『サピエンス全史』が大ヒットしたイスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリの『21 Lessons』を読んだ。
サピエンス全史は人類の過去、ホモ・デウスは未来を描いていた。
今回読んだ『21 Lessons』は今ここー私たちの現在についての物語である。
ハラリの言葉は明確さは力だ、から始まる。
的外れな情報で溢れかえる世界において、明確さは力なのだと彼は謳う。
この本は物事を吟味する時間の足りない私たちのための、21のレッスンで構成されている。
講義の内容は雇用、自由、平等からAI、テクノロジーなど今の私たちのとっての関心事で満載だ。
冒頭、ITとバイオテクノロジーの話からまず引き込まれた。
進化したITとバイオテクノロジーは、私たちの体や心まで再構成し得るのだという。
けれどもかつての私たちが、ダムを建設して流れをせき止めた結果生態系を破壊してしまったように、自分たちの内側の世界を操作する力がどう作用するのかを見極めないと心のシステムを崩壊しかねない。
人間はずっと道具を発明する方がそれを賢く使うよりも得意だったのだ。
生命を設計し作り替える力を持ちながらも、結果が分からないから足踏みをしている段階。私はそう捉えた。
とは言え新人類の誕生はもう秒読みなのかもしれない。
それからテクノロジーの進歩で雇用がなくなったら?と言う話も面白かった。
新人類の登場を待つまでもなく、AIと3Dプリンターが縫製や製造に勤しむバングラデシュとバンガロールの人々、そして私たちの未来を変えていく。
2050年の雇用市場では機械学習とロボット工学により、何十億もの人が経済的な意味で余剰人員になると考える人もいる。
IT、そしてバイオテクノロジーはかつての産業革命よりはるかに向き不向きがある。
では、仕事がなくなったらどうすれば良いのか?
ここで最低支援制度と言う話が出てくる。
例えば生活保護制度、そして世界的にテストプログラムが始まっているベーシックインカム。
しかし現在の私たちは、自分が国から必要とされる労働力であるという意識を持っている。存在意義の喪失は搾取と戦うより厳しい。
そこでポストワーク社会で満足した人生を送る実験として、イスラエルの話が挙げられている。
イスラエルではユダヤ教超正統派の男性の約半分が、一生働かないのだと言う。
彼らは聖典を読み、宗教的儀式を執り行うことに人生を捧げる。
彼らと家族が飢えずに済むのは、妻たちが働き、政府がかなりの補助金やサービスを提供しているからだと言う。
彼らは貧しく職に就いていないけれど、高い水準の生活満足度を報告する。
属するコミュニティの絆の強さ、そして聖典を学ぶことに意義を見出しているおかげだと言う。意義とコミュニティの探求が仕事への探求の影を薄くさせるのだそうだ。
コミュニティの章では、Facebookの話がある。
Facebookでは経験のシェアという目的から、自分に起こっていることが他者にはどう見えるかという観点での理解を促される。
何か胸が躍ることが起きればまずスマホを取り出し、写真を撮り投稿し、いいね!が返ってくるのを待つ。
その間私たちは自分がどう感じているかに注意を払わない。
それどころか、どう感じるかさえオンラインの反応によって左右されるようになってきていると言う。
そうやって自分の体、身体的感覚と疎遠になると、疎外感や混乱を覚える可能性が高いのだそうだ。
自分の体から切り離されていては幸せに生きられない。自分の体にしっくりなじめないなら世界にしっくり馴染む事は決してできない、とある。
確かに私の体は私の1番小さな、そしてどこよりも身近な居住スペースである。
その家に馴染めないなら、世界のどこに身の置き場があると言うのだろう?
物語の末尾、20番目のタイトルは『意味ー人生は物語ではない』。
そして最後は『瞑想ーひたすら観察せよ』。
さんざん『今』の物語だ、と紹介してきたけれど実は『21 Lessons』は2019年の刊行、去年発売された物語だ。たった1年の間でも、世界は変わり続けている。
巨大な規模の疫病が起こり、トランプ政権だってもうすぐ変わるかもしれない。
今まで私たちの知っていた物語は崩れかけ、新しい物語は未だ現れていないーそんな風にハラリは語る。
人間の情動ですら、神秘ではなく生化学的な過程の結果だと解き明かされてしまった今、私たちは何を信じたら良いのだろう?
野菜運動瞑想睡眠が、新時代の神となるのだろうか?
結局のところ、変わり続ける世界を生き抜くには多くのことを知る事、そしてそれらの持つ意味を考える事ーそうやって独自の『明確さ』をアップデートし続けていくしかないのかも知れません…。
以上、21項目の長い長い本の、ほんの数ヵ所について考えてみました。
他にも戦争や音楽やイデオロギー、政治や差別などたくさんの興味深い『今』が語られている一冊です。
面白いのでぜひぜひ。そしてよろしければあなた独自の感想も聞かせて下さいね。
それではまた!