に残るセリフが多かった。
例えば『カブールの園』レイの言葉。

TVディナーは味気なく、隠元豆はゴムのようで青臭さしかない。でも、その味気なさは嫌いじゃない。荒野や廃墟に惹かれるのに近い。何より手間がかからない。

わたしは、ただ消えてなくなりたいと願っていた。誰でも、なんにでもなれるこの国の西の最果てで。

例えば『半地下』ユーヤが 二つの言語の間で生きる気持ちを吐露した言葉。

英語が自分の中の日本語を追いつめ、日本語が自分の中の英語を追いつめる。
英語と日本語の戦う戦場が僕だった。

 

 

ユーヤの姉の名はミヤコ。

彼女の恋人は彼女の名前が上手く発音することが出来ない。
何度練習しても、ミヨコ、ミヨコ。
でも彼女は名前を間違われることが好きだった。

それは、彼女がアメリカで新しく手に入れたアイデンティティ。
しかしある時人種解放団体がEWFに通告をよこす。

外国人選手の名前は彼らの民族性を尊重して、祖国の発音に合わせるべきだ、とかなんとか。
ミヤコは傷つく。なんだか裏切られたみたい、と漏らす。

そしてレイは叫ぶ。差別なんか受けてない!と。
二つの国の間で、己のアイデンティティにもがきながら、それでも器用に踊ってみせる。そんな、二人の女性の物語でした。

宝石のような言葉の数々が忘れられません。何度も読み返したい一冊です。

 

わたしたちの世代の最良の精神。
そんなもの、きっとこの先もわからないだろう。でも、誰かにそれは宿っている。
ブルースは私の耳に届かないだけで、いまもどこかで流れている。

 

カブールの園

カブールの園