おのにち

おのにちはいつかみたにっち

エア説教ジジイの思い出

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 妊婦の頃、生まれた子どもがまだ歩けなかった頃。
エンカウントしてしまうと半日くらい落ち込んだ気持ちになるジジイがいた。

公園の隅、ショッピングモールの子供向けフロア。
定年後らしきお年頃のそのジジイは、いつもそういう所に潜んでいて、こちらが腰を降ろして寛いだ所にやってくるのだ。

初めて彼らと遭遇したのは、春先の公園だったと思う。

私は妊娠7か月くらいで、運動のためによくその辺を散歩していた。
春の日差しを避けて、少し薄暗い木陰のベンチに腰かけて、走り回って遊ぶ知らない子どもたちを微笑ましく眺めていたその時。

「まったく今の親は!子供もみないでペチャクチャくっちゃべってばかりいて!」
隣にドスン、と腰かけたジジイに、いきなりケンカ口調で話しかけられて驚く。

ジジイの目線の先を見れば、子どもの母親らしき数人の女性たちが楽しそうに笑いあっている。

「そうですねぇ…」
無難に相槌を打つと、更にジジイの小言は続く。
「他人事じゃないんだよ!分かってんの、人の親になるんでしょう?ダメだよあんな風になっちゃ!」

あんな風、と言われても公園で井戸端会議の何が悪いのか分からない。
しかしこの声の大きさといい、突然人にケンカ腰で話しかける口調といい、ジジイがヤバい人なのは即分かった。

無難にはい、ありがとうございますと言ってなるべく足早にその場を立ち去ったのだが、「しっかりしなさいよね!」と背後からゴリ押しされた。

その頃はまだ心に余裕があったのでいきなり説教とか世の中変な人がいるもんだなぁ、春だからかなぁ…なんてスルーしていた。

 

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そもそも妊娠中は気軽に声を掛けられやすい。
何ヶ月ですか、男の子女の子?

生まれてからは更にそうだった。
かわいい赤ちゃん、何グラムで生まれた?ミルクか母乳か?

大抵は穏やかに、自分が子育てをしていた頃のことを思い出しながら話しかけてくれる人たちばかり。そしてごく稀に、説教ジジイがやってくる。

電車や病院など、複数の人がいる場所ではあまり遭遇しない。
公園のトイレ前とか、人影まばらな平日のショッピングモール、子どもコーナーの影など薄暗い場所に生息しがちだ。

私が一人で赤ん坊も寝ていて、フッと息をついたその時に限って、説教ジジイがやってくる。

ずっと遠くで遊んでいる、どう見ても私の子ではないやんちゃな男子を指してちゃんと躾をしろ!と怒りだしたり、今時の親は甘やかしてばかりで、俺の兄の息子の子も…などと知った事ではない話を持ち出してくる。

そうして〆には、なぜか私が「ちゃんとしろよ!」と注意される。
兄の息子の子に言えや。

 

言い返したいし逃げ出したいのだが、赤ちゃんを抱いているので機敏に動けない。下手に刺激して、万が一子どもに手を上げられたら、なんて思うと背筋が凍る。結局曖昧に笑って謝ってやりすごすしかない。

 

一番戦慄したのは授乳室前で順番待ちをしていた時。
なかなか場所が空かずに子どもが泣き始め、女性ばかりだからいいか、とケープで隠した胸元が心許ない時の説教ジジイ・エロミックス!

子どもの顔を隠すケープを見てなんだそれは、俺の時代はみんな堂々と乳をやっていたたぞ、まったく母親のくせに…

ぎひぃぃい、と凍り付いていたらすぐに気付いた店員が飛んできて、御用の方以外はご遠慮くださいと追い出してくれた。 それ以降、出かける時は粉ミルクを持ち歩く羽目になった。

 

結局、子どもが大きくなって活発になったり、二人目が生まれて更に賑やかになったりと、本格的に社会に迷惑をかけるようになると説教ジジイは現れなくなった。

静かに、大人しくしている母子だけが彼のターゲットだったのだ。
結局アレはなんだったのだろう?

ああすることでしか社会と関われない悲しい人だったのか、それとも本気で善行のつもりだったのか、ただのマウンティング野郎なのか。

抜いた後嬢に説教をするジジイに似ているが、あっちの方が料金を払うだけマシだ。 こんなジジイにさんざん悩まされた私は、今でも『スカッとする話』が大嫌いだ。

スカッとした正義の色は結局語り手の目にしか映らないのでは、と思うから。