おのにち

おのにちはいつかみたにっち

仕事始め、ブログ始め

あけましておめでとうございます!
仕事休みはブログも休み…とゴロゴロしていたらあっという間に正月が終わり、今日から仕事始め、ブログも再開です。

今週のお題が「2019年の抱負」だったのですが今年は何も思いつかず。
初詣も家族の健康を願って終わりでした。

望みがないのは平和の証?それとも老化による活力の低下?
とりあえず今年も無欲で頑張ります、と今だけは言っておく…。

 

思いついたことはすぐに始めたくなる性分だから5分後の未来に責任など持たぬわ!(正月になろう小説読みすぎて語尾が皇帝)

今年も血沸き肉躍る争いに全力投球…したくねぇけど平成の世ももう終わり。
穏やか平和でプリティキュート♡(正月の酒が抜けてない)なおのにちがついに炎上…するのはもしかしたら今年なのかも知れません。

既に数回燃えてる?あーあーあーぎーごーえーなーいー知っているか、認めなければ炎上など単なる野焼きにすぎぬのだぞ諸侯!とりあえず猫でごまかす!

~実家の猫でお楽しみください

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インプットすることが山程あって、情報を享受しているだけでも飽きずに暮らせる文化的社会ですが、このままアウトプットしないで生きていくと脳内がなろう小説に侵食されそうなので抗うためにも書いていきます、少ない脳味噌で今年も色々考えます。
我思う、ゆえに我ありって昔の人も言ってんだからさぁ。

 

なおこの正月はブクマもせずになろう漬けだったわよ…ヤバくね、なろうって習慣性あるよね?ずーっとずーっと長編完結小説読んで、読み終わったら同作者の違う作品読んで、飽きたらランキングから別作者探したり書籍化された作品読んだり…それでもまだある。読み終わってない作品が何万もありそう。どんだけボリュームあんだよ、恐るべしなろうの歴史。なろうを読みながらニコ動のシベリア鉄道車窓の旅を延々見続けるという(いつ見てもだいたい同じ光景・夜はほぼ真っ暗)ワンパターンを楽しみまくった正月でした。刺激も良いけど継続も愛してる、運動と野菜はこなしたから人間としては概ね大丈夫だ、多分!

 

それではまた、今年もよろしくお願いします。
弱小グタグタブログですが長いこと付き合ってくれる人たちがいて嬉しいです。ご新規さんもどうかよろしく。はてなブログの楽しさってスターやらブコメやら言及やら、『誰かと繋がっている』ことを感じられる所だと思うからお互い楽しみましょう。まぁその距離の近さが時に争いに繋がる訳ですが…

今年こそ平和に!何事もないことを祈願するおのにちです…。

  

今週のお題「2019年の抱負」

食べログジジイの思い出

 はてなブログを始めたのはなぜ?そんな風に聞かれたことがある。

きっかけはインフルエンザで5日間暇だったから。
当時スマホに入れていたニュースアプリがよくはてなブログの記事を拾ってくるからはてなに親しみがあった、そんな話をした。

とはいえもう一度振り返ってみると、元々書くのは好きだったものの、その頃はTwitterもFacebookもやっていなかった。HTMLの名前も知らなかった私が、電子の庭に踏み込むのは確かにハードルが高い。

そこを踏み越えられたのは、もしかして昔出会った食べログジジイのおかげなのかも知れない。そんな訳で、今日は昔の話を思い出してみた。

 

30代の頃、秘書っぽい仕事をやっていたことがある。
9時~4時の、お気軽なパートタイム。

天下りでやってきた60過ぎの爺様の、部屋の掃除から加湿器の準備、お茶を入れたりお昼を準備したり、書類のコピーやハンコ押し、式典用の持ち物を揃えたり、新聞数紙を読んで業務に関連のある部分に付箋をつけて渡す、なんて活字が読める楽しい仕事もあった。

実際に秘書が必要なほど忙しい人たちじゃないけれど、話し相手としてパート女性が付いている。そんな感じの緩い業務。

偉い人は横柄で尊大だ、なんてよく言われるけれど私の職場の天下りじいさんは出世ルートをちょっと外れてきた、癖のある人が多くてなかなか楽しかった。
色んな所からやってきたジジイと、1~2年の短い付き合い。

