おのにち

おのにちはいつかみたにっち

棘のある新卒

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もう4月も半ば。
新しい学校、新しい職場。
まだドキドキの人もきっと多いはず。

私の近くの席にも新採用者がやって来たので、こちらまでワクワクです。
さて新卒といえば、数年前昔の職場で出会った青年を思い出します。
せっかくの新卒カードを棒に振って、半年程度で退職してしまった彼。

都会の町で、今も元気に暮らしているでしょうか?
彼の今の幸せと、彼のように少し不器用な人の幸せを願って、今日はちょっぴりおせっかいな話を書いていきたいと思います。

 

別の課の新卒である彼と話すようになったきっかけは封筒の宛名シートでした。
あまり字が上手ではなく、クソなんて悪態をつきながら書き損じた封筒を共用のゴミ箱に捨てている彼の姿を見た私は、ついおばちゃんの気安さで「宛名シート使ったら?」なんて話しかけてしまいました。

私はその当時総務課の備品係だったので、印刷封筒一枚何円すると思ってるねん!?と血が騒いでしまったのですね。
宛名シートの置き場所、使い方。その他便利な備品は総務課にもあるから取りに来ていいんだよ、みたいな話をしました。

それからちょこちょこ、分からないことについて聞かれるようになりました。
私は総務課、彼は営業にいましたが、そもそも営業はあまり新人を育てるには向かない場でした。

30代の働き盛り、仕事出来るぜ!俺は俺が俺の出番!みたいな自分三段フル活用の自信家男性が多く、常に自分の仕事のことで頭が一杯。進んで他人の面倒をみるような優しい先輩は少数でした。

それでもコミュニケーション上手な新卒は、上手く相手を立てて先輩意識をくすぐったり、親切な人間に甘えたりしながら仕事への知識を補って前に進んでいきます。

しかしウニの棘のように堅い黒髪のツンツン頭、黒ぶち眼鏡と見た目からも堅い彼は真面目だけれど不器用で人に頼るのが下手くそ、その上プライドが高いから余計人に聞けない…と、どんどん『分からない』を拗らせていきました。

また彼の上司が彼に輪をかけてごすのきかねぇジローで(気の利かないおにいちゃんの意)仕事を与えるけれど事細かに説明はしない、そのくせ締め切りだけは厳しくて教えもせずに催促ばかりする、人前で叱る態度だけはいっちょまえ、という体たらくでした。

私くらいの年の人間なら、この使えねージローが態度ばっかりいっちょまえでぇ!とケンカしながらやっていけるのですが、新卒の彼には難しい話です。

結局態度の悪い上司には聞けず、忙しそうな周りにも聞けず。

締め切りギリギリになって部署の違う私に職場内メールで助けを求める、というかなり辛い進行状況でした。

 

私も他部署の業務までは分からず、そこの課の面倒見の良い先輩にヘルプをお願いしたのですが、その方も私生活でトラブルを抱えていてその後すぐに休職。

教えてくれる人がいなくなって営業はゴタゴタに。
結局新卒にきちんと教えない姿勢が祟り、前年度に異動した新卒が処理の間に合わなかった請求書をシュレッダーに掛けていたことが発覚。

危うく裁判ざたになりかけ、後始末で残業続きの日々となり現在の新卒には更に手が回らなくなりました。

ウニ頭の新人君は結局誰にも指導してもらえないまま、使えないという酷い評価を受けて心を病んで休職、元気になった後は都会へ転職してしまったのです…。

 

このゴタゴタがあった当時、私は上司の責任だ、と少し憤っていました。
直属の上司には彼を指導する、教える義務があるはずだ、と。
右も左も分からない若者を荒野にほっぽりだすのは余りにも無責任な話です。

でもその後、その上司と飲み会の席で話したら、なんだかよく分からなくなりました。

 

彼の指導責任者である係長は、飲み会で会ったときには大人しく、気弱にも見える人でした。そしてその年、ウニ頭君を上手く指導出来なかったことは彼の心にも悔いとして残っていました。

なぜそんな人がウニ君に対して上から目線で、人前で叱責したりしたのか?
私は疑問をぶつけてみました。
何故彼とは上手くいかなかったのですか?原因はなんだったのでしょう?とあくまでも柔らかに、優しく。

 

…彼の質問が鋭すぎたのだ、と係長は言いました。

係長自身も営業は2年目。
周りに聞きづらい風土のせいで、曖昧なまま乗り切っている部分も多々ありました。
ウニ君はそのグレーの部分、よく分かっていない部分ばかり突っ込んでくると。

分からないことを正直に認めて、周りに聞けば良い話だったのに、係長自身も周りに頼ることが下手くそで、近くに信頼できる人間も居なくて。

それからウニ君へのコンプレックスもあったのだそうです。
自分よりいい大学を出ていて、真面目そうで厳しそうで。
いつも真顔なウニ君に質問されると、分からないことを責められているような、見下されているような気分になったのだ、と。
その反動もあって、つい偉そうに振舞ってしまったと。 

叱っている時もウニ君は無表情で何を考えているか分からず、自分が馬鹿にされているのでは、という被害妄想から彼の扱い方が分からなくなってしまい、結果放置してしまった、と。

 

もちろん一番悪いのは、新卒を営業に突っ込んでダメにした会社です。
それから指導者としての認識が甘かった係長です。
こんなクソな会社はとっとと見限って正解だったと思います。

 

…でも結局世の中って、不完全な会社だらけで、不完全な上司だらけで。
絵に描いたような理想の職場、理想の上司と巡り合う確率はどのくらいなんでしょう?

 

私は今まで、様々な人から色んな打ち明け話を聞いてきました。
その経験から語らせてもらうと、結局本当に自信に満ち溢れて他人を見下しているような人間って、全体の2割程度しかいない気がするんです。

あとの8割はどんなに偉そうに見えても実は自信が無くて、それぞれに悩みや不安を抱えた人ばかり。

だから無表情という鏡のような仮面のむこうに、自分の不安を勝手に投影して、一番怖いもの、本当はそこに無いものをみてしまうんじゃないか。
そんな風に思ったりします。

 

私自身、かつて上の息子を本当に大切なことで強く叱責した時に、彼の無表情に不安を感じて(きちんと伝わっているのか分からなくて)更に強く叱ってしまったことがあります。

結果としては私の珍しいガチ怒りに責任を感じすぎてしまっての真顔だったことが、夜泣きする息子の様子で分かったのですけれど。

後悔しながらも、怒られた時の真顔は更に火に油を注ぐのかも知れないと危惧して、怒る時褒める時、必ず思ったことをきちんと言葉にして言いなさい、と伝えるようにしています。私たちはエスパーじゃないんだから、気持ちはきちんと言葉にしないと伝わらないよ、と。

ウニ君と係長も、互いに無表情と言うトゲを少し和らげたなら、思ったことを素直に言葉に出来たなら、もうちょっと上手く行ったのかも知れません。

 

今の彼がちゃんと良い上司と出逢って、上手く弱音を吐いたり、愚痴を言えていますように。みんなの前で、正直にクソったれとぼやいていますように。

誰だって最初は出来なくて当たり前。
勤めはじめたばかりの頃は周りの人間がみんな完璧に見えて、情けない所を見せたら軽蔑されるかも知れない、なんて緊張するかもしれません。

でもあなたの隙に安心する、親近感を覚える人間はきっといるはず。
あんまり完璧を求めすぎないで、凹んだことやしくじったことも時折顔に出していきましょうよ。

欠点も時には親しみやすさに繋がったりするよね。
ウニ君のガチで汚かった文字を愛おしみながら、そんなことを思い出しました。