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優しい嘘は物語に似て-『架空の犬と嘘をつく猫』感想

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寺地はるなさんの『架空の犬と嘘をつく猫』を読み終えた。
どうしようもない現実も、ままならぬ人のサガも描かれているのだけれど物語の基本ベースは優しい、暖かい。世界への肯定が感じられる物語。
とにかくボヘボヘと泣かされてしまった。

 

架空の犬と嘘をつく猫 (単行本)

 

物語のあらすじ

 

主人公は一風変わった家庭で育った男の子、山吹。
山吹の家には夢ばかり追いかけている祖父と、忙しい祖母、女好きな父親がいる。
それから山吹の弟、青磁を亡くしたことで現実を上手く直視出来なくなってしまった母雪乃、早くこんな家を出たいと願っている姉の紅。

これはそんな機能不全の家庭で育った小学生の男の子が、アラサーのいい大人になるまでのお話である。

「嘘吐き」の家系の羽猫家――3人目の子供を亡くしたことを受け容れられず空想の世界で生きる母、愛人の元にすぐ逃げる父、それの全てに反発する姉、そして、思い付きで動く適当な祖父と、比較的まともな祖母……そんな滅茶苦茶な家の長男として生まれた山吹は、幼い頃からみんなが唱える「嘘」に合わせ成長してきた。そして、その末に、このてんでバラバラな家族のゆく末と山吹の日常には、意外な結果が訪れる。これは、それぞれが破綻した嘘を突き続けた家族の、ある素敵な物語――。若手実力派作家・寺地はるなが描く、ちょっと変わった家族小説が登場!

 

幻の弟を探し続ける母のために、優しい嘘をつき続けることが自分の義務だ、と思い込んでしまった山吹。家族に伝えたかった沢山の言葉を飲み込んだまま育ち、誰かに優しくすることだけが自分の存在意義だと思っているような、不憫で『優しくて都合のいい』男の子。

私はそんな、吹けば飛ぶように影の薄い山吹が、果たして幸せになれるのだろうか、ちゃんと地に足を着けて生きていけるのだろうかとハラハラしながら読んでしまった。まるで主人公の姉、紅の目線だ。

  

物語には嘘がある

 

物語は優しい嘘に満ちている、なんて思う時がある。

現実の世界には、偶然がもたらす奇跡や思いがけない出会いは落ちていない。劇的に愛されることも、殺したいほど人を憎むこともない。親方空から女の子が!なんて人生で一度も使う機会のない台詞であろう。

それでも、ほんのひと時物語という優しい嘘にだまされて、ボヘボヘと涙を流すことで私の心は軽くなったりする。

物語の世界で救われるのは私ではない。架空世界の、誰かである。
けれども誰かの幸せを喜んだり、泣いたりする度に私の心まで救われた気分になるのはなぜだろう?

物語には今更取り戻しようのない、過去の辛かった出来事を虚飾する力があるような気がする。現実は変わらない。でもアテレコ次第で物語が変わるように、自分の心にキャプションを付けたっていいのだ。
小説を読んで、自分の周りの人によく似たキャラクターと出逢うたびに、あの人も本当はこう思っていたのかも知れない、なんて感じる。身勝手な妄想だけれど、それで他者を肯定できるならいいんじゃないの、と私は思う。

そうして救いに満ちた物語には本当に人の心を救う力があるように思える。
震災に遭い、しばしの避難暮らしを余儀なくされた友人が送ってくれ、と言ったのは食料でもお金でもなく、本だった。なるべく軽い、楽しんで読めるようなエッセイが読みたいの。そんな彼女のために、私は文庫本を何冊も送った。

明るく軽やかで、楽しい本を読むと、心まで軽やかになれるような気がする。物語はそうやって現実を忘れさせてくれる、生きていくための逃げ道になれると思うのだ。

優しい嘘をつきながら大人になった少年は、それからも誰かを助けたり、なぐさめたりするために小さな嘘をつき続ける。

でもそれは生きていくために必要なこと。
そうやって誰かを気遣うこと、そして同じように相手からも大切にされること。
想い合う気持ちがあって、ようやく人は生きていけるのかも知れない。
この本を読んで、そんな風に感じました。

ひたすらぐっとくるエピソードばかりの一冊だったんですが、私は初恋の女性に身勝手に扱われて、それでも『かな子さんを泣かせるものは、俺が全部守るから』と言っていた山吹が、再度彼女に一方的に頼られた時にちゃんと憤ることが出来た、かな子よりも妻の頼や家族のことを優先できたシーンが一番号泣でした。

昔の山吹は、自分がないがしろにされている事に憤ることが出来ない子どもだった。それは自分自身がかけがえのない、大切な存在なんだと思えていなかったから。

山吹がかな子に対して「あの人を、俺が助けるわけにはいかない」と言ったときに、おばあちゃんが山吹に伝えたかったこと、姉の紅がもどかしく思っていた部分が全部綺麗に解きほぐされた気がして、そしてそれは山吹を大切に思ってくれた頼や、周りの人たちのおかげだと思って胸が暖かくなりました。

今日はそんな感じです、それではまた!

架空の犬と嘘をつく猫 (単行本)

架空の犬と嘘をつく猫 (単行本)