今思い返すと世話をする、というよりこちらが教わることの方が多かった気がする。
花屋しか知らなかった私に、公文書や戸籍の読み方、損をしない契約締結、土地の登記のやり方まで教えてくれた法に詳しいジジイ。
読みやすいコピーの取り方やホチキスの位置、契約書の折り方まで、細々した事務のイロハを叩き込んでくれた元事務官ジジイ。
義理の親が入院した時、健康保険制度や介護認定の細々を教えてくれた保険屋ジジイ。 生きるために役立つことを、数年間のパートでたくさん教わった。

そしてそんな私に、ネットの世界は怖くないんだ、趣味の仲間を持つことは楽しいんだ、と教えてくれたのが食べログジジイだった。

 

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その人はジジイ、と呼ぶのが申し訳ない気がするほど、長身でイケメンだった。
ちょっと『孤独のグルメ』の松重豊に似ていた。
会津の外れより福島市や郡山が似合う、そんな感じのスマートさ。
仕事も出来て物腰も穏やかで、こんな閑職に就くのは勿体ないのでは、と言いたくなるような人だった。

しかし一つだけ、変わっている所があった。
お昼はいつもカップラーメン。そして毎日違う銘柄。
食べる前には必ず写真を撮る。食べ終わった後には慌ただしくマラソンに出かける。

それから出張などで外で昼食を済ませなくてはいけない時のこだわりっぷり。
自分で店を調べて予約を入れる。
そして食べる前には必ず写真。お店の外観、店内、メニューまでバシバシ撮りまくる。

ある時、私のメニューまで奢るからこれを食べてくれないか、そして写真を撮らせてくれ...と指定されてつい聞いてしまった。

その写真は何に使うのか?と。

 

…タイトルで想像がついてしまうと思うけど、その方はかなり実績のある食べログレビュアー、そしてカップラーメンのレビューブログをやっているブロガーさんだった。

普段は落ち着いた紳士であるその人が、食べ物の写真を撮るときだけ我を忘れて夢中になる姿が面白かった。

お昼休みのマラソンも、お昼にカップラーメン、休日に食べ歩きをすると太ってしまうから仕方なく…という話だった。
自分の場合太りすぎると逆に量が食べられなくなって、人気メニューを食べ尽くせなくなってしまうのです!と力説されて、食べるのも難しいのだなぁ、と笑ってしまった。

それからお昼休みに許可を頂き、その方の食べログやブログをちょこちょこ見せて頂くようになった。
割と穏やかな表情で、お店に失礼のないように食べる人なのに、ブログではマズイものはマズイ、と率直に書いてあってそれも笑えた。

 

その方が異動になる間際、食べログ仲間との飲み会があるのですが良かったらどうですか、なんて誘われて付き合ったことがある。

自分の食べたい物が食べられない宴席が嫌いで、いつも付き合い程度で帰ってしまう方がオフ会…!と驚いた。会場が家の近くということもあり、試しに顔を出してみてもう一度驚いた。

いつもは!片隅で静かに飲んでいらっしゃる松重豊が!
頭にネクタイを巻いてノリノリで席と席の間を飛び回っている!!!

そして食べログについて語り出すと止まらない。上がる音量、どんどんオーバーになる身振り手振り。
いつも穏やかで静かな人だと思っていたので秘めた情熱に驚いた。
そして何より本当に楽しそうで羨ましい、と思った。

実は自分の食べログを充実させるために、わざと自分の行ったことのない地方や、時間のある閑職を狙って異動願いを出すんです、なんて後でこっそり教えてくれた。
食べログ>仕事。そのパワーバランス凄すぎ、と笑うしかなかった。

 

私がブログを始めたのはもしかしたらあのジジイの情熱が羨ましかったからかもしれないな、なんて思ったりする。今の私があんな風に無邪気に楽しめているかどうかは、分からないのだけれど。

 

今でも時折、その人の名前で食べログを検索する。
元気そうだな、とやっぱり笑ってしまう。

 

幸福なエッセイ0時代

かつてエッセイとは、小説家とか詩人とか、選ばれしものが綴るものだった訳です、特に昭和の時代には。

銀色夏生とか原田宗典とかさくらももことか、学生の頃はみんな読んでましたっけ。
それから山田エイミーとか、龍の方のムラカミさんとか(当時はそんな風に対で評論されてましたね)、たくさん影響受けました。
今考えたらエイミーの真似してドレッドにしたり刺青入れなくてほんと良かった…少女の憧れは恐ろしい。

