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さようならマイルズ・ネイスミス・ヴォルコシガン

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ロイス・マクマスター・ビジョルドの小説「ヴォルコシガン・サガ」がついに完結した。
最終巻『マイルズの旅路』は金曜日(つまり今日)に届くので、まだ読んでいないのだが、ついに…というワクワクと悲しみで、読む前から泣きそうになっている。
どんな終わりでも、私は泣いてしまうと思う。

  

マイルズの旅路 (創元SF文庫)

マイルズの旅路 (創元SF文庫)

 

 

 1986年に書き始められた物語の終わりと、ようやく明日、巡り合える。
なかなか続編が出ないこのシリーズのことを、ファンは愛をこめて「ビジョルド坂」と呼んだ。

終わらないはずのビジョルド坂が、ついに完結する。
どうしよう、私は明日届く最終巻を本当に読んでいいのか。
もったいないから1年くらい寝かしておいたほうがいいんじゃないのか。
届く前から涙目である。

読んでから感想を書け、と思われるかもしれないが、実際に読んだら多分すぐには感想を書けないと思う。

20年以上付き合った物語の最終巻の感想を、1時間で書けるかバカヤロー。
読み終わって、1年くらい心の中で牛のように反芻して、需要がなくなった頃に自分のためだけに書きたいと思う。

  

戦士志願

戦士志願

 

 

 思えば「戦士志願」と出会ったのは高校生の頃だった。

胎児の時にテロに遭い、神経ガスの影響で重い障害を持って生まれてきた主人公マイルズ。
彼はバラヤーと言う惑星のヴォル階級(貴族)の子息と言う立場ではあるものの、長い鎖国時代のおかげで発展の遅れた帝国の中では複雑な立場に置かれている。

男は強くあるべきで、女は家庭を守り育てる。
障害者は生まれる前に間引くか、日の当たらない所へ押し込むという根強い差別のある国で、脆い骨とトラブルばかりの体を抱えて、それでもマイルズは己の地位に甘えることなく前へ前へと走り続けていく。

そんな彼に影響を受ける、個性的で愛すべきキャラクターたち。
最高のサーガである。

  

無限の境界 (創元SF文庫)

無限の境界 (創元SF文庫)

  • 作者: ロイス・マクマスタービジョルド,Lois McMaster Bujold,小木曽絢子
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1994/07
  • メディア: 文庫
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 どの物語も魅力的なのだけれど、私は「無限の境界」に収録された短編「喪の山」が1番好きだ。

20歳になったマイルズが祖父の墓に供物を捧げる、少年期の終わりを感じさせる物語。
マイルズの手痛い失敗の後、すぐに死んでしまった祖父に、今捧げられる供物を贈る。

しかし彼が愛する祖父は、かつて不完全な子どもだったマイルズの命を奪おうとした人だ。マイルズは生き延びるために、尊敬する祖父に認められるために、ずっと戦い続けてきたのだ。

墓参りの後、マイルズは自分の領地で起きた悲しい事件を解決する。
彼がそこで蒔いた一つの種は、数年後に小さな村を大きく変えていく。

 

村の発展は、彼が周囲に認められていく過程によく似ている。
愛も憎しみも、すべては同じ場所にあるのだ。


物語の中には差別や偏見、人生の理不尽が詰め込まれている。
でもそれは少しずつ、緩やかに変わっていく。
マイルズも、彼の仲間や家族たちも、世界の理不尽に悪態をつきながらも歩みを止めない。
ヴォルコシガン・サガとはそういう物語なんだろう。


私のマイルズ君は提督になり、機密保安庁に勤め、聴聞卿になり、そして父になった。
マイルズ君や、周りの若い女性たちのままならぬ恋や仕事に自分を重ねていた私も、今はマイルズの母コーデリアや、妻エカテリンの気持ちがわかるようになってきた。
やがて、老齢のシモンやアリスの気持ちに寄り添いたくなるんだろう。


正直このシリーズを読んだことのない若い読者さんには、勧めづらい部分もある。
翻訳モノゆえの読み難さは拭えないし(ファンとしてはそこが良いのだが) 、時の流れには抗えず、SFとしては古典的な物語になってしまった。

それでも、私にとってこの物語はいつだって特別で魅力的だ。
遠い銀河の、バラヤーと言う惑星の物語は、小さな日本の田舎町に住む私の心に根付いている。

何度も何度も読み返す、『自分の物語』と出会えた人は幸せだと思う。
物語のキャラクターたちは私の背骨に蔦のように絡み付いて、重たい頭をしっかりと支えてくれる。

背筋を伸ばせ、前を見ろ、と先導してくれるのは、私の背中を押してくれるのは、いつだって大好きな物語の主人公たちだ。

思春期のあの頃、心許ない夜を何度も乗り越えられたのは、酷い苦境を、人生の理不尽を、それでも諦めずに乗り越えていくマイルズ君と出会えたからだと思う。

人生には暗い淵がいっぱいある。
ネットには無数の『私にも当てはまりそうな』叫びが溢れている。
そういうものを拾うたび、私は高い塀の上のハンプティダンプティみたいにぐらぐらと揺れてしまう。

貧乏な家に生まれたから負け組。都会に持ち家がないから負け組。ブサイクだから負け組。こんな叫びを眺め続けていると、人生に勝ち組なんて本当にいるのか?と背筋が寒くなってくる。

それでも、最悪の困難に包まれて生まれてきたはずのマイルズは、重い頭を高く掲げて、前に進む。
歩け、歩き続けろ。

そうやって私のヒーローは、曲がった背中で、痩せた体で、左右の長さの違う足で、世界を踏みしめて歩いていく。
そんな彼の旅の終わりを見届けるのは…

やっぱり寂しい。
明日私は泣くだろう。つかもう泣いている。


それでも、この物語と出会えてよかった。
この坂を最後まで登りきれてよかった。

ありがとうビジョルド先生、それから小木曽 絢子さん。
ヴォルコシガン・サガは、私の背骨を支えてくれた物語です。