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騎士団長は二度死ぬ-幻想世界の村上春樹

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さて、今回はみんなで読んで/書こう・名作シリーズ…という訳ではてなの紫妖精(最近はサキュバス化というお噂もかねがね)elveさんのお題に乗っかって村上春樹『騎士団長殺し』感想です。

 

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お題「『騎士団長殺し』でなんか書く」

 

初版部数が前後編合わせて130万部、というメガヒット作品ですから、誰もが一度は読んだはず、という前提の元にネタバレバリバリで書いていきたいと思います。

なんならタイトルからネタバレしてるし…未読の方は大至急ブラウザバックだ!

 

『騎士団長殺し』あらすじ

 

 主人公は『私』。36歳男性、美大出身、肖像画を専門とする画家。六年連れ添った妻ユズと離婚、そして九ヶ月後によりを戻すのだが、この物語はその九ヶ月の間に起こった出来事について書かれている。

最愛の妻と、それなりに上手くやれているはずだった人生は妻からの離婚の申し出(そして彼女の浮気の発覚)によって突如崩壊。 やさぐれた『私』は肖像画の仕事をいったん休止し、北海道まで車で、傷心の旅へ。やがておんぼろのプジョーが壊れ、旅暮らしの日々にも疲れた主人公は美大時代からの旧友政彦に頼り、今は高齢で施設暮らしの彼の父、雨田具彦(高名な日本画家)の住居兼アトリエを貸してもらうことになる。

小田原市郊外にあるその家は山の谷間に建っており、テラスからは向かい側の谷に建つ家々が良く見える。

そんな静かな環境で、カルチャースクール講師の仕事も始め、改めて創作に向かい合おうとする主人公だが肝心のアイデアが浮かばす、キャンパスはまっさらなままだ。

 ある夜、天井裏から聞こえる物音から屋根裏を見つけた主人公は、そこに隠された『騎士団長殺し』という題の絵を見つけてしまう。それはモーツァルトのオペラ「ドンジョバンニ」の一幕をモチーフに、舞台を飛鳥時代に置き換え、若い男が剣を持ち年老いた男を刺し殺す様子を描いた絵だったが、一つ不可思議な個所があった。
画面の左下に、地面の下から木の蓋のようなものを持ち上げて頭をのぞかせる、細長い顔の男の姿があったのだ。

 その絵を見つけてから数週間後、『私』はエージェントから破格の報酬で、特別な肖像画の依頼を受ける。

直接対面して描いてほしい、というのが依頼相手のつけた条件だった。
そうして主人公は謎の大金持ち免色渉と出会い、不可解な事件に巻き込まれていく…

 

騎士団長殺し―第1部 顕れるイデア編(上)―(新潮文庫)
 

 

 

物語は根底に

 

 さて、私は昨年末に十歳ほど年上の職場上司Aさんと二人で、静かな忘年会を行いました。
彼女はいつも上品で常識的で、少しばかり回りもった話し方をする人です。

前提条件として、私たちの間には共通する更に年上の男性上司がおり、そして彼は共通して疎まれています。

上品な彼女ですから「まったくあのジジイ、ムカつくわよねー!」などと直接的な悪口は言いません。お口が汚れますからね、オホホホ。

では、どう切り出すのか?

「あなたみたいな優秀な人からみたら、上司に不満を感じることも多いんじゃない?」

こうです。


あなたみたいな優秀な人、なんて一見浮かれてしまいそうな褒め言葉が付属されていますが、ここで「そうですかぁ、でへへ…」なんて浮かれたら一転冷たい目で刺されますからお気をつけて。

彼女の語りたい主題はあくまでも二言目、上役への不満です。

そうです、お上品な連中は悪口など言いません。精神が汚染されますからね。
でもストレスは溜まりますので、下賤な輩の口を借りて、鬱憤を晴らすのですね。

 

はい、白ワインと生ハム奢りに釣られてのこのこ飲みに来た下賤な輩サイドのわたくしですが舞台はオサレなワインバー。そんなに口汚い言葉は語れません。

 

そこで私は、

「そうですよね、若手の未熟さは良いんですよ。これからの成長が期待できますから。ただ既に成長を終えた大人はどうしたら良いんでしょうね…でも私なんかより、よほど頼りにされているAさんの方が、ご負担に感じることも多いんじゃないですか?」

こう返してみました。

前段は若手上げで前向きに。直接的な不満はさりげなくほのめかすに留め、でも貴女の方が大変でしょう?オラ愚痴を言え?スタンスです。

しかしながら敵もさる者(敵なのかよ)、「人を動かすには批判は厳禁なのよ、肯定してあげないと」などとカーネギーみたいなことを言いだしました。

お前がとっとと動かせゴラァ!