三浦しをんさんの腐りっぷりがめっちゃツボ!で、林真理子さんのキラキラバブルがどうも理解できなかったのは生まれた時代の問題なのか、それとも単なる気質の問題なのか。
あとは椎名誠さんとか、群ようこさんとか。
『本の雑誌』が元気だった頃で、目黒孝二さんの『笹塚日記』とかなぜか好きだったんだよなー。

今考えるとハタチそこそこの女の子が、仕事して昼メシ食べて、週末は競馬に行く(そしてひたすら本を読む)オッサンの日記を読んで何が面白いのか…と思うのですが、孤独のグルメみたいに、なぜか癖になる味わいがあったのです。

  

笹塚日記

笹塚日記

 

 

あの頃のエッセイって、名のある人が綴る普通の日記、だったんですよね。
もちろん文章としての楽しさや美しさはたっぷり詰まっていたけれど。

今でもエッセイ読むの好きです、角田光代さんとか、穂村弘さんとか。
穂村さんは下駄箱の上に親が置いた菓子パンをベッドで食べて寝落ちして、寝床をパン屑だらけにするオトナだったのに気がつけば結婚して、皿の裏が洗えない夫に進化していました。エッセイで書き手の成長を知る。それもまた楽しみ方の一つです。

  

君がいない夜のごはん

君がいない夜のごはん

 

 

はてさて、そんな幸福なエッセイ0時代を経て、今はエッセイ2.0時代。

要するにweb2.0と同じような定義です。
かつては送り手から受け手へ、発信の流れは一方的だった。
それが
今や、誰もがウェブサイトを通して自由に発信できる時代。
私もあなたも、誰でも無料で、手軽にエッセイストになれるんです。

 

けれどもそんな時代だからこそ、文章で生きていくことは逆に難しくなった。
phaさんでさえ、そんな話を書いています。

 

note.mu

 

 かつて『きらびやかな作家の暮らし』は子どもの憧れだった訳で。
でも昨今、実際に専業で生きていける作家さんは本当に一握りなのではないかと思います。

書店の棚を見ていても分かるけれど、平台に山積みされているのは賞を取ったり、映像化された一部の話題作だけ。根強いファンを持つ古参の作家以外は、新刊が出ても1、2冊棚に置いてもらえれば上々といった感じでしょう。
マンガや実用書といったジャンルはまだまだ活気がありますが、小説は年々スペースが減らされている気がします、特に地方では。

 

みんなが手軽に書けるようになって、文章は無料で読めて当たり前、の時代がやってきた。それはありがたいことなんだけど、本気で文章で生きていきたい、と願う人にはたまったもんじゃないよね。競争にすらならない。

だからみんな文章に付加価値をつけてなんとかやっていこうとする。
便利で役に立つもの、実用性があるもの。しかもそれらが短時間でスピーディに得られるもの!

検索に引っかかるように2千字以上書け、なんて話もありましたが、だんだんそうした長文伝説は終コンなんじゃないのかなぁ。

最近は1分程度で調理過程が全部分かる「レシピ動画」なんてものが人気ですが、ブログもいずれはそうした動画に食われてしまいそうな気がしています。

私は小説のレビューを書くのが好きなのですが、もともと検索流入の少ないジャンルな上に、タイトルにネタバレ!と書いてあらすじから結末まで、読まないで済むくらい詳細に書いてあるサイトにはもちろん到底かないません。

でもそうしたネタバレサイトも、『1分で分かる〇〇あらすじネタバレあり』なんて動画が出てきたら死滅しますよね。サイトも死ぬし、そんなに簡単に読んだ気になられたら本も死ぬ。このままじゃいずれ文章は焼け野原を迎えるんじゃないの?

 

もちろん、お金にならなくてもいいから趣味で自分の好きな文章を書いて行きたい、と思う人は残ると思います。私自身、正直そんな感じですし。

そりゃあ収益化したいけど、そんなに甘い世界じゃないっすわ。
稼いでる人は地道にコツコツ努力しているか、もしくは稼いでる事をアッピールしてそれを商材化しているか、そのどっちかです。
つまり楽して生きる人生を君に!なんて言ってる子はその本を買ったあなたを養分にして楽して生きてる訳です。

 

…話がズレました。
私が心配なのは、本も、素敵なエッセイも、いずれ動画に飲み込まれて消えてしまうんじゃないかってこと。

幸福な0時代には若くてお金が無かったから、読みたい本が多すぎて悲鳴を上げてました。今思えば、読みたい本が多すぎてお金が足りないなんて、どれだけ贅沢な悩みだったことか。

ようやく少しのお金が出来た今、好きな雑誌はどんどん休刊に追い込まれ、それらで連載されていた軽いエッセイは軒並み死滅状態です。
ネットで無料で読める、素敵なライターさん達のエッセイも、更新は途絶えがちです。そうだよね、みんな生活があるんだもん。

今の私に出来ることは、私だけの笹塚日記を探して、それを応援することだけです。
ブックマークなりSNS拡散なり、コメントなりスターなり。
読んでますよ、あなたの文章が好き!
これは簡単に繋がれる、今の時代だから出来ること。

 

全てが無料で毎日クオリティの高い文章が届けられて当たり前、なんて書き手の善意に甘えていたら、いつか全てが消えてしまいます。

私が大好きな文章を『もっと読んで!』と上手く拡散出来たらな。
本のレビューも基本そんな気持ちで書いています。どうか買って!読んで!
それが続編や、新刊に繋がるんですもん。

ただ個人で静かに運営されている方のブログだと、勝手に拡散しちゃっていいのかな、なんて腰が引ける部分もあるんですが。逆に邪魔になったらどうしよう、と思ってブックマークからTwitter連携を外すこともあります。ここらへんの線引きが難しいんですが、とにかく次回待ってます!が届いたらいいなぁ。

 

もはや『書く人』は神様では無くなってしまった。
儲からないし、SNSではダイレクトに叩かれたりやっかまれたりするし、不遇の時代。
だからこそ、私は読ませてもらった感謝を込めて、自分の好きな作家さんはチヤホヤもてはやしたいなぁ…なんて思うんです。将来の読みしろを確保するためにも、せめて好きな人には生き残ってほしい。私の2.0対策、とりあえずそんな感じです。

 

二〇一七・おのにちまとめ

さて、今年ももうすぐ終わりです!
とりあえずいくつかの料理を作り終えたので、あとは最後のブログを書いて飲むだけ(ストロングゼロではない)。

まとめだから、適当に今年書いた記事の中からブックマーク数の多いのを数本張り付けて感想書けばええやろー、と思ってたんですが…

一月の記事を読み返して愕然。
あれ、私この時何考えて書いてたんだっけ…⁉
忘れてるよ!あの頃の気持ちを思い出せそうもないよ!

いや、もちろん全文私が書いた文章なんですが。
すっかり忘れてる…この時なんでこんなに悲観的なんだ?この時はなんでこんなに楽観的なんだ?

私がアウトプットするのは脳内でモヤモヤしている思考をスッキリさせるためなので、ある程度忘れるのは当たり前なんですが。
それにしてもここまで綺麗に忘れてるとは。そして昔の記事がめっちゃ下手くそで凹む…

 まぁ、昔の記事が下手に見えるのは(多分)成長のあかし!と気を取り直して取り直して。

今日は基本に立ち返り(おのにち、昔はミステリの感想ブログでした)今年書いた本の感想記事(そしてAmazon)を張り付けて終わりにしたいと思います。
 

・家族の話。母との確執は何度も出てくる話かも知れません。

yutoma233.hatenablog.com

 

ど根性ガエルの娘 1 (ヤングアニマルコミックス)

ど根性ガエルの娘 1 (ヤングアニマルコミックス)

 

 

 ・2016年発売の本だけどホントに面白かった。機械と人の違いも、SFを読むたびに考えてしまうテーマです。

yutoma233.hatenablog.com

 

明日、機械がヒトになる ルポ最新科学 (講談社現代新書)

明日、機械がヒトになる ルポ最新科学 (講談社現代新書)

 

 

 ・マイルズ君は私の背骨。今年完結したけど、俺たちの坂はこれからだぜ!みたいなラストでした。10年でも20年でも、生きてる限り続き待ってます…!

yutoma233.hatenablog.com

 