私にとっては中間管理職なのに他人事顔で取り澄まして、自分からは誰にも苦言を呈せない(けど間接的に下の人間にグチグチ言う)貴女も、ダイレクトに下品な男性上司も、どっちも割とストレスです。

 

...はい、怨恨が強すぎて曖昧になってしまいましたが、ここで語りたいのは『物語の階層』というお話です。

道徳的に常識を語るAさんと、それに話を合わせる私が一階の世間体フロア、そして家に帰って缶チューハイ開けながらSkypeで同僚相手に本気で愚痴る私が地階の本音フロアだとしましょう。

村上春樹は既にそんなとこにいません。

そもそも奴は川上未映子のインタビュー本「みみずくは黄昏に飛び立つ」の中で『地上における自我には興味がない』なんてきざったらしいこと語っちゃってますし!

心の闇の底に下降していくことがハルキにとっての物語を作るということ、なんですのよ奥様!

それってつまりB何階?それとも邪悪な指輪を投げ捨てる地の底?

また、ハルキは自分の中の固有の物語を表に引っ張り出すことが大切だとも語っています。

だから現実と異界の隙間を辿ってまた現実世界へ戻ってくる…という類型化してきた物語の構造も、自分自身の神話を作っている…ということなのかも知れません。

多分ですけど、やれやれ。

 

さて、そんな訳で村上春樹の小説は殆ど神話みたいなものですので全てが分かりやすく、つまびらかに語られたりなんかしません。曖昧なまま、語られないこと多すぎ。

 

『騎士団長殺し』では物語の一番重要な鍵を握る免色渉というキャラクターが顕著ですね。

彼は一見上品で良識的に見える人物ですが、かなりネジが外れています。

自分から石室の中に降りておいて、一時間したら助けに来てくださいと頼んでおいて、あなたはよく僕を置き去りにしようと思いませんでしたね、僕だったら絶対考えますよ、って何なの!?どんだけ人間不信なの!?

 孤独が好きで、一人で居たいのに自分の子どもかも知れないまりえから目が離せなくなり、観察用に一軒家を買っちゃう。

まりえの、亡くなった母への思いもイマイチ分かりません。
単なるガールフレンドの一人で大切には思ってたけど添い遂げる気はなかった、みたいな話なのに洋服やら下着やら、どうやって蒐集した訳!?

付き合ってる時には衣類が一揃い置いてあった、とあるけど、まりえが隠れたクローゼットの中身は全部女物!枚数多すぎでしょ?

本当に最後の手紙から彼女や娘の存在を強く意識したんだとしたら、このコレクションの入手方法が怖すぎるわ!遺品じゃん!

 

 …かといって、明確な悪役でもないんですよね、免色渉。

まりえがクローゼットの中で感じたように、もう一人の何者か(つまり彼の二面性?)を抱えているのは確か。

でもそれは誰にでもある、人格の多面性(表と裏)だと感じます。
私にとってはワインバーと缶チューハイ。

主人公が描き上げられなかった『白いスバル・フォレスターの男』も、主人公自身の根底に眠る暴力性(そしてそれはまだ直視できていない)の話だと思うし、年老いた雨田具彦だって目の前で騎士団長が殺されてようやく、安らかに眠ることが出来た。

 そしてそんな免色はやたらと主人公を羨ましがるけれど、主人公だって妻に浮気されてるし(その後サクサクと数人の女と不倫するとしても)、しかも最愛の妻には亡くなった妹を思いっきり反映させちゃってるし、誤解されると困るのだが妹のように胸が小さな女性が好みだとか言うし!性的な関心はないが憧憬を求めている、だぁ!?

 まりえはまりえで無口で多感な十二歳設定なのに、三十過ぎの主人公にやたらと胸の相談ばっかするし! 十二歳の膨らみかけの乳房、ってなんだよ!乳首大きくなりますかじゃねーだろ村上春樹!

 

…取り乱しました。

 

えーと、色々言ってますけど私は好きです、『騎士団長殺し』も村上春樹も。

村上春樹作品には全部が描かれていないから好きに想像できる『余白』があるんですね。だから五年とか十年とか、長いスパンを置いて読むとまるで別の物語にみえて、そんな所がとても面白いです。前回(多分四年前?)読んだときにはもっと免色さんが邪悪な何者かに見えてましたし。

実際には免色はまりえや主人公を心配して結構家を空けてるし、勿論彼女が家に忍びこんでることも知らないんですよね。

高二になって成長したまりえは、あれほど怖がっていた免色の家に叔母と一緒に住む、という話に忌避感をさほど抱いていないし、騎士団長のことも既に忘れかけている。

きっと彼女には、もうイデアは見えないのかも知れない。

 

でもそれはそれとして、きっと奇跡はあるんだよ、君は僕にとってかけがえのない恩寵なんだよと、主人公が娘に語りかけて終わるラストは美しくて良かったです。

私も世界はそうあって欲しい、と願うもの。

そんな訳で霧雨降る谷間を巡る冒険の旅はこれでオシマイ。
またいつか、読み返したいと思います。