マイルズの旅路 (創元SF文庫)

マイルズの旅路 (創元SF文庫)

 

 

 ・今年の主要ミステリランキング3冠王!ネタはトリッキーだけどあくまでも本格ミステリ、文章も綺麗。これがデビュー作とは末恐ろしい作家さんざんす。

yutoma233.hatenablog.com

 

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

 

 

・中高生に読んで欲しい本。優しく綺麗なお話だけど、伝わってくる願いはとても強い。著者辻村深月さんも、子供の頃本に救われたのかなぁ、なんて思いました。

yutoma233.hatenablog.com

 

かがみの孤城

かがみの孤城

 

 

今年のまとめ、以上!

来年はもう少し落ち着いてゆっくり、時間を掛けて書きたいです。
本数を減らして、ちゃんと推敲しなきゃ。今も煮物しながら書いてるし。
ストップながら書き…!

そうして来年こそは胸を張って紹介できる記事が出来たらいいんですが。
来年の今頃もアタフタしながら凹む自分が目に浮かぶようです…

とにかく、こんなへっぽこブログに一年間付き合って下さってありがとう。
皆さんが自由に届けて下さる感想が楽しくて、書き続けることが出来ました。

来年も落ち込んだり浮かれたり太ったり痩せたり?多分日々アタフタしてますが、時々覗きに来てくれたら嬉しいです。


それではまたっ!

500記事までの道程・悲喜こもごも

こんにちは、みどりの小野です。
タイトル通り、ブログ開設から2年半、ようやく500記事に到達しました…!

ポジ熊さんの偉業(もしくは異形)を鑑みると遅いわ!って感じですが、私なりによく頑張った。エライ偉いエライ…

さて、自分を甘やかすのはこの辺にして、今日の意向を。

最初は500記事記念で最近読者になった方のためにブログ自選集でも書こうかなー、と思ってたんですが、そんなことを呟くと…

「燃えた記事が読みたい」「ファー」「マスヲ&ホビヲ」
鬼がうようよ寄ってきたよーー!

 

という訳で少し趣向を変えて、初めての記事からスタートして古い順に、2年もはてなブログで書くと人はどうなってしまうのか、という実録レポです。

 

最初はみんな初心(ウブ)だった

  

yutoma233.hatenablog.com

 

初月の記事。 
この頃は誰も読んでいません。
読んでいないので、あまりにも自由に書いています。

あ…頭が…。
しかしこの記事に書いていることはすべて真実です。
やっぱり頭が…。

突然挟み込まれる『文章が見出し』という斬新すぎる構成に更に頭が頭が。
でもこれもいい思い出?なので残しておきます。

見出しが使ってみたかったんだろうと思います…。

 

少しは慣れた三か月目

 

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少しは慣れてきた頃。スターもブクマも、ほんの少しついています。
ぱくたその無料写真を貼る、というテクも身に付きました。

でも相変わらず『見出しは文章』です。
あと、太字とか大文字を使うのがかっこいいと思ってました。

う…やっぱり頭が…。
額の第三の目がうずくぜ…(黒歴史的な意味で)

 

半年目の小説(三年目の浮気的な響きで)

 

yutoma233.hatenablog.com

 

半年目。
この頃は当時はてなブログで開催されていた(今はnoteに場所を変えて、続いています)短編小説の集いにも参加していました。

短編小説はヘタクソですが、いい気分転換になるのでまた書きたいです。
これは等圧線のラインって女体っぽいな、という変な思いつきと艦これを合体させたようなラノベです。自分でも書いた内容をすっかり忘れていたので『何考えてんのかなこの人…』と頭痛がしました。

ラストはけっこう好きですが、ちょっと唐突ですね。

 

強くなりたいだとか、誰かに勝ちたいとかじゃなく、ただ純粋に手を伸ばさずにはいられなかったのだ、自然の作り出した気圧配置のあまりの美しさに。

 ロバートがニナの手を掴んだあの日からずっと。

   

 8か月目のストレス

 

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ストレス解消法に関する記事ですが、我ながら体力任せすぎます。

今の私は年相応に、空の段ボール箱を蹴っ飛ばす、というライトな手法にシフトしました。

…たまに中身が入っていて、泣きますが。

 

10か月目の本音

 

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多分初めてのホッテントリ。
この頃カンドーさんと知り合って、かなり影響を受けました。

それまでは明るい話、楽しい事を書こう、と努力していて。
マイナスなことは書きたくないな…と自分を取り繕っていた部分がありました。

ところが、カンドーさんがかつてどん底だった頃の記事を読んで。
不幸だった頃の話って、カナシミだけじゃなく救いにもなるんだな、とはっと気がつきました。

この頃はまだ笑いを取ろう、という意識が抜けていませんが、この後はどシリアスな話も書けるようになったかな?

まだまだ稚拙ですが、大事な転換点だと思います。

 

一年目の暗い話

 

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そんな訳で、ちょっとシリアスな話を書けるようになった一年目の話。

子育てに本気になりすぎて、子どものために人混みを避け公園にしか行かず、鬱になりかけてた時代の話です。ベビハラの記事に反論したくなるのはこの時代があったせいかも。やっぱり外に出ようぜ、お母さん!

 

一年3ヶ月目の露出(炎上)


ブログ始めて一年3ヶ月目のホッテントリ&炎上がこの記事です。

 

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おまきさんの大好きなまたぎファー!
ちょっと事情があって(グーグル先生的なアレ)修正されてますが…。
この記事めっちゃ叩かれて凹みましたが(主に2ちゃんで)今読み返すとそこそこ面白いし、写真もちゃんと盛れててええやん!と再評価です。

ただこれを子どもに見せられるかはともかくとして…ううやっぱり頭が…。死ぬ前に消す…。

なお、人生で一番凹んだブコメがこの記事の谷間写真につけられた「背中?」というコメントです。うっせぇバーカバーカ!

 

一年4ヶ月目の炎上(そして荒む)

 

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はいこれも燃えましたね(吐き気)。
ただこれは『つまらない』以外に燃えどころが見つからないのですが…。
ようするに納豆を何万回もかき混ぜる、という有名なネタを真似しただけの記事です。ただそれだけです。

晩ごはんの時にちょっと魔が差した軽いネタなのですが、予想外のブコメがついてしまい燃えました。

この頃が一番炎上が激しくて、ブログが楽しくなかった時期ですね…。

デイリーポータルへのリンクは最初から貼ってあったのですが(つか貼ってなくたって誰でも知ってるだろーがこんな有名ネタ!それを受けて書いてんだから!)2ちゃんには「最初は貼って無かった、注意を受けてから張った、私の記憶では」と書かれました。

記憶ほど怖いものはねーな、と思ったのでそれから『多分』とか『私の記憶では』とか『証拠ないけど』と書く奴の話は信用していません。

 

一年11ヶ月目のホッテントリ(軽く炎上?)

 

yutoma233.hatenablog.com

 

これはすごく読んでもらえた記事。

作家・ジャーナリストの佐々木俊尚さんに賛同・リツイして頂けて、Twitterからの流入の多さに驚きました。ただはてブは伸びた分、少し燃えましたね。

確かに物言いは少し強かったかも知れませんが、今の私も当時と同じ気持ちです。

部活の無駄な空気イスを廃止したって、損する人は何処にもいない。ちょっとでも今日より楽して生きようぜ、それが進化でしょ?

なお、読もうと思ってた本はまだ未読です…。

 

 一年12ヶ月目のお気に入り

 

yutoma233.hatenablog.com

 

これは自分で一番好きな記事かも。
社会派、シリアス、ネタ系…色々書いてますが、自分が一番書きたいのはこうしたテキストサイト系の明るいネタかも知れません(でもセンチメント系も好き、我ながら両極端)。

ただ奇跡が降ってこないと書けないので、毎日が奇跡待ちです…。

 

そして2017へ…。

 

もうすぐ3000字!さすがに面倒くさくなってきたのでこれで過去記事紹介は終わりです。あとは自分で読んでね!(雑)

おまけに、いままで頂いた中で一番嬉しかった言及記事を貼って終わります。

 

www.move-wife.com

 

いつも色々アレなマスヲ氏ですが、この記事はホントに嬉しくてスマホのお気に入りに入れてあります。

ただマスヲ氏のおっしゃる読者を魅了する『能力』は未だによく分かっていません。
あと『とてもヘタクソで素人丸出しの文章』も刺さったんでもう少し上手くなりたいです!

500記事も書いて、少しは上手になったつもりでいましたがこうやって読み返すとまだまだですね。

これからも、少しでも面白い記事が書けるように精進していきたいと思います。
私にとってブログは、文章修行の場なのかも知れません。

 

余談:生年月日は身バレ注意

 

えっと、常日頃身バレ注意のために生年月日だけは書かないようにしていたつもりだった私なのですが、過去記事を見ていたら小文字で今日お誕生日ダヨーン♪的記事があって吐き気と共に消しました。
小文字で書いても意味ねぇから、過去の私!

という訳で、せっかく書いていたこの記事は499記事目になってしまいましたとさ…最後まで締まりませんが、これからもこんなおのにちをどうぞこれからもよろしくお願いします(吐血)!

 

残暑お見舞い頂きました。

葉書など、書かない/貰わない昨今ですが、素敵な暑中お見舞いを頂いてしまったので、紹介します。

 

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会津に住むみどりの小野、という私のことを上手く盛り込んで、私のブログのことを『今、日々その暮らしを紡ぐ』と書いてくれているのだ、と思います。

「小町」は、私が普段『はてなブログの小野小町』と呼ばれているところから来たのでしょう(事実無根)。

緑の風が吹いてくるような、自分のブログを少し誇れるような、とても素敵な葉書でした。

大切にしますね。

贈って下さったのは船橋海神さま。
はてなブログではdk4130523(id:cj3029412) という名前で活躍されています。

 

dk4130523.hatenablog.com

 

この葉書は、dk4130523さんがCAMPFIREで募っていた「無菌の国のナディア」外伝と、それにまつわるプロジェクトに、わずかながら協賛したから届いたものだと思われます。

 

camp-fire.jp

 

ノンフィクション 「無菌の国のナディア」外伝は足掛け15年の力作。
関係者へのインタビューから、一人の少年と、血液内科医の不思議な出会い、それから別れを浮き彫りにしていきます。
ノンフィクションでありながら、著者の思い入れも切実に伝わってくる、忘れられない物語でした。

詳しくは下記のdk4130523さんの記事をお読み下さい。

私は物語の発端となった2ちゃんのスレッド「無菌の国のナディア」を知らないのですが、当時の熱狂、それから2人の出会いに取り込まれてしまった作者の情熱が伝わってくるような、素敵なお話でした。

 

dk4130523.hatenablog.com

 

ではでは、船橋海神さま。
本当に素敵なお葉書ありがとうございました!
これからも、日々の暮らしの小さなあれこれを、楽しく紡いでいけたら、と思っております。

『考え方が変わった』と揶揄されるブログの特徴

山田ズーニーさんの『伝わる・揺さぶる!文章を書く』という本が好きで、時々読み返している。

文章の細かなテクニックより、他人と向き合う、人の心を動かすにはどうしたらいいのか?という基本的なコミュニケーションに重きを置いている一冊。

上手く人に寄り添うための心の在り方まで伝わってくるから、ストレスで心が凝り固まってしまった時にはピッタリなのである。

 

伝わる・揺さぶる!文章を書く (PHP新書)

伝わる・揺さぶる!文章を書く (PHP新書)

 

 

本の中に、こんな一節がある。
『お互い心のどっかに揺らぎみたいなものがないと議論にならないな』

これはズーニーさんの知人がメールで寄越した言葉だという。

とても良く分かる。
他者と議論する、というのは『絶対』を持たずに相手の言葉、社会や周りの状況に応じて自分の内面にもう一度問いかける、という事だ。

考えることを放棄して、自分が過去に得た『納得』にドカンと腰を下ろしてしまったら、心は揺らがない、議論にならない。
自分の絶対に固執する人とは、話し合いにならないのだ。

私はそういう人間だから、と思い込むのは簡単だ。
いつも時代に迎合しなくちゃいけない訳じゃない、新しいものに巻かれないようにするのも一つの生き方だ。

でも波が寄せるたびにもう一度、改めて自分の生き方を考えるのは大切な事だと思う。
寄せては返す波に誘われて、飛び込んでみようかな?やっぱりやめようかな…?
そうやって立ち止まったり、進もうとしたり、波に合わせて『揺らぐ』ことが人間らしさなんじゃないか、と私は思う。

絶対に自分は動かない!変わらない!とドーンと座り込んでしまえる人は、浜辺の石だ。
大きくて揺らがない石は、誰かの目印にも、心休める場所にもなってくれる頼もしい存在でもある。
でも、私はまだどっしりした石になれない。
確固たる信念…という自信がまだないのである。

できればもっと歩いていきたい。泳いで行きたい。
違う浜辺まで、遠くの島まで。

そうやって揺らぐことで自分の考えも変わっていく。
でもそれが成長なんじゃないか、樹木のように枝葉を伸ばすってことなんじゃないか。
私はもう少し『揺らぐ』私でいたい、今はそんな風に考えている。

 

『考え』が変わるのはいけないことなの?

 

『揺らぐ』自分でいると、語る言葉が変わったりもする。
最近少し炎上していたのは、はあちゅうさんのこんな記事。

 

lineblog.me

 

 売れ残り独身!と言われたはあちゅうさんが、そんな言葉に言い返す。
他者をモノ扱いするのは失礼だし、反論自体は正しいと思う。

しかし炎上の理由は彼女自身が4年前に『36歳以上で結婚していない男性は何かしらの問題が?』というタイトルだけでアレ?な記事を書いていた、という事実で。

 

am-our.com

なんか、なんか、なんか…だよね。
これは揺らぎの分かりやすい見本で、自分がその年を迎えたから考えも変わった、ってそれだけの話なんだけど。

あのね、未だに年齢で差別する人がいるけど、当たり前だけどあなたが今『恵まれている』と思う10代、20代だとしても、それには必ず終わりが来る訳で。

『あなた』の延長線上に、ババアもオッサンも老害もあるんですよ。
だから、人を年齢で区切ってしまったらいつか自分にブーメランが来る、って言うのは自明の理じゃないっすか。

私は揺らぎたいし、しなやかに変わって行く人は素敵だと思ってる。
でもなぜか、はあちゅうさんの変容には少しだけ『アレ?』って思ってしまう。

なんで、違和感を感じるのだろう?
成長と共に考え方が変わるのは当たり前のことのはずなのに。

 

考え方が変わった!と責められる人を見ていると、言い切り型の文章の弊害、みたいなものを感じます。

  

 

ちょうどはあちゅうさんがこんな言葉を呟いていて。
傷つく勇気…つまり叩かれてもいいから言いたい、強い言葉を書く、ってことですよね?

確かにそんな風な強い言葉に惹かれる人は多いと思います。
でも『傷つく勇気』のある人の強い言葉は、一方で誰かを傷つけて、ネガコメが帰ってくるほど強いから、勇気が必要な訳であって。

傷つく勇気を奮い立たせて書いた方はいいかも知れないけど、傷つけられた方はどうなの?って思ってしまいます…。

自分の主張を強く書く!そうしないと言いたい事は伝わらないし、反響も帰ってこない、って言うのがイケハヤ理論、そして一部の文章術のメソッドではあります。

私もそれに則って書いてしまった記事が幾つかあります。

例えばこんな記事。

 

yutoma233.hatenablog.com

 


内容自体は本当に私の思ったことだし、今もこんな風に考えています。
言い切りが強い分、反響も大きかった。

ただ異論反論を恐れすぎて、自分の考えは正しい!と固執しすぎて、自論自論自論!ばかりになってしまっているなぁ、と。

自分で書いてみて分かったことは、強すぎる言葉は自分が傷つけられることへの勇気なんじゃなく、己の『正しい正しい正しさ!』の理論武装なんじゃないかと。

今は少し考えが変わってきていて、もうちょっとふわっと緩く、他者に寄り添って書いた方がいいんじゃないのかなぁ、と思ってます。

その緩さに付け込まれたり、反響を得られないとしても、誰かを傷つけるよりはいいよね?

 

 

 黒でも白でもないことを、はあちゅうさんはクサしていましたが…。
とりあえず今の私はグレーで、灰色に書いて行きたいかなぁ。

別にはあちゅうさんやイケハヤさんに、恨みや妬みがある訳じゃありません。
ただ私の考えは違うよ、っていう、これは小さな議論です。

言い切らないで、灰色のままで書いて行きたいと願う私のスタンスは甘いっすかねぇ?
でも私は、そんな風な時代の波を確かに感じているのです…。